手料理
「はい、おべんとう! わすれちゃだめだよ?」
光琉の彼氏に無理矢理させられて、凪ちゃんと夫婦ごっこをして、日曜日にゆっくり休んで月曜日。
今日は母親と凪ちゃんがお弁当を作ってくれたらしく、朝食を終えて家を出る準備をしている俺にお弁当が手渡される。
それを忘れないようにカバンに入れて家を出て、学校について、授業を受けて、お昼時。
「今日弁当? 学食?」
「弁当だけど」
「じゃあこっちこっち」
今までは男子グループ4、5人くらいで教室で食べたり、学食で食べたりしていたのだが、もう光琉の中では俺は彼女の恋人であり、昼食は二人で食べるものなのだろう。
彼女に手を引かれて教室を出て、漫画や小説のように屋上は開放されていないので、事前に見繕っていたらしい空き教室に連れて来られてそこでお弁当を広げる。
「はー……春己に自分が女だって打ち明けてから、学校で男口調でいるのが大変だよ……」
「案外バレないもんだよなぁ……」
ずっと男だと思っていた光琉だが、マジマジと見ると骨格だとか、顔つきだとか、確かにどこからどう見ても女の子。
思い返せば更衣室で彼女が着替えている場面も、水泳の授業に出ている場面も見た事が無いなと、学校側からも特例として扱われているであろう彼女を眺めていると、恥ずかしそうに眼を逸らす。
「皆にバレたらどうなるんだ? まさか退学とか?」
「流石にそれは無いよ。男子だらけの学校に女子がいると色々とアレだから極力秘密にすることにはなってるけど、バレたらバレたでちゃんと事情を説明することになってるし。でも、バラさないでね。僕、何でもするから」
「まるで俺が秘密を知って脅して付き合ったような言い方はやめろ」
彼女の裏事情を聞きながら食事をしていたのだが、ふと彼女が俺の食べているお弁当をじっと見つめていることに気付く。
「ああ、お弁当交換したいってやつ? 昔はあったらしいね、そういう文化」
「そうじゃないよ。それ、婚約者の作ったお弁当?」
「まぁ、全部じゃないけど、ある程度は」
今の女性は『男性に手料理を食べさせたり奉仕することを悦びとする』ように教育されているらしく、料理は数少ない彼女達の自発的な行動と言えるし、男性側もそれを拒まないように教育されている。
自炊に拘らなくても美味しいものがいつでも食べられる時代、偉い人は何を考えてそう教育したのかなんてわからないが、家族と言う体裁を保つためにきっと必要なのだろう。
「よし、明日は僕がお弁当を……いや、それより出来立てがいい。今日の夕飯は僕がご馳走するから家に来なよ」
「……? わかった」
特例として生きて来た光琉はそういった教育はされていないはずだが、女性に染み付いた本能なのか、それとも凪ちゃんに対する対抗心なのか、夕飯作りは自分が担当すると言いだす。
昔とは『普通の女性』の概念自体が根本的に違うので、正直に言って自我を持った、昔基準なら普通の女性である彼女の考えていることが全くわからないが、無理矢理させられた恋人関係は抜きにしても彼女にはお世話になりっぱなしなので、申し出を拒むことは無く放課後になると家族と凪ちゃんに夕飯は友達と食べて帰ると連絡を入れて、彼女と一緒にスーパーに向かう。
「今の僕達、カップルに見えるかな」
「光琉。お前いつも男装してるの忘れて無いか?」
スーパーで買い物をしている途中、男子高校生の制服を着て、腕を無理矢理組ませて上機嫌そうな彼女。
周りに誤解されたらどうするんだと言いたくもなったが、中学校で俺を見てほぼ一目惚れに近い状態で想いを募らせていた彼女からすれば、男同士の恋愛だと誤解されようがどうでもいいのだろう。
少しだけ柔らかな感触を楽しみながら食材を購入して、彼女の家へ。
「パパに話したんだ。片思いしてた人にカミングアウトして、婚約者持ちだけど恋人になったって。複雑な反応をされたよ。僕は息子として扱われてるのかな、娘として扱われてるのかな」
俺の母親と同様にあまり感情の見られない彼女の母親に会釈をし、何度も家には遊びに来ているが、仕事で帰りが遅いため一度も会った事の無い父親に娘を奪った男として扱われるのかと悩み、先日夫婦ごっこでそうしていたように、キッチンで光琉が料理をする光景を眺めていたのだが、
「光琉。お前料理経験は?」
「無いよ。料理は女のするものだし」
「お前女だろ。母親が料理してる光景を見て学んだりして無いのかよ……」
その手つきや知識はあまりにも素人で、料理が血だらけになりそうだ、とても料理を任せられないと慌てて俺がフォローに入る。
といっても、彼女のように料理スキルが全くない男性は珍しくは無い。
仕事として料理をする人を除けば、料理は全て女性に任せっきりで、女性側もそれが自分の仕事だと何一つ文句を言わない……今の世の中そんな男性だらけであり、主に凪ちゃんの料理姿を眺めていた程度の俺が知識のある方になってしまうレベルなのだ。
「さぁ、可愛い彼女の手料理を召し上がれ。ほら、ママも食べて食べて。どう? 立派な花嫁になれる?」
「9割俺が作ったんだが……」
「男を応援して頑張らせるのも女の仕事なんだよ」
結局俺がほとんど作った、肉じゃがと味噌汁、焼き魚を彼女の母親含めて3人で頂くことに。
「とても美味しいわ。光琉も女性として生きていくつもりなら、もう少し頑張らなきゃ駄目よ」
「ん~、美味しい~♪ よし決めた、私もっと稼げる女になって、春己を主夫にする」
「俺も稼げる男になって凪ちゃんを養わないといけないんだよ」
俺の料理は彼女にとっても彼女の母親にとっても合格点らしく、夕飯をご馳走すると言われてやってきたのに料理を作らされて挙句の果てには主夫になれと言われる始末。
自分が男性として生きるのか女性として生きるのかも定まっていないように思える光琉の挙動には、彼女の母親もそれなりに思うところがあったのだろう、それなりに感情表現と言葉を紡いでいた。
「それじゃあおやすみ。正直女として恥ずかしく思えて来たから、料理の特訓して今度リベンジするから楽しみにしててね」
「光琉を今後もよろしくね。この子、ずっと生き方に悩んでいたから、春己君にはずっと支えて欲しいの」
「おやすみ」
篠宮親子に見送られて帰路につき、寝て起きて朝になって、母親と凪ちゃんの作った朝食を食べる。
今日の夕飯は何がいいかと俺と凪ちゃんに聞いてくる母親に対し、
「今日は俺が夕飯を作るから」
たまには俺も料理をお世話になっている二人に振舞いたいし、何より光琉に振舞って凪ちゃんに振舞わないのはフェアじゃない気がしたのでそう申し出るが、
「春己。進路は料理人にするの?」
「はるくん、しぇふになるんだ! すごい!」
料理を自発的にする男は職業としての料理人のみという常識からか、二人ともそんな事を聞いてくる始末。
お世話になってるからたまにはお返しと言っても多分理解されないだろうし、二人目の恋人を作った事をまだ打ち明けていない以上はその辺の事情を説明する事も出来ない。
「まぁ、色々経験して、自分に合った仕事とかを探したいしね。だから練習台になってよ」
「はるくん、えらい!」
周りの男子に比べれば料理に対する抵抗感は無い方だとは思うが、料理人になろうなんて考えた事は一度も無い。
けれども二人が勘違いしている事を利用して、俺は自分探しというそれっぽい理由をつけて料理を振舞うことにするのだった。




