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夫婦ごっこ

「おはようはるくん!」

「おはよう、凪ちゃん。それじゃ行こうか」


 土曜日だけはきちんとアラームをセットして、朝早くに起きて、顔を洗って支度をして、彼女の家まで迎えに行く。

 お泊り用のセットをカバンに詰め込んだ、上機嫌そうにテレビ番組で覚えたであろう鼻歌を歌う彼女と共に、俺達の家から歩いて数分程度の場所にある、古めのアパートへ向かう。


「それじゃ、あさごはんつくるね。きょうは、とーすととはむえっぐをつくるよ!」


 部屋に入ると、カバンから朝食用の食材を取り出して、キッチンへと向かう彼女。

 トースターを使ったり、フライパンで火を使って卵とハムを焼いたり、デザート用のリンゴを包丁で切ったりする彼女を見守りながら、彼女の調理スキルの上達を実感する。


 夫婦ごっこ。

 言ってしまえば実践的な花嫁修業であり、毎週土曜日に俺達はアパートの一室で夫婦生活の予行演習をしている。

 法律上はまだ結婚出来ないし、彼女を養う程の甲斐性も無い、けれど婚約していて両想いでもある俺達のために、互いの父親が協力して用意してくれた週に一度の夫婦水入らず。


「めしあがれ!」

「頂きます。……うん、美味しい」

「ふぃーどばっく? っていうの、えんりょせずにいってね!」

「えーと……目玉焼きは半熟がいいかな」

「わかった! つぎはもうちょっとやくじかんをみじかくするね!」


 普段は俺の母親の朝食と夕食作りを手伝う程度だが、夫婦ごっこにおいては全ての家事は彼女が担当する。

 最初は彼女に家事なんて出来るのだろうかと不安だったが、精神年齢は育たなくても、最新の教育システムで家事に関するスキルはきっちりと叩き込まれているらしく、俺なんかよりも遥かに手際良く料理をしているのを見て、俺も頑張らなきゃなと痛感する日々だ。


「それで、きょうはなにする?」

「外でも歩こうか」

「うん!」


 食後の片付けも終え、今日はどんな夫婦生活を送るのかと彼女に問われ、天気もいいし外でもぶらつこうろ提案する。

 彼女と一緒に部屋を出て、ひとまずは近くにある公園へ。


「おとこのこでいっぱいだね」

「そうだね」


 公園のベンチに二人並んで座り、砂場だったりの遊具で遊ぶ男児達を眺める。

 女児は基本的にいない。女の子を外で活発に遊ばせることは、今の教育システムからすればデメリットにしかならないからだ。

 結婚するまで家から出る事無く、オンラインの教育プログラムのみを受ける、真の箱入り娘なんて話も珍しくは無い。

 子供と一緒に遊んでいるのも、見守っているのも父親ばかりで、誰かの母親と思わしき女性が一人、ベンチに座って無表情で子供を眺めているだけ。


「はるくん、じろじろみられてるよ?」

「凪ちゃんが可愛いんだよ。ゲームセンターにでも行こうか。クレーンゲームってのを一緒にやろう」


 凪ちゃんくらいの年齢の女性が外の世界にいることは珍しいからか、男児達はじろじろと彼女を見やる。

 俺の婚約者だ、勝手に見てんじゃねえぞと軽く男児を睨みつけ、彼女の手を取ってその場を離れ、近くにあるゲームセンターへ。


「このボタンを押して、ぬいぐるみを取るんだよ」


 ゲームセンターには色んなゲームがあるが、利用客は基本的に男性なので、ゲームもプライズも男性向けに偏っている。

 女性が楽しめるようなものは簡単な音楽ゲームや、クレーンゲームコーナーの片隅に追いやられた女性向けのぬいぐるみコーナーくらいなものだ。


「はい、はるくんのあたらしいぺっとだよ」

「この猫ちゃんは凪ちゃんの部屋に飾ろう。俺はあまり家にいないから、お世話できないしね」


 今月のお小遣いの半分を費やしてようやく猫のぬいぐるみを入手し、彼女の部屋に彩りを持たせることに成功した俺は、近場のファミレスへと向かう。


「うーん、このおむらいす、どうやってつくるんだろ……」

「凪ちゃんは勉強熱心だね」


 家事は女性の仕事、とは言っても、商売で料理をするのは男性ばかり、店員に至っては猫型ロボット。

 今の女性はファミレスでも不満を言わないどころか、外食に連れて行かなくても不満を言わないので、父親と息子だけが外食を楽しんで、母親と娘はお留守番なんてのもよく聞く話。

 当然ながら飲食店の需要はかつての時代に比べて大きく減り、客目線で見ても選択肢が少ない。

 飲食店で深刻だった人手不足が解消され、他の必要な産業にリソースが割かれるようになったという面で見れば、これでよかったのだろうけれど。


「らいしゅうはおむらいすと、ぱふぇをつくってあげるね!」

「それは楽しみだ」


 彼女に食べて料理を覚えさせ、適当に街を散歩した後、夕方頃にアパートに戻った俺達。

 リビングのソファーに彼女と座り、テレビをつけると丁度彼女の好きなアニメが始まるところだった。


「ごーごーふにきゅあ♪」


 飲食店は女性が利用しなくなったことで需要が落ち込んだが、テレビや動画といった家での娯楽は女性向けに、子供向けに需要が変化して行き、逆に男性が楽しめるようなコンテンツはゲームだったり、ある程度頭を使うものに偏りつつある。

 男性声優と女性型のボイスロイドが列挙されたクレジットを眺めた後、彼女は晩御飯はカレーライスだよと言いながらエプロンを装着しキッチンへ。


「カレーを煮込んだりするの大変でしょ、家にオートクッカーがあるから借りて来るよ」

「わたしがじぶんでりょうりしたいの、だめ?」

「ううん、駄目じゃないよ」


 彼女の負担を減らそうと、ルーと具材と水を入れてスイッチを入れるだけでカレーが出来る便利な道具を家から借りようと考えたが、彼女は自分で鍋をかき混ぜたりしながら料理するのが好きらしい。

 彼女が産まれつきそういう人間なのか、俺の好みに合わせてそういう性格になるように教育されたのかは分からないが、涙目になりながらタマネギを切ったり、お肉を炒めたり、カレーを煮込んだりする彼女を眺めつつ、そういえばご飯を炊いていないなと彼女の横でお米を研いで炊飯器のスイッチを入れる。


「あ! ごめん、ごはんたくのわすれてた……」


 さりげない気遣いのつもりだったのだが、彼女は自分のミスで迷惑をかけてしまったと思ってしまったのか、タマネギを切っている時よりも涙目になってしまう。


「凪ちゃんはまだ15歳なんだからしょうがないよ」

「うん……けっこんするときまでには、かんぺきにりょうりできるようになるからね!」


 自分と同い年の人間にかけるフォローとしてはおかしいのだろうが、とにかく彼女の頭を撫でながら慰める。

 そう、彼女はまだ15歳。本来であれば妻として調理台に立つのは18歳や20歳くらいの話であり、それまではずっと花嫁修業をしているものなのだ。


「……っ! み、水……」

「ごめん、からかった? つぎはあまくちのるーにするね。あ、たしかじゃがいもをつぶすとあまくなるんだよ」

「いや、大丈夫だよ。この辛さで丁度いい」


 立ち直った彼女と共に夕食を頂くのだが、思った以上にカレーが辛くて水をかきこむ。

 高等な教育を施されていない今の女性が味覚がお子様なんて事は全然無く、むしろどんな料理でも文句を言わずに食べるように訓練されているので、好き嫌いなんてほとんど無いし、辛さや苦さにも耐性がある。

 彼女よりも遥かにお子様な味覚を持つ俺ではあったが、女の前で辛くて食べられないなんて泣き言を言う訳にはいかないと、おそらく前時代的な見栄を張りつつカレーを完食。


「おふろわいたよー、はいろはいろ」

「うん……」


 夕食の後片付けを終える頃にはお風呂のお湯が張り、彼女に促されるまま服を脱いで一緒に浴室へ。


「あわあわー♪」


 一糸纏わぬ姿で俺の身体をごしごしとこする彼女に対し、邪念を振り払い息子を暴れさせないようにするので精一杯の俺。

 幼馴染で婚約者という関係性なので、当然ながら一緒にお風呂に入ったことは何度もあるのだが、俺達ももう15歳。

 俺はとっくに性に目覚めているし、まだ性教育を受けておらず無垢なままでも、彼女の身体は女性的になっている。

 俺の身体を洗い終えた彼女は期待するような目で俺を見るが、今の俺に彼女の身体を洗うような度胸は無く、やがて彼女は自分で身体を洗い始める。


「はるくん、といれながかったね? おなかいたいの?」

「凪ちゃんのカレーが美味しすぎて食べすぎちゃったのかもね」


 お風呂から上がっても悶々とした気持ちは収まらず、眠たくなるまでテレビを見ている彼女に隠れてこっそりトイレに籠り、スマホで彼女によく似たヒロインの卑猥な漫画を見て発散するが、その程度で賢者になれる訳も無い。


「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ……」


 更には夫婦ごっこ最後のイベントとして、俺達は一緒のベッドで寝る。

 しかも彼女は寝ると無意識なのか、すぐに俺に抱き着いて来るのだ。


「(もう高校生だし……いや、でも、結婚するまで我慢……)」


 彼女に抱き着かれながら、念の為に隠してあるゴムが入っているカバンの方を見る。

 いわゆる婚前交渉については、法律上はまだ結婚できないがもう夫婦のようなものなのだからと彼女の父親には好きにしろと許可を貰っているし、彼女も知識は無くとも夫に求められたら言われるがまま受け入れるように教育を施されている。

 それでも俺は間違いが起きたらだとか、夫になる覚悟がまだ出来ないだとか、そんな理由で手を出すことが出来ず、心臓をバクバクさせながら彼女が起きるまで一睡もする事が出来ない。



「おはよー! ふうふごっこたのしかったね、それじゃあおうちにかえろう?」

「おはよう……ふぁ~」

「あはは、まだねむたいの?」


 熟睡して気持ちの良さそうな彼女に対し、一睡もしておらず体調が最悪である事を悟られないようにしながら彼女を家まで送り届ける。

 こうして週に一度の夫婦ごっこが終わり、寝不足な俺は日曜日を惰眠で消費するのだった。

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