利用されたメイド
セリーヌはミレイユ付きメイドの1人であった。
彼女は貧しい下級貴族の娘で病気の妹がいた。
妹の病気の治療にかかる金額はバカにならない。
貧しい家の家計ではとても払いきれずセリーヌはミレイユ付きメイドに募集して幸運にも受かったのだ。
王女付きメイドとなれば給金は一般メイドの4倍から5倍の金額になる上に、衣服や薪といった燃料や食料までが支給される。
そのおかげでセリーヌは貰った給金をほとんど使う事なく妹の治療に充てられたのだ。
募集に受かってメイドになれたのがミレイユに目をつけられていたという事も知らずに。。
☆☆☆
ミレイユの元にジダルク王国の報告が入ったのはジュリアンがクラリスとの婚約を発表した1週間後であった。
「まず、アレクシス殿下の病状ですが、兵士たちの噂からですと最近あまり芳しくないとの事です」
「やっぱりか。。」
ミレイユは自分の予想が当たっていたと思った。
「それで、クラリスはどんな感じなのよ?」
少しイラついた声で臣下に聞くミレイユ。
知りたいのはそこなのよと言わんばかりの言い方であった。
「はい、今のところ婚約発表をしたというだけでまだ公務にもついておりませんし、公の場での顔見せは社交界の場になるだろうとの事です。ジュリアン殿下の宮殿庭園でティーを飲む日々を過ごしているとか」
「は? ティー飲んで過ごしてるですって? あの女勝ち誇っているつもりなのかしら」
臣下はミレイユが何をそんなにイライラしているのか理解出来なかった。
ミレイユはクラリスの政治能力を忌々しいながら認めているのだ。
公の場でそれを発揮されたら自分の婚約話など不要にされてしまうかも知れない。
クラリスがいれば十分、仮にアレクシスが国王になったとしたらクラリスをジュリアンからアレクシスの王妃とするくらい当然の戦略なのだから。
そんな不安から焦燥感が出ているのだ。
「ジュリアン殿下は庭園でティーを飲みながら読書をするのが趣味という事で、クラリス様はそれに付き合わされているのでしょう。2人の仲は見た限りではまだぎこちないそうです」
「私の前では『クラリス』と呼び捨てでいいわよ。あの女は王位継承権のない飾り王女なんだから」
臣下の身でさすがにそれは。。
そう表情で訴える臣下を無視してミレイユは顎に手を当てて考える。
仮にアレクシスの病が重く、亡くなる事があるとしたら、ジュリアンが王位継承者となる。
ここはアレクシスが大丈夫な場合と亡くなった場合の両方の可能性を考えておく。
いずれにせよ、クラリスがその能力を発揮した場合には自分の出番はなくなってしまう。
やはりクラリスは消しておいた方がいい。
私がジダルク・エルドラスト両国の王妃になるのに邪魔だからね。
ミレイユはいずれエルドラストにジダルクが吸収されて一つの巨大国家になると予想していた。
財政力で上回る国が軍事力のある国を取り込んで最強になる。
それが彼女の構想で、現実的にも可能な事なのだ。
「クラリス、身代わりまでであなたの役目は終わりよ。あとはこのミレイユ様が主役として登場する舞台を整えるだけよ」
ミレイユは薄ら笑いを浮かべて臣下にある命令を下す。
「メイドのセリーヌを今夜、宮殿内の噴水の前に連れて来なさい」
こんな時のために下賤な貧乏貴族の娘を雇い入れたのよ。
金を与えたら動く人間をね。
☆☆☆
その夜、セリーヌは呼び出しに応じて噴水の前にやってきた。
こんな時間に呼び出されるなんて何だろうと不安にかられながら。
夜の静粛の中で噴水の音だけが聞こえている。
今宵は月明かりがやけに眩しい。
そして噴水の前には1人の人物が立っていた。
顔に仮面をつけているために誰だかはわからない。
身長と体型から女性だろうと判別出来るだけだ。
「参りました」
セリーヌは不安を押し殺してその人物に話しかける。
「あの。。私にどのような用件があるのでしょうか?」
「よく来たわね。私は遠回りな言い方が嫌いだからはっきりと言うわ。あなたに頼みたい仕事があるの」
「私にですか?」
セリーヌは不安とともに不審にも思った。
メイドなら自分以外にもいるのになぜ私が呼び出されたのかと。
セリーヌは無意識のうちにスカートの裾を握りしめる力が強まった。
「そんなに警戒しなくていいわ。成功したらあなたが今後数十年働いても稼げないだけの報酬を払う。それと生活に必要な燃料や食糧も与えてあげるわ」
そんなお金を払える人間は限られている。
相当に身分の高い人だ。
セリーヌはそう思いながら彼女の話を聞いている。
「それと、病気の妹さんに必要な医者と薬もこの国で最高の物を用意してあげるわ」
どうして妹の事を?
セリーヌは心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。
「頼みたい事と言うのはね。。」
そう言いながら仮面の人物はセリーヌに一歩近づいた。高価な香水の匂いが漂う。
「ある女を消してほしいの」
「えっ」
思わず声が出る。
「だ。。誰ですか?」
「あなたが知る必要はないわ。相手の名前も、身分も、理由もね。知ればあなたは余計なことを考えるでしょう?」
それは、思考を奪う言葉だった。
「短剣はこちらで用意する。その女に近づく手はずもこちらで整えるから、あなたは隙を見て刺すだけ。簡単でしょう」
「私がそんなこと。。」
「あなたは、妹のためなら何でもできる」
確定するような言い方に胸を突かれたような感覚を受ける。否定できない。
「あなたの妹の命と、顔も知らない女の命。どちらを選ぶかなんて迷うまでもないでしょう?」
セリーヌの視界が滲む。
「もし断ったら?」
「ここで聞いた話はすべて忘れなさい」
声は穏やかだが、拒否を許さない。
「ただしあなたと妹の未来は保証できないけれど」
それは選択肢ではなかった。
自らの意思で選択することすら許されない状況に覚悟を決めたセリーヌは深く頭を下げた。
「。。承知、いたしました」
手に渡された短剣は、夜の冷たさを帯びていた。
「いい返事よ。では、期待しているわ」
仮面の人物は満足そうに告げて夜の闇の中へ消えていった。
セリーヌはその場に立ち尽くしたまま、自分の手が微かに震えていることに、しばらく気づけなかった。
「ふふふ。簡単なものね。金に困っている人間は金をチラつかせればこちらの言う通りに動く。世の中は金と権力なのよ」
期待していると声をかけたが、本心は期待などしていない。
上手くいけば儲けもの、失敗したら始末すればいい。
ミレイユにとってメイド1人など使い捨ての駒でしかなかった。
☆☆☆
翌日にはセリーヌはジダルク王国に行くように指示を受けた。
そして黒服の男が2人、ジダルクに行く馬車にセリーヌとともに乗り込んだ。
「お前の役目はわかっているな」
「。。はい」
「我々は監視役として同行する。失敗したらどうなるか。。言うまでもないがな」
セリーヌは青ざめた表情で失敗した時の事を思い浮かべていた。
私はどうなってもいいけど、妹に手を出さないでほしい。
そう言ったところでこの人たちは聞くまいが。
「セリーヌと申します。どうぞよろしくお願いします」
ジダルクに到着したセリーヌは早速ジュリアンの庭園がある宮殿に連れて行かれた。
セリーヌに用意された職は標的となるクラリスのメイドであった。
セリーヌは誰の世話をするのかを知らない。
言われた通りに動いているだけだ。
男たちからその女性の髪を結うメイドとして採用されたと聞いた。
髪を結う時に背後から短剣でひと刺し。
それでこの仕事は終わりだと言う。
ジュリアンの宮殿に向かったのは、そこにクラリスがいるからだ。
男たちは後を追うが、さすがにジュリアンの宮殿には入れない。
近くで待機してセリーヌが出てくるのを待つ事となる。
「早速だけど、クラリス様の髪を整えてちょうだい」
到着するなりメイド長に仕事の指示。されたセリーヌ。
クラリスという名前に聞き覚えがあった。
〔え? 王女様と同じ名前。。まさか〕
嫌な予感が脳裏によぎる。




