ミレイユの過去
「目障りな女。。」
ミレイユはクラリスを思い出すたびにそうつぶやく。
理由は色々とあるのだが、とにかく感情が先に立つ。
王位継承権もない名前ばかりの王女がジダルクで名声を上げていると聞くと余計に腹が立ってくる。
爪を噛むような仕草をしながらミレイユはどうやってあの女を始末してやろうかと思案していた。
ミレイユはエルドラスト王国の王妃であるジャクリーヌの娘として生を受けた。
エルドラスト国王には正室のジャクリーヌと側室のマドレーヌの2人の妻がいたが、子供はマドレーヌの産んだクラリスとミレイユの女子2人だけであった。
クラリスは幼少期から「卑しい身分の娘」と言われてミレイユから遠ざけられていた。
それはジャクリーヌがマドレーヌを毛嫌いしていたからだ。
マドレーヌは街の踊り子であったのだが、貴族のジャクリーヌにとって踊り子などは卑しい身分であった。
「いい事、あの子は卑しい身分の女が産んだ子供よ。同じ王女でもあなたとは違うのだから相手にしてはいけません」
「同じ王女でも違うってどうしてだろう?」
始めは意味がわからなかったミレイユだが、クラリスと話したり遊ぼうとすると母が恐ろしいので言う通りに従った。
クラリスの母、マドレーヌは彼女が7歳の時に病で亡くなった。
王はマドレーヌのために墓碑を建ててくれようとしたが、ジャクリーヌが猛反発したためにジャクリーヌに見つからないよう臣下に命じてひっそりとお墓がつくられた。
クラリスは母のお墓に行くにも人目をしのんで行かなければならず、どうしてこんな事をしなくてはならないのか考えたし、時にはなぜ自分を産んだのか母を恨んだ事もあった。
「今は子供だからいいけど、大人になった時に下手な情けをかけたらあなたが危うくなるのよ。一片の情も持ってはなりません」
ジャクリーヌによる意識の刷り込みであった。
ミレイユは年齢を重ねて行くごとにクラリスが汚らしい人間に見えてくるようになっていった。
だんだんとクラリスに対して威丈高になっていく。
年を重ねていくうちに周囲の反応やミレイユの態度がどういうものなのかわかるようになってくると、自分も距離を置くようになった。
周りに迷惑をかけないためだ。
クラリスは宮廷内で誰にでも挨拶し、気軽に話しかけて臣下たちに人気があった。
気高く、挨拶もしないミレイユは臣下たちから敬遠されるようなっていく。
「クラリスは聡明でいい子だな。あれならどこに出しても恥ずかしくないだろう」
国王の言葉にジャクリーヌは激怒する。
「何を言っているんですか。あの子は卑しい身分の娘。ミレイユの方がいいに決まっているでしょう。それともあなたは正室の私より側室の女の方が良いとでも?」
ジャクリーヌの剣幕に王も返す言葉がなくなってしまった。
「そういうわけではない。お前もそんなに怒るな。余にとってはどちらも娘なのだ」
「正式な王位継承権があるのはミレイユです。クラリスは飾りの王女。ミレイユが動く価値のない雑用をやらせるだけの存在である事をお忘れなく」
国王はジャクリーヌに無断でマドリーヌと交際していた過去があるだけに何も言えなかった。
ジャクリーヌが側室を渋々認めたのは臣下たちから後継者が1人では何かあった時に国が滅びると諌められたからだ。
クラリスが10歳になった頃である。
社交界でのダンスパーティーでクラリスは見事な社交ダンスを見せて周囲を感嘆させた。
次から次へとクラリスにダンスを誘う貴族の御曹司たち。
ミレイユはそれを忌々しげに見ていた。
〔自分のところには誰も誘いに来ないのになぜあの女にだけ。。〕
理由はミレイユのダンスがおぼつかなく、パートナーが合わせるのが大変だからだ。
おまけにダンスが上手く合わないとパートナーのせいにする。
これでは敬遠されて当然であった。
ミレイユは己のせいだとは微塵も思っていない。
クラリスが元凶だと考えていた。
「お母様の言った通りだわ。この女をのさばらせておいたら私の地位が危なくなる。クラリスは王に気に入られているのは王がマドレーヌに負い目を感じているだけなのよ」
この時、1人の王子がクラリスをじっと見つめていた。
「美しい。。優雅で背筋がピンと伸びて。あんな子と踊れたらな」
王子は社交ダンスが苦手であった。
今の自分ではダンスに誘ったところで彼女が恥をかくだけ。
そう思い諦めたのだ。
いつか彼女に相応しい男になったら王妃として迎え入れたいと。
一方でミレイユは誰からも誘いの声がなく、1人ポツンと席で飲み物を飲んでいた。
そんなミレイユが心配になり、クラリスは席に歩み寄って声を掛ける。
「ミレイユ、どうしたの?」
ひと声かけたクラリスにミレイユは立ち上がってクラリスの胸をどつき、悪態をつく。
「近寄らないで。私はこの国の王妃になるのよ。あなたとは身分が違うんだから」
「ミレイユ。。」
完全に言われのない八つ当たりであった。
突然怒りをぶつけられたクラリスは事情がわからず驚くしかない。
「あんたに名前で呼ばれる筋合いもないわ。王女と呼びなさい。血筋が違うのに姉のつもりでいるんじゃないわよ」
「ごめんなさい」
クラリスは自分が悪いわけでもないのに謝罪した。
好きで姉になったわけでもない。
好きで側室の子に生まれてきたわけでもない。
それでも王女である以上はそれなりの立ち振る舞いが求められる。
この場は自分が頭を下げる事で収まるならと、いつもクラリスはミレイユに謝っているのだ。
この事が余計にミレイユを威丈高にさせた。
こいつは私に頭が上がらないと錯覚するようになっていったのだ。
「あんたは私に頭が上がらない存在よ。その事を肝に命じなさい」
これでこの場が収まるのなら頭を下げるくらいなんて事ない。。いつもの事だ、もう慣れてしまった。
悔しさと怒り、悲しさを押し殺してクラリスは頭を下げる。
その一部始終を王子は遠くから見ていた。
しかし当時の彼に止める術はなかった。
彼が政略結婚の計画をたてるのはこの2年後である。
☆☆☆
それから6年が経ち、クラリスは16歳になりジダルク王国との政略結婚の時期となった。
「お母様、いい事を思いつきましたわ。クラリスを私の代わりにジュリアン王子と結婚させましょう。取り決めた約束はこちらの王女を差し出すという事のみ。クラリスか私かの明確な指示はないわ」
「なるほど。。確かにそうじゃのう。王女を嫁に送るとだけ申したがミレイユであると明言してはおらぬ。クラリスでもよいわけじゃ」
「でしょ? 第二王子にクラリスを嫁がせて私は第一王子と改めて婚約してもらう。これが1番ですわ」
こうしてクラリスは身代わり王女としてジュリアンの元に行くことになる。
「ざまあみろ。お前はこの国にいても役立たずなのだから政略結婚で少しは役に立ってきな。お前の役目は終わったんだよ」
ミレイユにとってクラリスはいるだけで自分の感情を逆撫でする存在であった。
その一方で何かあれば立場が逆転する事に恐れていた。
いなくなるのが1番良かったのだ。




