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動物園

「デートしようよ」


 ある日の昼食時、思い立ったように光琉はそう言った。


「じゃあ、放課後にゲーセンでも行くか」

「違う! そういうのじゃない! 冷静に考えたら、僕まだ女の子の格好してデートしてない!」


 デートがしたいと言う恋人に対し、恋人になる前からよく放課後につるんで色々遊んでいるだとと言うが、彼女にとって男子用の制服で一緒に歩くのと、女性用の服で一緒に歩くのとでは大きな違いらしい。


「というわけで土曜日に街ブラでもさ」

「ごめん、土曜日は無理。日曜にしてくれ」


 デートの日程を決めようとする彼女であったが、土曜日という単語を聞いた瞬間彼女から目を逸らしながら断る。土曜日は凪ちゃんと一日中夫婦ごっこをすると決まっているのだから。


「あー、そう言えば言ってたね。土曜日は婚約者と一日中乳繰り合うって」

「乳繰り合って無い。日曜ならいくらでも付き合うからさ」


 彼女をまだ男性だと思っていた時によく凪ちゃんの話はしていたので、土曜日に俺達がアパートで疑似新婚生活をしている事も勿論知っている。

 土曜日は凪ちゃんと夫婦ごっこをして、日曜日は光琉と一日中デート。休日を返上するのは二股をかける人間の責務だと覚悟していたのだが、


「じゃあ土曜日、三人でお出かけでもしようよ」

「はぁ? それは色々まずいだろ」

「何で? 君の婚約者は嫉妬なんて感情を持たないし、僕だってお人形さんみたいな婚約者に嫉妬なんてしないよ。正式に恋人になったんだから、顔合わせくらいしとくべきでしょ」


 いい機会だから三人で行動しようと光琉が言い出し、俺の『二人きりの時間を過ごしたい』という意見も、『女の子は一人より二人の方がお得』というあんまりな意見によって論破されてしまう。

 そして土曜日になり、いつものように朝起きて凪ちゃんと一緒にアパートに向かい、朝食を食べ終えたあたりでチャイムが連打される。


「ゆうびんやさんかな?」

「開けるから連打するな、近所迷惑だろうが」


 観念したかのようにドアを開けると、そこにいたのは普段の男子学生の制服姿とは違う、スカートを履いた新鮮な彼女の姿。


「おはよう! やぁやぁ、君がなぎちゃんだね。僕は篠宮光琉。春己のお嫁さんだよ」

「おはようございます! わたしはほんどうなぎ、はるくんのおよめさんです」


 ニコニコしながら凪ちゃんに手を差し出し、凪ちゃんもそれに応えるように自己紹介をしながら握手をする。

 両方が自分を俺の嫁だと主張する、一昔前でも、正直今でもおかしな状態ではあるが、光琉の言う通り、今の女性はそれに疑問を抱かないし抱けない。


「……? あれ? わたしはおよめさんで、このひともおよめさんで、つまりわたしはこのひとなの?」

「ごめんね凪ちゃん、変な事を考えさせて。それで光琉、ちゃんと凪ちゃんも楽しめるようなデートプラン考えて来たんだろうな」


 自分以外の妻がいることよりも、自分と光琉の関係性について悩み始める哲学的な凪ちゃんの頭を撫でつつ、デートプランは自分に任せてと大見えを切った光琉を訝しげに見つめると、彼女は今日は男装もサラシも不要なので無くは無い胸を張った。


「僕が考えるよと言ってもなんだかんだいってデートプランは用意しておくくらいの気配りが出来ないと、お嫁さんを二人も養えないよ。まぁ今日は初回だし大目に見てあげようじゃないか。なぎちゃん、動物園行ったことある?」

「むかし、わたしのかぞくと、はるくんのかぞくでいったことあるよ! ごねんくらいまえかな?」

「まぁ、この辺で凪ちゃんも楽しめる娯楽っていったら動物園くらいなものだよな……ついこないだ行ったよ! とかだったらどうするつもりだったんだ」


 男性と女性の感性や知性の開きが広がり続けた結果、同じように楽しめる娯楽なんてものは、今の時代限られている。

 俺達の住む地域にあって、皆が楽しめる娯楽の一つが、あまり規模は大きくないが昔から住民の心を癒して来た動物園だ。


「えと、はるくん、きっぷって、どうするんだっけ」

「毎週デートしてる割に、電車に乗らないのかい?」

「節約の為に徒歩圏内で遊んでたんだよ」


 恋人が甲斐性無しなばかりに、切符の買い方を覚えられないくらいには電車に乗った経験の無い凪ちゃん。

 別に彼女が今後一人で電車に乗る機会なんて無いだろうし、俺が毎回代わりに買ってあげればいいだけの話なのだが、無知な婚約者を作り上げてしまった自分に対する不甲斐なさからか、彼女に切符の買い方をレクチャーしつつ、電車に揺られてここより少しだけ栄えた街へ。


「はるくんはいるかな?」

「俺は動物じゃ……いや、動物か。哲学的だね、凪ちゃんは」

「春己。多分凪ちゃんは、あのロボット猫の事を言ってるんじゃないかな。凪ちゃん、はるくんは今僕の家にいるんだよ」

「……? ひかるちゃんは、きかいのくににすんでるの?」

「さあ! そんなことより! パンダ見ようぜパンダ!」


 動物園に来て早速、機械の国に帰ってしまったはるくんを思い出す凪ちゃん。ロボット猫に嫉妬して彼女から取り上げるという先日の醜態から目を背けるために、動物園の定番であるパンダのコーナーへ。

 昔はパンダを見るために大行列だったらしいが、最近は繁殖も順調に進んでいるからか、どこの動物園にも一頭はいるし気軽に見る事が出来る。


「ぱんだって、まだつくりかけなのかな?」

「工事中なんて注意書きは無かったよ?」

「春己。多分凪ちゃんは、パンダが白黒だから、まだ色をつけて貰って無いと思ってるんだよ。凪ちゃんは賢いね。それに比べて春己と来たら、婚約者の考えてることもわからないのかい」

「さあ! そんなことよりそろそろお昼ごはんにしよう! 光琉も、今日は俺の奢りだから」


 白黒のパンダを見ながら、作りかけの生き物だという斬新な発想をする凪ちゃんと、頭の良さからか今日出会ったばかりの凪ちゃんに同調する光琉。

 嫁同士がギスギスする事無く仲良さそうにしている事に安心しながらも、除け者にされてしまった感に焦った俺は、漢を見せるために財布を取り出してレストランの方を指差す。


「はるくんは、なにをたのむの?」

「俺? 俺はこのウサギパイシチューセットだよ。あ、安心して。動物園の兎は使ってないよ、形が兎なだけで」

「えーと、せんにひゃくえんだから……わたしは、この、きりんさんのちゅろすと、さらだで」

「それだけでいいの? ダイエットも成功したし、まだ成長期ではあるんだし、もっとご飯とかお肉とか食べなよ。チュロスってお菓子じゃ無いか」

「春己。女性はね、『外食では男性より高いものを食べるな、でも安すぎてもプライドを壊すから少し低い値段にしろ』って教わってるんだよ。だからこういう時は、自分が高い物を注文して漢を見せなきゃ。あ、僕はうな重で」

「お前はもう少し遠慮しろよ……」


 レストランで凪ちゃんの注文がランチとしては少ないと心配するが、俺の知らないところで女性は男性を立てるためにそんな教育を施されていたらしい。

 彼女と外食をする機会はあまり多くなかったが、言われてみれば確かにいつも彼女は俺が何を頼むかを聞いていたし、少し安い料理を注文していたような気がする。

 彼女にもっと食べて貰うために俺も高いステーキ料理を注文し、彼女も教育通り少し安い料理を注文し、光琉は遠慮せずに高い鰻を注文し、レストラン代だけで随分と俺の財布は軽くなってしまう。



「……zzz」

「いやー、楽しかったね」

「いかに男に甲斐性が必要かがよくわかったよ……バイトでも探すかなぁ」


 その後も動物園で遊び、夕方に電車に乗って帰る頃には凪ちゃんは疲れたようで、座席で俺に寄りかかりながらすやすやと寝息を立てる。

 その反対側では俺との初デートが満足だったようで、上機嫌そうな光琉。

 財布の中を何度数えても増えやしない事に溜め息をつく俺。



「……実際に会うまでは、人形みたいな普通の女性に嫉妬しないって思ってたんだけどね。思ってたよりずっと人間だったよ」

「一人だけ嫉妬心を抱くのが辛いなら、諦めるか?」

「まさか。でも、この調子じゃ、凪ちゃんも更に成長して、そういう感情を持つかもよ」

「俺としては、ある程度は持って欲しいって思いもあるけど、それは一種の虐待だって言うしなあ」


 溜め息が連鎖したのか、光琉も凪ちゃんに対して人形のようには扱えない、恋敵として嫉妬心を抱いてしまうくらいには感情のある人間だと本音を漏らす。

 感情や知性は必ずしも幸福には繋がらない。そんな先人達の悟りを、改めて実感する俺達だった。

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