第13幕 臆病な少年
「な…なんなんだよ、あれっ!!」
「ヘラクレスを扱ったかなんだか知らないけど……セスカも酷すぎないかっ!?」
「……だから女って奴はっ!!!」
アンナたちが見えなくなった途端、騎士たちの怒りが爆発した。
セスカの態度だけではない。アンナの扱い、よそ者への待遇、自分たちへの冷遇状態。
おかげでアックスは、ひとつため息をついただけで、代わりに激怒する騎士たちを落ち着いた態度で見守ることが出来た。
「アックスが一番怒っていいはずだろうっ!?なんでそんなに落ち着いてるんだよっ!!」
「そうだな。まぁ…怒る気が失せただけだ」
あそこまで無視されると、怒るとか、そんな気にもなれない。そんなに俺はセスカに興味を持たれなかったかと、冷静になれてしまう。
ふと視線を上げたとき、アックスの目に、たまたま現場を目撃してしまったアダの姿が飛び込んできた。
そして呆然と仲間が見送る中、アックスはアダに向かって歩き出した。
「……よぉ」
「あっ…あぁ」
「見てたのか?」
「…ごめん」
アダはアックスに視線を合わせることが出来ず、俯き加減で一言謝った。
「占ってもらえないか?俺はこれからどうすればいいか……」
自虐的なアックスの言葉に、アダは驚いてようやくその顔を見た。
覇気のない――いつものアックスの自信に満ちた態度は影を潜め、落胆した、皮肉めいた笑みを浮かべた青白い顔。
アダは唇を咬み、ペンダント型のペンデュラムを取り出すと、ちゃらっと音を立てて、アックスの前に垂らした。
真剣な表情でアダはアックスのためにその今後を占う。
時間もかからず、アダの中に、ひとつの答えが導き出された。
「…大丈夫だよ。すぐにアックスのやるべき道が見つかる。
落ち込んでいる暇がないほどに、そのやるべき道に進んでいくことになるはずだ」
「そうか……」
ふぅとアックスが笑みを浮かべる。
「…お前に元気付けてもらうとは……俺も落ちぶれたな」
「……えっ」
「とりあえず礼を言う」
アックスは唖然としたアダの脇をすり抜け、振り返ることなく歩き出した。
「なんだよアダ。どうでもいいときの占いは早いのな。いつもその調子でたのむぜ。
王導師さんっ」
アックスのあとを仲間たちが歩き出し、よそ者たちやセスカ、アンナへの怒りをアダで晴らすかのように、薄ら笑みを浮かべアダの肩をぽんと叩くと、笑い声を立てながら歩いていった。
残されたアダはぎゅっと右手を握りしめたが、仲間へ言い返すことなく、その場に立ち尽くした。
◆◆◆
ふてくされたベンジーを秋が抱き、クララをセスカが抱きしめたまま、アンナの屋敷――宮殿内東側のはずれの場所に、落ち着いた雰囲気の隠れ家のような建物があった。
「随分奥まった場所にあるんですね。もっと派手な建物を考えてたんですが……」
「そうか?着てるものは派手でも、住むところまで派手とは限らないぞ」
あぁ。自覚はあるんだ、一応。アンナの答えを訊いて、秋はそっと、本当にそうっとそんなことを考えた。
だが大将軍という地位にあるアンナの立場を考えれば、この屋敷はそうとう規模が小さい。
アンナは屋敷内の使用人たちに秋たちの来訪を告げると、もてなしの用意を準備させた。
「とにかくこっちだ」
リビングに通され、空いている場所に適当に座れとアバウトな指示を受ける。
秋たちがそれぞれ豪華なソファに座ったのを見計らうかのように、茶と茶菓子を持った侍女たちがリビングにやってきた。
アンナから話された内容は、現在ロバロ公国が置かれている現状だ。
何故治安が不安定なのか。アンナはそれについて話始めた。
10年ほど前。
アレティの母にあたる前大公、シャルロッタが何者かに暗殺された。
それを機に、ロバロ公国を共に支えてきたアンナやフォマーがいるヴェーチル家に対し、ロバロ公国三大公家の2家、ポーチカ家とフィーガ家が突然謀反を起こした。
エリュシオン王国が介入する形で半年後、内乱は鎮圧されたが、首謀者であるチェーロ・パドラ・ポーチカとカルボー・カーザ・フィーガは処刑され、ポーチカ家とフィーガ家は廃絶した。
が、その子供たちが逃げ延び、ポーチカ家が治めていたウースチエという領を占拠し、現在も『イデアール』と名乗り、反ロバロ派としてテロ活動を行っているのだという。
「シャルロッタは私とフォマーの姉にあたるお人だ。
前大公が治めていたときは、ロバロはとても安定し、このような内乱が起こる兆しさえなかった。
しかし、それを遡ること4年前。今から14年前になるな。
姉は1人の『綺晶王導師』を招き入れた。
名をフィロ・オロニ・イリクリニス。この国では「メリード・イリコス」と名乗っていたが…。
エリュシオン王国で最強の騎士家であるニキティス家の現当主、スィコ・ドリュアス・リザ・ニキティスの双子のお兄さんだそうでな。
ニキティス家を弟のスィコ殿に譲り、自分はその分家筋に当たるイリクリニス家へと養子に出た…ということだった。
その彼が何故こんな辺境の小さな公国に来なければならなかったのか。
しかしニキティス家とは、この大陸では勝利を意味する生きた英雄の神のような存在でな。
そんなニキティス本家の当主の兄を迎えたとうことで、我々も浮かれていたのは確かだった。
姉もメリード…フィロに陶酔していた。2人の関係も序々に深まり、2年後にはアレティが生まれた。民も浮かれたさ。それだけのカリスマ性を彼は持っていた。
が、その頃からポーチカ家とフィーガ家が、少しずつおかしくなり始めた……。
姉シャルロッタと、チェーロ、カルボーとの対立が増えるようになっていった。
少しずつ歯車が狂い始め、姉が殺される1年前にフィロが突然…その姿を消した。
理由はわからない。が、チェーロは彼が姉の政に愛想を尽かし出て行ったのだと言いはじめた。
すぐにカルボーもそれに同調した。
公国のあちこちで『ブルゾス』の被害が頻発し始め、1年後に姉が暗殺された。
その直後だったよ。スィコ殿がすっ飛んできたのは。
フィロはこの国に来る直前、イリクリニス家の…フィロの養父である当主ティマ殿を病死に見せかけ殺した容疑で手配され、追われていたということだった。
それだけじゃない。
エリュシオン十二騎士家の各要人に取り入り、謀反の企てをしていたという話まであったらしいのだ。
それは未然に食い止められたが、スィコ殿は、もう少し早くここにフィロが居ることがわかれば、姉シャルロッタが死なずにすんだはずだと悔やんでおられた。
その後、そのスィコ殿の尽力のおかげで、ここにキュノサルゲスが移築されることになったのだがな。
フォマーがよそ者に異常に警戒するのはそんな経緯があるからなんだ。
ナオトも最初はかなりフォマーに毛嫌いされていた。
神聖騎士団は今だに目の仇にされている。
その気持ちはわからなくもないのだが……今のロバロには、自前の騎士団など持てるだけの余裕なない。情けない話なのだが……」
「そのフィロとかいう奴の居場所はわかっているんですか?」
秋が問うが、アンナは首を静かに左右に振った。
「わからん。だが、『イデアール』となんらかの繋がりがあるかも知れん。
何故フィロがそんなことをして回っているのかも、弟のスィコ殿もまったくわからないそうだ……」
秋の視線がセスカに向かう。セスカも小さく頷いた。
「セスカは家族をその内乱で失った。私がセスカを助け、それ以後親代わりをしている。
キュノサルゲスでは優秀な成績を収め、3年前、騎士団立ち上げの時から色々頑張ってもらってきたのだが……。
実はな……セスカの除名も含め、シュウ、ベンジー。お前たちに頼みたいことがあるのだ」
急にアンナが改まって秋と、抱かれているベンジーに真剣な表情で言った。
「お前にアレティのことを頼みたいのだ……」
「アレティ…のこと?!」
秋とベンジーは互いの顔を見つめた。
アンナの話の真意がわからない――という表情だった。
その説明を行ったのは――直人だった。
「秋、ベンジー。さっきアンナ様が説明した通り、ロバロ公国は大陸の辺境にある小さい国だ。
だが、『ズローハ』という『ブルゾス』の密集する、『不浄地』という特殊な地域を抱える国だ。ロバロ公国が狙われる背景に、実はその『ズローハ』が大きな関わりがある。
アレティ様はロバロ公国でも、国民の人気の高い方でね。
あの年齢でそれをよく理解し、頑張っておられるが、この国を動かすフォマー様を始め、重要な役職の者たちの中に、正直アレティ様を排除しようという動きがあるんだ。
エリュシオン側の人間では、そこまで入り込めない事情がある。
アレティ様には信じられる人間が必要だ。
エリュシオンやロバロの柵に縛られない人間が……それが僕や秋…セスカだとアンナ様は考えられているし、僕もそう思っている。
今回セスカを騎士団から除名し、秋の護衛役に任命したことには、そういう理由もある。
今のロバロ公国は、内々で揉めている暇はないが、政治に携わる人間にはそういう事情はお構いなしさ。
秋やベンジーを巻き込むことになってしまうが、僕たちでアレティ様を護り、ロバロ公国の安定を少しでも早めたい……それを君たちにお願いしたいんだ。
そういうことですね…アンナ様」
「あぁ。本当に秋には申し訳ないことをお願いするのだが。セスカも同様だ。
騎士団の設立から尽力してくれたお前まで、柵を背負わせるのだから……」
「アンナ様……」
アンナは秋たちに頭を垂れ、恐縮しながらセスカは秋を見つめた。
秋はしばらく黙っていたが、ふぅと小さなため息をついた。
「……俺は「英雄色を好む」という言葉を知らないぐらい、頭悪いです」
「あれは…申し訳なかった。が、お前は意外と細かいことを気にする性質なのだな」
アンナは困ったように呟いた。
「だから、正直、今説明されたことの半分もわかってません。
それでも…アレティを護る。そう理解すればいい…ということでいいんですね?」
「ああ、それでいい。それだけでいい……」
「なら…わかりました。俺たちで、アレティをがっちり護ります。
それとついでにロバロ公国の『ずろーは』とかいう中にいる『ブルゾス』も退治しますよ。俺とかベンジーに出来るのはそれぐらいでしょうから……」
アンナに笑みが浮かび、セスカの表情が明るくなる。
「さすがはニホンの国から来た男だな、シュウ。サムライの国の男は話がわかるっ」
アンナにそう褒められ、秋が驚いて直人を見ると、直人は微笑みながら「うん」と頷いていた。
「……勝手に決めちまったけど……」
秋が抱いているベンジーの顔を見た。
「僕は相棒の決めたことに従うよ。秋は間違っていないもん」
「おうっ」
秋は笑顔で頷き、隣のセスカを見た。セスカは瞳を潤ませながら秋とベンジーを見つめていた。
「でも…僕、「生殺し」は嫌だな……」
ぼそっとベンジーが呟く。
和やかな雰囲気が一気に凍りつき、その場にいたメンバーの視線がベンジーと、内容がわかっていないクララに集中した。
「……話合おうな」
顔を引きつらせながら――秋が代表して答えた。




