閑話 *1 天色
天色をもつ者の場合。
導くもの (Uma pessoa para conduzir **1)
フレドリカ・ファルコーネ――――その名前を聞いたのは何年ぶりだろうか。
彼女は、同期の魔術師の中でも、群を抜いていた。
ベージュグレイの髪の毛に、インディゴ色の目。
その色からくる2属性使いで水と闇の使い手だった。
治癒術師としての才能があったのだが、何しろ性格が治癒術師には向かない。
一級魔術師として、魔女、と呼ばれるような ――― 主には薬の研究をしていた。
自分の興味がわくところについてしか研究をせず、しかし、その分野にかけては天下一品。
機嫌がわるければ、研究室を抜け出し訓練所で暴れまわる。
自分も水使いではあったが彼女には及ばず、彼女の機嫌が悪いときには被害を受けていた。
そして、20年前一級魔術師をやめてから、探せど探せど行方は知らず。
そんな彼女からの書状を持った者 ――――― 一体何者だろうか?
門番の黒騎士から話を聞いて、すぐに部下に向かわせた。
「君がフレドリカ・ファルコーネの書状を持ってきた子かい?」
「はい。フレドリカ・ファルコーネの孫、アルベルティーナ・ギラルディーニです。」
驚いた。彼女には家庭が……それはもちろん、あると思ってはいたが、
この子が孫、とは……。
正直全く、似ていなかった。
黒色の髪の毛は肩までの長さで、天鵞絨色の目。
彼女は、……なんというか、きつめの顔、をしていたが、この子にはそれはない。
彼女の容姿と全く似ているところがない。
あえていうならば、この、落ち着いた雰囲気、だろうか。
10代の子どもとしては、少し、変な気がした。
ちなみにあとで、ティーナに聞いたら、
「私が祖母と似ていることはただ1つ、闇使いなことだけです。
祖母と似ている? ……私はまだ人です。鬼とかじゃありません。」
と否定された。……孫にも厳しかったのか。
ティーナがもってきた手紙を読んで驚いた。
全属性使い……本当にいるとは思っていなかった。
帝国の法の中で全属性使いは魔導師となれる、とは書いてあったが、
魔法が使える人は50人に1人、いるかいないかなもので、しかもその1人ですら
1属性を極められることはあまりない、といっていいだろう。
歴史上でも4属性使いが最高だ。
全属性使いは形式的に書いてあるだけだと思っていた。
魔眼に魔装具……頭が痛くなってきた。
全属性使いだとしても、まだ10代の子どもだぞ?
使わせないようにする、という心はなかったのか……!
魔導師の試しを受けられるように手配する。
となると、水は自分がやることになるだろう。
ティーナに魔導師の試しと魔導師について簡単に説明する。
……魔術師だったときからり興味のないことについては何も知らなかったが、
せめて自分の孫にくらい説明してやってくれ。
ティーナは全属性使いがいなかったことも、3属性使いでもほとんどいないことも、
……まず魔術師についても知らなかったようだ。
クアル、という名前だけでわしにたどり着くのにも苦労したかもしれん。
魔導師の試しでは驚いた。ほぼ一瞬で終わってしまった。
フレドリカの孫だから、水の魔術も使えるとは思っていたが……。
一級魔術師の自分でも構築式を手で描く、まではいかなくても
詠唱が必要な上級魔術を短詠唱で一瞬で発動。
ちなみにフレドリカはティーナの修行に上級魔術を使っていたそうだ。
8歳のときからは上級魔術を打ち消す練習、というのをやっていたらしい。
……そんなこと、二級魔術師が一級魔術師にあがるときにできたらすごいくらいだ。
なんで短詠唱なのか?と聞いたら、きょとん、とした顔で
「祖母が長詠唱は修行に使うだけで、実践は無詠唱が当たり前、
という風に言っていましたので……。」
とかえされた。頭が痛い。そんな風だったら大変なことになる。
ティーナはフレドリカのせいで常識が足りなくなっている、ということがわかった。
彼女の目に入っているだけあって闇は無詠唱。
火には少し手間取っていたが、それでもバルドメロの魔術を消して
見事に3属性分の魔導師の試しを成功させた。
それから、ティーナはバルタザール殿下に気に入られ、殿下直属の部下になったわけだが。
「おい、クルス。」
「おや、バルタザール殿下。なんでしょうかの?」
「なんでしょうか、じゃねえだろ! なんだよ、あいつ常識がねえぞ!?」
殿下はお困りのようだ。
ティーナが一級魔術師として城で生活し始めて3日目。
1日目には魔術師の階級制度を知らず、マントでの見分け方を
殿下がしょうがなく教えているのを見かけた。
2日目には朝、殿下が部屋にこないティーナを気にしていたからわしもさがしたら、
バルドメロの研究室で本を読んでいたのを発見した。
これは前日の夜からずっと読んでいたらしい。
日付が変わっていることも気にせずに読み続けていた。
(バルドメロの息子が殿下に八つ当たりされてたの)
今日は皇帝家について、帝位継承の仕組みをしらなかったから殿下が教えたらしい。
フレドリカがティーナに教えた知識は魔術・精霊術・魔装具。
それだけについてだったら一級魔術師も及ばない。
特に水についてはフレドリカの属性だったからか、かなりのものだった。
治癒術師がティーナが魔導師になれそうなことをとても残念がっていた。
そして闇。これは一級魔術師には一人もいなかったので、
今後がんばってもらうことになるじゃろう。
殿下が文句をぶつぶつといっていると、ドアをノックしてティーナが入ってきた。
ティーナは殿下に軽く頭を下げるとわしのところまでやってきた。
「クルスさん、一級魔術師って、部下、というか……
お手伝いさん? 仲間?、みたいなひとってつけることができるんですか?」
「ああ、そうじゃの。部下、という形になるかな。ん? だれかほしいのかの?」
「はい。あの、リアン、……マクシミリアン・インフォンティーノ、を!」
ほう。バルドメロのところの次男か。
……そういえばティーナに言われて1属性使い《シングル》から2属性使い《ダブル》になることになった者だったかの。
「おい、ティーナ、聞いてねえぞ?」
「げっ、ザール殿下。……ザール殿下の許可が必要でしょうか?」
「当たり前だ!! いいか?お前は俺の部下! てことは
俺は上司だろうが! っていうかお前、「げっ」てなんだよ!」
「声に出てました? すみません。それでザール殿下、よろしいでしょうか?」
ティーナはバルドメロを「我が道を行く」タイプだと言ったが、ティーナもそうじゃの。
殿下はため息をついた。
「……マクシミリアン・インフォンティーノ、だな? インフォンティーノ、てことは火使いか。」
「え? 苗字に何か関係があるんですか?」
「おま、……クルス、説明してやれ。」
ティーナにインフォンティーノ家について説明する。
・インフォンテエィーノの姓を継ぐものは火使いであること。
(子どもが火を使えないときはインフォンティーノではなかった方の姓を名乗る。)
・インフォンティーノ家の当主はその家の中で一番の火使いであること。
(今はティーナが勝ったバルドメロが当主じゃ。)
・インフォンティーノ家は帝国の中でも火使いの半分以上を占めること。
・それ故にインフォンティーノ家はかなりの名家と言われていること。
(ちなみに風使いの名家と呼ばれるシルヴェストリ家もあること。)
・バルドメロの子どもは3人、長男は騎士、次男は魔術師、
長女は現在留学中であること。などなどじゃの。
「なるほど。そうなんですか。」
「……俺が調べておくから、お前、俺の部屋行って本でも読んでろ。」
「いいんですか!? ありがとうございます! クルスさん、失礼しました。」
殿下が言った言葉に満面の笑みを向けてからティーナは部屋から出て行った。
「……クルス、ちょっと手伝え。」
「わかりました。」
殿下が少し疲れた様子でわしに声をかけてきた。
ん? まだフォローするには早いですのぅ。
今まで殿下が人を振り回すことはあっても、殿下が振り回されるなんてなかったからの。
しばらく、ティーナに振り回される殿下を見てようと思ったんじゃよ。
閑話1話、クルス・ベナーリオさんの場合でした。
あともう1話閑話として入れてからまた本編に戻ります。
活動報告で出てきた色の紹介をしていますので、
気になったら見に来てください。