コスプレ
「凪ちゃん……凪ちゃん……」
「あはは、くすぐったい、ぎぶぎぶ」
光琉とキスからもう1ステップ進んだ俺がそれで我慢出来るはずもなく、その数日後にはいたいけな凪ちゃんを裸にひんむいてくすぐり地獄という名目でキス以上の事をする。
「……zzz」
立派に性犯罪者になってしまった俺は、疲れ果てて寝てしまった凪ちゃんが風邪を引かないように服を着せると、ずっと我慢を続けていた自分の息子を慰めるためにネットサーフィンをする。
「夏コミかぁ」
お気に入りのイラストレーターのSNSアカウントを眺めていたのだが、皆もうすぐ開催される同人誌即売会で盛り上がっており、出品するらしい本のサンプルページを眺めながら、高校生になったしそういうイベントも行って見るかなぁと光琉にメッセージを送ってみると、嘲笑するようなスタンプが送られて来る。
『夏コミ? あれでしょ、前時代的なオタクがなんかエロ漫画とか売ってるんでしょ。そんなのに僕を誘うの? きんもーっ☆』
『昔に比べたらほとんど無いらしいが、BLもあるみたいだぞ。女って皆ホモが好きなんだろ? お前の部屋にも、なんかそれっぽい本が隠してあったよな?』
『辞めよう。お互い偏見で殴り合うのは。興味が無い訳じゃないんだ』
『お前が始めた喧嘩だろう』
煽った結果カウンターを食らってしまったようで、素直に夏コミの日程やアクセス等の情報を送って来る光琉。
夏の同人誌即売会、通称夏コミ。
社会システムが大きく変わっても、ほぼ全ての男性に三次元の嫁があてがわれるようになっても、オタク達のロマンが変化する事は無かったらしく、男達は俺の嫁を追い求め、この業界だけは女性作家だったりコスプレイヤーだったりといった、しっかり働いている? 女性も生き残っている。
『1日目が企業ブースメインで3日目がエロらしいね。年齢認証とかあるのかな。折角だし泊りで都会観光もしたいよね』
『大人しく健全に行こうぜ。凪ちゃんの好きなプニキュアのブースもあるな……コスプレイベントもあるのかぁ』
『凪ちゃんを連れて行くつもり? 純粋な子をあんな魔窟に連れてったら汚染されちゃうよ? オタク達に汚されちゃうよ?』
『でも留守番ってのも可哀想だしなぁ』
凪ちゃんを連れて行くか、ついでに都会を満喫するか、ああだこうだと会議をしているうちに、凪ちゃんが起きて夏コミの案内が表示されているノートパソコンを俺の後ろから覗く。
「あ、ぷにきゅあだ! あれ、なんであにめじゃないの」
「起きたんだね凪ちゃん。うーん、これはコスプレって言ってね、現実にいる人間がプニキュアになるんだよ」
「あはは、はるくん、わかってないね。ぷにきゅあはあにめなんだよ、げんじつにはいないんだよ。ひーろーしょーにでてくるぷにきゅあだって、なかにひとがいるんだよ」
「……」
凪ちゃんにコスプレという概念を説明するために三次元のアニメキャラなのだと話すも、彼女は所詮はアニメであり現実では無い、ショーに出て来る着ぐるみだって中にはおじさんが入っているという事を理解しているという夢の無い事を言い始める。
『あんまりにも純粋で無知だったら、悪い人に騙されちゃうからねえ。その辺の分別はついてるんだね』
『なんだか物凄くショックだよ……何も知らない純粋無垢な存在であって欲しいなんてのは身勝手な男のエゴだって事か……』
凪ちゃんの意外な一面にショックを受けながらも、『皆でプニキュアごっこをしている』という説明により彼女を納得させ、結局三人で旅行がてら行くことに。
見聞を広めるという大義名分により親からも多額のお小遣いを貰った俺達であったが、なるべく移動費は節約したいと夜行バスで都会に向かい、イマイチ疲れの取れていない状態で会場へ。
「うわ、もうこんなに並んでるんだ? 会場に入りきるのかな?」
「しかも暑いな……まぁ水分だけは十分用意して来たが……」
「……あいすきゃんでぃーみっつ……、いや、よっつください」
それなりに早く来たつもりだったが猛者は前日から徹夜で並んでいるらしく、見るだけでげんなりする程の長蛇の列。ただでさえ暑い夏に、人の多さで体感温度は凄まじい事になっており、普段はお利口さんで勝手な行動をしない凪ちゃんも防衛本能が働いたのか、吸い込まれるようにアイスキャンディー売りへと近づいて、二本のアイスを咥えながら戻って来る。
「そもそも俺達はどこを目指すんだ?」
「冷静に考えたら、そこまで推し、って感じの作家さんとかがいる訳じゃないんだよねぇ……」
「ぷにきゅあいこ、ぷにきゅあ!」
やがて開会の時間になり、列がどんどん進んで行くも、そもそも俺達は目的地もロクに決まっていなかったことに気付く。とりあえず凪ちゃんの好きなアニメであるプニキュア関連のブースへ向かうと、そこには大きなお友達が群がっていた。
「……? あれ、もしかしてぷにきゅあって、わたしむけのあにめじゃないの?」
「いや、凪ちゃんみたいな女の子向けのアニメだよ。でもね、対象年齢だとか、性別だとか、そういう境界を超えた先の世界なんだ」
成人男性達がプニキュアグッズを買い漁っているのを見て、本当は大人の男性向けのアニメなんじゃないかと自分が今まで楽しんで来たメディアコンテンツに疑問を抱く彼女。
一般的には異常なのは彼等の方だが、この場所ではそれが正常で、凪ちゃんみたいな子をここへ連れて来る俺みたいな男の方が異常なのだろうと悟りつつ、彼女をあの輪の中に入れたくないので代わりに色々とグッズを購入する。
「これって、くっしょん?」
「抱き枕って言うんだよ。大きなぬいぐるみみたいに、抱きしめて寝るんだ。……とりあえず人気だから買ってみたが、どう考えてもこれは凪ちゃん向けの商品じゃないよなぁ……しかもちょっと衣装開けてるし」
紙袋からはみ出ているプニキュアの抱き枕を見ながら、帰りはこれを持ったまま色んな人に見られるのかとげんなりしていると、別行動でコスプレイベントを調査していた光琉が、貸出をしていたらしい袴を持って帰って来る。
「はいこれ。借りて来たよ。『令和最後の武士、木村竜也』の第二部の衣装なんだ。男子更衣室は向こう」
「作品名からして意味がわからねーよ……凪ちゃんにも何か似合う衣装探しといてくれ」
押し切られるまま、かなり前の元号のついた作品の謎のキャラクターの衣装に身を包んで集合場所へ向かうと、そこにはお揃いの魔法少女っぽい衣装を着た二人の姿。
「どう? 可愛い?」
「えへへ、にあってる? まじかるとかれふきるぜむおーる!」
「凪ちゃんはともかく、光琉……お前いい年して恥ずかしくないのかその格好は……あ、あれ? 冷静に考えたら凪ちゃんも同年代だな?」
小さな女の子の魔法少女コスプレは絵になるが、いい年した女性の魔法少女コスプレはきつい……そんな残酷な感想を抱くも、そもそも二人は同い年である事に気付く。
女性の精神年齢が意図的に成長しないようになっているこの社会において、一体年齢とは何を意味するのか、まさかこんな場所で考えることになろうとは。
「あ! あそこに犬童虎太郎コスの人がいる! あの人と並んで! 写真撮るから!」
「あそこにもおなじふくのひとがいる! はなしかけてくるね!」
似たような袴を来た男性を見るなり、目を輝かせて俺を彼の下へ連れていき、2ショット写真を撮って欲しいと懇願する彼女。
二人の推しキャラに囲まれて三人で写真を撮りたい訳では無く、二人の写真が欲しいというのがガチ感あるなと思っていると、凪ちゃんは近くにまた同じ格好をした、おそらくは誰かの娘であろう少女へと駆け寄って行く。
「まぁ、二人が楽しんでるからいいか」
よくわからない格好をさせられて、知らない人との2ショット写真を撮らされて、抱き枕がはみ出ている恥ずかしい紙袋を持たされて。
あまり俺自身はこのイベントを楽しめそうにないが、二人が喜んでいる姿を見て来て良かったなと自分を納得させるのだった。




