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1 高橋由里,1

     一


 高橋由里は一人、やり場のない気持ちを持て余していた。

 今日は高橋家と萩原家の結婚式である。本日はお日柄もよく、綺麗に晴れ渡った空には雲一つなく、まるで若い二人の未来を祝福するかのようであった。

 そんな両家の結婚披露宴が行われるガーデンパーティの会場で、高橋由里だけは浮かぬ顔をして群衆から一人離れた場所に佇んでいた。

 遠くに見えるのは本日の主役である新郎新婦である。

 この世の全ての幸せを手に入れたような笑顔で、二人は笑っていた。

 新婦が着ているのはドレス選びに由里も付き合わされて散々悩み抜いたウェディングドレスである。レースがそこかしこにあしらわれ、手の込んだ刺繍が施された逸品である。流行りを取り入れたデコルテラインをしながらも、クラッシックなデザインも盛り込まれ、式場のマネキンがイチオシしているとっておきのドレスのうちの一つであった。そんな最高のお気に入りドレスに身を包んだ新婦は新郎と腕を組み、知り合いや親戚に笑顔で挨拶をしている。幼い頃から華やかだったその容姿も、今日は一段と光り輝くようであった。

 そんなウェディングドレス姿の新婦をでれでれと眩しそうに見つめているのは、新郎である。白いタキシードをその長身できっちりと着こなし、囃し立てる親友たちの間で、自慢げに新婦を見せびらかしている。

 二人の姿と比べ、あまりに惨めな自分に高橋由里は深いため息を吐いていた。

 輝かしい二人と違い、自分はレンタルの紺のドレスに身を包んでいるが、どこか野暮ったい。美容院で必死にヘアメイクをしてもらったというのに、持って生まれた素養が平凡すぎるせいでどれほど飾り立てても野暮ったさは抜けることはなかった。おめかしという言葉が皮肉として使われてしまいそうなほど、自分のドレスアップに意味のないことは鏡を覗けば一目瞭然であった。

 何故、こんなことに?

 どれだけ後悔してももう遅い。何せ、今日は結婚式なのだ。

 高橋由里はおめでたい雰囲気の支配する会場で、一人だけ重くなる一方の心を抱えていた。

 そんな高橋由里に、背後から声が掛けられる。

「由里。」

「紗枝。」

 由里に声を掛けてきたのは学生時代からの親友である木下紗枝であった。

 彼女は由里とは違い、その派手な美貌にピッタリの赤いドレスに身を包み、会場の独身の男たちの視線を浴びていた。こういう状況ならば、式場で新たな出会いを期待することも可能なのだろうなと、他人事として高橋由里は感じていた。

「大丈夫?」

 親友は全ての事情を知った上で、由里に尋ねてくれる。

 この会場に事情を知っている者が他にいないせいで、高橋由里は表情筋が引きつれるほど無理矢理笑顔を作り続けなくてはならなかったのだ。それがあまりにも苦痛で、人の輪を抜けて会場の隅に陣取り、今に至るのである。

「……結構、キツイ。」

 紗枝にだけは本音を吐露する由里。

 由里もさもありなんと頷いた。

「仮病でも何でも使って休んだらよかったのに……。どうせ、仕事が忙しいのに、無理して有休とって出席してるんでしょ?」

 学生時代からの親友にはすべてお見通しなようだ。

 由里は自分の情けなさを再確認し、えへへと力なく笑うしかなかった。

 そんな由里越しに、新郎新婦の姿を確認する紗枝。

「うわぁー、あのドレス、いくらするの?」

 さっそくドレスの品定めをするあたり、抜かりない。

 ドレス選びに付き合った由里は、ドレスを見ずに答えた。

「一生に一度の事だから、花嫁が気に入ったのがいいって。パパもママも、……新郎も。」

 新郎のことを口にするのはまだ心に痛みが走って難しい。それでも、これからは何でもないふりをしなければいけないので、その練習だと思って由里は平気なふりをして見せた。結局、上手くは行かなかったが。

 そんな由里の姿を痛ましげに見つめ、紗枝は軽く肩を叩いて励ましてくれる。

「この世界には男なんて星の数ほどいるって言うしさ、もう前向きなよ、由里。……ごめん。こんなことしか言えないよ。」

「ううん。いいの。」

 気を遣ってくれる親友に笑顔を無理矢理返して、由里は空を見上げた。

 こんなに空は晴れ渡っている。

 こんな日にしみったれた気持ちでぐずぐず考えているなんてよくないことだ。

 もうどうせ全ては取り返しのつかない過去の出来事なのだから。

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