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81.『魔王』

挿絵(By みてみん)

 その姿を、マモノビト達はみな一度目にしている。


 闇のような漆黒の長髪。額から対の捻じれた角を生やし、病的なまでに青白く、眼差しは昏く深く紅く沈んでいる。運命のあの日、私達の未来を決定的に変えたあの日、ビルの狭間に見た、空に浮かんだ巨大な幻影。

 実寸は、まず長身の成人男性というところ。見忘れはしない。私の、ここにいる、そしていないマモノビトの人々の、人生を取り返しのつかなく変えたその顔だけは。

 そう言えば、他の魔族にはないよな、角。アレ何なんだろうな?


 まあいい。『魔王』軍撃破という私の第一の目標は達成され、第二のそれ、魔界の“冷たい風”をこっちに引っ張り出すこともできたワケだ。じゃ、最終目標の達成にチャレンジしますか。


 足を踏み出す、と。

「待て、早まるナ」

「人形! お前の敵う御方ではない!」

背後と前方から魔界人が呼び止めた。『魔王』が、僅かに私に首を傾げてみせる。

 立ち止まると、絵里香と慎太郎が背中にしがみついてきた。

「姫!」

「おとーさん!」

命なき作り物のカラダに、命の震えが伝わってくる。その温もり、想いを、名残り惜しく二人の肩を叩き、そっと身から引き離す。

「大丈夫だ、問題ない」

「姫えー!」

「この期に及んでえー!」

子ども達が泣き笑う。大丈夫、冗談だけど冗談じゃない。ホント、冗談(・・)じゃない(・・・・)よな。


 お前達は守る、何があっても。大丈夫だ問題はない。



「『人形姫』」


 Drが歩いて私を追い越し、行く手で振り返った。

「『魔王』、魔界の王にしテ魔界の風の化身。強大なル魔法の使い手、不死に近きにいル存在。ソレでも……貴様は行くのだナ、人形姫?」

「ああ。ここまで来れたのはDrのおかげだ。この先に行けるのも、な」

「うム……」

「ありがとう」

人形が微笑むと、Dr.ボンダンスは深く息をつき、ゆっくりと右手で額から顎までを撫で下ろした。

「……人形姫、我が“娘”ヨ。コレが最後かも知れン」

「うん」

「一度で良イ。吾輩を“父”と呼んではくれまいカ」

創造主サマの濃紫の目を、魔法人形の薄紫の硝子玉が見返す。


「行って参ります、“お父様”」

「必ず戻レ、我が愛すル『人形姫(ムスメ)』ヨ!」


 ガバッと抱きすくめられた。今日は男性から抱き締められることの多い日のように思います。イヤ、だから何なのこの下りは。見上げたDrの表情は満足そうで、ああ、こういう一幕をやりたかったのね。

 我が子らと、我が“父”を振り切って目をやれば、ジルバが『魔王』に跪いたまま、肩越しに憂慮の面持ちで見ている。私は微笑を返す。

 ジルバも、まあDrはあれであれなりに、私を想ってくれている。日常や戦いを通じて、人と魔族の間にも絆と呼べるモノが通い合った。


 けど、『魔王』?

 アンタとはどうしたって、理解り(こんな)合うことは(ふうには)でき(なれ)ないんだよね?


 なら、“仕方ない”よね――……



 私は最後の道を歩き出し、『魔王』へ右手を差し伸べた。


 『魔王』が眉を顰める。タンゴ=ポルカはソツなく射線から逸れながら、

「ほっ、お嬢様(カノン)でございますか!」

嘲笑的に吐き捨て、そこでやや顔色を改めた。

「確かに。ボンダンスの技術は認めよう。お嬢様砲の威力、我が兵どもを一網打尽にした戦術、兵の統率力、そなたも敵ながら誉めて遣わそう」

しかし老臣は殊勝な態度を一変、

「しかァーし! 甘い、甘いぞ、人形姫! そなたのお嬢様砲は既に解析・対策済みィ! 陛下の魔法防御は、たとえ先の一斉砲火を集中させても破れんよ。我が『魔王』軍の魔導力は異世界一ィイイイイ!」

あー、そうですか。まあ、試してみましょうか。


「ですの」


 ふふっ、これは冗談。今のはお嬢様砲の発動呪文ではないんですの。



「きょぽ」



 手首を消失した私の、腕を向ける先で、『魔王』はひと声そう言って、柱を倒すように額を地面に叩きつけた。それが『魔王』のこの世界で最後の発言だった。

 全『魔王』軍、全マモノビトが固まった。ジルバにパチャンガ、パソドブレも固まっている。『魔王』の傍らに(はべ)っていたタンゴ老が、

「……は?」

『魔王』が斃れたのに気づいたのは2秒後のことだった。

「陛下……陛下?! これは、まさか、死……?」

『魔王』の肩を揺すり、その絶命を知って、

「き、貴様! なっ、なっ、何をしたあッ?!」

タンゴ老は呼び戻した右手をピッピッと払っている私に叫んだ。


「『魔王』の脳へ、手を“転移”して掻き回した」

「やることエグっ!」



 タンゴ老人が『魔王』の亡骸を抱き起して、

「そ、それが人間のやることかっ!」

私に向かって叫ぶ。


 そうだね。エグいよ。


 これはどうしたって殺すしかなく、不死に近い相手に、私が考えついた最終攻撃手段だ。

 何もさせない、口さえ開かせない。『魔王』が行動を起こす前に、あらゆる防御力を無視して、主要器官の位置座標に“空間転移”を押し込み、問答無用で破壊する。心臓か、頭の中。つまり“脳内に直接”。

 これが通用しなかったら、『魔王』を倒す方法は思いつかない。『魔王』と真っ向からやり合うとか、RPGじゃないんだし、ムリだしヤだよ。


 けどさ。


 人間のやることじゃないって、それ、言う?


 こんなの、やりたかったワケ、ないじゃん。ひとつでも多くの命を取り落とさないよう、ひとつだけどうしようもない命を取ろうと決めたんだよ。この手を汚してでも。

 なのに、敵も、味方も、どうしてそんな目で私を見るの? 私のしたことは酷いけど、私、頑張ったんだ。私にできる限りの、考えられる限りの、最善を尽くしたんだ。なのに、そんな目で見られたら……



 それって、すごく寂しいよ。



 かしゃん。


 音を立てて右手首を払い、魔界の老文官を見つめた。

「人間では、ないから」

私というラインの後ろにいる、言葉を失っているマモノビト、慎太郎と絵里香、Drにも来てくれるなと手で合図して。

「姐さん……」

三バカの呻くような声も、放置して。

 何かのために汚した手を振って。


 かしゃん、かしゃん。一歩ずつ踏みしめて歩く人形姫の顔から、『魔王』軍の兵士達が顔を背ける。

「人間では、なくなったから」

傍らを行き過ぎると、ジルバが何事か言おうとして、結局俯いた。傍を通ればビクッと怯えたパチャンガを、抱き寄せたパソドブレが悲しそうに私を見た。


 私、今どんな表情(かお)をしているのかな? 自分ではわかんないや。


 かしゃ。足を止める。主君を失い、青褪めた老臣の額に、

「だから、人間のやることではないことも、私にはできるんだ」

人形はぴたりと、右手の穴を押し当てた。

「だけど、私を人間でなくしたのは、『魔王(おまえら)』だろう?」


「お前も殺せばいいのか? そうすれば終わるのか?」



「姫えーっ!」


 今、一番聞きたくない声が、耳に届いた。



 『魔王』を亡き者にした今、老大臣(こいつ)を殺せば、魔界は終わる。それで終わらないなら、ジルバにパチャンガにパソドブレ、あいつらの心臓も握り潰して、兵士達も一人残らず殺して、それでも終わらなけりゃ魔界に乗り込んで皆殺しにしてやりゃいいんだろう? 

 いい、いい。やらなきゃならないなら、私がやるって。それでも終わらないなら、終わるまでやり続けるさ、私が、私が、私が――……


「姫、もういい! もうやらなくていいんだ!」


 けど、私がやらなくちゃ、この“世界”の“平和”は……


「……やらなくて、いいの?」


 あー……魔法薬を飲み過ぎたかな。この機能は魔法人形(オートマタ)には備わってないはずなのに、余剰の水分が、目にオーバーフローしちゃってる。

 薄紫の硝子から、頬に水を溢れさせて、私は慎太郎を振り向いた。

「慎太郎……本当は、こんなことしたくなかったんだ」



「……ツラいよ」



 もはや誰一人戦意を残していない戦場を、少年は独り駆け抜けて、死と破壊を翳した人形の背中に突撃した。

「しなくていい! もうじゅうぶんだ!」

「いいのか、慎太郎……?」

ふっと力の抜けるカラダを、慎太郎が固く抱き寄せた。

「じゃあ、もう、しない……」

張り詰めていた糸が切れて、支えてくれる腕にホッと身を任せる。

 ああ、うん。何かもう、いろいろダメな気がする。ヒトとしても、マモノとしても、おとーさんとしても。


 だって、戦場を圧してめっちゃ歓声とかヤジとか聞こえるし。え、『魔王』軍兵士達も口笛で囃し立ててる奴いるくない?

 絵里香がDrに寄り添いつつ、私達に向かって叫んだ。

「だからお前ら、もうヤッちゃえよ!」

「ヤラねえよ」

「ちゅーだよ!」

「だからヤラねえっての」

そーゆーんじゃないんだよ。この、私を抱き寄せる腕の心地良さは。


 慎太郎が周りの冷やかしに面喰いつつ、腕の中の私に笑った。

「しないの?」

「しねーわ」

だからさ、そーゆーんじゃないんだって。うん、たぶん。




挿絵(By みてみん)

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