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86.エピローグ→side:魔界.1

挿絵(By みてみん)

 私が新『魔王』になって、早数か月が過ぎた。



ひ~()め~()さ~()ま~()あ」


 重厚なデスクに山積みの、書類の隙間から窺うと、老臣タンゴ=ポルカは例によって例の如く涙ぐみつつこっちを窺い返している。

「おいわたしや~。姫様(・・)、年端もいかぬ御身であられながら、斯様な重責をか細き御肩に……何とおいたわしいことにありましょうや~」

(ジイ)……」

声を掛けるとタンゴ老人、頭をぶんぶん振り、キッと厳しい顔を作る。


「されど! 姫様は先代陛下の跡を継がれし御方。辛くとも堪え忍びくだされ、ひ~め~さ~ま~あ~」

「あ、うん、はい」

「ご責務を終えられますれば、このタンゴ、料理長(コック)にプリン・ア・ラ・モードなぞご用意させますでな~」

「あらどーも……」


 『魔王』様のお仕事をしていると、タンゴ老人が謎の幼姫(おさなひめ)扱いをしてくる。異世界転移したら、お爺ちゃんがめっちゃ甘やかしてくる件について。ていうか、第一印象はあまり良くなかった老だけど、こんな人だったんだ?

 ていうかお爺ちゃん。脳内で私が、幼少のみぎりより大切にお育てしたあの姫様がご立派になられて的な、若干の記憶捏造があるらしい。


 ちな、元人間界の商社営業課長の私。この程度のデスクワーク、ホワイト過ぎて正直余裕。何しろ仕事、魔界時間で15時には終わるんだもん。



 書類に判を突く手を止め、ため息をつく。

「だから、タンゴ。私はこの見た目(ナリ)だが、これでも40を回っていて」

「おいたわしや~。四十と言えばまだまだ遊びたい盛り。されど姫様~、姫様は今や『魔王』陛下、ご辛抱にございますぞ~」

え、ああ。魔界人年齢ではそうなる?

 もうひとつため息。

 私は出し抜けに両腕を天井に向けて突き上げ、振り回してみた。

「ジイ! ワラワは退屈じゃ! もうこんな仕事はイヤじゃ!」

「ひ、姫様~! なにとぞご辛抱を~!」

「ではプリンにサクランボを二つ乗っけてたもれ!」

「御意! お安い御用に御座いますぞ、ひ~め~さ~ま~あ~!」

タンゴが執務室から嬉々としてすっ飛んで行った。ふう、これが正解か。

 老は私を幼王女扱いして、宥めたり甘やかしたりしたいんだ。把握。私は家臣に忖度できる『魔王』様。


 てか、私を“姫”呼ばわりする奴にマトモなのはいないのかな?




 **********


 “世界”は今日も変わり続けている。魔界も人間界も、ゆっくりと劇的に。え、矛盾してるって? ううん、してないよ。



 私が『魔王』に即位して、二世界間の争いは一応止まった。『人形魔王姫ベアトリーチェ・アルカネット・ドロシーローズ陛下』、それが今の私の正式名だ。“姫”は“き”と読む。絵里香に付けられた長い名前が、また少し伸びた。

 城の者の多くは私を“姫陛下”と呼ぶ。この場合の“姫”は“ひめ”と読む。


 そうそう、『魔王』即位のお祝いに、ボンダンス工房が新しい衣装の意匠を贈ってくれた。黒装束をベースに金糸銀糸と宝石貴金属の装飾を施し、『魔王』っぽい豪奢さと『人形姫』っぽいミステリアスなイメージを両立させているから、人形服を原寸大に仕立てたラインで魔界女子のトレンドに新風を巻き起こしているのは伊達じゃないな。

 何よりローブのフードが目深なデザインが、人形姫(わたし)らしくてしっくりくる。ちょうど頬の位置にくる、右は金で左側が銀の、ドロシー“ローズ”にちなんだ薔薇の刺繍が気に入っている。


 ジルバとの激闘、子ども達とのお出掛け。歴戦をともにした黒装束(デフォルト)は、『魔王』様自室のクローゼットに大事に掛けられている。



 今では、まだ自由にとはいかないけど、人間界と魔界を行き来できるようになりつつある。以前から好き勝手に行き来している男もいるけど。人間界では生きづらい種族のマモノビトの幾人かは、魔界への移住を選択している。



 例えば、赤き巨竜、西九条さん。


 氏は私が用意した郊外の古城に、奥様ともども引っ越して来られた。

「掃除しても掃除しても終わらんと、バーサン、ボヤいておりますがな」

そう笑いながら、レッドドラゴンは異世界の空の下で羽を伸ばしている。水回りが使いにくいのが奥さんの不満だというが、まあ水入らずとも言うし、お二人仲良くやっておられるようだ。


 と思って、一度訊ねて行ったら黒衣の青年がいた。

「どちら様?」

「ああ、フォックストロット君ですよ」

「フォックストロット……フォックストロット?!」

「陛下……その節はご無礼を」

それはどうでもいい。おま、フォックストロット? あの黒竜の人間態? 黒髪ロングの略礼服風の美形ってお前、どこの西九条さんちの執事ドラゴンよ?

 聞けば魔界(こっち)の空で再会して、家に招いて酒飲んで、そのまま居ついたらしい。

「二匹ともよう食べよるかん、料理のし甲斐があるさー」

奥方、ドラゴン二匹の胃袋をつかまれたか。しかし満たすのは大変だ。何しろ魔界の食糧事情は人間界と比べて芳しくない。

 ニシクージョとフォックストロットで、有害モンスターを狩って肉を自給自足していると聞いても。やはり農業政策が急務だ。人間界(あっち)の技術や品種を持ってくることもできるかもしれない、『魔王』手帳(高橋製)にメモしておく。


「って、あれ? じゃあ竜って人間の姿になる能力がある?」

「ええ、フォックストロット君から教わっているんですが、魔力ってのを使うコツがこの齢ではなかなか」 


 ふむ。では、いつか西九条さんの在りし日のお姿を見る日が来るのかもしれない。

 竜の城の、座る者のない玉座の背後には、例の(ドラゴン)ハタキ(スレイヤー)が恭しく飾られている。




 **********


 私は日々の大半を魔界(こちら)で送っている。単身赴任の『魔王』職だ。デスクの書類と取り組むべき問題は山積みである。

 もちろん施政なんて初めての経験。そこは忠実なタンゴ(ジイ)が片腕として、私の考えを忍耐強く聞き、魔界事情の現状を教え、二つの世界の在り様について自身の洞察も交えつつ丁寧に手ほどきしてくれる。こと政治に関して、老文官の手腕は信頼に足る。


「ほっほっほっ、しかし昔はジイ、ジイとこのタンゴの後をついて回られた姫様がご立派になられて」

「初耳エピソード」

「ほれ、空に出た月を取ってたもれとジイにせがまれて」

「何その思い出コワイ」

「昔のことゆえ、覚えておられませぬかなあ」

「そうかもしれないねえ」


 人間界と魔界で交易の真似事のようなモノも始まりそうだ。技術と魔法、交換に成功すれば互いに大きな発展が望めるだろう。


 共倒れで破滅する可能性もあるけどね♪



 ともあれ良い方向に進み出した、と考えるのは甘いだろう。

 人間界にとって、魔界はまだ脅威、仮想敵世界。魔界にとって人間界の技術は、薬にも毒にもなり得る。


 それに魔界には私を快く思わない者もいよう。力こそ魔界の正義、力で『魔王』の座を奪った私を、力で追い落とそうという者が現れる懸念もある。

 幸い、先代『魔王』を下した『人形魔王姫』はそこそこ畏れられていて、曰く、

「魔王姫様が手を伸ばせば、対峙した者の心臓は瞬時に握り潰される」

「姫陛下は時の向こうから数多の腕を召喚し、破壊の火を降り注ぐ」

うん、やろうと思えばやれるけどね。

 ありがたいことには『魔王軍』三将その人達が、人形姫派の先鋒として睨みを利かせ、立ち回ってくれている。実際三人の助けなくして、現状のように不満分子を抑えられているかどうか。


 まあ……それともうひとつ……



 先代を殺して王座に就いた私だが、やっぱり見てくれがクッションして、恐怖心や反感を和らげているらしい。

 先日のことだが、城の回廊を歩いていると、

「姫陛下!」

呼ばれて立ち止まると、若い騎士が冷たい床に膝を屈している。

「君……コホン、“そち”は確か、ブルースと申したか。“余”に何ぞ用かえ?」

キャラを作り、彼を名前で呼ぶと、

「……! 姫陛下、私めなぞの名をご存じで……?」

騎士は驚いて輝く顔を上げ、またバッと平伏した。まあね、元管理職なんでね。部下の名前を覚えるのは基本よ、基本。カーネギーよ。


 ブルース君は床とにらめっこしたまま、怒鳴るよう言う。

「お、畏れながら! 姫陛下にお願いの儀あり、分を弁えずお呼び止めを!」

「苦しゅうない、申してみよ」

『魔王』、いうか姫口調、こんな感じでいいのかなあ?

 騎士は少し逡巡し、懐から銀色の機械を取り出した。

「実は、先だって人間界を訪れし折、斯様な代物を入手致しました。聞けば風景を一瞬にして切り取って絵にする“でじかめ”なるカラクリだとか」

青年騎士は“でじかめ”を手に、ズイと身を乗り出した。


「姫陛下……1枚いいでしょうか?」

「ブルース、お前もか」


 どうやら力こそ正義の世界でも、可愛いは正義!は上回るジャスティス。許してカメラを向けるのを、一緒に入るよう自撮りにすると、ブルース君感激に跳ねるように去って行った。『魔王』様、草の根運動で支持率UPに努めています。



 けどアヤツ、写真自慢して回ったのであろうな。


 あれよりわらわの歩く廊下に、家臣どもがこぞって“でじかめ”を手に跪いておるわ。




挿絵(By みてみん)

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