プール
高校生になってそこそこ日数が経過し、既に夏休みの話で浮かれている男子や、期末テストに怯える男子達。
だが、俺の恋人である光琉の悩みは夏休みでも無ければ期末テストでも無い。
「しかし篠宮も可哀想だよな。水圧が負担になるからってプールがダメだなんて、こんなに暑くて水が気持ちいいのに」
「まぁあいつ、見るからに華奢だもんな。女の子みたい」
時期的に行われる水泳の授業を心臓の病気で水圧がどうのこうのとかそれっぽい理由で毎回欠席せざるを得ない事だ。
「そもそも何で今時水泳の授業なんてするんだろうね? 普通に生きてて、泳がないといけない場面なんてある?」
「飛行機が墜落した時とか、船が転覆した時とか」
「多少泳げたところで付け焼刃だし、そんなレアケースのために体育の授業を何コマも水泳に使うのはおかしいよ」
「まあ、暑いからな。夏を頑張る俺達へのご褒美みたいなもんだ」
「僕はずっとプールサイドで暑さに耐えながら、君達がキャッキャする姿を見るんだよ、拷問だよ」
水泳の授業が終わった後の昼休憩、まだプールの匂いを漂わせ、泳ぎ疲れて欠伸を連発しながら昼食を摂る俺を不満そうに見つめる光琉。
女心があまりわからない俺ではあるが、こういう時に何を言えばいいのかくらいは心得ている。
「んじゃ、日曜にプール行くか。水泳の授業出てないってことは全然泳げないんだろ? 教えてやるよ」
「……よし、日曜までにスリムになるぞ。水着も買わなくちゃ」
「だからお前痩せすぎなんだって」
プールで泳ぎたいという彼女の鬱憤を発散させるべくデートに誘うと、彼女は嬉しそうながらも恥ずかしそうに顔を赤らめさせる。
今回のデートは凪ちゃんと三人では無く、光琉と二人でのデート。
泳ぎを教える以上は付きっ切りになるだろうし、それに凪ちゃんと泳ぐならわざわざ外のプールに行く必要は無い。
「凪ちゃん、明日の夫婦ごっこは庭でプールで泳ごう。水着持って来てね」
「うん! さいきんあついから、ちょうどいいね!」
光琉とのデートを前日に迎えた土曜日、俺は家に仕舞ってあるビニールプールを取り出すと、庭に設置して空気と水を入れる。
「じゅんびかんりょう!」
「凪ちゃん、その格好でこっちに来たの? まぁ、隣の家だしいいか……」
水が溜まる頃、かつてスクール水着と呼ばれていた、紺色の水着に身を包み、サンダル姿で隣の家から凪ちゃんがやって来る。
家が隣とは言えど、他の男に見られる可能性はあっただろうし、もう少し羞恥心は持って欲しいものだが、どちらかと言うと俺の独占欲が激しいのだろう。
「つめたくて、きもちいいね!」
「風呂場で水風呂をしたら寒いのに、なんでプールだと丁度いいんだろうなぁ」
俺も服を脱いで既に着ている海パン姿になり、凪ちゃんと一緒にビニールプールに浸かりながら、狭い空間で心地よさを満喫する。
「それーっ! ……! うぶぶぶぶ」
水に浸かっていて気持ちいのなら、全身浸かればもっと気持ちいいだろうと考えたのか、凪ちゃんは倒れるように水中に身を投じるが、泳ぐ技術どころか、水中では息が出来ないという常識すらきちんと理解していないらしく、俺がちょっと気持ち良さで目を離した隙に溺れてしまい水中でバタバタとしだす。
「凪ちゃん大丈夫? 水飲んじゃった? 駄目だよ、水中に飛び込んだら。お風呂で潜ったら駄目って学校で習ってるでしょ? プールも同じ」
「ごめんなさい……」
慌てて救出した俺に対し申し訳無さそうな表情をする彼女であるが、女性が溺れないようにするのも、そもそも極力水辺に近づけないようにするのも男の仕事。女性をプールに誘った挙句、監督不届きで溺れさせるなんて、世界中から批難されても仕方ないような愚行なのだ。
「ぷーるたのしかったね、おひるごはんはながしそうめんだよ」
その後はお互い疲れ果てるまでプールで遊び、着替えて少し眠った後、本来の夫婦ごっこの拠点であるアパートに向かい、おもちゃの流しそうめんキットで夏を満喫する。
そうして凪ちゃんとそれなりに夏の思い出を作った翌日、今度は市民プールに向かい光琉と待ち合わせ。
「どう?」
「いいんじゃないか。へそ出しルックで」
スポブラとパンツみたいな水着に身を包む光琉に対し、正式名称はちゃんとあるのだろうが知らなくて恥をかくのは嫌だし、そのままスポブラとパンツだなんて言ったら確実に幻滅されるので、無難に褒めつつまずは初心者向けのプールへ。
「全然女性いないね……」
「まあ、わざわざ妻に泳ぎを教えてまで、他の男に水着姿を見せたいなんて夫は少ないだろうからな」
父親が息子に泳ぎを教えている風景に紛れ込んで、光琉に水中での息止めだったり、息継ぎだったり、バタ足だったり、基本的な部分をレクチャーしてやる。
やがて今日中に10メートルを泳ぐという目標を立てた彼女と共に中級者向けのプールへ向かう俺だったが、その途中で思わぬ知り合いと鉢合わせてしまう。
「あれ? 白浜じゃん。一人でプール?」
友人グループで遊びに来ていたのだろう、クラスメイトの男子達が俺に気付いて近づいて来て、光琉は慌てて俺の後ろに隠れだす。
「ええと、その……」
「ん? 後ろの子誰だ? ……ああ、その子が『凪ちゃん』か。いいよなぁ、婚約者がいるなんて。……よく見たら、篠宮に似てるな。お前婚約者に似てるから篠宮と仲良くなったのか?」
仲の良い友人には婚約者の存在を伝えていることもあり、クラスメイト達は光琉を凪ちゃんだと勘違いして納得し始める。
「こんにちは! なぎです! いつもだんながおせわになってます!」
「あはは、見た目は篠宮みたいなのに中身はお子様なんだな。悪い悪い、デートの邪魔したな。またな」
その設定に乗っかるしかないと判断したのか、光琉は凪ちゃんの喋り方を真似し出す。クールな見た目とのギャップにクラスメイトは笑いながらも去っていき、光琉は恥ずかしそうに頭を抱え、思い切り溜め息をつく。
「あ~、危なかった……そうだよね、女の子の格好してデートしたら、こうなるリスクはあったよね」
「クラスメイトに凪ちゃんがお前だと思われてしまったな。今後惚気話をする時に整合性が取れなくなったら心配だぜ」
今の時代、二股をかけること自体は別に問題では無いが、光琉が実は男装している女の子だとクラスメイトにバレるのは色々と問題だ。男に紛れて生きる彼女の辛さを改めて実感した俺は、せめて今日は彼女が普段出来ない水泳にとことん付き合ってやろうと、指がしわしわになるくらいプールで遊び続ける。
「あ~、おばあちゃんになっちゃったよ」
「楽しかったようで何より」
ふやけきった指を見て苦笑いする彼女。
プールから彼女の家が近いこともあり、ついでに送って行くことにしたのだが、その道中に妙案を思いつく。
「他人にバレないように気兼ねなく泳ぎたいなら、今度家からビニールプール持ってきてやるから、それで遊ぶか?」
「いやー、流石に高校生にもなってビニールプールは恥ずかしいかなぁ」
「え、そういうものなのか……?」
自宅の敷地内でビニールプールで遊ぶなら、クラスメイトに見られる心配も無いと自信満々な俺であったが、ビニールプールは恥ずかしいと一蹴されてしまい、昨日凪ちゃんと一緒に遊んだばかりの俺は若干ショックを受けるのだった。




