中学時代からの親友
家を出て歩いて数分の場所にある高校に向かった俺は、あくびをしながら教室へ向かい、机に突っ伏して周りを見やる。
「姉さんが結婚して家を出て行ったんだよなー、ほとんど会話しなかったけど、いなくなると寂しいもんだよなー」
「どんな男に嫁いだんだ?」
「都会で建築やってるってさ。俺も早く卒業して、相性のいい嫁が欲しいぜ」
「知ってたか? DNAの相性によって大体の女性のパターンは決まるんだが、卒業時の共通テストの成績が良ければ、ルックスだったりが良い子が嫁になるらしいぜ」
「マジかよ、猛勉強しなきゃ」
教室で他愛も無い会話を繰り広げている、家族を除いてほとんど女性と関わった事の無い男子学生達。
やがてチャイムが鳴って、男の先生が入ってきて、授業が始まる。
ここは男子校では無い。そもそも既にこの世には、女性が学ぶための高校自体が存在しない。
男性と女性の教育現場は完全に分断されており、女性は専用の学校に集められて、小学生レベルの知識や、実践的な家事、育児、内職レベルの単純作業を結婚相手が見つかるまで学ぶ。
一方で男性はそれ以外の全てを学び、自分の能力を高め続けて、結婚相手を満足に養えるようにする。
男性に嫁ぎ、母となるために育てられる女性と、
家族を養って社会の歯車になるために育てられる男性、
果たしてより洗脳されているのはどちらの方なのだろうか?
この日の授業が難しくて頭に入って来ない俺は、そんな事を考えながら時間割を進めていく。
「うっす。今日のお前、あくびばっかだったぜ。授業がちんぷんかんぷんか?」
「……お前に協力して貰って頑張ってこの高校入ったのになぁ、失敗だったかな」
「まぁまぁ……そうだ、久々に俺の家で勉強会しようぜ?」
あっと言う間に放課後になり、このままじゃ留年するかもしれない、卒業時のテスト結果が酷くて婚約解消になるかもしれないなんて不安を抱えていると、中学時代からの親友である篠宮光琉が声を掛けてくる。
誘われるままに一緒に学校を出て、光琉の家まで歩く俺達。
その途中に寄ったコンビニにも、ゲームセンターにも、女性の姿は無い。
買い物だって大抵は男の仕事だし、今の女性に娯楽を欲しがる感性も無い。
女性が必要最低限の欲求のみで満足するようになっているからこそ、男性だけが働いて社会が成立するのだ。
「んで、どこがわかんねーんだ?」
「全部だよ全部。この高校偏差値高すぎだろ、家から近いからって理由で目指すんじゃ無かった」
「受験の時は頑張ってただろ、春休みの間に許嫁とイチャイチャし過ぎて馬鹿になったか?」
「うるせー」
光琉の家についた俺は、高校受験の時にはお世話になった彼の部屋に向かい、テーブルに教科書とノートを広げる。
3ヵ月ぶりくらいだが、何だか昔と比べて部屋がピンクになっていたり、ぬいぐるみが置いてあったり、趣味が変わったのだろうか。
「しっかし、お前には世話になりっぱなしだよなぁ、高校でも成績トップクラスだろ? 俺なんかに構ってていいのかよ」
勉強を教えて貰いながら、何故目の前のこの男が俺なんかと親友になっているのかを考えるが答えが出て来ない。
中学時代から優等生で、家が近いという理由で身の丈に合わない高校を志望した俺の勉強にも付き合ってくれて、高校になってからもこうして俺の世話を焼いてくれる。
女性にモテるという概念自体が薄れた現代ではあるが、俺なんかに構うよりももっと自分の事を大事にして、より自分好みの女性を見つけた方が良いだろうに。
「……感謝してるなら、一つお願いがあるんだけどさ」
「お願い? 俺に出来ることなら何でも言ってくれよ。……ははーん、わかったぞ。相性のいい女性が見つかったんだな? そうだよな、光琉くらいの優等生なら、この時期には相手が決まってもおかしくないよな。それで、婚約者持ちの俺にアドバイスを聞きたいと」
光琉には本当に感謝しているし、彼の願いなら極力手伝ってやりたい。
そう告げる俺に対し、いつものような悪友の雰囲気を見せることなく、彼は顔を赤らめながらもじもじし始める。
「あー……ひょっとして、光琉、そっち系? ごめん、俺は」
「違う。そっち系じゃない。いや、でも、ある意味……」
彼の反応が俺の知らない女性では無く、俺自身に向けられている事に気付いた俺は、困惑しながらもきっぱりと断りを入れる。
今の時代、同性愛を始めとするマイノリティな性志向は幼少期から徹底的に矯正される。
それでもなってしまうものはしょうがないのだろうが、俺は普通だし、何より婚約者もいる。
そんな俺の対応に対し否定しながらも、どう切り出せばいいのかわからないのか珍しくうろたえ続ける光琉。
やがて彼は突然服を脱ぎだすと、
「……実は俺、……じゃなくて僕、女なんだ! だから付き合って!」
サラシを巻いているが確かにそれなりに膨らみのありそうな胸部を見せながら、そんな事を言い始めた。
「……はい?」
「だから! 僕は女の子! 女の子が男の子を好きになるのは普通! そっち系じゃない! ね? いいよね? 信用して無いの? じゃあサラシ取ります! パンツ脱ぎます!」
彼、いや、彼女の突然の二重の告白に、開いた口が塞がらない。
混乱しているのは彼女も同じらしく、俺に自分が女性である事を認めさせたいのか、俺を落としにかかろうとしているのか、更に露出を増やそうとする。
「いいから服着ろって、いきなり過ぎて訳わかんねーよ……何で男装して学校通ってんだよ!?」
「……聞いたことあるでしょ? 高い才能がある女性だったり、逆に極端に才能の無い男性は、特例として扱われるって」
彼女を宥めて服を着させ、事情を説明させると、彼女は寂しそうに自分は特例だと言い始める。
そもそも男性が働いて、女性が家庭に入るというシステムが確立されているのは、体力に代表される性差だったり、出産適齢時期だったり、色んな要因があってそれを活かしたシステムが社会を運営する上で効率的だからだ。
けれども実際の人間には当然なら個人差が存在する。
身体が弱くて女性よりも体力の無い男性だったり、頭の悪すぎる男性だったり、体力というハンデを帳消しに出来るような頭の良い女性だったり……科学の進歩により産まれてすぐにそういった才能は調べ上げられ、外れ値は特例として生きることになる。
「僕は賢いから、こうして男性として学校に通って、男性のように働いて、20歳くらいになったら、逆の特例……頭が悪かったり、身体が弱かったりする男と結婚させられるんだ。……僕はそんなの嫌だ! 顔も知らない、馬鹿で貧弱な男の子供なんて産みたくない!」
俺達のような男側は、子供の時から『妻と子供を養って働いて社会に貢献する事は素晴らしい事だ』と教育され続けている。
俺は既に婚約者のいる特例だし、なるべくなら自分の理想の女性と結婚するためにスペックを上げたいと周りの男子は努力しているが、顔も知らない女性と結婚する事自体は厭わないし、例え自分の好みで無くとも、DNAによって相性が良いと決められているし、結婚してからある程度自分好みに染められるしと受け入れる価値観が一般的だ。
けれども、彼女のような賢い人間は、自分の相手が弱者男性という事も加味し、それを受け入れるには自我が育ち過ぎていたのだろう。
「中学校で君を見た瞬間、ビビッと来たんだ。それで、気になって君と僕のDNA相性をチェックしたら、ほら、9割超えだよ。それでも中学校の頃は、親友というポジションで満足出来たんだ。でも、一緒の高校に入れて、僕の身体も心も女性になっていって、もう我慢出来ないんだ」
いつのまに俺のDNAを採取していたのかは不明だが、彼女は嬉しそうにひらひらと検査結果を俺に見せて来る。国から結婚相手として紹介される基準は、DNAによる相性診断で8割を超える人間である事を加味すれば、彼女の直感は正しかったのだろう。けれども、
「……ごめん、俺には凪ちゃんが」
俺がその辺にいる、まだ見ぬ妻を想いながら勉学に励む一般男性なら、喜んで彼女の告白を受け入れただろう。しかし俺には幼馴染でDNA相性が100%に近いという、早期に婚約が決まるのも納得な、奇跡の相手としか言いようのない婚約者がいる。
「二人目でも、僕はいいから。僕だって稼ぐし、それで問題無いでしょ? 君がいつも言ってる凪ちゃんは、お人形さんなんだら、もう一人お嫁さんがいたって気にしないでしょ」
それでも彼女は引き下がらず、二人目でも問題無いと言い始める。
彼女の言う通り、この国では重婚は禁止されていない。
基本的には一人につき一人があてがわれるが、男女比がぴったりというのは有り得ないし、金や権力を持った男性が二人目以降を娶ろうとする事も珍しくは無い。
そこに多少は女性の父親の意思が介入すれど、女性側の意思なんてものは存在しない。
何故なら今の女性は、「嫉妬」という感情を持てる程に教育を施されていないからだ。
結局は、家族を養える甲斐性が本人にあるかどうか、これのみなのである。
「……結局押し切られちゃったな」
光琉の家を出て、すっかり日の沈んだ家路を歩く。
彼女の勢いに押された俺は、きちんと断る事が出来ず、しばらくは秘密の関係という事で告白を受け入れてしまった。
向こうはずっと俺の事を男として見ていたのだろうが、俺は今までずっと彼女の事を爽やかで頭の良い男子と思っていたのだし、急に彼女と言われても心の準備が出来ないよ、と今後の生活について悩む。
「はるくんおかえり! おそかったね? ごはんはできてるから、れんじでちんしてたべてね」
「ちょっと学校の友達と遊んでてね」
「そっか。あしたのじゅんび、わすれないでね? おやすみ!」
家に帰ると、本当は家で女性用の番組を見たり寝たいだろうに、玄関で俺におかえりの挨拶をするためだけに待っていたであろう、甲斐甲斐しい凪ちゃんと鉢合わせる。
二股をしてしまった俺は彼女から若干目を逸らしつつ、今日が金曜日であり、明日が土曜日である事を思い出す。
そうか、明日は夫婦ごっこの日か。




