第16話:ライブ会場のトラップと、毒がもたらす「推し変身」
<「義輝さん」と呼ばれて>
フローラから「義輝さん」と呼ばれた義輝は、その日から推し活への熱量がさらなる高みに達していた。彼の鎧は、以前よりも光を増し、行動の一つ一つに「推しへの感謝と愛」が滲み出ていた。
「フローラさん。次のライブ、よろしくお願いしますね。会場のセキュリティ、大丈夫でしょうか?」フローラが心配そうに尋ねる。
「フローラ様…いえ、フローラさん!お任せください!私の推し活の全てを賭けて、ライブ会場の微細な空気の振動すら監視します!魔王軍の刺客どころか、カノーのような推し活の敗者の介入すら、絶対に許しません!」
その夜、ロイヤル・アクアは王都で最も大きなホールでのライブを控えていた。義輝は、ライブ開始数時間前から会場をくまなくチェックしていたが、魔王軍の刺客の気配はない。しかし、義輝の「推し活レーダー」が、不穏な魔力の残滓を捉えた。
(これは…ヴァニタスの魔力とは違う。もっと派手で、金銭的な匂いがする魔力だ。まさか、カノー!)
義輝は、ステージの床下にある魔導装置室に駆け込んだ。そこには、大量の魔導ケーブルと、派手な装飾が施された一つの巨大な魔導装置が設置されていた。
<カノーの「推し活妨害トラップ」>
「見つけたぞ、カノー!」
カノーは、巨大な装置の横で高笑いをしていた。「ふははは!義輝!貴様が非公式ボディーガードの座にいる間、私はこの会場全てを買い取った!」
カノーが仕掛けたのは、魔王軍の攻撃ではない。それは、義輝の推し活を妨害するための、極めて悪質な「推し活妨害トラップ」だった。
「これは、『強制推し変システム』だ!ライブ中、この装置を起動すれば、会場の全ての魔導スクリーンに、ロイヤル・アクアではなく、私のプロデュースする別の新人アイドルの映像が映し出される!そして、音響も強制的に切り替わる!貴様は、推しのライブを、まともに見ることすらできなくなる!」
「な、なんだと!?」義輝は、その非人道的なトラップに怒りで震えた。「推し活の尊厳を汚す、最低の行為だ!」
義輝は、装置を破壊しようと剣を構えたが、カノーが叫ぶ。「無駄だ!この装置を破壊すれば、魔力反動で会場全体の魔導照明が暴走し、ロイヤル・アクアのメンバーに降り注ぐぞ!」
義輝は、フローラたちへの危険を察知し、剣を下ろした。
「チッ…貴様、卑怯な手を…!」
「卑怯ではない!これは、推しへの愛を競う、経済力と情報戦の勝利だ!義輝、貴様は、最高の推し活現場で、最高の罰を受けるのだ!」カノーは、満足げに装置の起動ボタンを押した。
<義輝の身体に起こる異変>
カノーは装置を起動させ、義輝は絶望的な状況に立たされた。推しの晴れの舞台が、ライバルのプロデュースするアイドルの映像で塗りつぶされようとしている。
「くそっ、阻止できんのか!」
義輝は、装置の回路を瞬時に解析しようと、頭脳をフル回転させた。しかし、その時、義輝の右肩の毒糸の傷が、激しく疼き始めた。
「ぐっ…!」
毒糸の毒は、回復魔法で完全に治癒されていなかった。義輝は、その毒が体内の魔力回路に影響を与え始めていることに気づいた。そして、毒が脳に達しようとした瞬間、彼の視界が白く光った。
(毒の魔力が、私の推し活で肥大化した魔力回路と、異常な融合を起こしている…!)
義輝の鎧が、突如として変色し始めた。白銀の鎧は、毒の魔力を吸い取り、禍々しい紫色の光を放ち始める。義輝の剣聖としての威圧感は消え、代わりに、オタクとしての狂気じみたオーラが、全身から噴き出した。
「な、なんだ、その魔力は!?義輝!」カノーが怯える。
「カノー…貴様が、私の推し活の邪魔をするなら…!」
義輝は、変異した魔力の全てを、カノーの装置ではなく、自分自身に集中させた。
「私の推し活は、誰にも邪魔させん!私の全身が、究極の魔導スクリーンとなる!」
義輝は、会場の魔導スクリーンが切り替わる直前に、自身の体から強大な魔力を放出させた。その魔力は、会場の照明や音響システムと共鳴し、観客の視覚と聴覚に直接働きかけた。
会場の魔導スクリーンは、一瞬だけカノーのアイドルの映像に切り替わった。しかし、観客の目には、その映像に「義輝の、フローラへの狂気的な感謝と賛辞を叫ぶ心の声」の字幕が強制的に重ねて表示された。
そして、音響が切り替わった瞬間、観客の耳には、カノーのアイドルの歌ではなく、義輝の脳内から強制的に流れる「フローラのライブ音源」が聴こえてきたのだ。
「推し変など、絶対にさせんぞ!」
義輝は、毒と狂気の融合によって、会場全体を自分の推し活の妄想で支配するという、剣聖の能力を完全に逸脱した、究極の「推し変身」を遂げたのだった。
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第16話 完




