83.明日へバイバイ♪
……――っと、ぎゃん恥ずいんで先に言います。
人形、死にませんでした。
いやさあ、やろうかなとは思ったんだ。
あの戦いの後のこと、登場人物のそれぞれの日々を三人称視点で語ってさあ、ラストに私が生きていることを仄めかす結末ってのも。
いーや、ムリムリムリ。
そんなんもう、ばり恥ずの上塗りでしかない。はい、私生きてましたー。恥ずかしながら戻って参りましたー。良かった良かった、でしょでしょ?
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どうやら『魔王』のヒトをマモノビトに変えた魔法は、“終わった術式”だったらしい。術者の死によってマモノビトが人間に戻ることはなかったが、私の魂が行き場を失って消滅することもなかった。
めでたしともそうではないとも言えない結末だ。
“魔法人形が完全にその機能を停止した”のは、雛菊姫と紫陽花姫と9本のスペアパーツを接続して、更に“時空転移”で別時間のパーツを召喚、挙句にお嬢様砲を全ブッパして、単純にエネルギーを使い果たしたからだけでした。
いやあ、思いの外“時空転移”が激しくてさ、消費MP。
「だかラ、ハッタリかましとらンでサッサと魔力回復薬を飲んでおれバ良かったのダ」
昏倒した私の口に薬を流し込み、介抱してくれたDrが呆れ顔で言った。返す言葉もございませんが、創造主サマ、たぶん演出好きはお父様の影響でしてよ?
眠っていたのは10分ほど。目を覚まして私は両腕が無いことにギクッとする。
「えっ……あ、そっか」
“10分前の私”が過去に召喚してるから、今は無いんだ。ビックリした。
その10分間で。
私はまた絵里香と慎太郎を泣くほど心配させて。スマホには智香、親兄弟と親戚一同に会社関係、百合子ちゃん達から着信やラインが何本も入っていて。
この戦いは日本中、のみならず全世界に報道されていて、SNSではぶっちぎりでトレンド入りしていて。私は世界一の有名人になっていて。
そしてこの10分間で。
私は『魔王』になっていた。
力こそパワー、それが魔界の掟、強き者こそ王者。
それは理解するけども、いいのか、ひと昔前の学園モノで番長決めるノリで一国の元首がすげ代わっても。
「いいのですじゃ」
暫定国家指導者のタンゴ老人が、そう言うのならいいんだろうけど。
「とりあえず暫定でご即位くだされ」
だから『魔王』って暫定で即位していいものなのか。とりあえずって、居酒屋で生中頼んでるんじゃないんだよ?
私と子ども達を、マモノビト、『魔王』軍が二重に取り囲む。期待圧がすごい。
困った私は見知った顔を探して、
「ジルバ!」
両腕のないまま魔剣士に駆け寄り、兜を取った素顔を見上げた。
「お前の力ならじゅうぶん魔界を統べられる。きっと私より適任」
ジルバは私を一瞥し、ふいと顔を背けた。
「いや、おま……陛下の方が俺よりお強い」
「いやいや、もっかい戦ったらわかんないって」
言い募るもジルバは首を横に振り、そして私にだけ見える角度でニヤリとし、さっと地面に膝をついた。
「『魔王』軍三将、騎士団長、“魔剣士”ジルバ。今この時より新『魔王』陛下に心よりの忠誠を誓う! 騎士団、そなたらの忠誠心は何処にある!」
ドカンと、爆発するように騎士団が沸いた。「新『魔王』! 新『魔王』!」のシュプレヒコールが鳴り止まない。こいつ……ワザとだ。
それならと知り合いを探すも、
「ん、あたしはパスで(はーと)」
「パチャンガ、支配するのもされるのもキライ」
残る二将からも先手を打たれた。一縷の望みに懸けて振り返るも、
「イヤー、吾輩、そーゆー面倒臭イのはチョット」
あれ? もしかして『魔王』って、誰もやりたがらないやつなのかな?
タンゴ老が少し考え、口を開いた。
「それでは新『魔王』様、如何ですかな? お望みとあらば『魔界王座争奪トーナメント』を開催するというのは」
「ヤメろ。滅多なこと言い出すの」
やらねーよ。こっから新章突入してたまるか。
ゲンナリする私の肩を、両側から絵里香と慎太郎が叩いた。
「ひひひ、転職先決まったねー」
オ〇エント工業とどっちがいいかって話だけどね。
「姫、大出世」
営業課長から『魔王』って、そんなコースある?
どうやら『魔王』とは、畏して怖れ、敬して遠ざけるモノらしく。重荷がまたひとつ、よいしょと少女人形のか細い肩に乗っけられた。
その、先代『魔王』。私が殺した男のこと。
『魔王』の亡骸は私が眠っている間に見る見る崩れて、風に塵と散って消えてしまったそうだ。後に遺された、空っぽの王の装束を前にそう聞かされ、ラスボス倒したらそんな感じか爆発するかの二択かなと、妙に納得する。
「もしかするト、『魔王』は真実、冷たい風の化身であっタのやもしれんナ」
Drがこの時ばかりは神妙にそう述懐した。
『魔王』は絶対に人とは相容れない。だから私は、彼に死んでもらうことにした。
家族と、世の中と、SNSと。ヒトと、マモノビトと、魔族と。妹人形達、未来の時間にある腕さえ接続し、“つながって”きた『人形姫』が、ただ一人つながれなかった人だった。
だからただ一人、アンタを犠牲にした。
ゴメンねとは、言わないよ。そもそもそっちが始めたことじゃん。
私は終わらせただけ……とは、やっぱり割り切れないし、もっと別のやり方があったのかもしれないけど、これがちっぽけな人間にできる精一杯だった。アンタは死に、私はそのことを背負っていく。お互い様、等価だとは言わない。
これが、アンタが始めたことの結末だ。
結局二人が割を食ったね。殺し殺されたという関係、それが相容れない私達に、できる限りの“つながり”だったね。
そして私の思いは、人、魔族、マモノビトがそれぞれ思いのままに上げる声に飲み込まれ、“世界”に掻き消されて……
人形姫は、それでいいかと薄紫の瞳に微笑を湛えた。
「イヤイヤイヤ、ドロシーローズ。アナタ、シンタロにちゅーをしましたわよね?」
背後から肩に、のしっと褐色ロリの顎が乗った。
「ク、クロ……」
「何でしたの、アレ? えーと、何々……ふーん、自分があのまま死ぬかと? だったら最後の思い出に? 一回ヤラせてあげる的な? へぇ、実の息子に?」
「こ、心を読むな!」
そんで、みなまで言うなあ! ブラックローズの囁きが、赤くはならない耳たぶを責める。
ヤメろやあ、流れで押し切ろうとしてんだよ! 覚えてるよ、やらかしたよ! その顔で私を見るな、自分自身にツッコまれてるみたいで……
なまら恥ずいんだよっ///
慎太郎が気まずそうに顔を逸らした。イヤいつもみたいに茶化せよ。マジな空気醸されるとキツイもんがあんだよ。
絵里香が目をきゅうと目を弧にする。お前はこっち見んな。
「だからお前ら、もうヤッちゃえよ!」
「穴ねえんだよ」
本気出せば、30は用意できるけどさ。慎太郎がそっぽを向いて吹き出した。もおお……不肖『人形姫』、暫定『新魔王』様。
自分で言うのは烏滸がましいけど、君達のお父さん、仮にも世界を救ったんだけどお?
最後くらい、カッコよく締めさせてほしいんだけどなー。
クロが後ろからゆさゆさと姉を揺する。
「どゆこと? 穴があったら何なワケ?」
慎太郎と目を見交わし、互いにプッと吹き出す。
「入りたいね」
「入れたいよ」
冗談として聞いておく。
「“全身時空転移”!」
人形姫は、とりあえず“今”から逃げ出します。
私には、未来を視るチカラはない。未来に手を伸ばすことはできても、そこはいつだって不確定の未知数の世界。
だからこそ、この世界は素晴らしいんだ。
だから人形姫は、ひと足お先にまっさらな明日へ――……
じゃあまたね、バイバイ♪




