「結婚なんて墓場よ!」と豪語する悪役令嬢の使用人Aですが、墓場の住み心地は天国でした
新作です。
「結婚なんて墓場よ!」
公爵令嬢エレオノーラ・ルミナールが、扇をバチリと閉じて、高らかに宣言した。
豪奢な天蓋付きベッドの上、朝の光を背に浴びて仁王立ちするその姿は、悪役令嬢としての貫禄と、ある種の神々しささえ漂わせている。
「男なんて生き物はね、釣った魚には餌をやらないのよ。愛だの恋だのと甘い言葉で女性を社会的な『死』へと誘い、家庭という名の監獄に閉じ込める。あまつさえ、私の資産を目当てに寄ってくる有象無象など、顔を見るのも汚らわしいわ!」
一息で言い切った主人の言葉に、私は深く、静かに首を縦に振った。
(素晴らしい……)
本日も我が主の頭脳は冴え渡り、その防衛本能は正常に稼働している。
「仰る通りでございます、エレオノーラ様。自由を奪われ、家計を管理され、気まぐれな夫の顔色を窺って生きるなど、断罪と同義にございます」
私は手際よく紅茶を淹れながら、感情を極力排した平坦な声で同意を示した。
湯気と共に立ち上るアールグレイの香りが、興奮気味の主人の神経を鎮めてくれることを願いつつ、カップを差し出す。
「そうでしょ!? ああ……やっぱり分かってくれるのは貴女だけよ、カトリーナ!」
エレオノーラ様は私の手を取り、漆黒の瞳をわずかに潤ませる。しかし、そこに宿るのは涙ではなく、生涯独身を貫くという鋼の意志だ。
彼女はつい先ほど、第三王子から届いた夜会への招待状を『喪中ですので(※飼っていた金魚が死んだため)』という、不敬罪ギリギリの理由で断る決断をしたばかりだ。
私、カトリーナ・グラッセもまた、彼女の思想に心酔する信徒の一人である。
屋敷での呼称は『使用人』だが、断じてただの雑用係ではない。
お茶を出すだけでセリフのない『使用人B』。
掃除をして通り過ぎるだけの『使用人C』。
そんな誰でも代わりの利く有象無象とは違う。
私は『使用人A』。
主人の意思を汲み、屋敷を影で支える『機能する背景』。トラブル無縁の安全圏に、破格の待遇。そして『非婚』を共有できる最高の雇用主。
この聖域で、私は『独身同盟』の同志として、生涯を終えるつもりだった。
――そう、昨日の夜までは。
「……ところでカトリーナ。先ほどから裏口の鐘が鳴り止まないのだけれど、誰か来ているのかしら?」
エレオノーラ様が怪訝な顔で窓の外を見る。
私は手に持つティーポットを落としそうになるのを、長年の修練の賜物で堪えた。
平静を装おうとしたが、きっと今の私は死人のように顔面蒼白に違いない。
「いえ、なんでもございません。きっと風のいたずらかと」
「そう? なんだか風の音にしては、『カトリーナ嬢、君の作成した書類の不備について話し合いたい。具体的には婚姻届の署名欄だ』という、やけに低くて通る声が聞こえた気がしたのだけれど……」
「空耳でございます。お疲れのようですね、エレオノーラ様」
私は震える手で分厚いカーテンを閉める。
見間違いではない。窓の隙間から見えた裏庭に、王太子殿下の側近であり、王国騎士団の副団長も務める『氷の宰相補佐』こと、アルカード・フェリクス様が立っている。
手には真っ赤な薔薇の花束と、役所の書類が入った革鞄を携えて。
そして、その目は獲物を狙うかのように瞳を輝かせ、まっすぐに私の部屋(使用人棟)を見据えていたのである。
事の発端は一週間前。
隣国の好色な公爵が、エレオノーラ様に執拗な求婚の手紙を送ってきた時のことだ。
あまりのしつこさに嫌気がさしたエレオノーラ様は、私にこう命じた。
「カトリーナ、もう二度と私の前に顔を出せないように、徹底的に拒絶しておやりなさい」
私は、その命令を忠実に遂行した。
相手の家格、過去の女性遍歴、財政状況の不安点、そしてエレオノーラ様との相性の悪さを、A4用紙三十枚にわたる報告書形式で論理的に書き連ね、慇懃無礼かつ、法的に反論不可能な『お断り状』を作成して送りつけた。
だが、それがまずかった。その手紙が、なぜか外交上の検閲を行っていたアルカード様の目に留まってしまったのだ。
「素晴らしい……」
後日、屋敷にやってきたアルカード様は、私を見るなり熱っぽい溜息を漏らした。
彼は銀縁眼鏡の奥の瞳を細め、私が書いた絶縁状をまるでラブレターか、聖書のように胸に抱きしめている。
「これほどまでに論理的で、冷徹で、かつ美しい文章を私は見たことがない。相手の心を寸断する鋭利な言葉選び、完璧な構成、そして行間から滲み出る他者への無関心。まさに私が求めていた理想の実務能力だ」
「は、はあ……恐縮です」
「君ならば、私の公務における書類作成、及び私の人生におけるパートナーとして完璧な補佐ができるだろう。どうだ、私の家(墓場)に来ないか?」
「お断りします。私はエレオノーラ様と共に生きると誓いました」
「ならば、エレオノーラ嬢ごと引き取ろう。屋敷の別棟を君たちの『独身同盟』の拠点にしていい。その代わり、俺と結婚してくれ」
「条件が良すぎて逆に怖いです……」
彼は私の『拒絶』という名の業務遂行能力に惚れ込んだらしい。恋愛感情というよりは、優秀な『人生の共同経営者』を見つけたかのような歪んだ執着だったが、それがまたタチが悪い。
アルカード・フェリクス。
『歩く憲法』の異名を持ち、眉目秀麗だが女性には一切興味がないと噂されていた男。
そんな彼が、まさか私の『塩対応』に発情する特異な性癖の持ち主だったとは。
「カトリーナ、本当に誰もいないの? なんだか窓ガラスが切れるような音がするわよ?」
「庭師が枝を剪定している音かと」
嘘である。
あれは間違いなく、ガラスカッターで窓を切り抜き、物理的に侵入しようとしている音だ。騎士団仕込みの潜入スキルを、あろうことか意中の女性(使用人)の部屋への不法侵入に使おうとしている。
(前言撤回します、エレオノーラ様。結婚は墓場だと思っていましたが、どうやら私は今、屈強な墓守によって、その穴の底へ物理的に引きずり込まれようとしています)
音は規則正しく、執拗だ。
屋敷に不釣り合いなほど正確なリズムで刻まれる切断の気配。
「お嬢様、緊急事態です」
「え? 緊急事態って?」
「今すぐ荷物をまとめてください。別荘へ避難します」
「なぜ? 革命でも起きたとでも言うの?」
「ある意味では」
私は真顔で答えた。
使用人Aとしての平穏な独身生活を守るための、革命戦争の始まりである。
私は、あの『墓場』に入って主役になるわけにはいかないのだから。
◇
「カトリーナ、これは夜逃げではなく戦略的撤退なのよね?」
「左様でございます。敵勢力があまりに強大、かつ不可解な論理で攻め込んできているため、一時的に拠点を移します」
私は屋敷の隠し通路を早足で進みながら、背後の主人に答えた。
エレオノーラ様は、先日の夜会用に新調した『漆黒の孔雀』――黒のシルク地に青緑の羽根飾りがあしらわれた、えらく嵩張るドレスを着たままだ。
非常時だというのに着替えの時間すら惜しんだ私の判断ミスだが、このドレスの威圧感が魔除けになることを祈るしかない。
目指すは裏庭に待機させてある馬車。
そこから領地の別荘へ逃げ込み、冬ごもりならぬ『婿ごもり』を決め込む。
アルカード様がいくら有能でも、公爵家の私有地までは軍事介入できまい。
「でも、相手はあの『氷の宰相補佐』なんでしょう? 私の婚約者候補たちを、チェスの駒のようにあしらっていたあの男がどうして貴女に?」
「私が書いた『お断り状』のフォント選びと行間が、彼の美的感覚に刺さったようです」
「お、男の趣味って本当に多様なのね……」
エレオノーラ様が心底引いた顔をした時、私たちはようやく裏口の扉に辿り着いた。
私は周囲を警戒しつつ、重い鉄扉を押し開ける。
夕闇が迫る裏庭。
そこには脱出用の地味な馬車がぽつんと置かれている……はずだった。
「到着が想定より三分遅いですね」
涼やかな、それでいて冷たい声が響いた。
馬車の御者台に優雅に腰掛け、懐中時計を確認している男。
銀髪を完璧に撫でつけ、冷徹な理知の光を宿した瞳。
アルカード・フェリクス、その人である。
「ひっ……!?」
エレオノーラ様が短く悲鳴を上げ、私の背中に隠れた。悪役令嬢の盾にされる使用人A。
本来なら逆である。
「ア、アルカード様、なぜここに……?」
「君の行動パターンを分析した結果だ。君はリスク回避を最優先する。正面突破ではなく、使用人用の隠し通路を使い、裏庭に出る確率は87%と算出された」
彼は懐中時計をパチンと閉じると、流れるような動作で地面に降り立ち、私に向かって一歩踏み出した。
その手には、先ほどの書類鞄ではなく、ベルベットの小箱が握られている。
「カトリーナ・グラッセ嬢、単刀直入に言おう。私と結婚してほしい」
「お断りします」
「即答か。その決断の速さ……やはり素晴らしい!」
アルカード様はうっとりとした表情で、眼鏡の位置を直す。
褒めてもいなければ嬉しくもない。
「私の何が不満だ? 家柄か? 資産か? それとも顔か?」
「すべてが『過剰』なのです。私は平穏を愛する一介の使用人。貴方様のような煌びやかな方と結ばれれば、社交界という戦場に引きずり出され、嫉妬と羨望の集中砲火を浴びることになります。それは私にとって死と同義です」
私は精一杯の正論をぶつけた。
私が望むのは『使用人A』としての平穏な生涯。
『宰相補佐の妻』という、エンドロールの上位に来るような役職は御免こうむる。
しかし、アルカード様は不敵に微笑んだ。
「その点については、すでにソリューションを用意してある」
彼は指をパチンと鳴らす。
すると屋敷の植え込みの影から、数人の黒服の男たちが現れ、私の前に一枚の巨大なパネル――プレゼンテーション用の資料を掲げたのだ。
「名付けて、『カトリーナ・グラッセ特別保護計画』だ」
アルカード様が指示棒を取り出し、パネルを叩く。
「第一に、社交界への出席義務の免除。君が嫌うお茶会や舞踏会への参加は、私が全て『妻は病弱(という設定)』で断る。君は屋敷に引きこもり、好きなだけ事務作業に没頭していい」
「は……?」
「第二に、労働環境の改善。現在の君の給与の三倍を保証し、年間休日130日、有給消化率100%を義務付ける。もちろん、君が愛する『実務』に関しては、私の補佐として存分に振る舞ってもらうが、表に出る必要はない。自宅勤務で国の予算を動かしてくれ」
「なっ……!?」
「第三に、これが重要だが……君の主人、エレオノーラ嬢の処遇についてだ」
アルカード様の視線が、私の背後のエレオノーラ様に向けられた。
「彼女の『悪役令嬢』としてのブランディングも、私が全面的にバックアップしよう。面倒な求婚者は国家権力で排除し、彼女が望む『優雅な独身貴族』としての地位を法的に盤石なものとする。君が彼女の世話を焼く時間も、業務時間内として保証する」
ゴクリ、と背後で喉が鳴る音が聞こえた。
振り返ると、エレオノーラ様が目を輝かせている。
「ね、ねえ、カトリーナ。この条件は悪くないんじゃない?」
「お嬢様!?」
「だって、お給料三倍よ? しかも私の老後まで国家保証付き。結婚というより、これは……そう、巨大な『終身雇用契約』を結ぶようなものじゃないかしら?」
「だ、騙されないでください! 結婚は墓場なんですよね!?」
私が叫ぶと、アルカード様がすかさず畳み掛ける。
「その通りだ。結婚は墓場かもしれない。だが、私の用意する墓場は一味違う」
彼は一歩、また一歩と私に詰め寄り、耳元で甘く、低く囁く。
「最高級の棺桶と静寂という名の安らぎ。そして君の手腕を世界一評価する、従順な『共同経営者(夫)』がついている。悪い話ではないだろう?」
カチャリ。
彼が開いたベルベットの小箱の中には、指輪ではなく『合鍵』が入っていた。
王都の一等地に立つ、彼の屋敷の鍵。
私の心が揺らいだ。
ときめきではない。『条件の良さ』に社畜根性が反応してしまったのだ。
三倍の給金。
面倒な社交の免除。
そして何より、私の事務能力を「愛している」と公言して憚らないこの男。
使用人Aとしての立場を守りながら、国家レベルの裏方業務ができる?
それは、ある意味で『究極のモブ』へのクラスチェンジではないのか?
いやダメだ、騙されるな。
この男の瞳の奥にあるのは、獲物を絶対逃がさないという執着の炎。契約書にサインしたが最後、骨の髄まで愛され、尽くされ、二度とシャバ(独身)には戻れない。
「条件は魅力的ですが、やはりお断りします」
「なぜだ?」
「私は主役にはなりたくないのです。貴方様の妻になれば、どうあがいても『時の人』になってしまいます」
「なるほど。あくまで『モブA』であることにこだわるか」
アルカード様は少しも残念そうではなく、むしろ楽しげに笑った。
そして懐から最後の一枚――羊皮紙を取り出す。
「ならば、これを見ても同じことが言えるかな」
「それは?」
「国王陛下からの辞令だ」
嫌な予感がする。
私は恐る恐るその紙面を覗き込む。
『カトリーナ・グラッセ。その卓越した事務処理能力と危機管理能力を評価し、本日付で彼女を【男爵位】に叙し、新たに設立される【王立リスク管理省】の長官に任命する』
「え……?」
「おめでとう、カトリーナ男爵。これで君は平民の使用人Aではない。一躍、国の重要ポストを担う『新進気鋭の女傑』だ。明日から社交界は君の話題で持ちきりになり、君の元には取材や挨拶の行列ができるだろう」
目の前が真っ暗になった。
男爵? 長官? 一番なりたくないものだ。
目立つ。責任重大。そして『成り上がりヒロイン』という、もっとも胃が痛くなるポジション。
「や、やめてください! そんなものは死刑宣告と同じです!」
「だろうね。君の性格なら三日で胃に穴が開くだろう」
アルカード様は辞令をひらひらと振った。
「だが、この辞令を無効化する方法が一つだけある」
「な、なんですか?」
「私の妻になることだ。そうすれば君は『フェリクス夫人』となり、就労規定の関係でこの人事案は白紙に戻る。君は私の庇護下に入り、誰にも注目されず、静かに、影のように私を支えるだけでよくなる」
外堀どころか、内堀まで埋め立てられていた。
退路はない。
選択肢は二つ。
『男爵として表舞台に引きずり出され、過労と注目のストレスで死ぬ」か。
『変態ハイスペック宰相補佐の妻(永久就職)になり、裕福な引きこもり生活を送る』か。
どちらも地獄(墓場)だが、後者の方が、まだ棺桶のクッションが柔らかそうだった。
「お嬢様」
「な、何? カトリーナ」
「私は年貢の納め時かもしれません……」
私はガックリと膝をついた。
アルカード様が勝利の笑みを浮かべて手を差し伸べてくる。
「さあ、私の手を取り、共に堕ちようではないか。甘美なる墓場へ」
私は震える手で、アルカード様の手を取った。
それはロマンチックな愛の誓いなどではない。
過酷なスポットライト(男爵位・長官職)から逃れるための、屈辱的かつ消極的な『司法取引』の成立である。
「賢明な判断だ、カトリーナ」
アルカード様は、まるで長年の懸案事項だった難解な条約を締結したかのように、満足げに目を細めた。
そして私の手を引き、スッと立ち上がる。
その瞬間、彼が合図を送ると、控えていた部下たちが現れ、裏庭から馬車までの数メートルにレッドカーペットが敷かれた。
「お待ちなさい! 私の大事なカトリーナを連れて行くの!?」
エレオノーラ様が、漆黒のドレスの裾を翻して食ってかかった。
主人の目には涙が浮かんでいる。同志を失う悲しみか、あるいは便利な世話係を奪われる焦りか。
「ご安心を、義姉上」
「誰が義姉よ!」
「カトリーナは今後、我がフェリクス家の『影の家令』として在宅勤務を行いますが、貴女のサポート業務も契約内容に含まれています。週に二回、貴女の屋敷へ出向させましょう。もちろん残業代は私が持ちます」
「……週三回にしなさい。あと季節ごとの新作ドレスの優先購入権もつけなさい」
「交渉成立です」
売られた。
私の主人は、あっさりと私を売った。
こうして私は、アルカード様の用意した豪華な馬車へと押し込められたのである。
◇
それから一ヶ月後。
王都の教会で極めて小規模な結婚式が執り行われた。
参列者は親族とエレオノーラ様のみ。
「派手な式は死んでも嫌です」という私の希望通り、誓いのキスは省略され、代わりに神前で『婚姻契約書への捺印』が厳かに行われた。
指輪の交換も事務的で、まるで業務の引き継ぎのようだった。
私はアルカード・フェリクス夫人となり、彼が用意した『墓場』――王都の一等地にある豪邸へと収監された。
結論から言おう。
この墓場は、静かすぎて最高である。
私の日常は激変した。
朝、目覚めると、隣には眉目秀麗な夫が寝ている……ことはない。彼は超多忙な宰相補佐。私が起きる頃にはすでに登城し、枕元に『おはよう。朝食は用意してある。今日のタスクは机の上だ』というメモだけが残されている。
私は優雅に一人で朝食を摂り、書斎へ向かう。
そこには国政に関わる膨大な資料と、アルカード様が処理しきれなかった決裁書類の山が積まれている。
本来なら国家機密の塊だが、私は『影の妻』なので問題ないらしい。
「ふふ……この予算案は数字が合っていないわ。差し戻しね。こっちの陳情書は論理が破綻している。却下」
誰にも邪魔されず、誰とも会話せず、黙々と書類を捌く。
お茶が飲みたくなれば、本来の優秀な使用人Aが音もなく運んでくる。
面倒な夜会への招待状は、全てアルカード様が防波堤となって握りつぶしてくれるため、私の目に触れることすらない。
私は誰からも名前を認知されず、けれど国の意思決定の末端に関与し、完璧な事務処理を行う。
これぞ、私が求めていた究極の『使用人A』ライフではないか。
「ただいま、我が愛しき妻よ」
夕方になると、夫が帰宅する。
「お帰りなさいませ、旦那様。本日の成果物はこちらです」
「ああ、ありがとう。君の赤ペンが入った書類を見ると、一日の疲れが吹き飛ぶよ」
アルカード様は恍惚とした表情で書類の束を受け取ると、そのままの流れで私を抱きしめる……なんてことはない。
「君の修正指示は、いつ見ても美しい。この『再考を求む』の冷徹な筆致……ゾクゾクするね」
「旦那様、それはただの事務書類です」
「いいや、私にとってはラブレターだ。愛しているよ、カトリーナ、君のその事務処理能力を」
「条件付きの愛で安心しました」
私は小さく息を吐き、再びペンを走らせる。
向かいの席では、夫もまた満足げに書類へ視線を戻す。
週末になると、私は決まってエレオノーラ様の元を訪ねる。
そして紅茶を前に腰を落ち着けるなり、「ちょっと聞いてよ! また変な男が寄ってきたの!」と、半ば儀式のように愚痴が始まる。
私はそれを「はいはい」と受け止め、危険度を仕分けし、必要ならば静かに排除する手順を頭の中で組み立てる。
特別なことは何もない。
ただ、同じ話題を繰り返し、同じ笑い方をして、同じ時間に帰る。
そんな何も変わらない日常が、ここには確かにある。
かつて、エレオノーラ様は言った。
「結婚なんて墓場よ!」と。
確かに私もその通りだと思う。
けれど広すぎる棺桶の中で、好きな仕事と、私の全てを肯定してくれるパートナーがいるのも悪くはない。
あつらえ向きの棺桶と、同じ狂気を共有できる墓守がいれば、そこは天国よりも居心地が良いのだ。
最後まで、お読みいただきありがとうございました!
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タイトル:悪役令嬢の取り巻きAですが、断罪イベントの段取りを完璧にこなしたら、なぜか俺様王子に引き抜かれました
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