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第39幕  美獣と小野獣?

「そう……カエナだったな」

「はい」

 礼儀正しくカエナはワルーンに一礼する。

 ここでアレティは秋に肩から降ろしてもらい、カエナという少女に近づいた。

 カエナは先ほどの少女たち同様、片膝を地面につけ、右手を左胸に、アレティに敬意と忠誠の姿勢をとった。

「そなたが『第3級』の『アトスポロス』じゃな?わらわがアレティじゃ」

「はい、アレティ様。私、カエナ・クティノス、ロフィスは『キュノサルゲス』に学ぶものとして、大公様に変わらぬ忠誠をもち、『ガイア』様より与えられしこの力の続く限り、この国の、この世界の民のため、この身が果てるまで尽くすことをここで誓います」

「…うむ。そなたの心、しかと見届けた。だが、けして容易く命を無駄にするでない。

 何事があろうと、必ずわらわの前に元気な姿で戻ってくることを誓ってくれ」

 カエナがアレティの言葉に驚いて顔を上げた。

 秋やセスカ。ワルーンたちもアレティの姿を見つめている。

「ついこの間、わらわは大事な友人をひとり失った。そしてそなたがやって来た。そなたはわらわの友人であり、神聖騎士団の大事な騎士の卵の1人。これで差し引き「0(ゼロ)」じゃ。そなたに会えて嬉しいが、わらわは友人をこれからも増やしていきたいのじゃ。

 だから、そなたは死んではならぬ。元気な姿でわらわの前に帰ってくる。よいな」



 瞳を潤ませ、「はい」と頷く少女を笑顔で見守るアレティを見て、秋は絶対にアレティは最高の王様になると確信した。

 だから自分がアレティを護る。絶対に――。



 そしてカエナはすくっと立ち上がり、秋たちの元へと歩みだした。

 顔には笑みを称えているが。何故かその手には――。

「……っ!?」

 少女から向けられる殺気。何故っ!?

 秋が戸惑う暇なく、セスカが剣を具現化させ秋の前に立つ。

 カエナがその手に握る1本の金属らしき「棒」。その先端は鋭利に尖り、棒にはいくつもの「節」が規則正しく並んでいる。

 そして握る部分の柄は、ちゃんと握りやすいような形になっている。

 ここへ来たとき、この少女はそんな棒は持っていなかった。

 と、すればそれは間違いなく「具現化」。



 ほんの瞬きの間。カエナは歩いて5歩の間合いを1歩半で駆け抜け、その特殊な「棒」を思いっきり振り上げた。

 これに応戦したのは、左手で秋を制したセスカ。

 が、セスカは何を思ったのか、細身の剣の周りにその剣身を守るかのように風を纏わせ、カエナの棒が振り下ろされるのを受けた。

 音はしない。セスカが剣に纏わせた風がクッションの役割を行い、その棒の攻撃を受け止めていた。

 想像以上の衝撃にセスカの整った顔が一瞬歪んだが、すぐに己の剣を前へと思いっきり突き出す。

 その際にも風の助力を使い、少女を吹き飛ばすように押し出した。



「何故じゃっ!!」

 驚いたアレティがカエナとセスカに駆け寄ろうとするのを、ワルーンが止めた。

「すみません。これで良いのです」

「馬鹿を言うでないっ!!」

 メルがアレティをひょいと抱き上げた。

「本当に申し訳ありません、アレティ様。セスカにはあのカエナの最終試験役を急遽やってもらっているんですよ」

「それでもじゃっ!!ふざけるなっ!!!」

 アレティが興奮して喚き散らしている。

「アレティっ、大丈夫っ!!」

 そう叫んだのはセスカだった。

「……セスカ…」 

 驚き見るアレティに、セスカは笑った――大胆に。

「いいんだ、アレティ…私は元騎士団員だったけど、後輩に礼儀を教えるのは先輩の役目だから。

 私にとってこの役目は丁度良い。

 それに……最初の標的にシュウを選んだことは……存分に後悔はしてもらいたいからな」

 めちゃめちゃ私情が入ってるっ!!

 セスカの目は獲物を狙う猛禽類のそれ。見ている秋たちの方が、恐怖を感じてしまう。

「無礼は承知の上っ。いいんですか、セスカ先輩。あたしすごく強いですよ?」

 カエナも負けてない。

 セスカ以上に口元を大きく歪ませ、翠緑色の双眸はセスカを挑発的に見据えた。

「……上等だ」



「ほっといていいの?」

 アダは本能的な危険を感じている。

 それは秋も同じなのだが――。

「大丈夫だろう。セスカはあのカエナっての力量と攻撃を見抜いている」

「えっ…さっきの…一撃を受けて?」

 アダが呆然と秋を見た。

「違う。お前も見たろう。カエナの獲物……」

「あれ?」

 金属の棒のような武器。アダはそんな形状の武器を見るのは初めてだった。

「俺もあんまり詳しくはないけど、あれはたぶん「鉄鞭てつべん」っていう打撃武器の類だ。

 えらく重いらしいから、あんな女の子が片手で普通は振り回せるもんじゃない。

 確か7、8キロぐらいはあるって本で読んだことある」

「え…そうなの?」

 秋の説明にアダが驚いていると、アックスは秋に続けて口を開いた。

「お前も王導師ならそれぐらいは覚えておけ。

 あれは「銀の時代 (秋たちの元の世界の呼称)」より更に昔の…確か東方の国の武器だったと思った。

 俺もうる覚えだが……セスカもそれを知っていたんだろう。

 シュウの言った重さと強度を武器にしたあの鉄鞭の前では、華奢な剣ではひとたまりもあるまい。

 あの少女があの武器を具現化し襲ってきたとき、セスカは自分の剣を破壊されないよう、風を盾に使っていたぐらいだ」

「なぁ、アックス。あのカエナってが名乗った「くてぃのす」ってのは「ティミ」だろう?どんな意味だ?」

「すまん。そこまではわからない」

 そこはアックスも素直にわからないことを秋に認めた。

「『クティノス』…「獣」という意味だ。

 お前たちの見立て通り、カエナの能力は身体向上。浄化能力を自分の体で発するタイプの『アトスポロス』だ。

 力だけじゃない。スピードにおいてもセスカを軽く凌駕する。

 だがなぁ……若いゆえか少々問題があってな……」

 ワルーンが秋たちの元に歩み寄ってそう説明したあと、言葉の最後はため息で締めくくった。

「問題……?」

 秋が首を傾げた。



◆◆◆



 秋たちがそうして話している間も、セスカとカエナの手合い――否。戦いというべきか。

 それは続いていた。



 確かにカエナの力、スピードはセスカを凌駕していた。それだけではなく、動体視力も素晴らしいものがあり、セスカの繰り出す剣の攻撃をなんなく避けていた。

 が、セスカも培った経験がある。

 カエナは全体の能力は優っているが、攻撃が力任せになり単純化しているため、セスカはさほど苦もなくカエナの攻撃の手を読み、避けることが出来ていた。

 しばらくカエナが攻撃を仕掛け、セスカが防戦に回っていたが、セスカはあるカエナの些細な変化を見逃さなかった。

 


セスカは風の渦をカエナの前に起こし、攻撃を牽制する。

 一瞬怯んだカエナの隙を、セスカは剣を振る己の両腕に風の力を上乗せする。

 瞬時に剣のスピードが増し、カエナに迫る。

 カエナが鉄鞭てつべんを構えなおそうとして――。



 鉄鞭が綺麗な回転を描きながら、宙に舞った。

 そして地に刺さる前に消滅する。



「負けた――っ!!」

 さも悔しそうに、カエナが座り込んでしまった。

「大丈夫か?」

 秋がセスカとカエナに駆け寄る。

「……私はな。こちらがどうかわからないが……」

 セスカはあまり息を乱している様子はない。

 が、カエナの方は、ぐったりと大きく肩を落としている。

「あの力。君には大きすぎてまだ使いこなせていないと見たが……」

 セスカがカエナに手を差し伸べた。

「……その通りです…本当に申し訳ありませんでした」

 座りながらセスカに申し訳なさそうに頭を下げると、素直に差し出された手を取った。

 が、立ち上がったとたん、カエナの体がぐらりと傾く。

「本当に大丈夫か?」

「あ…ありがとうございます」

 アックスに支えられ、カエナの頬が仄かに赤く染まった。

「これですか…彼女の問題ってのは?」

「そういうことだ。まだ覚醒して日が浅いのと、本人が結構負けずギライで好戦的。

 マラソンを、全力疾走で駆け抜けようとする無謀な奴で困っている。

だからこその『クティノス(獣)』なのだろうが……」

 それでいきなりそのことを自覚させようと、俺たちに嗾けたのか――。

 ワルーンの困っている姿に同情しつつも、そのやり方もどうかと思うが。と秋は考えてしまった。



「悪いな…相手任せちまって……」

「いや。少しイライラしていたから、良い気分転換になった」

 対してセスカはすっきりした笑顔で秋を見ている。

 なんかさっきのカエナと対峙していたときより、この笑顔が怖く感じるのは何故だろう?それでも気分転換になったのなら良かったが――。



「セスカっ、カエナっ大丈夫かっ!?」

 メルの拘束を解いて、アレティが息を切らせて2人に駆け寄ってきた。

「アレティ様、大変申し訳ございません。これは私がお願いしたことで……」

 カエナが膝をついてアレティに謝罪する。

「本当じゃっ!!二度とこんなことは許さぬっ!!」

「申し訳ございませんっ!!」

 カエナは深々と頭を下げる。

「アレティ…これは……」

 セスカが助け舟を出そうとするが、アレティはセスカを睨みつけた。

「セスカもセスカじゃっ!!危ないじゃろうっ!!怪我をしたらどうするつもりだった?」

「すみません…カエナには怪我を負わせる……」

「違うっ!!セスカまで怪我をしたら、シュウもわらわも心配すると言っておるっ!!」

「……すみません……」

 セスカも恐縮してアレティに頭を下げた。

「敬語は抜きじゃっ!!特にセスカはわらわに敬語を使ってはならぬっ!!」

「はい……わかった」 

 アレティの剣幕に押され、セスカはタジタジだ。

「そうじゃ。それと、カエナ。わらわを心配させた罰じゃ。そなたもわらわに敬語を使ってはならぬっ!!これからは敬語抜きで会話せい。そして「様」をつけてもいかんっ!!」

「ええっ!?正式な場でもですかっ?!」

「そうじゃっ!!」

「それはいけませんっ!!」

 突然カエナが立ち上がった。

「親しい仲で、私生活の場でしたら許されるでしょうが、アレティ様は「大公」なのです。

 臣下である騎士たちに我侭を申してはいけませんっ!!」

「わかっておるっ!!だが、友人までに……」

「そんなんじゃ、私はアレティ様の友人にはなれませんっ!!」

 カエナは真剣にアレティに迫った。

「…どうしてじゃ。わらわが嫌いか?」

「いいえ、だいっ好きになりました。でも私はアレティ様の家来です。

 シュウ様のように、初めからアレティ様の友人として接していられた関係の方ならいいのかもしれません。でも私たちのように、アレティ様はこの国の一番偉い方で、その方をお護りしたいと考えてきた者たちにとっては、アレティ様は「大公」であり、この国を将来背負っていかれる方なのです。

 その方に礼を尽くすからこそ、私はアレティ様に敬語でお話ししますし、「様」をつけます。

 誰かにやれと言われたからやるのではなく、それがアレティ様という大好きな、国で一番偉い「大公」様だからこそ尽くす礼儀だと考えるからです。

 それをアレティ様がお忘れになられては、私たちはどうすればよいのでしょう?!」

 アレティが唖然とカエナを見つめ、秋たちも堂々と自分の考えを話す少女を感動の眼差しで見ていた。

「ですので私は敬語で「様」つきでアレティ様とお話させてください…良いですか?」

「……そうじゃな。カエナがそこまで申してくれておるのだ。わらわがそれを忘れてはならぬな」

「はい。その代わり、私生活では「様」抜きで。それはさせてください。

 その場ではアレティ様と私は友人同士です」

「うむっ」

 たいしたものだと秋たちが考えていたとき、「あれ?」とカエナが急によろけた。

 それを慌ててアックスとアレティが支える。

「忘れてた。あたし疲れてたんだっけ……」



 そんなトボけたような、しっかりしたようなカエナに、秋は呆れると同時に、その姿を妹の弥生をダブらせ――寂しそうに微笑みながら見つめていた。

 



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