夏休み
「夏休みだ!」
「いっぱいあそぼうね! しゅくだいはこつこつやろうね!」
「凪ちゃん、それはお節介というものだよ」
待ちに待った夏休み。宿題を押し入れの中に封じ込めると、クーラーの風量を最強にして、凪ちゃんと一緒にしばらくテンションの高いまま涼む。
凪ちゃんの通っている女性用の簡易的な学校も男性と同じ日程のため、一ヶ月以上は二人でダラダラする休日が続くのだ。
キスという大きな壁を乗り越えた今の俺達ならば、この夏休みにもっと進展する事も可能だろうと、鼻息を荒くしながら脳内で色々妄想しているうちに、あっという間に一週間。
「zzz……」
「暇だ……キスしよ」
クーラーの効いた俺の部屋のベッドですやすやと寝ている凪ちゃんと、薄着の彼女に過度な悪戯をする気力も無くあくびをしながらスマホで適当にネットサーフィンをする俺。
娯楽自体が昔に比べて減ってしまったし、それを差し引いても俺は凪ちゃんと一緒にいる時間が長くいちゃついていた分、あまり趣味を知らない。
その凪ちゃんとのいちゃつきすら、妄想のように簡単にステップアップする事は出来ず、寝ている凪ちゃんにこっそりキスをするという行為を数回くらいやってみるものの、やはり相手が寝ている時にキスをしたところであまり満たされない。
『暇だ』
『暇ならもう少し僕のメッセージに反応して欲しいな』
そういえば俺にはもう一人恋人がいたなと、SNSを開いてちょっとやり取りをサボっていた光琉としばらく近況報告をし合う。
『どこか行く?』
『暑くて外にあんまり出たくないんだよなぁ』
『同感。……ごめん、僕はもう寝るね。徹夜でゲームしてたから眠くて眠くて』
『おやすみ。俺も何かゲームしよっかなぁ』
向こうも夏でだらけているようで、恋人とのデートよりも部屋で涼む事を優先したいらしい。
光琉に別れを告げてスマホをベッドに投げ捨てると、部屋の中にあるゲームを探すが、シンプルなゲームしか見つからない。
凪ちゃんと一緒に楽しめるゲームを選び続けた結果、高校生となった今となっては物足りないラインナップばかりなのだ。
かといって新作ゲームを買う程にお金に余裕がある訳でも無く、投げ捨てたスマホを再度手に取り、スマホゲームを検索しながら時を過ごしているうちに、凪ちゃんが目を覚まして大きく伸びをする。
「ふぁ~……おはよう」
「全然お昼だよ凪ちゃん。ビニールじゃないプールでも行く? ちょっと遠出すれば海水浴場とかもあるけど」
「いいけど、わたしおよげないよ?」
「まあ、泳げなくても冷たい水の中でちゃぷちゃぷしてるだけで楽しいからね。流石に海水浴場は危ないし、プールに行こうか」
凪ちゃんも起きた事だし、たまには一緒に外に出ようとプールに誘ってみると、彼女は泳げないと困ったような、少し水への恐怖を覗かせる表情をする。
男性は昔の学校教育の名残でプールの授業があれど、女性が普通に生きていく上で泳ぐ事など無いため彼女達は泳ぎを学んでおらず、精々お風呂で溺れないようにする教育程度。
その教育も、『水は恐ろしい』という概念を植え付けることで実施しているらしく、お風呂に潜ろうとはしないのは勿論の事、プールや海というそれなりに深度のある水に対しても防衛本能を働かせてしまうようだ。
怖がる凪ちゃんを無理矢理プールに連れて行くのは少し心が痛むが、俺もついているし、肩まで浸からないビニールプールでばかり遊んでいる凪ちゃんにちゃんとしたプールを味わって貰いたい。
彼女を説得して一緒に家を出て、近くにあるプールに向かう頃には夏の暑さで一秒でも早く水に浸かりたいと思うようになったらしく、入館するとすぐに彼女は女子更衣室の方へと駆けて行く。
「あつい! はやくおよぎたい!」
「走っちゃ駄目だよ」
男性よりも女性の方が着替えには時間がかかるはずなのに、俺が海パン姿になって男子更衣室を出る頃には既に凪ちゃんは外で浮き輪をはめたまま屈伸運動をしており、早く水に浸かりたいと俺の手を取って近くにある流れるプールへと向かう。
「すごい! さかなになったみたい!」
何もしていないのに流されて行く自分の身体を魚に例える風流な彼女の傍を、彼女が流され過ぎて見失わないように適度な距離感で泳ぐことしばらく、3周くらいしたところで彼女が目が回ってしまったようでプールから出てちょっとふらつく。
「こーひーかっぷみたいだったね」
「どっちかと言うとメリーゴーランドかな。次はあそこの波のプールに行こう」
少し休憩した後、今度は海を再現した波のプールに向かい、奥に進もうとしては手前に戻され、その度に波を顔に浴びる凪ちゃんを微笑ましく眺めると言う微妙に悪趣味な事を繰り返す。
その後もプールの家で焼きそばやソフトクリームを食べたり、怖がる凪ちゃんをウォータースライダーデビューさせたり、光琉とはまた違ったプールデートを謳歌する。
「zzz……」
プールから帰り、泳ぎ疲れた凪ちゃんがまたまた俺の部屋ですやすやと寝ているのを眺めながら、俺も寝ようと同じベッドに入るも、俺はどっちかと言うと凪ちゃんを見守っておりあんまり泳いでいないのでそこまで眠たくは無い。
『今やってるマルチあるゲーム教えてくれよ、俺もやるから』
『じゃあ丁度サービス開始したばかりのFPSがあるから勝負しよう』
退屈凌ぎに何か新しくゲームでもやろうと光琉にメッセージを送り、普段やっているレトロなゲームとは全然違う、グラフィックも超美麗なFPSを彼女と遊ぶ。
今の時代VRMMOなるものも実用化されているが、なんだか話が別の方向に向かいそうなのでそれはやらない。
『下手っぴ。相手にもならないね。もうちょっとうまければ、協力プレイが出来るんだけどなぁ』
サービス開始したばかりのゲームとは言えど、俺はそもそもFPSゲーム自体にあまり慣れていない。
似たようなゲームをたくさんやっているらしい光琉に遅れを取り続け、ボイスチャットでは彼女の煽り声を何度も聴く羽目に。
『あれ? ゲームぶち切りですか? ふて寝ですか?』
俺がゲームプレイを終了すると、今度はSNSで煽りメッセージが届くように。
とてもじゃないが恋人とは思えない意地の悪い態度に怒った俺は、そこそこ日も暮れて暑く無くなったこともあり家を出てダッシュで彼女の家へと向かう。
「おらぁ! リアルファイトだこらぁ!」
「煽った僕も悪かったとは思うけどさ、家まで来る君も大概だよ……まぁ、折角だし晩御飯食べて行きなよ。走ってきたから汗もかいてるでしょ? お風呂に入ってきなよ。あ、勘違いしないでね、一緒には入らないよ、ムードもへったくれもない」
我を忘れて光琉の家に向かった結果、お風呂とご飯を頂くことに。今日は光琉の父親も帰宅しているため、娘の彼氏(しかも別に婚約者がいる)としては最高に肩身の狭い晩御飯だったが、俺の話をする光琉はとても楽しそうだった。
「さて、折角来たんだし、リベンジマッチと行くか」
「ゲームは1本しか無いしモニターも1つしか無いんだから二人でFPSは出来ないよ。それより、ギャルゲーやろうギャルゲー」
その後、光琉の部屋に向かった俺は彼女とギャルゲーで遊ぶ事に。男子高校生となり自分の能力を上げて、色んなヒロインを攻略していくという、今の時代の恋愛事情とは根本的に異なるシステムながら、男はとにかく自分の能力を上げろという部分が受け入れられているのか、今の時代でも昔から変わらないスタイルで新作は出続けている。
「女なんだから、ボーイゲー? 乙女ゲー? やらないのか?」
「新作が出ないしさぁ、昔の時代で止まってるから、男のトレンドだったりも時代遅れ感があってときめかないんだよね」
「ふぅん……お、この親友ポジションの男、イベント見る限り男装した女っぽいぞ。こいつ攻略するか」
「いやん、攻略されちゃう」
光琉が応援する中、光琉のようなキャラを攻略するという、あまりにも恥ずかしいゲームプレイを続けることしばらく、気付けば日付が変わっておりスマホを見ると両親から家を突然飛び出して連絡も寄越さず返って来ない俺に対する怒りだったり心配のメッセージ。
「ついつい熱中しちまったな。帰るわ」
「折角だし泊って行きなよ、向こうのご両親にはちゃんと説明するからさ」
慌てて両親に釈明のメッセージを送っていると、光琉は嬉しそうに部屋に客人用の布団を部屋に敷き始める。
結局彼女に押し切られて泊ることになってしまい、彼女の部屋で床に敷かれた布団に身を包み寝ていたのだが、気付けば隣には光琉の姿。
「お前ベッドだろ、寝相悪くて落ちて来たのか」
「ねえ春己。凪ちゃんと違って私だったら大切に思わないんだよね。だったら、もう1ステップ進もうよ」
「……」
女は強い。自分が二番目であることも、本妻ほど大事に思われていないことも受け入れて、それを利用するのだから。
彼女の強さに押し切られた俺は、凪ちゃんよりもずっと進んだ事を彼女とするのだった。




