ペット
今日は夫婦ごっこの日。
朝起きて、彼女と一緒にアパートへ向かう途中、俺達の前を一匹の三毛猫が横切って行く。
「……ねこ」
凪ちゃんは猫に興味津々らしく、アパートの方では無く猫の向かう先へととことこと歩いて行く。
しかし猫は素早い。俺達が自分を追っていると察して、すぐにその場から脱兎の如く逃げ出してしまった。猫だけど。
「猫飼いたい? お父さんか、俺のお父さんに頼んだら飼ってくれるかもよ」
「うーん……でも、わたしじゃおせわできないとおもうし……」
我が家も、本藤家もペットを飼うくらいの金銭的余裕はあるし、俺が学校に行っている時の遊び相手としても猫はピッタリな気はするが、彼女はペットを世話する事の難しさを理解しているらしく素直にその提案を受け入れない。
「じゃあ今日は、猫ごっこでもしようか」
「うん! にゃーにゃー」
「あ、凪ちゃんが猫なのね……」
アパートに到着し、せめて俺が猫になって彼女と遊んでやろうと猫ごっこを提案するのだが、彼女は猫を飼うより猫として飼われたいのか、にゃーにゃーと言いながら床をゴロゴロと転げまわる。
彼女の喉を撫でながら、スマートフォンで近くのペットショップを検索するが、小規模なものが1つある程度。
ペットという文化は昔に比べると随分廃れた。
かつては飼い主の大半を占めていた女性が自主的にペットを飼わなくなったという理由もあるし、
ペットという文化自体が一種の虐待だという考えも昔に比べ広まったし、
『そもそも女性自体が男性のペットのようなもの』という身も蓋も無い理由もある。
女性用の学校でも、赤ちゃんや子供の育て方は教えているが、ペットの飼い方については教えていないからか、母親も凪ちゃんも俺を世話する能力はあっても、動物を世話する能力は持ち合わせていないのだ。
結果として、犬や猫のようなよく動く、世話の大変な生き物を飼う家庭はほとんど無く、金魚やハムスターを飼っている家庭の話をたまに聞く程度。
「はるくんは、ぺっとほしい?」
「俺は凪ちゃんがいれば……いや、ごめん。そういう意味じゃ無くて、ああ、うーん」
「……?」
彼女にペットが欲しいかと聞かれ、凪ちゃんがいるから不要だと言ってはみたものの、その発言は客観的には彼女が俺のペットだと言っているようなもの。慌てて弁明をするも、彼女はその発言を不快に思うような知性も感性も持っておらず、女性は男性のペットだという風潮を裏付けるかのようにニコニコと笑っていた。
「いただきまーす」
「凪ちゃん、猫ごっこはもうおしまい。床でご飯を食べちゃ駄目」
「ねこはいいのに?」
「猫はいいの!」
その後もしばらく彼女の猫なりきりは続き、床でご飯を食べようとしたり、お風呂を嫌がったり、寝る時は俺の寝ている布団の上で丸くなったり、ちゃんと猫の世話が出来るんじゃないかと言うくらいには猫の知識を有していた。
翌週になり、光琉と昼食を摂っている時に、ペットが飼いたいかどうかと聞いてみると、彼女はニヤニヤと俺を見つめながら首を横に振る。
「あんまり僕は興味無いかなぁ。ほら、勉強の苦手な、大きいペットがここにいるし」
「運動の全然出来ない大きいペットもここにいるけどな」
「へ~え、春己ってば、女の子を飼いたいタイプ? まぁ、僕はそれでも全然いいけどね、ご主人様♪」
将来的には俺を飼いたいと言い出す彼女に対し、そんな貧弱な身体じゃ俺を飼える程に稼げないぞと対抗して見るが、彼女は何やら勘違いしたらしく顔を赤らめてしまう。
流れで放課後にペットショップに行くことになり、近場のショッピングモールに併設されているペットショップに向かうも、そこにいる子犬や子猫の値段を見てぎょっとしてしまう。
「犬や猫ってこんなに高かったのか……野良猫捕まえればタダなのに」
「昔に比べて需要が減った分、更に高くなったらしいねぇ」
「野良猫を捕まえるための道具を買った方が安いかな……」
凪ちゃんはなんだかんだ言って猫の世話が出来そうだし、猫でもプレゼントしてあげようと思ったのだが、残念ながら金銭的にも、ルール的にもそんな簡単にペットを飼うことは出来ないようだ。
「婚約者へのプレゼントに協力するのは癪だけど、いいお店紹介してあげるよ。その代わりに、ゲーセンのクレーンゲームで猫のぬいぐるみでも頑張って取ってよ」
本気で野良猫を捕まえて凪ちゃんにあげようかと悩む俺に対し、ぬいぐるみと情報を交換しようと俺を引っ張ってゲームセンターへと連れて行く彼女。お小遣いをそれなりに消費して等身大の猫のぬいぐるみを入手した俺の漢気に満足してくれた彼女は、ショッピングモールから少し離れた場所にあるマニアックそうな電機店へと俺を連れて行く。
「ほら、これなら値段も現実的だし、最悪壊しちゃっても倫理的に問題無いでしょ」
「確かにな……」
そこにいたのは、昔流行ったらしいロボットの犬や猫。旧型ということで俺の貯金でも買えるくらいには現実的な値段をしており、折角光琉が紹介してくれたのだしと、残しておいたお年玉を使って購入する。
帰宅後、俺は凪ちゃんを部屋に呼ぶと、早速ロボット猫を彼女の目の前で起動させる。
「……! はるくん、ねこかったの!?」
「そうなんだ、しかもロボットの猫だから、ご飯は食べなくていいんだよ。俺だと思って可愛がってよ」
「はるくんだとおもって? うーん、わかった、よろしくね、はるくん」
「まぁ、俺だと思ってって言ったけどさ……」
本物の猫のように動くロボットを抱き上げて彼女にプレゼントしてやると、彼女は早速その猫に俺の名前をつけて撫で始める。その光景を微笑ましく眺めていたのだが、一週間ほどでとある問題が発生する。
「はるくーん、よしよし、かわいいねー」
「凪ちゃん、今は本物の俺がいるんだからさ、俺と遊んでよ」
ロボット猫に夢中になってしまった彼女が、俺のお世話を放棄してしまったのだ!
考えてみれば、普段は学校に行ったりしている俺と、いつも家にいるロボット猫。
初期状態から俺だと思って接している上に日頃から接する機会も多ければ、彼女の愛情がそっちに偏ってしまうのはある意味自然な話だったのだ。
「凪ちゃん、突然だけどはるくんは機械の国に帰ることになったんだ」
「そんな……うう……さよならはるくん……」
ロボット猫に嫉妬してしまうという我ながら醜い感情ではあるが、凪ちゃんの愛情は全て独占したい、泥棒猫に取られたくないという想いから、ついにはロボット猫を彼女から取り上げてしまう。
「というわけで、俺だと思って可愛がってよ」
「婚約者のお下がりってのが気に入らないけど、まぁ貰っておくよ……僕もその子みたいに、この子に夢中になって君なんてもうどうでもいいや、別れようってなったらどうする?」
「……かなり嫌かも」
「よしよし、どうやら君は既に僕に夢中のようだねえ、調教が進んだのかな」
そして凪ちゃんの目の届かない場所はどこだろうと考えた結果、光琉にロボット猫をプレゼントする事に。
彼女からの質問に答えるうち、押し切られた関係とはいえ、気付けばかなり俺は光琉の事を好きになっているのだなと自覚するのだった。




