カラオケ
「あ~気分が乗らない。音楽でも聴きながらやるか」
ある日の夜。それなりに多く出された宿題と戦っている途中、集中力が切れたので音楽を聴きながらやろうとノートパソコンを開き、動画サイトで流行りの曲を流す。
「~♪」
男性ミュージシャンによる男の辛さを歌った曲だったり、女性ボイスロイドによる男を鼓舞する曲だったりを聞きながら、果たしてこんなながら作業で宿題が効率的に出来るのかは不明だがマイペースに宿題を進めていく。
「一通り聞き終わっちまった。レトロソングでも聴いてみるか」
やはりながら作業では宿題は進まなかったらしく(効果があるなら授業中に音楽が流れるはずである)、流行りの曲を数曲消化しても宿題は半分も進んでいない。
それでも音楽を聴かずに真面目に宿題をするなんて気分にはならず、自分が産まれる遥か前、昔の社会だった時に流行っていたレトロソングを流し始める。
「ボイスロイドとの違いがわからんな……」
昔は本物の女性が歌っていたが、今は女性歌手という概念が無くなったため、代わりに女性を模したボイスロイドやAIが歌っている。技術の進歩によりその歌声は、実際の女性と区別がつかないレベルにまで達しており、俺達にとって歌姫とは非実在の存在であった。
「告白する勇気が出ないだとか、失恋して辛いだとか、歌詞もどうにも共感出来ない……」
かつては歌の大半を占めるのは恋愛だったが、今の社会になってからは恋愛という概念も薄れて来たため、代わりに男の大変さを歌うことで共感を得る曲だったり、ボイスロイドが男を鼓舞する曲だったりが主流になっている。
どうにか宿題を終えた翌日、昼食時に光琉にその話をすると、光琉はスマホを取り出してお気に入り登録しているらしい、昔流行ったらしい思春期の少年少女が恋心を伝えられなくて苦しいという内容の曲を流し始めてうっとりし始める。
「僕は共感出来るね。ああ、告白して今までの関係が壊れたらどうしよう、ってずっと怖くて悩んでた。この曲を何度も聴いて、勇気を貰って、それで今はこうして両想い。めでたしめでたし」
「両想いかはともかく、もう告白成功したのにまだお気に入りなのか? もうお役御免だろ。今は『うぇーい恋人出来て毎日楽しいぜハッピー』みたいな曲を聴くべきでは?」
「わかってないね、悩んでたり苦しんでいた時も、今となっては良い思い出。青春なんだよ。ていうかそんな曲気持ち悪いでしょ……」
悩んだり苦しんだりするような内容の曲をうっとりしながら聴くのが果たして正しい音楽の楽しみ方なのかはさておき、曲を聴いているうちに歌いたくなったらしく、放課後に俺達はカラオケに行くことに。
「いやー、男子達と行く事は何度かあったけど、女性向けの曲なんて今は存在しないし、女性向けレトロソングなんて歌ったら男子に変な目で見られるからね。ちゃんとしたところで歌うのは多分初めてなんだ」
昔流行った恋愛ソングを気分良さそうに歌う彼女を眺めながら、ドリンクバーで作った合成飲料をチューチューしていたのだが、数曲歌ったあたりで彼女が息を切らしながら俺に入力用の端末を押し付ける。
「ちょっと、僕ばかり歌わせないでよ、これじゃヒトカラだよ」
「別に歌うのは趣味じゃないしなぁ……カラオケってさぁ、他人に聞いて褒めて欲しいってもんだろ? クラスの男子に聞かせたところでだし、凪ちゃんは何を歌おうが凄い凄いって言うだけだし。合いの手は出してるしいいだろ」
「僕は女の子だしちゃんと音痴だったら引いてあげるから。ああ、音痴なのがバレるのが怖いんだね」
「……」
クラスの男子とも積極的にカラオケに行くような人間では無いし、彼女の気が済むまで歌わせてドリンクバーでルーム代の元を少しでも取ろうという算段だったのだが、売られた喧嘩は買う主義なので流行りの曲を熱唱して魅せる。
「……うん。いいんじゃないかな。僕は好きだよ」
「おい、その『気を遣ってます』みたいな反応をやめろ。俺は音痴じゃないだろ? ほら、点数も75点を超えている」
「さて、休憩も終わったし僕も歌おうかな」
「だからその『これ以上こいつの歌を聴いてたら耳が腐るから僕が時間一杯まで歌おう』的な反応をやめろ!」
「被害妄想だよ春己くん」
彼女は好きな男の歌声にメロメロになるでも無く、音痴だとからかうでも無く、うんうんと何度も頷くという一番望んで無い反応を返す。
結局俺の歌声が良かったのか悪かったのか最後まで教えてくれなかった、小悪魔なのか優しさなのかも定かでは無い彼女と2時間程カラオケデートをして解散した俺は、家に帰るや否や凪ちゃんを部屋に呼び出した。
「今日は何するの?」
「今日はカラオケをしよう」
自室で動画サイトからカラオケ音源を流しながら、そこそこ近所迷惑になりそうな声量で歌う簡易カラオケ。俺が一曲歌い終わると、凪ちゃんはまるでそうプログラムされた機械のように、ニコニコしながら拍手をする。
「はるくん、うたじょうずだね!」
「そうだろうそうだろう。具体的には? サビの部分? ビブラート? しゃくり? こぶし?」
「ぜんぶ!」
歌のどの部分が上手だったのか聞いてみるも、彼女はそれに言及せずに俺の全てを肯定する。
わかっている。凪ちゃんにはそもそも歌の良し悪しを判断する能力は無いってことくらい。
夫が何かをしたら無条件でその全てを肯定して上機嫌にさせる、そういう風に彼女達は徹底的に教育を施されているってことくらい。
それでも!
彼女が人間では無く人形に近い存在だと思わせるような対応をされたとて!
女性には褒めて欲しいと思うのが!
男という悲しき生き物なのだ!
「そっか~全部上手か~、それじゃあ次は凪ちゃんが歌う番だよ。はい、にじゅうやきまんのマーチ」
「うん! ぜんこくてきにはいまがわやきで~♪」
凪ちゃんを使って自己満足を終えた後は、彼女の好きなアニメのテーマソングを流して彼女に歌わせる。
声で旦那を癒すのも妻の仕事という事らしく、彼女達はそれなりに整った歌声を出せるように訓練されている。
元気一杯ながらも音程が外れている訳でも無い、歌手としてもやっていけそうだと旦那贔屓が過ぎるかもしれない評価と賞賛を彼女に送り、アンコールもして何曲か歌わせて、彼女の喉を枯れさせてしまうという失態を犯してはしまったものの、お互い気分良く自宅カラオケを終える。
「……さて」
帰ったら水分をたくさん摂るんだよと言い聞かせて凪ちゃんを帰した後、俺はこっそりと録音していた俺達のカラオケを再生する。
凪ちゃんの歌がいつでも聞きたいとか、そういう過激な恋心からの行動では無い。
寧ろ本題は凪ちゃんが歌う前の、俺の歌声にある。
「自分の声を録音して自分で聞く事なんてあまり無いからな……」
普段聞いている自分の声は骨導音により、周りが聞いている声とは違う。
自分が聞いている分には別におかしな歌声では無いはずだし、何といっても凪ちゃんは全肯定してくれたのだから問題無いはずだが、一応は光琉の彼氏でもあるのだから、彼女の反応も気にはするというもの。
イントロが終わり、いよいよパンドラの箱が開く――――
「……」
「どうしたんだい? 今日は無口だね」
「ソウカナ?」
「何で裏声なのさ……」
翌日。自分が思っているよりも低い声だった事にショックを受けた俺は、恥ずかしくてあまり喋る事が出来ないのだった。




