事故
「クラリスがジダルクで評価が高いですって? 身代わり偽王女の分際で生意気な」
ミレイユはジダルク王国内でのクラリスの評価が高まっている事に妙な胸騒ぎを覚えた。
政治能力が高いのは悔しくても認めざるを得ないのだが、このままでは自分がアレクシスとの婚約を持ち掛けても無用と言われてしまうだろう。
「だんだん目障りになってくるわね。早く次の手を打たないと」
だが国王にも謁見し、社交界でも名声を上げているとなると目立ったやり方はまずい。
「事故に見せかけて殺すか。。」
宮廷のパルコニーから突き落とす、馬車の車輪を緩めておいて転倒事故にする。
ミレイユは臣下の男たちを呼んでこれらを協議させた。
「くれぐれも私が裏にいる事を知られないようにあの女を始末するんだよ。成功したらお前たちは女王付きの親衛隊に昇格させてやる」
つまり母ジャクリーヌと将来的に自分が女王になったら自分付きの親衛隊にしてやるという事だ。
女王付き親衛隊ともなれば名誉だけでなく給金も桁違いになる。
男たちは目の色を変えてクラリスを事故に見せかける暗殺計画を練っていった。
☆☆☆
「クラリス、疲れていないか?」
ジュリアンの心配にクラリスは大丈夫だと返事をする。
「最初は慣れなくて緊張から疲れたけど、今はもう大丈夫。顔と名前を覚えた貴婦人の方たちも優しくしてくださるし、何より色んな方たちと出会えてお話出来るのが楽しい」
「そうか。君がそういうなら安心した。あれからミレイユの動きが止まっているが、油断は禁物だ。警戒は怠っていないから安心してほしい」
ミレイユ。。何を考えているのかわからない。
クラリスは決して仲の良いとは言えない妹を思い浮かべる。
幼少の頃から差別化されて育てられて2人。
ミレイユは常に次期女王、もしくは結婚相手の王妃としての位置付け。
クラリスは王位継承権もない、結婚相手が身分の低い貴族であれば王族ですらなくなる位置付けであった。
しかし、今は自分がジュリアンの王妃として活動している。
不思議な感覚であった。
クラリスはこんなに充実した日々を過ごすのは初めてなだけに、幸せな気持ちといつかこれが壊れてしまうのでは。。という不安が同居している。
「私は身代わりで来たはずなのに、まるで正式な王妃として迎えられたような待遇を受けている。ミレイユが知ればさぞ癇癪を起こすだろうな」
不安はあるが、今は王妃として与えられた任務を果たす事に専念すると心に決めていた。
☆☆☆
この日は再び社交界での交友である。
ジュリアンから疲れているなら無理をするなと言われたが、ここで交友を広めておかなければ後々苦労すると思い参加すると申し出た。
「大丈夫。本当に疲れてたら休むから」
「そうか。。もう、すっかり王妃が板についてきたな」
「え?」
「お似合いだって言ったんだ。まあ無理をするなよ」
ジュリアンは笑顔を見せて部屋から出ていった。
「お似合いってどういう事? 私が王妃に合っているって事? まさかね」
社交界におけるクラリスの対話はジダルク国内でも有名となっていた。
物腰柔らく笑顔で相手の話を親身に聞き、的確な答えが返ってくる。
王妃としてだけでなく人間性も素晴らしいと評判が上がっていた。
「さすがに少し疲れたかな」
クラリスは風に当たろうと宮殿の2階部分にあるバルコニーに出た。
少し冷たい夜風が頬に当たるが、それが心地よかった。
「ジュリアンも忙しそうだし、もう少しだけ休んだら戻らなきゃ」
そう言いながら何気なく手すりに手をかけた時、違和感を感じた。
〔ん? やけにぐらついている。。〕
そう思ったと同時に手すりが壊れた。
「あ。。」
いきなりの事で目の前の景色が流れるように速まり、声を上げる間も無くクラリスは2階から転落してしまった。
地面に叩きつけられ、体の痛みで動くことが出来ない。
その音を聞いて社交界に出席していた貴族たちが異変に気がつく。
「王妃様、王妃様!」
「誰が医者を呼べ」
辺りに声が鳴り響く中、クラリスは意識を失った。
「すまないクラリス。僕が付いていながらこんな事に。。」
ベッドで静かに眠っているクラリスにジュリアンは謝罪の言葉をつぶやく。
ジュリアンはクラリスに怪我をさせた事に対して自分を責めた。
背中を強く打ったものの骨に異常はなく、しばらく安静にしていれば回復するであろうとの事であった。
頭から落ちなかったのが幸いであった。
ジュリアンは眠っているクラリスの頬に手を当てて助かって良かったと思う。
「君はミレイユの身代わりでここに来た。でも僕にとって君の代わりになる人はいない。。」
しばらく眠っているクラリスを見ていた。
ここに彼女が来てから一か月が経つが、社交界と宮廷の雰囲気は良く、大丈夫なのかと疑問を抱いていた国王も認めるようにまでなって来た。
彼女の努力が身を結び始めた矢先であった。
ミレイユがこれを狙っていたのは当然であろう。
なぜ止められなかった。。
ジュリアンはクラリスにすまない気持ちでいっぱいであった。
☆☆☆
翌日、朝からジュリアンは臣下たちを動員して事故の究明に当たった。
原因はすぐにわかり、事故ではなくあらかじめ仕掛けられたものであった。
「このバルコニーの手すりはアーチ型。先端に来て手すりに手を掛ける事を想定してあらかじめ切り込みを入れていたのか。。別の人間が先に来て落下したとしても構わないというやり方で」
なりふり構わないやり方にジュリアンは怒りが込み上げて来た。
ミレイユが次の手を打ってくる事は予想出来ていた。護衛や見張りも付けていたが、それでもやられてしまった。
「僕が甘かった。。クラリスをこんな目に合わせた奴に必ずその報いを受けさせてやる」
もしこの場に臣下がいたらおもわず一歩引いていたであろう低く怒りのこもった声であった。
☆☆☆
「転落させるところまでは成功したけど、一命はとりとめたですって? 悪運の強い女ね」
ミレイユは報告を聞いてあと一歩だったかと悔しがる。
おそらくジダルク王国はこれを事故ではなく仕組まれたものと見破るであろう。
「そろそろアレクシスとの婚約話を持ち込んだ方が良さそうね」
ミレイユは王妃である母ジャクリーヌに頼んでアレクシスと自分の婚約交渉をしてもらうために動き出した。
「私がジダルクの王妃になったらクラリスはお払い箱よ。あの女が王族になっている事自体が許せない。。国から追い出してやるわ」
ミレイユがここまでクラリスを目の敵にする理由とは。。




