【裏置き】血刃の妾集落(上)
どぉもです、銃です。
「堯湖」が御殿に来る前のお話です。
はっきりいっていつも通り、残念なつじつまはてなな誤字脱字駄文です。
実質4日位でガンガンに書いたので、勢いだけはあるようなないような…・・(闇)
若干残酷描写ありです。あと暗いです。
(ふぅン…)と流していただければ幸いです。
ではでは…。
銃.
【裏置】血刃の妾集落
一
―――――息苦しいけれど、温かい…。時々聞こえる優しい響き…。
僕はここを出ていく…。
そこはきっと明るいけれどここのように温かいだけの世界ではないだろう…。
僕を包んでくれたこの世界…。僕の手に握っているものを使えば簡単だ…。
でも僕はそれはしない。…だってこの温かい世界を傷つけてしまうから……。
「おぉ~い!「堯湖」。そろそろ今日は終わりにして帰りますよォ!」
「あ!はぁいっ!姉さま!」
どこまでも広がる赤銅色の草原の中から堯湖と呼ばれる少年は顔を上げてその声に答えた。
この集落でその少年は少し変わっていた。この集落では普通男子は皆袴着を履いている。
けれどその少年は集落の女子のように袴着を履いていなかった。
そして背中には赤銅色の草が身につける穂を沢山入れた籠を背負い手には草刈りがまを握っていた。
これも少年が少し変わっている所の一つだった。何故ならこの集落では男子は普通農作業をしないからだ。
けれどその腰帯にはこの集落の女子が普通差していない刀が差されていた。
この集落の普通の男子がそうするように……。
集落の女達は日の暮れかかる草原の中の細い道を里を目指して進んでいく。
時に皆で歌を歌い時に皆でおしゃべりをし時に皆で大笑いをしたりしながら…。
ここの女達は皆とても明るくとても仲が良かった。
皆、一人の男の妾と娘達であるにも関わらず―――。
「あっ白子!」
「雑魚だっ!雑魚!」
「おい雑魚!ちゃあんと俺達のおまんまの為にしっかり働いてきたんだろうなァ。」
草原へとつながる集落の入口でちゃんばらごっこをしていた集落の少年達が堯湖を見て一斉にはやし立てた。
集落の女達に囲まれながら堯湖は顔を赤くして黙って俯いた。
「こらっ!あんた達!何回言ったらわかるんだい?堯湖を馬鹿にするのはおよしっていつも言ってるだろ!」
「だってそいつ男のくせに稲刈り行ったりして男じゃねぇんだもん!」
「袴も履いてないしさぁ。」
「何よりその刀!何だよそれ。」
そう言うなりその少年は自分の差している刀を抜いて堯湖の鼻先に突きつけた。
その少年の突き出した刀の刀身は夕焼けよりもさらに深い赤い色をしていた。そしてその色は刀身の中を力強く廻っていた。ちょうど人の体の中を流れる血のたぎりのように…。
「あっ!こら!危ないだろ!」
「おやめっ!馬鹿!」
「あなたのかか様に言いつけますよ!」
「それ以上悪さが過ぎるなら飯ぬきですからね!」
女達が一斉に少年に向かって叫んた。
この集落では刀を持つ男子が強い。けれど時として刀を持たない多勢の女子の方が強い事もある…。
…というか普段はほとんどそうである。
「……っち。行こーぜ。」
少年は舌うちすると仲間の少年を引き連れて駆けて行った。そしてある程度行った所で立ち止まりくるりと振り返って堯湖に向かって叫んでいだ。
「真っ白な刀差した剣帝の息子なんて聞いた事ねぇやっ!お前なんか男じゃねぇよ!
ばぁ~~かぁっ!」
「こらぁ~~!」
女達が少年に向かって一斉に叫ぶと少年達はたったと集落の奥へと走っていった。
ここは冥獄によくある妾集落の一つ。
妾集落とは冥獄の権力者が一夜限りや飽いた子持ち女を住まわせている集落の事をいう。
この集落を囲っているのは剣帝と名高き「霾翳猩紅」。
冥獄に剣帝、剣神を名乗るものは数多あれど「西の腕」の剣帝といえばまず名の上がるであろう人物であった。
「霾翳猩紅」の血統には独特の特徴がある。そしてそれは男子にみられた。
男子は皆母親の腹の中で己の刃を育てて母親の腹を切り裂いて生まれてくる。
そしてその時刃が吸った母親の血で刀身は紅蓮に染まる。
血の巡る刀を携える事こそ「霾翳猩紅」の子である事の証であり、また妾集落に追いやられている男子達の心の拠り所でもあった。
「本当に……普通に生まれてくるのですから女の子を授かったのだと思いましたよ。」
堯湖のこの手の話になると集落の女達は必ずこんな意味合いの発言をした。
そう…堯湖という少年は男子であるにもかかわらず、己の刀を持っているにもかかわらず母親の足の間から生まれてきたのである。
しかも母親の体を傷つけまいと己の体に刃を立てて、泣き声立てずすでに瀕死の状態で……。
己の一部である刃を己に立てて生まれた堯湖の刀は、全くの純白だった。
始めは珍しかったからだろうか…。
堯湖は父の住まう御殿(「霾翳猩紅」の直接支配する国自体をそういう)に住む事を許されていたが数十年の後、母親とともにこの妾集落に住まわされる事となった。
堯湖は父親の顔を覚えていない。何が父親の気に障ったのだろう…。
堯湖は集落で女子のように農作業をするよう言いつけられた。また男子のように刀を振るい鍛錬を積む事を禁じられた。
「お前みたいな軟弱な餓鬼が誉れ高き剣帝から生まれたってのが気に障ったんだよ!
一族の恥さらし!」
集落の男子達は皆一様にそう言った。
「……………。」
集落の女達は皆一様に黙り込んだ。
――――……恥だったんだろう……。
堯湖もなんとなく物心付いた時にはそう思うようになっていた。
「堯湖の刀の白さは、私にとって恥ではなく誇りです。」
はっきりとそう言うのは堯湖の母親だけだった。
堯湖の母親は「南の眼」にいるといわれる放浪の賢者「毒癘宦女」の学士奴隷だったという。
学士奴隷とはその名の通り博学に富んだ奴隷の事で主に主人の研究を手伝う事に従事していたという。
「毒癘宦女」は学士奴隷に己の研究を手伝わせる一方で、その才を売り研究資金を得ていた。
堯湖の母親もそんな「毒癘宦女」の資金繰りの為に「霾翳猩紅」の御殿に売られた者の一人だった。
そしてその才は「霾翳猩紅」のお眼鏡にかない堯湖を身籠る事となったのである。
「この冥獄では究めた刀の才など何処にでもあります。ですから貴方は知識を究めなさい。」
そう言って堯湖の母親は堯湖に己の持てる知識の全てを教えていった。
元来体を動かす事は厭わないが刀を振るう事にはあまり興味の無かった堯湖にとって学問はとても楽しいものだった。
また集落の女に交じって草原で稲を刈り、洗濯や飯の準備をしながら歌を歌う事も嫌いではなかった。むしろ他の男子と違い、己で生きる術を身に付けている自分を誇らしくさへ思っていた。
妾集落は冥獄においてとても安全な所の一つといわれている。
堯湖の暮らす妾集落もそうだった。
何故なら「霾翳猩紅」の血の結界に護られている為何びとたりとも侵入する事は出来なかったからだ。
けれどその一方で中にいる者達も己の意思で自由に行き来する事は出来なかった。
外へ出る事が出来るのは何百年かに数度の割合で訪れる本家の子供(御殿に住む男児)が訪れた時だけ…。
それもその子供のお眼鏡に適った者だけで連れていかれた子供は二度と集落へは戻って来なかった。
御殿で暮らしていた経験のある女達によればそういった集落から呼ばれた子供達は、男児は雑兵、女児は貢物として扱われるのだという。
そう…妾集落の子供達は「霾翳猩紅」にとって己の権力と富を生み出す為の道具でしかなかった。
――――けれど父様にとって「恥」の僕はおそらく父様の道具にすらなれない…。
だからきっと僕はここから一生出られない。
堯湖はふとした折りにぼんやりとそう思うようになっていた。
ここでの暮らしが嫌いな訳ではなかった。
もちろん他の男子に蔑まれるのは堪らなかったが、強く明るくたくましい大勢の妾集落の女達に囲まれて育っていたので(集落の男女比は三対七)ここから抜け出したいと強く思う程ではなかった。
けれど母親のいうように勉学に勤しんでいた堯湖にとって外の世界はとても魅力的だった。
――――もっと沢山の事を知りたい……書物や母様の話だけでなく自分で知識を身につけに行きたい…。
自分と同い年位の男子が御殿の子に連れられて外へ出て行った時、堯湖は強くそう思った。
二
堯湖の暮らす妾集落にその招かれざる来訪者がやってきたのは、それから数十年ののちの事だった。
暮れなずむ夕日、風に囁く草原。
今日もよく働いたと堯湖が顔を上げたその時、その人は遠く草原の奥より胸より上だけを覗かせてこちらへ近づいてきていた。
逆光でその容貌は窺えない。
堯湖以外の女達もふと固まった堯湖の眼の先を捉えそれを察して同じように固まった。
ただ一つの入口とされる正門とは正反対の山の中から近づいてくる影法師。それはそこにいる者達に不吉なものを感じさせずにはいられなかった。
堯湖は草原の中ですっくと立ち上がり己の腰の刀をすばやく抜いた。
赤銅色の長草が堯湖の刀の動きに合わせてすっぱりと切れ堯湖の周りをはらはらと舞い落ちる。
「堯湖!」
すぐそばにいた堯湖の義母姉の一人が堯湖に叫ぶ。
それに負けない位の大声で堯湖は辺り一帯の女に向けて叫んでいだ。
「皆は里へっ!里の男達をっ!…早くっ!」
堯湖より遠く里よりの所で作業をしていた女達は頭をすっぽりと草の中に隠すとそのまま草波を立てずに里の方へと走っていった。
けれどまだ大部分の女達はそこに留まり様子を窺っていた。その手にしかと鎌を握って……。
「皆っ!…逃げて下さい!…ほらあけすな姉様もっ…僕の傍にいては危険ですっ!」
先程堯湖の名を呼んだ義母姉「緋砂」に向かって堯湖は叫んだ。
「嫌ですっ!堯湖一人を残して逃げるなど…。 私達も戦います!」
「そうだそうだっ!」
女達が鎌を振り上げてその声に応じた。
堯湖は唇をかみしめた。
皆の行動を困ると思う反面それを嬉しく思う気持ちもあり思わず口元が緩みかけた為だった。
――――そんな場合ではないのに………皆の気持ちが、とても嬉しい。
熱くなりかけた眼頭を軽くこすると堯湖はまたしっかりと刀を構え傍にいる「緋砂」に向けて呟いた。
「…いえ、下がっていてください、姉さま…。」
「今更何を言うのです。貴方は刀をまともに振るった事など―――」
「…だからです。」
「え……?」
そこで「緋砂」は堯湖から立ち上るただならぬ殺気に気がついた。
いつもは純白の刀も夕日を浴びてまるで普通の男子の刀のように燃えるように赤く輝いている。
「…もしかしたら…僕は皆を僕の刀で傷つけてしまうかもしれません。
ですから僕から離れていて下さい。」
「………堯湖…。」
「…早く。」
「……わかりました。」
「緋砂」は堯湖から離れその近くにいた女達にも呼びかけて堯湖から少し距離をとった。
堯湖はまっすぐに近づいてくる影法師の姿を見据えて構えた。影法師はというと女達が里へ男を呼びに向かった時もその動きに何の変化も見せずにただ淡々と近づいてきているだけだった。
―――――どうして……何人来ようと構わないというのですか?
それ程の実力を持っているというのですか?
そもそもどうして集落の中へ……。
目的が人攫いなら男達が来る前に事を済ませるはず…なのにそれをしない…。
堯湖は刀を構えながら頭の中で様々な考えをめぐらした。けれどももっともらしい理由を思いつく事が出来なかった。影法師はさらに近づいてくる。その体からは何の感情も感じ取れない。その事がますます堯湖をわからなくさせた。
――――殺気が全く感じられない…。
ただの皆殺しが目的という訳でもないらしい。
では、一体何が目的だというのでしょう…。
ここにはわざわざ結界を抜けてまで得るようなこれといった金目のものなど無いし……。
殺し、金、女…それ以外で求められるものなど―――
堯湖が考えている間に影法師は数十歩先にまで迫ってきていた。その影法師が外套を着ているという事まではわかったがまだ逆光の為にその表情は読み取れない。
――――とにかく…わざわざ結界を抜けて他人の集落に入る事が穏やかな事であるはずがない。
堯湖は数十歩先のその影法師のもとに一足飛びで飛び込み刀を上から振り下ろした。堯湖は刀を使った事はなかったが決して力がないという訳ではなかった。刀以外の身体能力でなら普通の男子よりも優れているといえたかもしれない。堯湖の刀は影法師の肩口めがけて素早く斬り込まれようとしていた。
それでも相手から殺気はない。堯湖は刀の速度を緩めかけた……。
一瞬だった。それはまさに一瞬の出来事だった。
それまで見える姿にしかその存在を感じ取る事が出来なかった影法師から総毛立つような荒い殺気がほとばしり一足飛びで懐に飛び込んだ堯湖に向かって突き上げるような激しく重い突きを放ってきた。
――――殺されるっ……!
そう思った次の瞬間、目の前で弾けるような音がして己の握る刀に強い衝撃が走った。
堯湖は何とかその衝撃に押されまいと耐えた。しばらくするとその衝撃が緩まり前方の影法師が声を発した。
「……最後の最後で油断する奴があるか? 死ぬぞ。」
それは意外な事に女性の声だった。目をつぶり歯をくいしばって衝撃に耐えていた堯湖は驚いて目を開けもう一つの事実にまた驚いた。
己の刀に相手の刃が押し付けられていた。強い衝撃は相手の刀を受けた時のものだったに違いない。
二つの刃が夕日に染まり赤く燃える。けれどそれは同じ赤ではなかった。相手の刃の赤は堯湖のそれより深く重かった。その色は刀身の中を廻るように動いていた。
そう……まるで―――。
「…なるほど、お前が噂の…。
まさか本当に男子が農作業をしているとはな…。」
「貴女は…誰なんですか?」
影法師の女の瞳が堯湖をとらえた。それは若く非常に美しい女性であった。けれどその瞳の奥からはとても強く激しい光が感じとれた。武道に通じていない堯湖でさへその瞳からその女性が果てしなく強い力を秘めているであろう事を理解する事が出来た。
「私は「紅」。「霾翳猩紅」唯一の「皇女」。
「霾翳猩紅」にその名の一字を賜る認められし子が一人だ。」
刀を交えた姿勢のまま、影法師であった人物、「紅」は堯湖にそっと囁くように呟いた。
――――父様の「皇女」!
「……どうしてこちらへ…。」
堯湖もそのままの姿勢で「紅」にそっと訊いた。
「……ただの暇つぶしだ。」
「…え?」
「少し厄介になる。」
「は?」
「他の者には私の素性を話すな。」
「な?」
「霾翳猩紅」の皇女「紅」は一方的にそれだけいうと刀を納め呆けている堯湖をそのままにして女達の方へと近づいていった。
「驚かせてしまってすみません!
私はただの旅の者。「お夕」と申します。」
遠くで「お夕」こと「紅」と集落の女達が話す声が聞こえる。さらに遠くからは男達の呼び声も聞こえる。
堯湖はまだその場で呆けていた。
「紅」の素性に驚いたという事もあったがそれ以上に……。
――――それ以上に……。
堯湖は己の手に握られている刀を見つめた。
初めて命をかけた真剣勝負…。
相手から発せられる激しい殺気。
終わった今となってはただ怖い経験でしかなかった。
けれど、二つの刃が交わった時……。金属音が耳に響き強い衝撃が両腕に走った時、確かにその時僕は……僕は……。
「……僕は……少しだけ楽しかった。」
堯湖は草原に吹く風に乗せるようにそっと人知れず呟いていた。
三
「霾翳猩紅」の「皇女」、「紅」は堯湖との一戦の後すぐに妾集落の者達に囲まれた。
女達は警戒と恐れの目で、男達は刀を抜き殺気を露わにして「紅」を睨みつけた。
皆の殺気に気づいて我に返った堯湖は振り返り皆の所へ駆けていこうとしその場で固まった。
――――他の者には私の素性を話すな。
そう、駆けつけて「紅」を弁護しようにも何も話せない。
「紅」の事を話さずに弁護する事は自分には出来ない…。堯湖は様子を見る事にした。
「…旅人と言ったな?
ここは迷って入れるような所じゃない。旅人がどうしてわざわざここに入ってきた…。」
この妾集落の男子達の中で現在一番の実力者である「夏砦」が刀を向けたまま前へ進みでて「紅」に向かって尋ねた。
「紅」はというと周囲を殺気で囲まれながらも落ち着いた声でその問いに答えた。
「私は色々な所を見て回るのが好きなんです。
特に普通の人が入れないような所を回るのがね……。」
「…確かにここはその通りの場所だ…。
だからこそここには誰も入ってこれないはず…。
それなのにお前は入ってこれた……何故だ?」
周囲の殺気が鋭さを増した。堯湖の立つ所までその張りつめた空気が伝わってくる。
「紅」はそんな周囲の人々を一通り見渡した後、やはりまた落ち着いた声でその問いに答えた。
「ここ…血の結界でしょう?だから血を止めればいいんです。
入り込む時だけね。」
「……え・」
「紅」を囲んでいた集落の者達は一瞬目が点になった。
「血を…止める?」
「……そうです。」
「どうやって。」
「頑張って…。」
「普通出来ないだろ。」
「そう…普通は出来ない、でも私は出来る。それだけです。」
「紅」はそれだけいうとにこりと笑った。皆は信じられないといった顔をして「紅」を見つめた。だが「西の腕」の剣帝の結界を抜ける方法などそれ位しかないのも確かで皆は「紅」の言葉に納得せざる負えなかった。もちろん剣帝ゆかりの者以外では、だが……。
「大体妾集落というのは主の血による結界なのでこの方法で中に入る事が出来ます。
ですから私は旅の途中少し体を休めたい時、冥獄で最も安全な所の一つといわれるその中に入る事にしているんです。
でも何時だったか身を寄せた妾集落は少し大変でした。「北の足」にある妾集落なんですけどね…そこは全て美男ばかりを集めた妾集落で―――」
「…いえ、もう結構。わかった。」
語り出した「紅」の言葉を「夏砦」が遮った。一部の女達は軽く「夏砦」を睨んだ。どうやら続きが聞きたかったらしい。
「お夕さん…と言ったか?」
「はい。」
「じゃあここに来た目的というのは…。」
「はい…しばらく休ませていただきたいと思いまして…。
休むといっても集落のお仕事は手伝わせていただきますが…駄目でしょうか?」
「夏砦」は周囲の者の顔を見回し「紅」の外套から覗く刀に目を落とした。
それは使い古して傷だらけで何処にでもある雑兵用の刀のような柄ごしらえをしたものだった。そんな「夏砦」の視線に気づき「紅」がそっとその柄に触りながら「夏砦」の顔を見据えて口を開いた。
「…皆さんが私をまだ信用していないように私も皆さんをまだ信用していません。
ですからこれを手放す事をこの集落の中で私はしません。ですが―――」
そういうと「紅」はおもむろに外套の中で脇腹の辺りを探り縄紐を取り出し自分の刀の柄と鞘の繋ぎ目の辺りをそれでぐるぐると縛り付けた。そして鞘ごと腰から刀を抜き両手で地面に水平になるよう目の高さまで持ち上げ―――
「ここで私は身の危険を感じない限りこの刀を抜かない事を約束します。」
そういって「紅」は両の手を外に向けて思いきり引っ張った。
柄と鞘を縛りつけられたその刀はわずかにその隙間を見せたが刀身が覗く程に抜ける事はなかった。
その体勢のまましばらく「夏砦」と「紅」は見つめ合った。
周囲の男子達もそんな二人の様子を窺っている。
「いいじゃないか。休ませてあげようよ。「夏砦」。」
まず発言したのは妾集落の中でも古株の妾「吉」だった。
「そうだよ「夏砦」。何か悪さが目的ならこんなやり取りわざわざする前にもう何かしてるよ。面倒じゃないか。」
「そうそう。見た所変な人でもないし…。」
「それにさっきの話の続きも聞きたいしさぁ。」
「そうそう!」
「聞きたいわァ!」
「吉」の声を合図に女達の言葉と笑いが飛び交った。一瞬にしてその場の空気がなごみ殺気立っていた男子達もそんな女達をみて少し表情をやわらげた。
そんな皆の様子を一通り眺めた「夏砦」は一つ溜息をつき「紅」に向けていた刀をおろし「紅」に向けて言った。
「…いいだろう。ここで旅の疲れを癒やすがいい。
ただしその間この集落の女達に交じって仕事をする事、決して一人で行動しない事、そして男子と話す際は必ず女子の目の届く所でする事を約束してもらう。
ここは閉鎖された妾集落。男子にとってお夕さんは――」
「目の毒でしょうね…。それは重々承知してます。」
「…ではこの約束を守らずに身を守る為に刀を振るった場合には容赦なく斬らせてもらう。それでもいいか?」
「それはもちろん。あなた方の信頼に応えなかった私が悪いんですからね…。」
「紅」の口元がふっと微笑む。そんな「紅」を見て「夏砦」の顔にもやっと微笑みが浮かんだ。それを見た他の男子達もやっと普通の笑顔を浮かべる。場の空気が完全にいつものなごやかな妾集落のものとなった。
「誰か里に先触れに行って来い!
客人が一人行くから宴の準備をするようにとな!」
「はぁい!兄さま!」
若い妾集落の娘達が飛び跳ねるように里に向けて駆けていく。
それを合図に「紅」の周りに集落の女や男がどやどやと押しかけあれこれ質問をし始めた。
「お夕さん……独り身かい?」
「なぁ…宴の席良かったら俺の隣に…。」
「ちょっとあんた達!「夏砦」の話聞いてなかったのかい!
気安く近づくんじゃないよ!」
「そうよそうよ!男はまずあたし等を通してでないとお夕さんと話すの禁止!」
「なっ!なんだそれっ!」
「ずりーぞ!」
「何がずるいもんかね。
あぁ…やだやだすっかり色気づいちまって皆昔はかわいかったのに…。
ねぇ…お夕さん、こいつ今じゃこんな生意気だけど昔はそりゃ泣き虫で―――」
「おいっ!余計な事いうなよ!」
「あんたが余計な事口走ってるからだろ?」
「違いない。」
「あははははは!」
「紅」は集落の者達に囲まれながら里へと向って歩いて行く。
「紅」が堯湖の方を一瞬ちらりと見たがまた集落の者達と会話をしながら歩いて行った。
「堯湖!大丈夫ですか?怪我は……。」
「堯湖兄さまぁ!」
「大丈夫かい?堯湖。」
堯湖から離れていた「緋砂」と他の異母姉妹が堯湖の傍に駆け寄ってきた。
「はい…。大丈夫です。」
堯湖はそれだけいうと刀を鞘に納め心配している彼女達に向かってにっこりと微笑んだ。
「戻りましょう…里へ。」
そういって堯湖は彼女達の背中を押して里を目指した。
四
――――外へ……集落の外へ……行きたい。
堯湖は「霾翳猩紅」の「皇女」、「紅」に出会ってから強くそう思うようになっていた。
「紅」の様々な世界の話は外へ出られない妾集落の者達を魅了した。それは勿論堯湖もだった。
「紅」の語る話は堯湖がこれまで考えた事もないような突飛なものが多く世界の広さを改めて感じさせられた。
そんな世界を自分の目で見れたらどんなに面白いだろうかと堯湖は強く思った。
また皇女でありながら何でも出来る「紅」に強く惹かれ憧れた。
集落の仕事を手伝うという「夏砦」の提案に堯湖は内心「紅」が家事や農作業を出来るのか、そこからぼろが出はしないかとひやひやしていたが堯湖の心配をよそに「紅」は普通によく働いた。
集落の女達に交じり籠を背負い鎌で稲を刈り、里では洗濯や煮炊きも慣れた手つきで女達と歌を歌いながらこなしていた。
僕は父様の「恥」…。父様の道具にすらなれない…。けれど僕には他の男子達と違って己で生きる術も知識も身に付けている…。だから僕はそれでいい。
「紅」に会うまで堯湖は確かにそう思っていた。今の自分に満足していた。
……けれど。
父様「霾翳猩紅」に「皇女」と認められその名の一字をもらう「紅」。
女でありながら己の刀を持って生まれ、おそらく「霾翳猩紅」の子の中でも一、二を争う実力者。
一族の中で尊い身分にありながら世情に通じ己で生きる術もきちんと身に付けている美しき人。
堯湖の欲しい全てを持つ「紅」という存在を知り堯湖は今の自分に満足出来ない自分が心の中にいる事を無視出来なくなっていた。
――――僕も……外へ出られたら……。
「出ようと思えば出られるぞ…お前も。」
「紅」がそう言ったのは集落の女達に交じって堯湖と共に稲刈りをしている時の事だった。
「……本当ですか?でもどうやって?」
堯湖の顔が華やいだ。「紅」はそんな堯湖の顔を見つめて静かな口調で、けれど確かに言い切った。
「お前の刀に血を吸わせろ。お前と同じ血の流れる者の血をな…。」
「え……。」
赤銅色の長草がさわさわと揺れる。
「私達一族の刀は一族の血を吸えば吸う程に強くなる…。
刀を強くすれば同じ血の流れる結界ならば簡単に切り裂き道を開く事が出来るようになる。
私はここに入るのに刀を使った。」
そう言って「紅」はそっと己の刀の柄に触れた。
「では…他の集落に入った話というのは……。」
「あぁ、その話は全て本当だ。」
「でも…どうやって…?」
「それは話した通り血を止めた。私にはそれが出来るからな…。」
「…そ、そうですか…。」
「努力すればお前も出来るぞ。
私達一族は流れる血を操る一族だからな…。」
「……は、はぁ。」
堯湖は「紅」の言葉に曖昧に返事を返し稲に鎌を立てた。が、そこではたとある事に気づき「紅」にそっと尋ねた。
「ねえさま…。」
「何だ?」
「ねえさまは…その…一族の血を吸ったのですか?…その母親以外の血を…。」
堯湖がおずおずと尋ねた。そしてその言葉の意味に深く気づき堯湖はぞっとした。
―――――そうだ…それならねえさまがここに来た目的の説明が上手く出来る。
事をすぐ起こさなかったのもこの集落の状況を把握するためで…。
いくら妾集落の男子といってもこれだけいればそれなりの……。
冷や汗をかき一人物思いにふけり出した堯湖の額を「紅」が人差し指でつんとつっついた。
「っ……あ。」
「わかりやすいな堯湖は……。
だがそんな下卑た真似、私はしないよ。「霾」や……「猩」にい様じゃあるまいし…。」
「猩」にい様……。その名を口にした時「紅」の瞳が深く沈んだ。
影を見せる「紅」を見るのは初めてだったので堯湖はその名の者達がどういった者達なのか聞くのをためらった。
そんな堯湖の心の揺れに気づいたのだろう…。
「紅」は稲を刈りながら自ら堯湖に語り始めた。
「父様には父様が己の子と認めた子が四人いる。
そして皆それぞれ父様からその名の一文字を賜っている。私のようにな…。」
ざくっと音を立てて刈り取られた稲穂の束が「紅」の背負う籠の中へと投げ込まれた。
「私達はこの四人で兄妹と呼び合っている。
長兄の名は「霾」。父様とその妹君「絳河」様との子で一族の血が深い為か非常に気性が荒く残忍な男だ。一族の者を手にかけてはその者の血を吸いとり己の力としている。はっきり言って私の嫌いな男だ。
次兄の名は「翳」。母君は特にこれといった血筋の出の方ではなかったが父様の子の中で唯一二刀の刀を持って生まれてきた人だ。
「霾」と同等、もしかしたらそれ以上の力を持ちながらもその名のごとく御殿の奥でいるのかいないのかわからない位ひっそりと影のように暮らしている。
はっきり言って「翳」にい様の事はよくわからない。
そして三兄の名は「猩」。父様最愛の妃にして「西の首」の歌姫「惨琶雅望」の愛娘「奏想珠」様との子で、温和で知的な誰からも好かれる方だった。
だが随分前に…一族の者を手にかけそのまま姿をくらましてしまっている。
はっきり言って私が本当に兄と慕ったのはこのにい様だけだった。」
二人の間を風が吹き抜け草原がさざ波を立てる。
聞いてはいけない気がする…。でも聞いてほしいと言っている気もする…。
堯湖は少し悩んだ後「紅」に訊いてみる事にした。
「どうして……「猩」という兄様は一族の者を手にかけたのでしょうか…。
温和な方だったのでしょう?」
堯湖は刈り取った稲穂を自分の籠の中へと放り込んだ。
「紅」は何も言わず己の掴む稲穂に鎌を入れている。
一束掴み、鎌を入れ、刈り取り、己の籠へ…。黙々とその作業を繰り返している。
――――やはり立ち入り過ぎでしたか…。
「…ごめんなさい。」
堯湖はそれだけ言うと自分も稲穂刈りに専念した。
「堯湖ォ~~。お夕さぁ~ん。そろそろ戻りましょお~~。」
「あ!はぁ~~い!今行きま~す。」
堯湖はすっと立ち上がりその呼び声に答えた。
「さっ…ねえさまも……早く。」
「ん……。」
「紅」も今手にかけていた束を刈り取ると立ち上がりその呼び声を発した集落の女に手を振った。
「堯湖…。」
「はい?」
「紅」は手を振りながら堯湖の名を呼んだ。
「「猩」にい様は……父様の血を吸って姿をくらましたんだ。」
「……えっ…それでは父様は…。」
「父様……「霾翳猩紅」はすでに亡くなっている…。」
「っ……そんな…。」
「だが殺したのはお前だ…堯湖。」
「は……?」
堯湖が驚いているのもそのままにして「紅」は女達のもとへと駆けて行った。
――――僕が……父様を……殺した?
「紅」の言葉が頭の中で耳鳴りのように響き渡る。
遠くで集落の女達の呼び声が聞こえる。
堯湖は集落の女がその手を引きに来るまで我に帰る事が出来なかった。




