第6話:地下迷宮・推し活ダービーと、推しが求める魔物素材
<推し活ダービーのルール解説>
義輝とカノーは、ロイヤル・アクアの事務所内で、プロデューサーと向かい合っていた。テーブルの上には、ダービーのルールを記した魔導紙が広げられている。
「では、改めて『王都地下迷宮・推し活ダービー』のルールを説明します」プロデューサーは緊張した面持ちで言った。
「今回のダービーは、フローラさん以外の二人のメンバー、リリアとアリスが、次のライブ衣装やグッズのために『個人的に欲しい』と希望した魔物素材を、誰が最も早く、そして無傷で持ち帰るかを競います。地下迷宮の構造はランダムに変化するため、魔導通信は使用不可。純粋な実力と情報力、そして推しへの理解度が勝負の鍵です」
義輝は前のめりになった。「フローラ様以外…だと?それは、私が二人のメンバーの推し活も行うということか?」
「ええ、そうです。ロイヤル・アクアは三人で一つですから。そして、ここが重要です」プロデューサーは魔導紙を指さした。
「討伐は必須ではありません。素材を傷つけずに持ち帰ることを最優先とします。そして、剣聖殿には特に、『神剣の使用禁止』というハンデを負っていただきます」
レオンとシズクは、驚きで目を見開いた。
「なにィ!?」義輝は絶叫した。「神剣の使用禁止だと!?それは、剣聖としての私の存在意義を否定する行為だ!魔王軍との戦闘ならばまだしも、推し活の場で、剣聖としてのアイデンティティを封印しろと!?」
「これは『非公式ボディーガード』決定戦です。剣聖の武力ではなく、『アイドルとファンとの健全な関係性』、つまり、『お使いを頼める信頼感』を測るためです。どうしても納得できないなら、辞退されても構いません」
義輝は葛藤した。神剣を使わずに、素手や通常の剣で魔王軍幹部級の魔物素材を扱うことは、至難の業だ。しかし、フローラを間近で守れる「非公式ボディーガード」の座は、何物にも代えがたい。
「…よかろう」義輝は重い決断を下した。「剣聖、佐々木義輝。神剣は封印する。推しのためなら、私はただの『素手剣聖』となる!」
<リリアとアリスの「お使い」>
続いて、ロイヤル・アクアの他のメンバー、リリアとアリスの「欲しい素材」が発表された。
「まず、リリアさんが欲しいのは、『地下迷宮に生息するブレス・トード(魔物のカエル)の涙腺にある、硬化する前の『魔力ジェル』です。新曲のMV撮影用の特殊なメイクに使いたいそうです」
義輝は即座に分析した。「ブレス・トードの涙腺は、自爆の際に放出される強酸から守るため、非常に強固だ。それを『硬化する前』に採取するとなると、トードを刺激せず、完全に眠らせた状態でアプローチせねばならない。戦闘スキルではなく、精密な隠密スキルが要求される!」
次に、アリスの要望が発表された。
「アリスさんが欲しいのは、『地下迷宮の最深部に生息する、ミミックの鍵穴部分の『無垢な歯車』です。彼女が趣味で作っている、魔導時計の最高精度パーツにしたいとのことです」
「ミミックの鍵穴!?」義輝は再び声を上げた。「ミミックは宝箱に擬態し、鍵穴に触れた者を即座に捕食する。しかも最深部…。無垢な歯車は、魔力が一切込められていない『純粋な物質』である必要がある。つまり、戦闘の衝撃を一切与えずに、精密な解体スキルが求められる!」
どちらの依頼も、剣聖の「討伐」というスキルとは真逆の、「繊細な推し活」のスキルが試されるものだった。
<カノーの戦略と、義輝のプライド>
カノーは静かに微笑んでいた。
「プロデューサー様。これらの素材は、私ならば王都の裏ルートで、すでに『無傷』の状態で買い取れます。それが最も早く、安全確実な方法では?」
「カノー様。ダービーのルールは、『自分で持ち帰る』ことです。王都で買い取るのはルール違反です」
「では、私には策があります」カノーは、義輝に向かって挑戦的に言った。「義輝。私は、地下迷宮の地形を完全に把握している王都のギルドマスターを買収し、最も安全で近道なルートを手に入れました。貴方が剣を封印している間に、私は『情報力』という名の推し活で、確実に勝利します」
カノーは、資金力と情報力を推し活の武器と定義していた。
義輝は、カノーの物質的な愛を再び否定した。
「カノー。推し活とは、金を積むことではない。自らの身体能力と、推しへの理解度を賭けることだ。私は神剣を封印するが、フローラ様の安全を守るという、オタクの絶対的な矜持を賭けて、このダービーに勝つ!」
「ふふ、見せてもらいましょう、素手剣聖殿の『愛』とやらを」
義輝とカノーは、互いに牽制し合ったまま、地下迷宮の入り口へと向かった。彼らの背後で、レオンとシズクは呆然としていた。
「私たち、魔王討伐パーティよね…?」シズクがレオンに囁いた。
「ああ。だが、今は剣聖の『推し活のお使い』に付き合わされている。これが、世界最強の剣聖の現実だ」レオンは、大きくため息をついた。
義輝は、神剣を勇者パーティに預け、地下迷宮の暗闇の中へと、ただの冒険者としての装備と、推しへの熱意だけを胸に、足を踏み入れた。
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第6話 完




