アレクシスの正体
アレクシスに直接会ってからにすると良い。
その言葉に乗じてミレイユは王妃ジャクリーヌと共にジダルク王国へ馬車で向かった。
それはクラリスがジダルクに来た時とは比較にならない豪華絢爛な馬車を何台にも連ねての行進であった。
着替えや身につける宝石を積んだ馬車に世話をするメイドたちが乗る馬車。
それは自分たちの威厳を示すための行列である。
ジュリアンがクラリスに言った「見栄に大金を使う国はいずれ破綻する」を当てはめるなら、エルドラストは破綻と言ってもいいだろう。
「エルドラスト王国の威光を見せつける良い機会になったわね」
王妃ジャクリーヌは満遍の笑みを浮かべる。
これでミレイユとアレクシスの婚約が成立すれば自分は両国の王妃として権力を増大する事が出来る。
「軍事的脅威もなくなり国力が増す。我ながら良い話を引き受けたものじゃ。ミレイユなら王妃として相応しい」
ジャクリーヌとミレイユは高笑いを浮かべる。
ここまでは2人とも人生の最高潮であっただろう。
ここまでは。。
ジュリアンはクラリスが目を覚ましたと聞き、寝室へ見舞いに来ていた。
そして眠っている間に刺客が襲ってきた事と、ミレイユとジャクリーヌがジダルクに来る事を伝えた。
「ミレイユがここに来るのね。。私は無用になるのかしら?」
「なぜそうなる? 君は僕の王妃だ、無用になんてならない」
ジュリアンがそう言ってもクラリスの表情は冴えない。
「私、ここに来なかった方が良かった?」
まずい、彼女は気落ちしている。
ジュリアンは今は何も言わずにゆっくり休ませた方がいいと考えた。
「そんな事考えなくていい。今はゆっくり休んで早く怪我を治すんだ」
ジュリアンはこの場でクラリスにこれまでの経緯を話すのを避けた。
彼女の怪我がもう少し良くなり、気持ちが落ち着いてからにしようと考えたのだ。
だが、今のクラリスにとってそれは逆効果であった。
「僕はこれから王子としてミレイユの応対をしなくてはならない。行きたくはないが、これも仕事だ。行ってくる」
そう言って部屋を出て行ったジュリアン。
クラリスは疑心暗鬼になっていた。
「なんだか誤魔化されている感じがする。私は邪魔だから寝ていろって事なの。。」
☆☆☆
ジュリアンはミレイユと初対面する。
煌びやかなドレスに王冠、ネックレス。
どれも庶民が数十年働いても買えない値段であろう。
「これはジュリアン王子。うちのクラリスがお世話になっているそうで、痛み入りますわ」
何が痛み入るのかわからない。
ジュリアンは無表情で頭だけ下げる。
この女は自分のつけている宝石でどれだけの人間のパンが買えるかすらわかっていないのだろう。。
クラリスが来た時に言った皮肉さえ言う気にもなれないほど高慢な態度に嫌気が刺してきた。
ミレイユはこんなところまで来たのだから早く用事を済ませたいと考えていた。
ジュリアンと無駄に話しているよりもアレクシスに会っておきたい。
ミレイユは単刀直入に申し出た。
「とりあえずアレクシス殿下と会わせて頂きたいですわ。当事者同士で話した方が親密度も上がるでしょうし」
高笑いするミレイユにジュリアンはいよいよこの時が来たと拳を握りしめる。
「少しお待ち下さい」
ミレイユは迎賓館の来客の間に通された。
メイドがハーブティーを入れてくれたので飲みながら待つ事にする。
「病弱と聞いていたから、さぞ優男なんでしょうね。まあ姿形はどうでもいいわ。王位とお金が手に入ればね。しかしこのハーブティーまずいわね。いくらぐらいのを飲んでるのかしら」
ミレイユが飲んでいたのはジュリアンが愛用しているハーブティーであった。
彼は高級な茶は好まず自らの宮廷内にある薬草園で自家栽培したハーブを使用していた。
高級茶しか飲まないミレイユにとっては香りも弱く甘味も足りないティーは口に合わなかった。
ひと口だけ飲んでカップを置いてしまった。
ジュリアンとクラリスが愛した庶民の味もミレイユには雑味のある安物としか感じなかった。
そしてドアが開いてアレクシスが部屋に入って来た。
「え?」
ミレイユはアレクシスの姿を見て驚愕する。
「初めまして、ミレイユ王女。私がアレクシス。。いえ、ヴィクトワールと申します」
美麗でとても落ち着いた声と大人の雰囲気を持ち合わせた女性であった。
〔お、女?〕
さすがのミレイユも驚きのあまり声が出なかった。
姿形はどうでもいいと思っていたが、これはあまりにも想像の斜め上であった。
しばらくしてようやく事態を悟ったように声を上げる。
「どういう事なの? 女性だなんで聞いてない」
「アレクシスは彼女が歴史書を書く時の名称です。ヴィクトワールが本名なんですよ」
ジュリアンがにこやかに答えるがミレイユは怒りをあらわにする。
「そんな事聞いてないわよ。なぜ女なの?」
「アレクシスが王位継承権第一位とは言いましたが、男だとはひと言も言っていないですよ。我々は「我が国の王子とエルドラストの王女の結婚」という書面を交わした。それに偽りはありますまい。王子である僕がクラリス王女と結婚したのですから」
「ふざけないで! 王位継承第一位と言われれば王子と思うでしょう。これは詐欺よ」
「王位継承第一位といえば男なんですか? 女王だっているでしょう。それならばクラリス王女を連れて来られたあなた方はどうなのですか? 王女と記載されていたら普通は王位継承権のあるあなたが来るべきでは? それともクラリスがエルドラストの正式王女なのですか?」
「ぐ。。」
ジュリアンにそう言い返されてミレイユは反論出来ない。
「それを詐欺などと人聞きの悪い事をおっしゃられる言われがこちらにはございません。私どもは書面通りの結婚を行った。そちらはどうなんですか?」
ミレイユはジュリアンを睨みつけるが、返す言葉が出てこない。
身代わりを差し向けたのは王位継承権二位であるジュリアンとの結婚を避けるためだ。
ましてやクラリスを正式王女などと絶対に認めない。
しかし、これではエルドラストが悪いという事になってしまう。
ここに来て自分たちが騙したつもりが騙されていたと気がついたが、どうにもならなかった。
「せっかくここまで来られたのですからごゆるりと滞在していって下さい」
ジュリアンはそう言うとヴィクトワールと2人で部屋を出て行った。
部屋に1人残されたミレイユは怒りに体を震わせる。
「ふざけやがって。。」
計画していた政略結婚の相手が女だったとは。
これでは自分たちにはなんの旨味もないクラリスのためだけの結婚となってしまう。
そして見下していた相手が同列に並ぶ。
それはミレイユにとって許せない事であった。
「こうなれば、私がジュリアンをあの女から奪い取ってやる。王位継承権のある王女と王子の結婚ならいいんですからね」
ミレイユはクラリスからジュリアンを奪い取る事を思いついた。
彼女は人の気持ちなど考慮に入れていない。
誰を王妃にするかは権力とお金が決めるものだと信じて疑わなかったのだ。
「ジュリアン、彼女これからどう出ると思う?」
「姉さんでダメなら僕と。。となるだろうね」
「で? あなたはどちらを選ぶのかしら」
「やめてくれ。クラリスと一緒になりたいから今回の計画を立てたんじゃないか。あの金と権威の亡者と結婚なんて考えたくもない」
「なら、この辺で決着をつけた方がいいわね」
「そうだね。クラリスのためにも」
ごゆるりとご滞在下さいと言ったのはミレイユがクラリスに直接何かを仕掛けて来るであろう事を想定した上であった。
そこを捕らえれば現行犯で言い逃れは出来ない。
"同列に並ばれる"事を何とも思わず、クラリスを祝福する度量がミレイユにあるのなら、暗殺など考えないだろう。
それが出来ない事に彼女の末路がある。
ジュリアンはそう考えていた。
だがジュリアンは一つだけ見落としていた。
二度も命を狙われたクラリスの心身が弱っていた事を。




