【裏置き】「堯湖」、出会いがしらに孕ませる
どぉも銃です。銃と書いて「チャカ」です。
これは息抜きで何となく書いたお話です。御殿事情も少し書きたいなァと思いまして…。
【題名があれですが、別に18禁ではありません。】
【今回はたぶんないと思いますが、いずれ残酷描写ものが入ります。】
「堯湖」が御殿来たての頃のお話です。
何だか色々とネタばれしているような気がします。
ちょっと書いている方としてはそれがどの位の度合なのかよくわかりません。
(文章も問題ないのかよくわかりません。)
が、まぁ特に問題ないでしょう、はい(適当)。
それではどうぞ次頁よりお入りくださいませ。
それではまた本編にて、拙筆ながら今後ともお付き合いいただければ幸いです。 銃..
【裏置き】「堯湖」、出会いがしらに孕ませる
一
黒ノ赤子の西の指。
ここにとある冥獄の主一人の為だけの無限極楽が存在する。
主の名を「極楽貪主」。
無限極楽の名を「呆蝶宴」。
今回は、その宴が開かれている御殿の一角で起こった小さな出来事のお話である。
宴が開かれている三の殿「豪盛」の音も微かな御殿の辺境「夭折群殿」、その一つの渡り廊下。
そこに堯湖はいた。
堯湖はそこにいたが、そこというのが何処か堯湖にはわかっていなかった。
そう……堯湖は――――
「迷ってしまいました……。」
家を忘れた迷い犬のようにあちこちの廊下をうろうろと顔を突き出していた堯湖はついに音を上げる様に、というかもろに音に出して弱音を吐いていた。
まだ護兵としてこの御殿につかえ数十年と日の浅い堯湖。
その彼がどうしてこんな事になってしまったのかというと少し時を遡る。
「………。」
「………。」
殿の宴に供される食事の為の食糧庫「慢常」
そこがまだ新米護兵の堯湖の常の持ち場であり、つい先刻までいた場所であった。
「………。」
「………。」
そんな堯湖と共にこの食糧庫を護っているのは、御殿に来てすでに数千年という寡黙の武人「塵蝉」。
しかつめらしい顔をして瞳を固く閉じ、いかにも武人といった態で筋骨隆々とした腕を組み合わせている様は、見る者を何とはなしに威圧した。
「………。」
「………。」
至って寡黙で用向きが無い限り微動だにしない。
その腕に握られた斧の先にひらひらと極楽蝶が止まる。
堯湖はそんな「塵蝉」の様子を時折惚れ惚れと見つめた。
ちなみに二人の間に会話が無くて蝶がひらひらなどというとここが至って静かな場所のように感じられるが、実際はというとそういう訳ではない。
蔵のすぐ目の前には炊事場が広がり無限の極楽を作る為に日々地獄のような忙しさで人々が走りまわり、罵声と調理の音で騒々しい事限りなしとなっていた。
「あぁッもうちげーよ!そりゃ仕込みの最中だろーが!」
「薪ッ薪ッ!全然足んないよッ!早く持ってきてー!」
「おいッ!早く誰か出しに行け!冷めたのなんか出したら殺されッぞ!」
「あー!どいてどいてッ!危ないよ!熱い鍋通るかんねっ!」
「………。」
「………。」
堯湖は蔵の前でそんな喧騒を大衆劇でも見るかのようにぼんやりと見つめていた。
たまにそこから食料の調達に来る下男下女の為に蔵の錠を外したり、蔵の周りを巡回しさぼったりしている者がいないか確認するのが堯湖の仕事となっていた。
――――ふぅん……。
堯湖がはっとして隣に立つ「塵蝉」を見る。
「塵蝉」はというと鼻から息をもらしてからやや置いて、ゆっくりとその瞼を持ち上げた。
その下から獣のように鋭い眼光が現れる。「塵蝉」を取り巻いていた空気がさらに緊迫した重いものへと変わった。その波動を受けて堯湖はわずかに身じろぎのどを鳴らす。
「堯湖…。」
「はっはい!」
逞しい肉体に相応しい野太く威圧感の在る声が堯湖を呼ぶ。
斧の上の極楽蝶が宙へと舞った。
「塵蝉」は組んでいた腕をゆっくり解くと、おもむろに己の胸元から一つの小さな黒い冊子を取り出した。
ちらとも見ずにそれを堯湖に向けて差し出す。
「仕事だ…。」
「はッ…え…?」
冊子を受け取りながら堯湖はどきまきと答える。
「その冊子の始めの頁に書かれている者の所に回り、それを見せる。
出来るな?」
「え…あの、これはどういう――」
と聞きながら堯湖は冊子を開こうとした。
「見るな。」
間髪入れずに「塵蝉」の深い声がその動作を禁じる。
「始めの頁以外は決して見るな。
新米のお前がまだ知っていい事ではない。」
――――新米のお前がまだ知っていい事ではない
何やら秘密の香りを感じた堯湖はまた一つ生唾を飲み込んだ。
「そこに書かれている者以外には決して見せるな。
なるべく人の目を避けて動け。
もし他の者に用向きを聞かれたら必ず秘を示せ。」
そこでゆっくりと「塵蝉」が堯湖を見据える。
稲妻のような鋭さが堯湖の瞳を貫く。堯湖は思わず両の腕に鳥肌をほとばしらせた。
「出来るな?」
――――出来るな…それは、信頼の言葉。
僕を……この僕を秘密の任務の使いに出すに足ると認めてくれた証。
「も……ッ。」
「勿論ですッ!この堯湖にお任せくださいッ!」
堯湖は頬を真っ赤に上気させてこの任を拝命した。
ちなみにこの「塵蝉」が実は威圧感ばかりの見掛倒しで、一部裏では寡黙な遊び人として有名で、この時堯湖が拝命した黒の冊子は博打の参加者募集名簿兼戦績貸借金簿であった事を堯湖はついぞ知る事はなかった。
そしてこの任を「塵蝉」の元から離れる数百年後まで疑いもせずに堯湖は続ける事となったのである。
そして現在、今に至る。
堯湖は完全に迷っていた。
秘密の任であるからあまりおおっぴらに誰が何処にいるのか行く先々で尋ねる事も出来ず、気づけば尋ねる人すら見当たらない程人気のない所まで来てしまっていた。
―――困った事になってしまった。
堯湖はやや早足で廊下を急ぐ。
―――こんな人気のない所で人に見られたらかえって怪しまれてしまう。
堯湖は小走りで廊下を急ぐ。
―――かといって人に尋ねずに戻る事も難しそうだし…。
でも、人に会うのもまずいし…。
堯湖はほぼ疾走するがごとくに廊下を急ぐ。
「あーっ!もう!やっぱり誰でもいいですから誰か出てきてくださいよォッ!」
堯湖がその泣き言を叫び終わるのとその人に出くわしたのはほぼ同時だった、
横の廊下から突然飛び出してきた人影に全力疾走の堯湖は思い切り激突しその反動で尻もちを付いていた。
それは衝突した相手も同様のようで横の廊下から飛び出した人影はまた一瞬で横の廊下へと吹き飛び、派手に尻もちをつく音が聞こえてきた。
「……ったァ…。」
――――女性の声!
「すみません!大丈夫でしたか?」
堯湖は尻が痛むのも構わず四つん這いでわずかに進み横の廊下に顔を覗かせた。
「あ……!」
思わず声を出していた。
やはりそこには女性が尻もちをついていた。
「相」は紅歴の半ば(外見年齢二十から二十五位)といった所だろうか?
堯湖よりはやや上の相をしている。
肩までの黒髪、落ち着いた濃紺の衣に灰色の長羽織。
顔立ちはすっきりと整い強い意志を感じさせる凛々しい眉とその下のぱっちりとした黒い瞳が印象的な女性だった。美人といえない事もない。
しかしそれより何より堯湖の瞳はその女性のある一点に釘づけにされ声を上げていた。
それは――――
「もォッ!どうしてくれる!
いきなりぶつかるから孕んでしまったじゃないかッ!」
そう、その女性は丸々と孕んでいた。
「えええええええええええええっ!」
堯湖が半ば素っ頓狂な阿呆くさい驚嘆の声を上げる。
その声に逆に女性は驚かされてあっけにとられた。
そんな女性の目の前で堯湖が一人壮絶な苦悩と後悔を見せている。
「そっ…そんな僕は……僕は何て事をッ……。」
堯湖が頭を抱えて苦悩する。肩と顎先をふるふると震わせその女性の腹を凝視する。
堯湖は目の前の女性が
「はぁ?こいつ何言ってんだ?
んな事ある訳ないじゃん。馬鹿か?」
という表情をしているのも気づかず一人苦悩を続ける。
「まさかそんな……触れるだけで孕ませてしまうなんて…。
そんな馬鹿な事が……でも実際目の前にその現実がある訳だし…。
奉公に出されてるような半人前の僕がもう所帯を持つ事になるなんて…。
僕は……僕は一体どうしたら…。」
堯湖は目の前の女性が
「いや…どうもしなくていいから…。
むしろどうするかな…この面倒くさいの…。」
とほぼ投げやりで冷めた表情を浮かべているのにも気づかない。
と、そこへぱたぱたと近づいてくる足音が廊下を響き渡った。
その女性はびくりとし自分の後方の廊下を振り返る。
みるみる内に大きくなる人影。
そしてそれはその女性の後ろで立ち止まった。
「はぁっ…もう!困ります。
勝手に出歩かないで下さい。」
堯湖と同じ位の相の背の小さな女性。
頼りなさげな顔に眼鏡を乗せ、薄い桃色の柔らかい髪の毛を一本のお下げにしている。
一見華奢に見えるその体は大人の武人のように完全に武装をしていて―――
「あ………。」
堯湖は目を見開き驚いた。
そこに立っていたのは誰であろう―――
「「洸殺」さま……。」
「極楽貪主」の身辺に侍る護兵が一人、御殿でも最強の怪力を誇る素手の武人「洸殺」だった。
息を切らしおどおどとした様子をしていた「洸殺」が床に座り込む女性を見、堯湖を見て顔をやや引き締める。
「これは……何があったのですか?」
「あっ……その…これは……。
すっ…すみません!僕がいけないんですっ!
ちゃんと確認しないで走ってて出会いがしらにぶつかってしまって…。」
「ぶつかって?」
「洸殺」が眉をしかめる。
「それじゃあ…堯湖ちゃんはぶつかって転ばせてしまったという事ですか?」
「え…!僕の名前、知って下さってるんですか?」
堯湖の顔がぱっと明るくなる。
「それは勿論。同じ護兵仲間ですから。
それより堯湖ちゃん、貴方何て事を……。」
堯湖の華やいだ顔が一気に暗転して絶望の色を見せる。
堯湖はふるふると拳を握ると、そのまま頭を前面の床に叩きつけた。
「えっ…?」
女性二人の驚きが重なる。
堯湖はそのままの体勢で半泣きの様な声を上げて叫んでいだ。
「覚悟は出来ていますっ!
故意でなかったとはいえ僕が成した過ちッ!
僕はっ……僕は彼女と共に生き、成してしまった二人の子を全うに育てていく所存ですッ!」
「はい………?」
「洸殺」の眼鏡がわずかにずれ落ちる。
そのわずか手前の孕み女性の灰色羽織も肩から音も無くずり落ちた。
「あ……堯湖ちゃん…あなた何か誤解を―――」
「いーーけないんだはらませたぁー。
だぁーんなさんに言ってやろー。」
「洸殺」の言葉を遮るように、変な節をつけた歌が堯湖の背後から響き渡る。
――――え?
堯湖は床に頭を打ち付けた状態から背後の人物を盗み見た。
そこにはひきずるように長い裾着を履いた人型の足が見えた。
堯湖はゆっくりと顔を起こし後ろの人物を見上げてまた絶句した。
「………あ。」
いや、「あ」って言ってるねこのメガネ君。
「いちれんちゃんっ!」
「あ……あぁ!……そうっそうそう!その人です!
貴方は「一漣撃」さまっ!」
「・・・・・・。
なんか君、それ失礼極まりない言い方だよねぇ?
まぁ、別にいいけどさぁ…。」
と、ものぐさそうに呟いたのはやはり「極楽貪主」に侍る護兵が一人「一漣撃」。
護兵のみならず「極楽貪主」の傍に仕える者なら婢までもがその存在を知り、護兵であるにもかかわらず相当数がその顔を知らないという珍奇な人物。
前者はいいとして後者は何事かとなるが別に後者も全く知らない訳ではない。
まずこう言えば「一漣撃」を知っていると答えるだろう。
「「極楽貪主」の隣で居眠りしてる護兵」と―――。
………つまりこの人は、恐れ多くも普段そういう事をしちゃっている護兵である。
見かけは背が高い事を除けばかなり女性的な人物。
瓶覗きを思わせる薄い空色の髪を肩に流し、左耳の辺りに緩く結びを作っている。
服は「洸殺」のそれとは違い胴巻以外には全く武装が見られない。
着物を首にまきつけそれを外套のように羽織り、袖も裾も必要以上に長くとても戦う人間のそれではない。
その手に握る得物も短い握りに肌触りのかなり良さそうな毛の束が下がる虫払いという優しさ仕様。
「もう隣にいるのが当たり前過ぎて、いないと落ち着かないから良いのじゃ。」
という「極楽貪主」の発言で、護兵の優劣を選定する「決戦」を免除された強いのか弱いのかよくわからない謎の護兵「一漣撃」その人が堯湖の後ろに立っていた。
とろんとした伽羅色の瞳が堯湖を捕える。
そこには「塵蝉」のような威圧感は露程も感じられない。
けれど何か、それが何かはわからないけれど堯湖は何か匂いのようなものを一瞬感じた。
雲一つない快晴の日に暮れの夕立ちを予感する、そんな感覚のわずかな匂いを…。
「いちれんちゃん!何変な歌歌ってるんですか!」
「あれぇ?知らない?この歌ぁ。」
「知らないって、そんな変な歌ある訳ないでしょ!」
「いやぁこの調子の歌だよぉ。「学」で聞いた事ない?」
「「学」って…私は孤児だから「学」には通ってないんです。」
「あぁ…そうだったのぉ?ごめんねさっちゃん。」
そう言って「一漣撃」は「洸殺」に近づくとぽんぽんと軽く頭を叩いた。
「洸殺」がやめて下さいと騒ぎながら両手を振っている。けれどその手はすらりと背の高い「一漣撃」に届く事無く空しく空をかきまぜていた。
そんな何だかほほえましげな光景を目に移しながら堯湖はぼんやり考える。
――――今……歌の中で何か……何か酷く恐ろしい文句があったような…。
確か……。
――――ダァ~ンナサンニイッテヤロ♪……
だぁ~んなさんにいってやろ♪……
だぁ~んなさんに・・・・
旦ぁ~ん那さんに・・・・
! 旦那さんに・・・・
「旦…那さん……?」
堯湖かぽつりと呟く。
その呟きにどたばた騒いでいた「洸殺」と「一漣撃」の動きが止まり、それを眺めていた孕み女性も堯湖の方へと視線を移した。
「え……あの……彼女…は…。」
堯湖がかたかたと震えて半ば顔面蒼白になりながら「洸殺」と「一漣撃」を見つめて言葉を絞り出す。
「洸殺」が何か言おうと口を開くと同時に、もう「一漣撃」が声を発していた。
「人妻だよぉ。堯湖くん。」
「ヒッ……ヒトォッ…!!」
――――そんなっ……僕は…よりにもよって人妻を…
「堯湖ちゃんッ!」
「あー……。」
「え、ちょっと!」
「ヒ……ヒヒヒ・・・・・ヒ・。」
堯湖はくねくねと力無くその場にへタレこみ、そのままだらりと後頭部を床に叩きつけて昏倒した。
二
「なんてっ……貴方は何て事をっ…!」
「まっ…待ってください!母様っ!聞いてください!僕は……僕はそんなつもりじゃ…。」
「ええ!ええ!そうですともっ!
つもりなんてなくても子は孕むものなんですから!
情けない事を言うのはもうおよしなさい!ただでさへ情けない事を貴方はしでかしたの ですから!」
「でっ…ですが母様……。」
「本当に……本当になんて情けない事を・・・・。」
「母様……母様!…そんなっ…泣かないで下さい!」
「よりによって……人の方に…よりによって間男をするなんて……。」
「マッ・・・・。」
「堯湖兄様……最低…。」
「信じらんない……。」
「不潔よ…。」
「良い子だと思ってたのに…。」
「親不孝者だよ全く。」
「ちっ……ちが…待って…みんな…待ってよ!
みんなっ…僕の話を聞いて!…聞いて!」
「待ってよっ!」
堯湖はがばりと起き上がりながら目を覚ますと手の平を空へと伸ばし何かをつかんでいだ。
上質な灰の衣。ぱっちりとした黒い瞳が堯湖を捉えた。
「あ………。」
「…びっくりしたわ。
ほんと、君って私をびっくりさせてばかり。」
そういうとその孕み女性はふっと凛々しく微笑んだ。
堯湖もその微笑みに寂しく笑い返すと、ゆっくりと体を動かした。
体の支えに手をつくと柔らかい感触をつかむ。
堯湖の体はふかふかの布団の中にあった。
「あっ…つ……!」
突如忘れていた激痛が頭を突き抜ける。堯湖はしたたかに打ち付けた後頭部に手を添えた。
「大丈夫?」
孕み女性は堯湖にのそのそと近づくと両の手を堯湖の後頭部にまわして、その箇所を窺った。痛みが走らないようそっと軽くその部分をさする。
堯湖はされるがままに頭をやや下げてさすられていた。
すぐ目の前には大きなお腹がある。
堯湖はそっとその女性のお腹に手を乗せた。
堯湖の頭を窺っていた女性の手の動きがぴたりと止まる。
「もうこんなに大きい……何時産まれるのでしょう?」
「さぁ…いつかしらね。」
堯湖の頭の少し上で女性が静かに答える。その吐息がわずかに堯湖の額をくすぐった。
「男の子かな……女の子かな…?」
「君は…どっちがいい?」
女性の質問に堯湖がゆっくりと顔を上げる。
目と鼻の先に女性の顔があり、そのぱっちりとした瞳が堯湖を捉えていた。
堯湖はその瞳を見据えて言葉を返す。
「…女の子がいいです。」
「どうして?」
堯湖の答えに女性が悪戯っぽい笑みをたたえて質問する。
堯湖はまた女性のお腹に視線を落として言葉を紡いだ。
「僕の血筋の男子は皆ひと振りの刀を持って生まれてきます。
それで母親の腹を切り裂いて生まれてきます。
それがもとで亡くなったという母親の話を聞いた事もあるし、それがもとで子が二度と産めなくなったという母親に話を聞いた事もあります。
出来れば幸せになってほしいから…。
僕は生まれた瞬間から自分の子にそんな業を背負わせたくないし貴女を傷つけたくもない。
だから僕は女の子を望みます。」
「ふうん…。」
孕み女性はそれだけ息をもらすとちらりと布団の脇に揃えて置かれている堯湖の刀に目をやり、そして堯湖に視線を戻して呟いた。
「でも君、二振りあるよね?」
堯湖の顔が強張る。その顔の変化を気にも留めず女性は続ける。
「普通は一振りなんだよね?でもここには二振りある。
どうして?」
「………。」
「どうして?」
「………それは…。」
「それは?」
「……奪ったからです。」
堯湖はひどく冷たい声を絞り出すように吐いていた。
女性は涼やかな顔に表情をつけずただ堯湖を見つめる。
「…一振りは僕のものです。けれどもう一方は僕の兄弟のものです。
僕が――――」
「僕が兄弟を殺して奪った刀です。」
「そう。」
女性は何の感慨も込めずそれだけ言い、蒲団の傍らに置かれた二刀に手を置いた。
「だから君すごく血生臭いんだね。」
―――血生臭い………血・・・・。
爆ぜるかがり火。陰影を付けて何処までも広がる兄弟達の亡骸。
手に残る人殺の感触。耳を覆いたくなる絶叫。
死にたくねぇよォ~~~~~~ッ!
堯湖は脇腹の傷跡をそっと押さえていた。
「なら私は男子がいい。」
女性のはっきりとした言葉に堯湖は顔を上げた。
ぱっちりとした瞳が堯湖の弱弱しい瞳に食い込む。
「ここじゃ強くなくちゃ生きていけない。
生まれた瞬間から親を殺す。その位の業を持ってる方が私は嬉しい。
文字通り、腹を痛めた子に殺されてそれを糧に強く生きていってくれるなら私は本望だよ。」
唇の端をわずかに上げて女性は笑んだ。
冗談とも思えない強くはっきりとした眼差し。
―――この人、強い人なんだ……。
堯湖は思わず見とれた。
と、女性の腹に触れていた堯湖の手の平が小さな動きを捕える。
思わず驚きの声を上げていた。
「うッ……動いたァッ!」
「動くよ。生きてるんだから。」
そういうと女性は堯湖の手の平の上から自分のお腹を包むように支えた。
その優しさに気づいたのか、腹の中の赤子は何度も何度も元気に腹を蹴飛ばしている。
「う……わぁ…。」
堯湖は何ともいえない感動に嘆息していた。
そんな目をきらきらとさせて感動している堯湖を見て女性がくすりと笑う。
「耳当ててみる?」
「えっ…い、いいんですか?」
「いいよ。」
「あ……じゃあ、…ちょっとだけ…その、お言葉に甘えて…。」
堯湖は少し恥ずかしそうにしながらそっと女性のお腹に両手を置いておそるおそる耳をそのお腹に近づけた。
「……?」
堯湖は耳をつけて固まった。
――――音が……しない。
女性の腹の中からは赤子の胎動だけでなく、常の「生人」ならあるくぐもった臓器の脈動すら聞こえてこなかった。
堯湖がさらに耳を女性の腹に押しつける。
するとそれは聞こえた。
「俺が手前ェみてぇな軟弱野郎の餓鬼な訳ねぇだろ?」
それは酷く熟成した、いわゆる中年男の濁声だった。
「ヒィッ!!!」
堯湖は思わず布団を跳ね飛ばして飛びのき、その激しい動きに後頭部を痛め頭を押さえるやらくらりとするやらもうとにかく取り乱しまくった。
そんな堯湖の過反応に孕み女性はくくくと袖で口元を隠して笑う。
そんな孕み女性を指さし堯湖は口をぱくぱく目を白黒させている。
そんな堯湖についに堪え切れず孕み女性は大口を開けて笑い始めた。
「あっはっはっはっはっは!
君、本当に良いね!面白いよっ!あはっ!面白い!」
しまいには自分の腹をばしばし叩いて笑い出す。
その挙動に堯湖は己を取り戻し先程までとは別の意味で取り乱した。
「ちょっ……そんなにお腹を叩いては赤ちゃんが……!」
「ん?この位全然何ともないよ。
それに私はそんな弱い子を産むつもりはない。
この位で死ぬなら生まれてくるなと言いたいね。」
そう啖呵を切ると手首まで食い込む位、赤子どころか自分すら悶絶しそうな強力な拳打を己の脇腹に叩き込んだ。孕んだ腹が水面のように波紋を描く。それでも彼女はけろりとカラカラ笑っていた。
――――本当に強いよ、この人。
堯湖は少し寒気を覚えた。
――――これは一生尻に敷かれるかもしれません…。
そこではたと思い至る。
――――ん?一生というより…そう、そういえばさっき…。
堯湖はゆっくりと孕み女性の腹を指さす。
「僕の子じゃ……ない?」
「当たり前だよ。童貞君。
いちいち体当たりの度に孕んでなんかいられない。」
「っ………。……・・・・・」
堯湖は色々と本当の事を言われて口をつぐんだ。
そんな堯湖を見て女性はまたくすりと笑い堯湖にゆっくりと近づくと、堯湖の頭を母親がするように優しく撫でた。
「いじめてごめん。でも君、本当に面白いから。」
「…………う。」
堯湖は何だか気恥かしいのとその手の感触が気持ち良いのとで、孕み女性にされるがままに頭を撫でられていた。
三
「貴女は誰なんです?」
やっと事態を飲み込み落ち着いた堯湖が質問する。
質問しながら辺りを見回す。
簾も畳も調度も全て使用人の部屋のそれではない。
堯湖が寝かされていた布団も毎日きちんと洗い干されているがごとく清潔でふかふかとしている。
目の前の女性を追っていたのは「極楽貪主」の腹心「洸殺」。おそらくその後突如現れた「一漣撃」も同じ理由で現れたに違いない。
――――…・・・・御殿の奥で腹心二人に追われる女性…・って…・・・・。
堯湖のおぼろげに導き出された予想に気づいたのか孕み女性はまたくすりと笑う。
「私の事の前にとりあえず騙してたお詫びをさせてよ、堯湖くん。」
名前を呼ばれてびくりとする堯湖。おそるおそる孕み女性に尋ねる。
「お詫び?」
「そう。そうだな、私これでも占いが得意だからそれでいいだろう。
得意といっても自分の思い通りに未来を変えられるかの占師「攫噬導叟」程じゃないけどね。」
「今この瞬間、一番あり得る運命を告げる事は出来る。」
まっすぐな強い瞳。
――――そう、思えばこの瞳…そっくりだ…。
堯湖は生唾をごくりと飲み下す。
孕み女性は堯湖の言葉を待たずして話を先へと続けた。
「そうだね。君の本当の連れを見てあげよう。」
そういうやいなや孕み女性は堯湖の首の頸動脈を目にも止まらぬ速さで掴んでいた。
爪がわずかに食い込み血がにじむ。
勿論苦しくない訳がない。
堯湖は息を詰め一瞬で意識が飛びかけた。けれどそれは叶わなかった。
その孕み女性の瞳と目が合った瞬間、意識が、その魂がそこから動く事が出来なくなっていた。
――――………魂を絡め取る…瞳…。
「……ッ……が…。」
堯湖は顔を真っ赤にして全力でもがいた。
本能的に自分の首を掴んでいる孕み女性の腕を掴み必死に引き離そうとする。
手加減は一切していない。
けれどその孕み女性の腕は堯湖の首に吸い付き離れる事はなかった。思い切り掴んでいるのに傷を付ける事もかなわない。
耳の奥でがんがんと響く心臓の音。次第に赤みを帯びていく視界に浮かぶぱっちりとした黒き瞳。
ふいに堯湖の首と魂が解放された。
「……っげぼッ……かッ……、」
止まっていた血が一気に体を駆け巡る。
汗をどっと噴き出して堯湖は首を押さえ何度も噎せた。
半ば意識を朦朧とさせてうずくまる堯湖に構わず孕み女性は託宣を告げる。
「君の連れは夜の様な女だ。暗く冷たく、けれど哀しく美しい。
君達は固く結ばれる。」
「誰もが羨み忌まわしく思う程、それはそれは固く。」
堯湖は自分の運命を言われているにもかかわらず、ほとんどそれを自分の中に留める事が出来なかった。
夜の様な女、その一言だけが知らず堯湖の心の奥底に波紋を残して沈んでいった。
「じゃあ私の話に戻ろう。」
孕み女性は爪についた血をぺろぺろと舐めながら言葉を繋げた。
「だがね、私の名前「愛し名」だから全部教える事は出来ないんだ。
あ、「愛し名」は知ってる?」
堯湖がぼんやりと首を押さえながら孕み女性を見上げる。
肯定も否定も見せない堯湖に孕み女性は説明を始める。
「「愛し名」は親の名の一部を含んでいる名の事を言う。
親の名といっても「極楽貪主」とか「攫噬導叟」とか、いわゆる「肆号」の事じゃない。
本当にその者が生まれもって名付けられた「真名」の事。
「真名」は時に魂に繋がる。それが「肆号」を持つ者のものとなると大変でね。
一文字でも知られると弱みになったりする。
だから私の「真名」は私と父上様しか知らない。」
――――「愛し名」……親の名前の一部を含む……それは…。
「僕も……「愛し名」です。
母様の一字を…いただいています。」
堯湖が少しかすれた声で言葉をもらす。
そんな堯湖を見つめて孕み女性はにっこりとほほ笑んだ。
「そうなの?良かったね。
それはとても誇らしくて嬉しい事。
「真名」を分けるという事は己の魂を半分分けるようなものだから。」
魂を分ける……愛しさを命に込めて…。
―――母様……。
堯湖は集落に残してきた母親を思い出し思わず涙が出そうになった。
「だから私は人前で父上様の「真名」を隠して自分を紹介する。
つまり半分だけ名乗る。」
孕み女性がゆっくりと堯湖に近寄る。
そのぱっちりとした黒い瞳が堯湖を吸い込むように近づいてくるとふいに横にそれて耳元で小さく囁くのを堯湖は聞いた。
「私は「甜」。舌に甘いと書いて「甜」。」
「「甜」………。」
堯湖も孕み女性、いや「甜」と同様に小さく呟いた。
「甜」の顔が堯湖の脇からすっと離れる。と同時にほっとしている自分がいる事に堯湖は気づいた。
「まっ……半分名乗っても大抵の者は私をそうは呼ばない。
そう呼ぶのは人前での父上様や私の連れ位。
ここでは―――」
「……知っています。」
堯湖が「甜」の言葉を遮り喉を押さえつつも畏まった姿勢を見せる。
「甜」がそんな堯湖を見て唇をわずか引き締める。
「貴女は・・・っ!」
堯湖は言葉を閉じた。「甜」の指先が堯湖の唇を制していた。
「それは私が言う。
言いたくなったらね。
それまで君は私の友人だ。」
「あ…・・。」
「君、面白いしかわいいから。」
「………う。」
「弄りがいがある。」
「………うぅ。」
堯湖が俯いて困っている姿を見てにっこり笑うと「甜」は「洸殺」の名を呼んだ。
すぐさま「洸殺」が襖を開けて室内に現れる。ずっと控えていたらしい。
「堯湖くんを送ってあげて。
たぶん一人じゃ帰れないから。」
「あ、えと……あ…。」
「私の事は――――」
「甜」が瞳の険と声音を少し強くして堯湖に詰め寄る。
「名前で呼ぶ。」
堯湖は少し後ろにたじろいだ。強犬に怯える子犬のような瞳で「甜」の真意をびくびく窺う。そんな堯湖の様子を見て「甜」はうんざりとした顔を見せた。
「ほら、いつもそれだ。そうやって私はいつもここでは特別扱い。
それってすごく詰まらなくて肩が凝るというのに。
一人じゃないのにずっと一人。ずっと一人なのに必ず誰かに監視されてる。
そういうのいらいらするだろう?
だから本当の一人になりたくて私はたまに逃げてしまうんだ。」
ですからやっぱりそれは困りますぅ~と「洸殺」が泣き言を上げている。
いや、実際問題涙をわずかに浮かべている。相当手を焼かされているらしい。
そんな「洸殺」を見て堯湖はぼんやりと思った。
「極楽貪主」の腹心の護兵でも苦労しているんだな、と……。
そして、「甜」も――――
一人じゃないのにずっと一人―――。
苦労しているんだなと堯湖は思った。
「わかりました……その…「甜」さん。」
堯湖がその名を呟くと「甜」は少女のように華やいだ喜びの色を顔に浮かべ、一方「洸殺」は驚きの色を顔に見せた。
「でも……大丈夫…なんでしょうか。その……」
堯湖はこれから初めて姑息な悪事に手を染める下っ端のようにおろおろしながらそっと尋ねる。「甜」がにっこりと微笑んだ。
「大丈夫も何も君は私が「甜」という女だという事しか知らない。
「甜」という女を突き飛ばし、「甜」という女に担がれてここまで運ばれ、「甜」という女の腹に耳をあて、「甜」という女の「真名」の半分を知ったに過ぎない。」
「それだけに過ぎない。」
堯湖は一気に血の気が引いた。
――――これはもう……謝れば許してもらえる類の話じゃない……。
「そう、ですね……。」
堯湖は事の重大さに抜け殻と化した。
他人事のようにとりあえず言葉を繋ぐ。
「僕は……何も知りませんから…。」
堯湖は遠い目をしながら呟いた。いや、呟かされていた…。
こうして堯湖は秘密の友人を一人得る事となったのであった。
憐れで間抜けな堯湖のお話はとりあえずここでおしまい。
最後に御殿の中の事について少し小話。
御殿。そこは「極楽貪主」が住まう夢の楽園。
そこでは「極楽貪主」が唯一絶対の主。
誰もが彼の命に従い、彼を唯一敬う。
だがそこにもう一人。
一万年と少し前からもう一人、「極楽貪主」と同等に敬意が払われている人物がいた。
御殿の奥にひっそりと暮らし、ほとんどの者がその顔を知らない。
けれど御殿に住まう全ての者がその存在をぼんやりと知り畏れ敬っていた。
その者の名は誰も知らない。しかしその者の事を皆一様にこう呼んでいた。
「御上様」――――と…。
「御上様」、それは一万年と少し前嫁ぎ先から突如家出してきた「極楽貪主」唯一の実子、「愛し名」を持つ愛娘の事を称する。
何がどうという事はない。
これはただの小話。
堯湖の話とは何ら関係のない話。
そう…何も知らないのだから…。
【裏置 終わり】