第15話:握手会の監視と、極限の「推し防御(おしディフェンス)」
<ボディーガードの日常と、握手会の緊張>
レオンとシズクが魔王城への道へと戻り、義輝は正式に一ヶ月間の「専属非公式ボディーガード」としての任務を開始した。彼の任務は、主にロイヤル・アクアのメンバーがファンと接するイベントの警護だった。
義輝にとって、これは最高の至福の時間であると同時に、最大の緊張を強いられる時間でもあった。
「義輝、あまり顔を近づけすぎないでくださいね。ファンの方々が驚いてしまいます」
フローラが握手会のブースに座る横で、義輝は鎧を着たまま、壁のように立ち塞がっていた。義輝の顔は、フローラとファンとの間にあり、その鋭い眼光は、一人一人のファンを完全に監視していた。
「いけません、フローラ様!握手会こそ、魔王軍の刺客が最も接近できる、最も危険な戦場です!私は、フローラ様の安全確保と、フローラ様の笑顔の完璧なサポートという二つの使命を全うせねばなりません!」
義輝は、推し活で培った究極の聴覚で、握手会に並ぶファンの心拍数、息遣い、魔力の変動を全て聞き分けていた。
<ファンの中に潜む「魔王軍の残党」>
順調に握手会が進む中、義輝は列の途中にいる一人の男に警戒信号を発した。
(心拍数は異常に高い。これは緊張ではない。興奮と殺意の混合だ。そして、微かな魔力の残留がある…まさか、ヴァニタスの残党か!)
その男は、一見すると普通の熱心なファンで、手にフローラへの贈り物(魔導式オルゴール)を持っていた。
男がブースに近づくにつれ、義輝の警戒レベルはマックスになった。義輝の聴覚は、オルゴールの中に仕込まれた、微小な魔力爆弾のタイマーの音を捉えた。爆発まで、残り30秒。
男はブースの前に立ち、フローラに手を差し出した。
「フローラ様…いつも、最高のライブをありがとうございます!」
「ありがとうございます!」フローラは優しく微笑み、手を握り返す。
義輝は、この至近距離で男を攻撃すれば、ファンにパニックを引き起こし、フローラの笑顔を奪ってしまうことを理解していた。それは、推し活における最大の罪だ。
(攻撃不可!しかし、防御必須!どうする、義輝!この極限の距離で、フローラ様の安全を確保しながら、刺客の企みを阻止する…!)
<剣聖が放つ、究極の「推し防御」>
男がオルゴールをフローラに手渡そうとしたその瞬間、義輝は動いた。
義輝は、神速で男の手に触れることなくオルゴールを奪い取る、という野蛮な行動はとらなかった。
代わりに義輝がとった行動は、「極限の至近距離での、完璧な横槍」だった。
「フローラ様!このファンの方は、フローラ様への愛を込めた素晴らしいプレゼントを用意してくださいました!」
義輝は、男の魔導オルゴールを指さし、大声で称賛のコールを叫んだ。
「そのオルゴールの音色を、ぜひ私にも聞かせていただきたい!それは、ファンとしての最高の献身の証だ!」
義輝は、自らの全身の魔力を、オルゴゴールに集中させた。それは、攻撃でも防御でもない、「音響調整」の魔力制御だ。義輝は、オルゴールの魔力タイマーの周波数に、自身の魔力を同調させ、タイマーを逆回転させた。
男は焦る。「な…何を!佐々木、貴様…!」
「さあ、貴様の愛を証明しろ!」義輝は、男の腕を掴み、オルゴールを男自身の手で鳴らさせた。
オルゴールから、フローラの最新曲のメロディーが流れ出す。男は、自身のオルゴールの音色に戸惑い、一瞬動きを止めた。
その一瞬の間に、義輝はタイマーを完全にリセットし、魔力爆弾の起動を阻止した。爆弾はただのオルゴールへと戻った。
<疑惑の払拭と、フローラの優しさ>
義輝は、オルゴールを男に返し、最高の笑顔で言った。
「素晴らしい音色でした!フローラ様への愛が詰まっています!ありがとう、ファンよ!」
男は、自分の企みが完全に崩されたこと、そして義輝の狂気じみた推し活の勢いに押され、顔面蒼白でブースを後にした。義輝は、男が逃走する魔王軍の残党であることを知っていたが、騒ぎを起こさず、フローラの笑顔を守ることを最優先したのだ。
カノーが遠くから見ていた。「あの剣聖…あの距離で騒ぎを起こさず、魔王軍の暗殺を阻止しただと?しかも、推しへのコールという名目で…」
握手会が終わり、控え室に戻ったフローラは、義輝の前にそっと立った。
「佐々木さん、さっきのオルゴールのファンの方、少し様子がおかしかったですね。大丈夫でしたか?」
義輝は、右肩の毒糸の傷がまだ疼くが、何事もないように振る舞った。「ええ、フローラ様。彼の愛は、本物でした。私の『推し活レーダー』に狂いはありません」
フローラは、義輝の傷だらけの鎧を見上げ、そっと胸の傷(以前撫でてもらった場所)に手を当てた。
「佐々木さん。私、気づいたんです。佐々木さんが、いつも私を呼ぶとき、『フローラ様』って呼ぶのは、私を誰よりも大切に思ってくれているからだって」
フローラは、義輝にそっと耳打ちした。
「でも、私が佐々木さんを呼ぶときは、もう少し…近い距離で呼びたいんです」
フローラは、義輝の目を見つめ、優しく微笑んだ。
「ね、義輝さん?」
剣聖・佐々木義輝の心臓は、魔王の攻撃はおろか、毒糸の激痛よりも、推しから名前を呼ばれたその一言で、完全に貫かれてしまった。
第15話 完




