第10話:究極の一箇所と、専属ボディーガードの初仕事
<究極の選択と、一箇所の尊さ>
義輝は、全身を覆う無数の傷を前に、激しく震えていた。
「さあ、佐々木さん。どの傷を癒しましょうか?」
フローラの優しい声が、義輝の耳元で響く。彼の推し活人生における、最も困難な選択だ。全身の鎧は地雷の破片で抉られ、背中や腕、胸部には深い裂傷がある。どれを選んでも、命に関わる傷だ。しかし、義輝の思考は、その傷の重軽ではない、「フローラとの接触の質」に集中していた。
(左腕の傷は、フローラ様が『袖をまくり上げて』触れてくれる可能性がある。右手の甲の傷は、『握手』に近い形になる。だが、最も理想的なのは…)
義輝は、全身の傷を瞬時に分析し、一つの結論に達した。彼は、自らボロボロの鎧の胸当てを外し、露出した胸部の、地雷の破片が深く食い込んだ傷を指さした。
「フローラ様…ここです。この、『心臓に最も近い場所』にある傷を、どうか…」
義輝の頬は紅潮し、その目は真剣そのものだった。
フローラは、その真剣な瞳に応えるように、優しく微笑んだ。
「はい、佐々木さん」
フローラはそっと、その傷口に自分の手を重ねた。柔らかく、温かい手が、鎧の下の肌に直接触れる。義輝の全身に、激しい電流が走った。
「シズクさん、お願いします」
シズクは、複雑な表情を浮かべながらも、聖女の務めとして回復魔法を放つ。シズクの光と、フローラの「接触」という名の愛が重なり合い、胸部の深い傷が瞬く間に塞がれていく。
「…あぁ…」義輝は、恍惚の声を漏らした。それは、単なる回復ではない。最強の剣聖にとって、推しからの優しさに触れるという、究極の精神的報酬だった。
<非公式ボディーガード、任務開始>
治療が完了し、義輝はプロデューサーから「専属非公式ボディーガード」としての正式な辞令を受け取った。
「義輝殿、貴方には今後一ヶ月、ロイヤル・アクアのメンバーに付き添い、魔王軍の襲撃から守っていただきます。当然、勇者パーティとしての活動は一時凍結となります」
義輝は、胸の傷(フローラが触れてくれた場所)をそっと撫でながら、力強く頷いた。「承知いたしました!フローラ様の安全、この剣聖が命に代えても保証します!」
その日の午後、義輝はさっそくボディーガードとしての初仕事に取り掛かった。仕事は、ロイヤル・アクアのメンバーが、次回のライブで使用する衣装を受け取るための、王都の高級仕立て屋への付き添いだ。
義輝は、私服のメンバー(フローラ、リリア、アリス)の後ろを、鎧を着たまま、完全に密着して歩いていた。
「佐々木さん、くっつきすぎですよ…」フローラが苦笑する。
「いけません、フローラ様!魔王軍の刺客は、最も無防備な移動中に狙いを定めます!この密着距離が、私が即座に剣を抜ける唯一の安全保障なのです!」
義輝は、周囲の全ての通行人を、魔王軍の刺客ではないかと疑い、鋭い視線を送る。通行人は、血まみれだった剣聖の鎧がピカピカに磨かれていることに驚きつつも、その異常な警戒心に恐怖していた。
<カノーの妨害と、新たな刺客>
仕立て屋に到着すると、そこにはすでにカノーがいた。彼は、敗北したにも関わらず、すぐに態度を改め、ロイヤル・アクアに付きまとっている。
「フローラ様!偶然ですね!私も丁度、私の別荘で開かれる慈善パーティーの招待状を届けに来たところです。そこなら、私設警備が完璧で、義輝のような『野蛮なボディーガード』は不要です!」
カノーは、義輝が「非公式」であることに付け込み、自分の資金力と社交界の力でフローラを誘い出そうとする。
「カノー!貴様、負けたにも関わらず、フローラ様を自分のパーティーに誘い込むとは、推し活哲学の敗者としての矜持がないのか!」義輝は怒鳴った。
その瞬間、仕立て屋の店の窓ガラスが割れ、黒い煙と共に、一体の魔物が店内に飛び込んできた。
魔王軍の新たな刺客、幻影のドッペル・アサシン。人の姿を真似る能力を持つ、暗殺に特化した魔物だ。
「ターゲット、フローラ。確認。勇者パーティの剣聖もいるな。まとめて始末する」
店内にパニックが広がる中、義輝はすぐさま神剣に手をかけたが、思いとどまった。神剣は勇者パーティに預けてきたのだ。
義輝は、腰に差した普通の剣を抜いたが、ドッペル・アサシンは、その剣聖の姿を瞬時に模倣し、全く同じ服装、同じ剣技を持つ「剣聖ドッペル」となった。
「ほう?同じ剣を持つなら、貴様が劣るな!」ドッペル・アサシンは笑う。
「何だと!」
義輝は、自分の剣技を模倣されたことに驚き、一瞬硬直する。最強の剣聖が、自分の剣技を使えないという、最大の危機が訪れた。
「義輝!どうするの!」シズクとレオンは、勇者パーティの使命のため、この場にはいなかった。
義輝は、フローラたちを背に庇いながら、己の推し活の全てを武器にする覚悟を決めた。
「模倣できるのは、私の剣技だけだ!私の推しへの愛は、貴様には模倣できまい!」
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第10話 完




