①
ミステリー?よりのハラハラ小説を書きました。
「お願いします、終わらせて、ください……」
震える声で、目の前の小さな祠に向かって手を握り合わせる。必死に願いを口にしながら、頭の中では別のことを考えている。
こんなに、悲惨で惨い出来事が起こったのは、いつからだったのか。規則正しく回っていた歯車を、何がズラしてしまったのか。
もう、分からなかった。どれだけ記憶を辿っても、焦りと不安と……色んな負の感情で支配された私の頭では、鮮明に記憶を呼び起こすことなんてできなかった。
「お願いします……もう、嫌なんです……」
「ね〜! 修学旅行の班決まった〜?」
「う〜ん、まだ決まってないんだよねぇ」
まだ少しだけ暑さの残るこの時期、高校二年生の教室の中は、常に修学旅行の話題で持ち切りだった。私達の通う学校は、偏差値は高いものの、私立ではないので、修学旅行の旅先は広島県の花崎村という小さな村。私達のいる東京都の東旭ヶ丘高等学校からは約八九四キロメートル程離れた場所にある。
「東さんは? 班決まった?」
「ぇ……ま、まだ……です」
和気あいあいとした雰囲気を醸し出す教室内を眺めていたら急に声をかけられ言い淀んでしまう。
私の反応を見て苦笑を浮かべた彼女は「へぇ」とだけ言って少し離れた場所にいる集団の中へ溶け込んでいった。
彼女はクラスの一軍女子で尚且つクラス委員を務めている女性、相澤 由梨だ。
「よ、星女、今日も湿気てんな〜!」
急に背中を勢いよく叩かれ、誰が自分に声を掛けてきたのかを察してしまう。高校二年生になっても声変わりの来ていないような、少し高めな声の彼は私の幼馴染である佐東 柳汰だ。
柳汰はつり上がった目で私を見ながらニコッと笑う。
「……星女って言わないでくれる……東 星空って名前があるの……」
周りの視線が痛いので、できるだけ体を動かさず、視線を真正面に固定したまま、声を潜めて言い放つ。
自分で言葉にしてて名前にはやはり違和感を覚える。星空と書いてそらという所謂キラキラネームというやつだからだ。こういう素敵でユーモアのある名前は、やはり陰気な私なんかより、華やかで陽気な相澤さんとかに似合うと思っている。
「柳汰くん! 今日の放課後さぁ〜」
私と柳汰の会話を見兼ねた相澤さんが、柳汰の腕を強引に掴み、少し大きな膨らみをわざとらしく当てながら甘い声で柳汰を呼ぶ。
「相澤ちけぇって! 星女が羨ましがってるぞ!」
柳汰はそう言いながら相棒さんをひっぺがす。相棒さんは私に対して冷たい視線を一瞬だけ向けた後に、柳汰へ視線を移し放課後の予定をペラペラと話している。
今日の放課後は柳汰と図書館に――と頭に浮かんだ思考をすぐに掻き消す。
柳汰も図書館なんかより相澤さんみたいなキラキラした人と遊ぶ方がいいよな。
「由梨〜! 次移動教室だよ〜!」
「えまじ? はいは〜い!」
相澤さんは軽く返事をした後、私の耳元へ口元を近づける。
「……放課後、校舎裏にいて……」
さっき柳汰と話していた時とは全く別物の声に背筋が凍る。自分がそういう対象になるような性格だっていうのも、いわば五軍女子だということも分かってはいたが、真逆本当にそんな状況へ案内されることがあるとは思っていなかった。
「じゃねぇ〜! 柳汰くん」
打って変わった声で語尾にハートマークをつけ、相澤さんは教室から出ていく。
柳汰は時計を見てから「やべ! 俺も急がねぇと!」と言い放ち、自身の机の方へと戻っていく。
相澤さんが、服を持って教室を出たのを見る限り、次の授業は体育らしい。
「……体育、いいなぁ……」
窓の方へ視線を向けながらそう呟くが、窓側の席ではなく真ん中の席なのでグラウンドは見えない。
次第に、教室の中にいた男子も女子も外へと移動してしまった。
体育の授業でみんなが外へ行っている時、私は教室の中でただ小説を書いていることしか出来ない。
私は、走ることができないのだ。
いつの事だったか、記憶が曖昧で場所も時間帯も、具体的に何があったのかもあまり覚えていない。
多分、幼い頃だ。どこか、林の中で何かに怯えて必死にがむしゃらに走っていた。目的もわからない林の中をずっとずっと。
何から逃げていたのかは記憶が抜け落ちていて上手く思い出せないが、それが本当に怖かったのだけは覚えている。「はぁ……はぁ……はぁ」という後ろから迫ってくる息を切らす音。自分より二倍ほどの大きな気配。思い出そうとするだけでも怖かった。恐怖で、全身の毛が逆立った。頑張って思い出そうとした時は、その場で朝食を吐き出し、倒れてしまった。
今だって、少し思い出そうとするだけでも息が少しづつ上がっているのがわかった。
「……そうだ……小説、書こう」
嫌な記憶を掻き消すように、机の横にかかっている鞄からスマホを取りだし、メモアプリを開く。
書き始めに空白をひとつ空け、昨日の体育の約一時間弱で書かれた約四〇〇〇字に続けて文字を綴っていく。
『助けて、なんで……なんでこんなことするの……』
華奢で、弱っちくて、何にもできないヒロイン兼主人公が、土砂降りの雨の中で第二主人公である彼を説得しようと試みるシーン。
「……」
無言で指だけを動かす。スマホの液晶に指が擦れる弱々しい音だけが教室に響く。
たまに外のグラウンドから「パスパ〜ス!」と陽気な声が聞こえてくる。
『ごめん……優奈、俺……お前のことが好きで……でも』
彼が、彼女に向かって包丁の先を向ける。
おかしな環境にいて、強くたくましい彼からおかしくなっていった彼。おかしな環境にいて、弱くても立ち向かおうとする彼女。そんな対比を綺麗に書こうと、何度も消しては打ってを繰り返す。
『ごめんっ……ごめん、優奈……俺……俺……』
思いを伝える強さは要らない。そう判断し、主人公の意味の分からないタイミングでの告白を削った。
そうすることで、消耗しきっている彼の憔悴した様がよく映るだろう。
『ダメ、ここに呑まれちゃダメ、貴方は……貴方でいて……』
優奈はそう言いながら、焦点の合わない彼と視線を合わせようとする。そして、彼の頬に手を触れる。
彼女は彼の憔悴した様にも屈しない強さをふりかざそうとしている。それによって、二人の対比が綺麗に完成した。
『優奈……! 優奈っ!』
主人公が、ヒロインの言葉を聞いて、正気を取り戻――違う。
なら、主人公が、正気を失ったままヒロインを殺――違う。
二人で一緒に心中す――違う。
何度も打って消してを繰り返す。
この後の展開を、何度も何度も色んなパターンで書いてみる。それでも、その行先はなんとなく全て納得がいかない。
「……私が、ここにいたらどうする……」
頭の中で、ヒロインと主人公、両方の立場になって想像してみる。でも、さっき納得できなかったハッピーエンドしか、私には想像できなかった。
「思い浮かばないなぁ……」
そう思っていると、廊下の方から少し大きめの喧騒が聞こえてきた。体育が終わってみんなが帰ってきはじめてるみたいだった。廊下からスマホへ視線を戻し、今日進んだ文字数を確認してみる。書き始めた約四〇〇〇字からおよそ三〇〇字程度しか進んでいない。
「スランプってこういうことかなぁ」
私はメモアプリを閉じてYouTubeを開く。ワイヤレスのイヤホンを耳に入れてよくわからないアイドルの曲を聴く。流れてくる早口の歌詞は、私からすれば魅力をあまり感じない。
放課後。全員がほぼ一斉に教室から出ていき、各々の溜まり場へと駆け出していく。相澤さんとかは、部活のない日は一軍女子を何人か集め、タピオカを飲みに行っているらしい。
私は真っ直ぐ帰ろうか、それとも図書館に行こうか、などと考えている中、徐々に静かになっていく教室の中で最後に残ったのは、私と柳汰だった。
「よっ、帰り?」
「うん、私はもう帰ろっかなって」
朝とは違い、声を潜めずに柳汰の問いに答える。今は私を咎めようとする視線もない。
「柳汰は部活?」
「ん? 今日は練習なし! でも明日朝練なんだよなぁ」
「サッカー部って大変だね」
柳汰はサッカー部のエースであり部長だ。それに加え、うちの学校のサッカー部は所謂強豪校であり、それだけ練習にも力が入っているから柳汰は放課後いつも忙しそうにしている。
「あ、お前さ、いつも朝早かったよな?」
「え……まぁ、うん」
柳汰からの急な質問に嫌な予感を覚えながらも曖昧な肯定を返す。私の返事を聞いた柳汰は満足そうに笑みを口元に称え、眼前で手を強く合わせた。
「頼む! 朝起こしてくんね? 朝苦手でさぁ〜」
「朝苦手なのは知ってる……でも自分で起きれば?」
柳汰の必死の頼みを私は軽くあしらう。柳汰は大袈裟に「えぇ〜!」と言い、肩を落とす。
「親居ねぇから起きれないんだよぉ〜頼むよ〜、なぁ〜あ」
駄々を捏ねる子供のように、柳汰は手をスリスリとする。
そんな柳汰を見ながら、頭の中では違うことを考える。
そう、柳汰には親がいないのだ。正確には、親は居た。幼い頃、柳汰が言うには幼稚園の時に、家に入ってきた強盗によって母親が殺されてしまったらしい。そして、母親を失い鬱になった為に、自室で首を吊って亡くなっていたとか。
当時から、私も柳汰も仲のいい顔馴染みではあったが、私は幼稚園から小学生の頃の記憶が曖昧なのでよく憶えていない。
「あ! じゃあ、今日お前の家泊まってい?」
返事をしない私に見兼ねた柳汰が突飛な提案をしてくる。
「お前んとこも親いないんだし、な! いいだろ?」
柳汰は軽い声色で私にとっては重苦しい事実を言ってくる。明るく振る舞い気負いさせないようにしているのか、それともただノンデリなだけなのか。
柳汰の言う通り、私も幼い頃に両親を失っている。やはり、記憶が曖昧である為に、両親がいつ亡くなったのか、どこで亡くなったのか、なにがあったのか、全て憶えていない。
柳汰や叔父に聞いてみたことはあったのだが、柳汰は「俺そん時出掛けてたからなぁ」と飄々と返してくるし、叔父は「辛いことは思い出さんくていい」と返した。
だから、私はその時の出来事について何も知らないのだ。
柳汰と共に、東京の地で暮らしている経緯もあまりおぼえていない。柳汰と一緒に来たのか、それとも、私を追って柳汰が東京に来たのか、はたまたその逆か。
――ブーッ……ブーッ
途端に、私のポケットから聞こえたスマホの着信音によって、思考が現実へ戻される。
スマホを取りだし、画面を確認すれば、相澤さんから着信がきていた。
「あ、呼ばれてたんだった……」
今まで忘れていたことへお腹の奥が重くなるのを感じながらも、柳汰へ視線を移す。
「……とにかく、朝起こすから、泊まりはダメ」
柳汰に淡々とそう告げ、荷物を手に持って教室から出ていく。早く行かないと、何を言われるか分からない。
それに、教室で柳汰と話していて遅れた、なんてバレれば相澤さんは顔を真っ赤にして罵声をぶつけてくる気がする。
ゆっくりと廊下を歩きながら、そんなことを考える。




