震える手
〔まさか、王女様と同じ名前。。偶然よね。たまたま同じ名前の方をお世話する事になって。。〕
セリーヌはそう自分に言い聞かせていた。
彼女はエルドラストの人間なので王女の名前は知っている。
そしてメイド長に言われるまま、クラリスの部屋に入り挨拶をする。
「髪を結わせて頂きます」
「よろしくね」
クラリスはメイドに対しても気さくな態度であった。
セリーヌは髪を結う手が震えていた。
クラリスの顔をこの時初めて見たが、会った瞬間にこの人が王女であろう事はわかってしまった。
普段見ている貴族たちとは気品が違った。
〔やりたくない。でも私がやらなきゃ妹が。。〕
セリーヌは隠し持っていた短剣を握りしめようとするが、手が震えてなかなか持てない。
無防備すぎるその背中に、セリーヌの心は揺れた。手が震え、呼吸が荒くなる。
ジュリアンは部屋の物陰からその様子を見ている。
クラリスが危なくなったらすぐに飛び出せるように。
クラリスは髪を結うのは完全にセリーヌに任せて自身は本を読んでいた。
鏡は途中の出来を見てもらう時と完成した時くらいだ。
これなら。。
セリーヌが震える手でクラリスを背後から刺そうと腕を振り上げるが、そこで手が止まった。
〔やらなきゃ。。やらなきゃ。。〕
妹の顔が脳裏に浮かんでくる。
焦れば焦るほど動きが不自然になるし、僅かに呼吸も荒くなる。
不自然に動きが止まるのでクラリスは声をかけた。
「大丈夫? 手が止まってるけど」
「き、緊張してしまって。。」
クラリスは髪を触るセリーヌの手が微かに震えているのを感じていた。
さすがにどうしたのかと背後を振り向いたところで短剣を持ったまま刺す決断を下せず手が止まっていたセリーヌと目が合った。
「あ。。」
セリーヌは声を漏らすが体が硬直したように動かない。
どれくらいの時間だったであろう。
おそらく10秒に満たない時間だと思われたが2人は見つめ合ったまま止まっていた。
「どうして刺せなかったの? チャンスはあったでしょう。怖かった?」
クラリスのひと言にセリーヌは短剣を落として膝から崩れ落ち泣き出した。
それを見てジュリアンも物陰から出てくる。
ジュリアンはまずクラリスの顔を見る。
クラリスもジュリアンと目が合って安堵の表情を浮かべた。
彼女とて余裕があったわけじゃない。
ジュリアンを信用するしかない状況で必死だったのだ。
気がつくと本を持つ手に汗をかいていた。
「おそらくメイドを使った暗殺を仕掛けてくる」
これがジュリアンの予想であった。
理由はクラリスが社交界までこの宮殿から出ないために他に方法がないからだ。
事故に見せかけて馬車を壊しておくのと、盗賊に襲わせるのはクラリスが屋敷から出なければ出来ない。
毒殺は宮殿には毒味役がいるためにほぼ不可能である。
残るはメイドを使って油断しているところを。。というわけだ。
無論、ジュリアンも確信があったわけじゃなく賭けであったが、新しいメイドが来ると聞いた時点で確信した。
床に崩れ落ちて泣いているセリーヌにクラリスが声をかける。
「泣いているだけでは、私にはわからないわ。どうしてこんな事をしようとしたのか、話してもらえないかしら。事情次第では助けられるかもしれない」
クラリスの言葉にセリーヌは泣きながら声を震わせてここまでの経緯を話し始める。
クラリスとジュリアンはセリーヌの様子を見てこの子に人は殺せないと感じていた。
なぜこんな子に暗殺をさせたのか。
クラリスはそれを考えた時に何となく事情がわかってきた。
お金に困っていると。
ミレイユは人はお金で動くと思っている。
でも人の心までお金では買えない。
クラリスとジュリアンは事情を聞いて予想通りだったとため息をつく。
「ごめんなさい。あなたに怖い思いをさせちゃったね」
「そんな。。クラリス様が悪いのではありません。私がお金に困っているのが丸出しだったから目をつけられてしまったんです」
「お金に困っているのがそんなにいけない事なの? 悪いのはそれを利用したミレイユよ」
クラリスはジュリアンにこの子を助けられないか言おうとするが、それを察知したようにセリーヌに話しかける。
「とりあえず君を保護して妹さんに手が回らないようにしなくてはな」
「ジュリアン、何かいい方法があるの?」
「そうだな。。」
ジュリアンは顎に手を当ててしばらく考えていた。
そしていい考えが浮かんだのか笑みを浮かべる。
「君を死んだ事にしよう」
セリーヌもクラリスも意味がわからずジュリアンの顔をまじまじと見つめる。
「2人してそんなに顔を見ないでくれ。流れを説明するとこうだ。まずセリーヌはここでクラリス暗殺に失敗して僕に斬り殺されたという噂を流す」
2人はジュリアンのうなづきながら説明に耳を傾ける。
「セリーヌを見張っていた男たちはそれを知れば暗殺は失敗し、セリーヌが死んだとミレイユに報告するだろう」
そこまで聞いてクラリスも大筋が読めた。
「そうか。失敗して生きて戻ればセリーヌも妹も命がない。だけど、失敗してセリーヌが死んだとなればミレイユは捨て駒がなくなっただけと次の手に進む。つまり妹さんには何もせずに終わるという事ね」
「ミレイユの性格からして捨て駒と見ていた人間がいなくなったところで痛くも痒くもなく次の手を。。となるだろう。妹さんの事など忘れているさ。念の為に君の家に見張りを付けてはおくけどね」
それで大丈夫なのかセリーヌにはまだ不安があったが、この場はこの2人にお願いする以外に選択肢がない。
「私には他に方法がありません。妹をどうかよろしくお願いします」
こうしてセリーヌはジュリアンに連れられてある場所で密かに生活する事となった。
☆☆☆
「また厄介ごとを持ち込んだのか?」
「そう言わないでくれ。彼女をしばらく匿ってほしい。誰にも見つからない場所はここしかなかったんだ」
ジュリアンがセリーヌを連れていったのはアレクシスの部屋であった。
宮殿内でも国王一族以外は誰も出入り出来ないこの場所なら安全だと考えたからだ。
アレクシスの顔を見てセリーヌは驚愕する。
「え?」
あとをよろしく頼むとだけ言い残してジュリアンは足早に立ち去っていく。
「まったく。。せめてひと言言ってからにしてほしいな」




