第2話:特典会会場の絶対論理と、現れたるガチ恋勢
<序章:剣聖の会場入り>
大陸最強の剣聖である佐々木義輝(32)は、リッチ・ロード討伐の熱が冷めやらぬまま、特典会終了時刻の20分前に、目的地の「王都地下アイドルホール」に滑り込んだ。
全身は血と泥で汚れ、鎧のあちこちはリッチ・ロードの瘴気で煤けている。ブースを管理する受付嬢は、最強の剣聖が血まみれの姿で現れたことに一瞬怯んだが、「佐々木様ですね。本日もありがとうございます」と慣れた対応でトーク券と交換した。
「義輝!待て!その格好で会場に入るつもりか!?」
遅れて到着したレオンが慌てて叫ぶ。聖女のシズクも、その剣聖らしからぬ姿に顔を覆った。
「当然だ、レオン。着替える時間などない。フローラ様の貴重な3分間に一秒たりとも無駄にできない。それに…」
義輝は静かに答えた。
「この返り血は、私がフローラ様のために命を懸けた証だ。今日の戦闘の余韻を纏ったままお会いすることで、より深い共感が生まれる可能性がある。これは、現場の空気を伝える、オタクの誠意だ」
「何を馬鹿な理論を…!君は世界の救世主だぞ!その姿はただの不審者だ!」
レオンの言葉を無視し、義輝はトークブースの前へと進んだ。ブース前には、数十人のファンが列を作っていた。皆、清潔な服装に身を包み、フローラのグッズを大量につけた「痛バッグ」を肩にかけ、神聖な儀式を待つかのように静かに立っている。
義輝はそこで立ち止まり、深く息を吸った。剣聖として最も力を入れるべき瞬間、それは戦闘ではなく、特典会における「マナー」である。
「よし。全身の鎧は脱げないが、最低限、推し活戦士としての礼儀は守る」
義輝は、鎧に付着した血糊を手で拭い、持参した小さな魔法布で神剣の鞘を磨き上げた。剣聖は、特典会という絶対領域において、如何なる理由があろうとも推しに不快感を与えてはならない、という鉄の規範を持っていた。
<剣聖と貴族、二大推しの対決>
その時、義輝の背後から、皮肉めいた声が聞こえた。
「おや、最強の剣聖殿もいらっしゃるんですね。相変わらず、その物騒な出立ちで。リッチ・ロード討伐ご苦労様です。…その個別トーク券のためだけに、世界の防衛ラインを崩壊させかねない賭けに出る姿勢、私には理解できませんが」
義輝が振り向くと、そこに立っていたのは、すらりとした長身に整った顔立ちを持つ美青年だった。彼は、フローラのテーマカラーである水色の高級なマントを羽織り、胸元にはフローラの最新グッズである光るブローチを完璧な配置でつけている。
この男の名は、カノー。王都の貴族の跡取りであり、フローラへの投資額と、特典会でのトークの質で、義輝と常にトップを争うガチ恋勢である。義輝にとっては、魔王軍四天王よりも厄介な存在だった。
「カノー……貴様か」義輝の口調は、魔王軍の幹部と対峙するときよりも、数段冷たくなった。「貴様こそ、その成金趣味の衣装でフローラ様を汚すな。貴様の愛は、単なる『貢ぎ』に過ぎん」
「ほほう?私は純粋に、フローラ様をこの世界で最も輝く存在にしたいと願っているだけですよ。ところで、今日のあなたのトーク券は『リッチ級』でしたね?おや、私は一昨日、『魔王軍幹部級』の証明書を手に入れました。つまり、シークレットツーショット撮影会への参加権です」
カノーは、義輝の最も欲しいチケットを自慢するように見せつけた。義輝の顔が一瞬で引きつる。
「貴様……!あの『影のデス・プリースト』を討伐したのは貴様だったのか!」
「ええ。フローラ様のために、たった一人で討伐しました。彼を倒したことで、フローラ様の『海賊テーマ』の新衣装の宝石素材が手に入ると知ったからです。あなたのように、自分の知的好奇心を満たす『3分間の会話』など、私には不要です。特典会とは、推しへの愛を物質で証明する場ですよ」
<剣聖、推し活哲学の論破>
カノーの言葉は、義輝の「純粋な推し活」の矜持を深く傷つけた。
「黙れ!貴様の推し活は、自己満足のエゴイズムだ!アイドルとは、対話から生まれるのだ!フローラ様の真の魅力を理解するには、会話による『相互理解』が不可欠だ。貴様のようなガチ恋勢は、フローラ様を『自分の所有物』として認識している!それでは、『神殿の絵画』を推しているのと変わらない!」
「結構。あなたはトークが好きですね。でも、言葉は時に空虚です。私の愛は、魔王軍幹部を単独で討伐し、その素材を衣装に変えるという『行動経済学』に基づいています。それに、あなたの3分間の会話は、結局フローラ様の『次の新曲のテーマ』を聞き出すという、あなたの『推し活戦略の補強』にしか役立たないではないか!」
義輝とカノーの間に、特典会会場とは思えない、激しい戦闘級のオーラが立ち込めた。聖女のシズクは目を逸らし、レオンは頭を抱えた。
「おい、二人とも静かにしろ!ここは特典会場だ!もう、お前たちを魔王討伐パーティから外して、特典会警備担当に配置換えしてやろうか!」
<3分間の決断と、フローラへの質問>
その時、スタッフが義輝の名を呼んだ。
「佐々木様、お時間です」
義輝はカノーを一瞥すると、すぐに剣聖としてのオーラを完全に消し、緊張した一人のファンに戻った。
「また会おう、カノー。私は今、真実の海に出航する」
義輝はブースに入った。目の前には、最高の笑顔で座る、彼の世界の全てであるフローラがいた。
「佐々木さん!今日も来てくれてありがとうございます!その…全身の鎧、すごいですね!何か戦ってくれたんですか?」
義輝は緊張で体が硬直し、喉が渇いた。彼は神剣を置くように、トーク券を机に置いた。
(よし、3分。質問は一つ。今日のライブの感想と、新曲のテーマの真意。落ち着け、佐々木義輝。お前は大陸最強の剣聖だ!)
義輝は必死に言葉を絞り出した。
「フ、フローラ様…今日のライブ、貴方のソロパートの『アクア・ソング』の、最初のハイトーンボイスは……その場の空気の振動が、まるで世界が始まる前の『無』の状態を表現していたように感じました。さて、本題です。先日のMCで仰っていた『新曲のテーマは海賊』。その裏に隠された、『海賊の宝とは何か』という真意を、どうか私にお教えください!」
義輝は、推し活の全てを懸けた質問を投げかけた。フローラは目を丸くし、そして最高の笑顔で答えた。
「え、海賊の宝?えーっと、別に深い意味はないですよ?なんか、衣装が可愛いから、ってプロデューサーさんが…」
残り2分30秒。義輝の時間が、その言葉と共に止まった。
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第2話 完
次回予告
第3話では、「別に深い意味はないですよ?」という言葉に打ちのめされる剣聖・佐々木義輝と、トーク時間の残りをどう使うかという極限の状況が描かれます。そして、その貴重な瞬間に、まさかの魔王軍の刺客が乱入!義輝はフローラとの残り時間を守り切れるのか!?




