第41幕 出発!!
それから2日経過――。
秋は今、「馬車」というものに乗っていたりする。
宮殿を早朝に出発して、まだ半刻(30分)あまり。
「馬車初体験!!」とはしゃぎたいところだが、この馬車には、現在6人が乗っている。
上級貴族向け仕様の内装なので、豪華なソファ並みの座席は、座り心地は大変良い。
が、居心地はイマイチ――だったりしている。
3人がけの座席に秋は真ん中。本当は窓際が良いのだが――セスカとアックスが微妙な感じで秋を真ん中に進行方向を見据える形に座っている。
その向かい側にアレティを挟み、秋から向かって右がアダ。左が仲間に加わったばかりの騎士見習いのカエナ。そしてベンジーとクララがその3人に加わっている。という形。
「なんか話せ――」
向かい側は良い。とても楽しそうだ。アダも意外と女の子たちの扱いに慣れており、和やかな雰囲気で談笑が進んでいる。
対して――なんでこっちは雰囲気が微妙に暗いのか。
アックスにそう要求されて、秋はため息をつく。
「シュウは色々大変なんだ。お前が話せ」
と、セスカがアックスにやり返した――どうにかしてくれ。
「俺は大変でも何でもない。それよかなんでお前たち、目を合わせないんだよっ」
互いに窓の外を見たままで、何故か秋の指摘通りに出発から目を合わせない。
これからこんなのが3日間も続いたら、秋は気疲れどころじゃない。
「じゃ、お前に訊きたい事がある」
と、アックス。秋とセスカがアックスを見た。
「あぁ。どうぞ」
「…お前……なんで俺を友達にしようと思ったんだ?」
「…はぁ?今頃か?!」
本当に今更のことだ。
すでに1ヶ月以上が経過している。
『アート』では、アックスは秋に対して、「お前を支えきる」とまで宣言しているのだ。
「意外と根に持つタイプか…お前?」
「……余計なお世話だ」
口調は怒っているが、顔は――少し照れ気味。可愛いとこあるんだよな。こいつ。
秋が呆れた様子で――でも、親しみを込めた笑みを浮かべる。が。
セスカがじ――っと秋を見つめる。
その視線の意味を秋はすでに悟っているが、ここは正直に答えたい。
たぶんアックスが気にしているのは――。
「お前さぁ、ずっとセスカに片思いだったんだろ?それを知ってて、俺がセスカとくっついたことを俺が気にして、お前に声かけた…とか気にしてんの?」
「……はっきり言い切るんじゃねぇ…」
完全な図星。でもアックスとしては、ケジメとしてそれをはっきりしておきたい。
訊くのが今になってしまったが――つくづく馬鹿が付くくらい真面目すぎる己の性格には、いい加減疲れを感じるのだが、秋にならそれが出来る――と考えている。
それに秋はちゃんと答えようとしてくれているのだから――。
「それは大いにあるっ」
言い切りやがった。やっぱりな――アックスがそう思ったとき。
「でもお前…セスカを背負った俺に嫉妬はしてたけど、アンナ様に「殺気を向けるな」とか言われてすぐやめてたろ。普通ならずっと嫉妬してるし、嫌がらせのひとつでもやりたくなるもんだと思うけど、お前言われてからずっと我慢してたし、なんやかんやでちゃんとセスカを見守ってた。
いい奴なんだろうって思ったから声かけた。それが一番の理由かな」
こんなことさり気なく言うんだよな、こいつは――。それがアックスには、なんだかくすぐったく感じる。
「…そうか」
恥ずかしいので、秋やセスカを直視せず、窓の外を見るポーズはキープしたまま。
秋がセスカを見ると、セスカは仕方なさそうに微笑み、秋の左手を握る。
「アックス様って…セスカ様に片思いしていたんですか?」
食いついたのはカエナだ。
秋たちは失念していた――ここに年頃の娘がいたことを。
「えっ、えっ?どうして諦めちゃったんですか?」
「……セスカのシュウへの…このほれっぷりを見て諦めた」
カエナの質問にアックスは右手の人差し指を秋に向け、しれっと答えてみせた。
「あ…なるほど」
カエナは即、納得していた。秋はため息をつくしかない。
「じゃ、今ってアックス様はフリーっ!?」
「ま……そういうことだな」
何やらカエナがガッツポーズを作っているが、アックスの視線がアダにいく。
「カエナ。俺よりいい男がそこにもう1人いるぞ」
「…それ嫌味、アックス?」
アダがアックスを睨む。
「本音だが?」
「……褒め言葉としてとっておくよ」
真顔のアックスに対し、アダは照れくさそうにつっけんどんに答えていた。
驚くことに、意外とアックスも女の子の扱いに慣れている。
セスカ一筋の堅物だというイメージは、どうも秋の思い込みだったようだ。
「あ――。それは早くもあたし、失恋しています」
残念そうにカエナが言った。
「えっ?!」
と、秋、セスカ、アックスの3人の視線をアダが独占した。
「アダって、実家に許嫁がいるんだって……」
ベンジーが恥ずかしそうに俯いているアダの代わりに答えていた。
瞬きほどの間を置いて――。
「「「えええ―――っ!!」」」
「なんだ、前の馬車。ここまで声が聞こえるぞ」
後ろに走る馬車には、メルとターンの他に、直人とイルエが乗っている。
「あの馬車は「ヤング組」で、こっちが「アダルト組」だっけ。ナオト?」
「なんだ、そりゃ?」
と、イルエが笑顔で直人に話を向ける。
メルが腕組をして直人を睨みつけた。この間の話を根に持たれているのは明らかな態度だ。
「あちらは「子供組」。こちらは「大人組」。そんな感じですかね?」
代わりにターンがメルに答える。
「そういうことです」
「まぁ…まんまだな」
メルは苦笑いの直人に、とりあえず納得してみせた。
「そんなに驚くことなかろう。うるさいぞ」
アレティに言われ、「ごめん」と秋たちは謝った。
「そんなに意外?」
「…うん、まぁ」
想像以上のリアクションだった。アレティやカエナでさえ、ここまでは驚かなかったというのに。
戸惑い気味のアダに、秋が素直に頷いた。
「うちのお爺さんが頑固でね。僕が7歳のときに勝手に決めちゃったんだ。
僕より1つ年上だったんだけど、器量が素晴らしいから、将来は僕の嫁にさせるって言ってさ。自分の領地内にある村の世話役の娘を、自分の娘として籍に入れて……。
世話役も領主様の娘になれるならと喜んで差し出したって…お爺さんは言ってたんだけど、実際は泣く泣く手放した…ってことがあとでわかったんだ。お爺さんが一方的に、強引に……だったらしい。一時は父さんと大喧嘩になって大変だった。
でも結局父さんが折れて。その娘の名前はイサベルって言うんだけど……今は実家で両親と一緒に暮らしてる。
僕がこの『キュノサルゲス』に入る事になったのも、実はお爺さんが勝手に決めたことがきっかけだったんだけどね」
「すげぇお爺さまだなぁ……」
秋がアダの話に目を見開いている。
「で…お前はそのイサベルをどう思っているんだ?」
セスカがアダに訊いた。
「好きだよ。お爺さん云々は別として、僕は将来イサベルと結婚したいと思ってる」
「…なら…問題はないだろう?」
アックスが迷いの欠片もないアダの様子にそう問い返し、アダもしっかりと頷いた。
が、急にその表情に戸惑いが浮かぶ。
「なんだ?もしかしてそのイサベルさんはお前のこと嫌いなのか?」
「ううん、全然違うよ。むしろ逆…すごく想ってくれてる」
両思いじゃないか。アダの答えに、訊いた秋がセスカを見る。セスカは肩を竦めて見せた。
「……ちょっと想い過ぎててさ……ちょっと…嫉妬深いんだよね」
ここでアダ以外の視線がセスカに集中する。
「私はシュウの妻だ…夫を心配して何が悪いんだ?」
セスカは開き直っていた。
「お前の実家ってイオの街にあるんだっけ?」
秋が思い出したように尋ねる。
「うん。領地にはお爺さんがいるから、父さんたちは今イオの街にいるよ。
時間があれば寄ると思うけど……」
答えるアダの表情は暗い。きっとその許嫁の「嫉妬深さ」は「ちょっと」どころではないのだろうな――それは秋たちの想像ではあるが。
景色はどんどん宮殿から遠ざかり、もうほとんど見えない距離にまで来ていた。
これから秋たちはまず、エリュシオン王国、王都「イオ」に向けて旅して行くことになるのだが――。
今はまだその前途に立ちはだかる障害を――秋たちが知ることは出来なかった。




