第一話 童貞勇者の日課
ツヴァルは断崖絶壁の山岸に立ち眼下に広がる荒波を呆然と眺めていた。
はじめは苦手だった磯の香り浜風でべたつく髪、寄せては返す波打ち際の潮騒も、今ではもう好きを通りこして何も感じなくなっていた。
そんなツヴァルも日が昇ってくるこの瞬間だけは、何度見ても心が躍り飽きることはなかった。毎朝必ず薄暗いなか起床して、日の出前にはこの地に赴きその時を待つ。
「そろそろか……」
ツヴァルはポツリと呟いた。
水平線から顔を出した太陽が水面を鮮やかなオレンジ色に染めていく。
ツヴァルは黎明の空と海のコントラストを堪能し感嘆の声を上げた。
「今日は今日こそ、イケそうな気がする……おはよう世界!」
ツヴァルは晴れやかな表情で海に向かって大声で挨拶をし――身を投げた。
白く泡立つ岩場に頭から飛び込む、気が触れてしまったとしか思えないイカレタ所業。
朝一番の紐無し飛び込み。
それがツヴァルの日課であり、一日の始まりであった。
◇◇◇◇◇◇
ツヴァルはいつもの場所で目を覚ました。
「はあ~……やっぱ死ねないか。今日は逝けそうな雰囲気してたんだけどなぁ」
ツヴァルは玉座に深々と座して頬杖をつき嘆息した。
「おめでとうございます、旦那様♡」
隣からはツヴァルを祝福する声が聞こえた。一体何に対して祝っているのか、全くもって心当たりがない。
この人の神経を逆撫でしてくる嬌声にも慣れたはずなのに、今朝のこともあってか少しばかり虫の居所が悪かった。
「何がおめでたいんだよ……おまえに祝われるようなことなんて何もないぞ!」
ストレス発散とばかりこれ見よがしに悪態をつき、言祝ぐを一蹴する。
「うふふ……悪ぶっている旦那様も素敵です♪」
コイツが無敵なのを忘れていた。
僕が何を言ったところで、コイツは全て良い様に受け取る。いや、良い様に受け取らされると言った方が正しい。無敵のため妥協しなければ話が進まない。なので、コイツが喜ぶ選択を毎回選ばされている。
そうしなければいけない理由がある。
下手に反論すると非常に面倒なことになる。僕だけに被害が及ぶのであればまだしも、他者に凶刃が降りかかることだけは阻止しなければならないからだ。
ツヴァルは嫌な記憶が呼び起こされたことで、久方ぶりに頭を抱えて落ち込んだ。
こちらの心情などお構いなしに隣からは、キラキラと輝く幸せオーラが物理的に目に見える形で放出されている。
理由を尋ねないとコイツは一生このまま神々しい光を放ち続ける。
ツヴァルは頭を搔きむしった。
地獄のような環境で自然と習得した平常心を取り戻す方法。どんな状況下に置かれたとしても、これさえ行えば一発で冷静になれる。元々は激昂し叫びながら髪の毛が数十本と千切れるほど掻きむしっていたが、今では一言も発さずとも数秒掻きむしるだけで済むようになった。
「で、エタニティ。何がめでたいんだ?」
「今日のバンジーで十万回突破です。また私が旦那様に出会ってから、十万と九千六百五十一回目の記念日でもあります」
「あ~……そっか、あれからそれほど経ったのか。えっ……マジでそんなに経ってんの⁉」
そこそこ経ったと思っていたけど、まさか三百年近くも滞在しているとは思ってもみなかった。
苦楽を共にした仲間はもう誰も生きてはいない。もし彼らに子孫がいたとしても会えないだろう。
急に現実を突きつけられたツヴァルはまた頭を抱え込んだ。
「ええそうですよ、旦那様。まだたったのそれだけしか経っていないんです。もっと、も~っとこれからもずっと一緒。死がふたりを分かつまで、永久に末永くお願いします――ね? 旦那様♪」
「死を分かつまでねぇ~。おまえさっき十万回突破とか言ってなかったか?」
「さてはて……」
人が落ち込んでいるというのに平然と軽口を叩き、わざとらしく天まで仰いでいる。
エタニティは恍惚な表情を浮かべ、なめまわすようにツヴァルを眺めていた。最愛の人の一挙手一投足その全てが眼福でありご褒美そのものだった。
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