ミレイユの誤算
「ジュリアンが正式にクラリスを王妃として婚約を認めたですって?」
執事の報告にミレイユは声を荒げた。
ありえない。。
それはミレイユにとって意外な展開であった。
身代わりだと判明すれば、すぐに異議を唱えてくるはずだった。そうなれば、条約には“王女”とある以上、今回は第二王位継承者であるジュリアンには〔王位継承権のない〕姉であるクラリスに決まったと報告するつもりであった。
条約上はなんの違反もないために、これに反論する余地はない。
嘘は言っていないし何も悪くないという事である。
これを理由に戦争を仕掛けたらジダルクは周辺諸国からの信頼を失い、外交ルートを無くす事になるだろう。
ジダルクはエルドラストから金銭面の支援を、エルドラストはジダルクとの協定で軍事的脅威を無くすのが目的である。
両国にはそんな思惑があった。
それを利用して自分が王位継承一位である兄のアレクシスとの婚約を申し出る。
財政を欲しているジダルク王国がミレイユの申し出を断る可能性は低いであろう。
これで両国の関係をさらに強めるのにひと役買うという流れに持って行くつもりであった。
上手くいけばミレイユは歴史に名を残す王妃となる。
それが、なぜ?
第二王位継承者であるジュリアンは、すべてを承知の上で、クラリスを選んだというのか。
ミレイユは疑心暗鬼にとらわれた。
無論、そんなのは無視してアレクシスとの婚約を持ち込む事は出来るであろう。
お互いがもっと強い絆で結ばれれば経済も軍事力も安定するとでも言えばいい。
しかしミレイユは疑惑にとらわれると確認しないと気が済まない性格であった。
「まさか、アレクシス王子の病気が再び進行してジュリアンが王位継承者になる可能性が。。
もしそうならクラリスに王妃としての能力があれば身代わりであろうと問題なくなる」
姉を見下しているミレイユだが、クラリスの聡明さと王女としての能力が優れている事は忌々しいが認めていた。
これまで何度も自分の代わりに政治の舞台に立たせてそれをこなして来たからだ。
「それならクラリスを退けて私が改めてジュリアンの婚約者にならなければ。。」
もし、そうであるなら嵌めたつもりが嵌められた事になる。
たが、これは自分の想像に過ぎない。
単に変わり者と噂されているジュリアンの気まぐれなのかもしれない。
「邪魔な脇役には早く舞台から降りてもらわなくてはね。あとに主役がいるのだから」
☆☆☆
正式にジュリアンの王妃として認められたクラリスは結婚式までの間、ジュリアンの別邸で過ごす事となった。
ただし、これはあくまでもジュリアン個人がクラリスに決めたと言うだけで、国王を始めとするジダルクの重臣たちにはまだ認められたわけではない。
1ヶ月後の社交界の場での公式発表という事になろう。
本格的な王妃としての仕事は結婚後で、それまでは別邸でしずかな日々を過ごしていた。
ジュリアンと一緒にテーブルでハーブティーを飲みながら読書をする日々。
自家栽培のハーブなので、王族が飲むような高級茶ではない。
しかしクラリスはこの味が好きだった。
昔、母と飲んでいたティーはこんな味だったからだ。
「あなたは毎日こうして過ごしているの?」
「重大事項がない限りはね。平和が1番、ティータイムは2番」
こんな事してて良いのかなと思う反面、こんな生活も悪くないとも感じていた。
クラリスはこんなにのんびりとした生活をしたのは幼少の頃以来であった。
まだ母が生きていた時、7歳まではこんな日を過ごしていた。
変わり者と言われているけど、クラリスにはなぜか心地良かった。
もしかして気が合っている? まさかね。。
そんな事を考えていると、またジュリアンから意表を突く言葉が出てきた。
「君は聡明だし芯も強い女性だが、己の身の危うさを感じ取る危機感が皆無だ。それじゃ長生き出来ないぞ」
クラリスは初めは何の事かよくわからないという表情であったが、すぐにその意味を理解する。
「まさか、ミレイユが私を狙ってくると言うの?」
「今、彼女は疑心暗鬼にとらわれているだろう。なぜ身代わりで政略結婚に出された君と僕が正式に婚約したのかを」
「自分が身代わりに出しておいて何を疑っているっていうの?」
「おそらく身代わりを送りつけるとはどういう事かと言って来ると予想していたんだろう。その上で改めて兄上との婚約を切り出すつもりだったのさ」
ミレイユならあり得る。。
あいつは王位だの威光だのをやたら気にする性格だからね。
「こっちがそう言えば、ミレイユ側は条約には何も違反していないし約束通り王女を送ったと言ったあとで、姉のクラリスがお気に召さないのであればアレクシスと私の結婚はいかがでしょうか? と切り出しやすくなる」
「それに対してジダルクがミレイユの言い分を聞いてやる必要があるのかしら?」
「この国はね、君が思うほど豊かじゃないんだよ。軍事力は父上のおかげで増強出来たが、それにかかる費用で庶民の暮らしは厳しい。エルドラストの豊富な資金は必要なのさ」
「王妃よりもお金が必要なのね。じゃあ私もその考えで婚約成立してもらえたのかしら?」
「いや、はっきり言うと君と婚約成立したところでこの国に入るお金はせいぜい乗って来た馬車を売り払った代金くらいさ」
文句を言ったくせにちゃっかり売り払ってる。
まあ、この人ならそれくらいはやるだろうし、あんな馬車売られても私は困らない。
でも私との婚約はお金じゃないとするとなんだろう。。
クラリスはその理由を突っ込んで聞いてみる。
「じゃあどうして私と婚約してくれたの?」
「僕が君を気に入ったからさ」
軽いというか、冗談なのか本気なのかわからない言い方。
私のどこを気に入ってくれたのか聞きたいけど、たぶんはぐらかされるだろうな。
「今ごろ僕がクラリスと正式に婚約したというのは何か裏があると疑っているだろう。例えば兄上の体調が再び悪化して僕が王位継承第一になるのでは? とかね」
「私がジュリアンと婚約したのが、どうしてそんな方向に行き着くのかしら」
「ミレイユにしてみれば第二王位継承者との婚約なら王位継承権のない君で十分。そして自分は兄上と婚約して王妃になるつもりだった。しかし僕が王位継承者となれば彼女の策は消し飛び、身代わりに送りつけた君がこの国の王妃だ。こんな事は許せないだろうよ」
ああ、そういう事か。。
クラリスはようやく己の身の危うさを悟った。
邪魔者は始末すれば良い。
ミレイユなら考えそうな事である。
万一アレクシスが亡くなるような事態になり、ジュリアンが国王となったら私がいなくなればそこに自分が収まれる。
クラリスはそんなミレイユの浅はかな考えに怒りが込み上げて来た。
やられてなるものですか。。
エルドラストにいた時は王女としての立場から国の混乱を避けるために逆らわずにいた。
けれど今は状況が違う。
しかしどうしてこんなにエルドラストと私たち姉妹の事を知っているんだろう?
気になってその事を聞いてみる。
すると意外そうな表情で言われてしまった。
「隣国の王族を知らないでどうする? 戦うかもしれないし同盟国になるかもしれない国の内情はある程度把握しておく必要があるだろう」
言われてクラリスは恥ずかしくなった。
自分はジダルク王国の王族をほとんど知らない。
確かに戦うかも知れないし、同盟国になるかも知れないのにあまりにも無知な自分を恥じた。
ミレイユはどこまで知っているのだろう。。
あの子なら正統王女の権限で私よりもずっとジダルクの事を知っているんだろうな。
「だが、僕とて神じゃないからそれ以上の事はわからない。今後ミレイユがどんな手を使ってくるのかは予想されるいくつかのルートを絞って対策をするしかない。確証はないが、君の妹ならこう出てくるだろうというのをね」
「もし予想が外れたら?」
「その時は君はミレイユの手に掛かる事になる。まあ、そうならないように頑張ってみるけどね」
待って。。あなたの予想が外れたらやられるのは私よ。
これはジュリアンの賭けに乗せられてしまった事になる。
妹の手にかかって死ぬなんて考えなくない。
考えたくないのにその場面が頭に浮かんできて背筋が冷たくなるクラリスだった。




