運動と体重
「166の62……ちょっと太り気味かなぁ」
ある日のお風呂上り、久々に体重を測ると適性体重よりちょっとだけ重めの結果が出てしまう。
「はるくん、おふろおわった? ごはんだよー」
「うわ、凪ちゃん。ドア開けないでよ……そうだ、凪ちゃんも体重測ろう」
「わかった!」
「あーあー服は脱がなくていいよ、ちゃんとその分引いておくから」
全裸で体重計に乗ったまま、お腹をつまんでいると脱衣所の扉が開き、凪ちゃんが顔をのぞかせる。
慌てて服を着ながら、彼女の体重もついでに測っておくかと体重計に乗せると、その値は50を超えていた。
「身長は150か……ごめん、凪ちゃん、明日からしばらくおやつは抜いてくれるかな。ご飯も少なめで。運動は、無理にしなくていいからね。47を目指そう」
「わかった、がんばってすりむになるね」
女性の体重管理は男性の務め。彼女の貴重な娯楽とも言えるおやつを禁止する事に心苦しく思いながらも、彼女のためでもあるので非情な決断をする。
「俺と凪ちゃん、ご飯は少なめで。しばらく晩御飯も野菜メインにしてよ」
「薬もあるけど、どうする? 凪ちゃんに使う?」
「そういうのはいいかな、気持ち悪くなるって聞くし」
母親に二人でダイエットをするので明日以降の食事を考慮してくれと頼むと、俺達のご飯を小盛にしながら、棚から注射器のようなものを取り出す。
皮下注射をして食欲を減衰させる薬らしいが、副作用もあるようだし、そういうのに頼るのは最後の手段だろうと断りながら、少ない食事で我慢すべくお茶をグビグビと飲む。
「それじゃおやすみ!」
「おやすみ、水分はしっかり摂るんだよ」
去っていく彼女を見送った後、凪ちゃんが頑張るんだから俺ももっと頑張らないとな、と俺は自室で腹筋をしてみたり、腕立てをしてみたりと申し訳程度の筋トレに励む。
別に痩せている女性が特別好きという訳では無い。
ただ、女性が家から出る機会が大幅に減った今の社会、どうしても女性は太りがちになってしまう。
太りすぎれば日常生活にも支障が出たり、健康にも悪いので、主に食事を制限する事で彼女達の体重を程々にしておかなければいけないのだ。
……そんなものは建前であり、結局は俺が太っている女性が嫌だからなのかもしれないけれど。
「今日の体育はマラソンだ。体力をつけろよ」
翌日の体育の授業はマラソンであり、ダイエット中の俺にとっては好都合。
しっかりと汗を流すつもりだったのだが、スタートして3分くらいで後ろから肩を掴まれてしまう。
「ま、待って……もう無理……休もう……」
「無理するなよ、女の子なんだから自分のペースで走りなよ」
「かけっこが速くたって別にモテないんだから、恋人を置いてまで走る意味は無いよ」
そこには既に肩で息をしている光琉の姿。彼女に無理矢理引きずられて木陰に連れて来られ、そこで彼女の体力が回復するまでサボタージュする事に。
「高校生になってから体育の授業がどんどんきつくなる……」
「しょうがないだろ、きついなら見学しとけよ」
「水泳の授業ならともかく普通の体育の授業で見学ばかりするのはおかしいからね……」
携帯用の酸素スプレーをポケットから取り出して使う、どれだけ運動をしても華奢なままで、筋肉なんてつきそうもない彼女を眺めながら、女性が男性のように生きる事の難しさを痛感する。
今の男子を前提とした体育の授業に、中学の時は運動音痴なキャラとしてついていくことは出来たものの、いよいよ高校ではそれも通用しなくなりつつあるようだ。
「昔の女性は馬鹿だよねー、こんなに身体的なハンデがあるのに、無理に男と同じ土俵で戦おうとするなんて。男が子供を産めないように、女は男に力じゃ勝てないよ」
「まぁ、前者は0%だが、後者は0%じゃ無いだろうからな」
「1%だろうと5%だろうと、そんなものに縋るのは非効率だよ。力仕事なんて、男を煽てて全部任せておけばよかったのに」
自嘲気味に昔の女性を笑いながら、ダラダラ走ろうと休憩を終えてマラソンのコースに戻る彼女。ほとんどウォーキングレベルの速度で彼女とマラソンをしながら、彼女の最後の言葉を反芻させる。
昔はスポーツの出来る男性は女性にモテたが、今はそんな事も無い。
だからと言って男性がスポーツをしないなんて事は無いし、昔よりも遥かに体育の授業のカリキュラムや数は強化されている。
なんせ力仕事は全て男の担当なのだから。
肉体的なハンデが原因で様々な分野で男性に女性は後れを取ってしまうという根拠を基に、女性を今のような存在にしてしまったのだから、当然身体を使う仕事なんてのは完全に男の独壇場で無ければいけない。
軟弱な男なんてのは、子供を産めない女性でしか無い……そんな価値観が形成されるほどに、実際に身体の弱い男性は特例として女性のように扱われる程に、今の男にとって身体は重要なのだ。
「……ところでお前、体重いくら?」
「……」
「いや、太っているどころかお前痩せすぎな気がしてさ……」
「155の40だよ。まぁ、食も細いし、こうして男子と同等の体育の授業を受けてるからね……」
並んで走る彼女を眺めながら、ふと体重が気になったので聞いてみるが、一昔前ならデリカシーの欠片も無い質問に思い切り睨まれてしまう。
とは言え、彼女が太っていると思っている訳では全く無いし、むしろどう考えても痩せていると思っていたのだが、彼女から返ってきたのは案の定な回答。
そんな痩せた身体では、こうしてウォーキングをするのも大変なはずだ。
「もっと太れよ。お菓子もばんばん食え。俺は適性体重よりちょっと太いくらいが好きなんだ」
「恋人に言われちゃ、頑張るしかないなぁ」
婚約者には痩せろと言い、恋人には太れと言う。注文の多い男だが、これも全て彼女達の健康のためなのだ。マラソンでそれなりにカロリーを消費し、少ない昼食で我慢し、ダイエットコーラで胃を膨らませるという、これで本当に健康になるのだろうかと怪しくなってくる一日を終えて帰宅すると、いつものように我が家には凪ちゃんがいた。
「凪ちゃん、たまには凪ちゃんの家で遊ぼうか」
「めずらしいね、いいよ!」
口から若干甘い匂いのする彼女と共に彼女の家に向かい、彼女の母親に挨拶をして、彼女の部屋へ向かう。
日頃から俺の家の掃除を手伝っているだけはあり、とても綺麗な部屋に心地よさを感じながらも、険しい表情で彼女を見つめる。
「なにをしてあそぶの?」
「凪ちゃん」
俺はティッシュを取り出して、彼女のほっぺについているチョコレートを拭き取ると、
「おやつ、全部出しなさい」
「……はい」
約束を破れなかった彼女に対して、おやつの全没収という厳しいペナルティを与える。
俺の意向で彼女は同年代の女性よりも遥かに感情的で自我も持っている。
だからこっそりおやつを食べてしまうのも仕方がない。
だから心を鬼にして、おやつ自体を没収するしかない。
彼女の親にも、おやつを買い与えないように言うしかない。
少し悲しそうに棚からお菓子を取り出して俺の前に並べる彼女を見るのは心苦しいが、許して欲しい。
「これ、プレゼント。たくさん食べて体重増やしなよ」
「ありがとう! 頑張ってムチムチボインになるよ」
翌日。婚約者から奪ったお菓子を恋人にあげるという、極めてクズ男ムーブをかます俺なのだった。




