08.『人形』と人形師
緩く括った金髪に濃紫の瞳を片眼鏡で覆い、白衣の下に派手な装いを召した青年は、ニヤリと口元を歪めると、
「あー、貴様はもう良イ。行ケ」
看護師さんに追い払うよう手を振った。言葉のアクセントが独特だ。男の無礼な態度に、しかし看護師さんは、
「……ハイ。ではお願いします、ドクター……」
急に表情と声から生気を失い、軽く会釈して我々に背を向け立ち去る。
さらに青年は、こちらに目を向ける魔物化した人々を見返して、
「何を見ておるカ、散レ」
パチンと指を鳴らすと、途端に彼らはくるりと正面に向き直った。
唖然と見ていた私の肩を、青年が軽く叩いた。
「ナニ、ちょっとした“目眩し”ダ。病院の人間どもにハ、吾輩が人間の医師に見えルよう暗示を与えておルのだヨ」
「暗示……?」
魔人は、驚く私に顔を突きつけて覗き込む。
「まア、貴様には吾輩の暗示は利かンようだナ」
「お前は、いったい……?」
私の問いに、青年は舞台役者の如く大仰な身振りに構えた。
「ククク……フハハ……フーハッハッハーア! 判らぬカ! ならば教えテやろウ! 吾輩は“至高の頭脳”たる魔導工学の第一人者にシテ、“至宝の指”たる神に背きし芸術家……」
「Dr.ボンダンス、惜しみナイ敬意と親しみを込めテ、そう呼ぶがヨイ」
魔族の青年――“Dr.ボンダンス”は高らかに名乗りを上げると、ここ一番の尊大な笑みを私に放った。
「ククク、そして、貴様にとっテ『創造主』と崇めるべき存在ダ」
……創造主?
このDrを自称する奇矯な男の、続け様の言葉に、理解が置いてきぼりだ。ポカンとする私に、ボンダンスはヤレヤレと肩をすくめる。
「フン、察しが悪イ。如何に器が完璧でも中身がソレでは、まさしく“人形を作って魂を入れず”の喩エ……フッ、まあヨイ」
ボンダンスはまた不遜に嗤い、身を屈めて私の耳元で囁いた。
「貴様を作っタのは、この吾輩ダ」
な……んだって……?
絶句する私に、ボンダンスはこれぞ狂気の科学者の手本とばかり、哄笑を響かせた。
「フーハッハッハーア! 正確には人間、貴様の『精神』が入っておル『器』、その『人形』を作成しタのが吾輩なのだヨ」
精神の、器……?
「その通り! 跪け、下等なる人間ヨ! 貴様の『魂』が宿りし『人形』は、我が天才的技術の粋を集められルだけ集めて創造しタ、魔導工学の奇跡、驚異の人造モンスター――……」
「『魔法人形』ダ!」
オート……マタ……?
ボンダンスは、文字通り人形のように固まってしまった私に、ますます嗜虐的な笑みを歪める。
「ンー? シロウトにも理解できルよう説明するとだナ……イヤ、待テ待テ。貴様達の言語にも、似タ概念の言葉があっタと記憶しておル。ンー、ハテ、何と言ったかナ……?」
ボンダンスは人形の反応をたっぷり愉しみ、
「……オオ、そうダ」
おもむろに言葉を続けた。
「確か、“ロボット”とか言ったかナ?」
ぐらり、足元が揺らいだ。“ロボット”、私はこの男に作られたロボット。私は、もう命ではなく『魔法人形』……
私は、ボンダンスの言葉を聞くまでは、家族に受け入れられたことで、この姿だって何とか乗り越えていけるのではと思い込んでいた。
だが、突きつけられた現実。今の私は作り物のロボットであるという宣告に、足元にぽっかりと落とし穴が開いたような気がした。
その底無しの闇に、ずぶりと足が沈んだ瞬間――……
人形の腕が、不意に強く、引き上げられた。
我に返って見上げると、真剣で、だけど優しい顔をした少年が、『創造主』を見据えたまま横顔で頷いた。
作り物のカラダ、作られたイノチ。紛い物の偽りでできた“私”にとって、その手の温もりだけが今たったひとつの“本物”だった。
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奈落への淵で、確かな絆で“私”がつなぎ留められたことに気づかず、『創造主』が嵩に懸かる。
「フーハッハッハーア、理解したカ? 貴様は吾輩の創り出しタ“最高傑作”、史上初の自律式“機巧兵器”、開発コード『人形姫』……って痛ア!」
さも気持ち良さげに自己陶酔する、Dr.ボンダンスの向う脛を、虚空から転移出現した革靴が思いッ切り蹴っ飛ばした。
「な、何をするカ?!」
「何をするカ、じゃない」
「オ? “空間転移”が上手く機能しテおるナ」
「嬉しそうにすんな」
慎太郎のお蔭で自分を取り戻した私、ボンダンスにズンズン詰め寄る。
人形の剣幕に、ボンダンスは蹴られた脛を擦りながら、片脚立ちで後退る。
「お前が、私をこんな姿したのか! 貴様のせいで、私がどんな目に遭った思っている!」
「エ? ……『魔王』の人間界侵攻はマダ始まっていなイはずダ。コノ短期間にドンナ目に遭ったというのダ?」
それは……言えない。
実の子達に、あんな目に遭わされたとは言えない。
黙り込む人形を、ボンダンスが涙目で睨む。
「ったく、何と野蛮な中身なのダ。貴様のカラダは吾輩の作ったモノ、言うなれば吾輩は貴様の“父”、貴様は吾輩の“娘”も同然なのだゾ」
「え? じゃあアンタはオレの“お爺ちゃん”?」
何でカットインした、慎太郎?
ボンダンスは傍らの少年の存在に、初めて気づいたように、
「ム、ソヤツは貴様の“子”カ? 暗示術が効いておらんナ。貴様と魂のカタチが似ておルからだろうカ? 興味深イ」
じろじろと慎太郎を眺め回して、納得したよう頷いた。
「ナルホド。小僧、貴様の仮定に理論上の穴はナイ。科学的に考えテ、吾輩の“娘”の“子”であル貴様は、吾輩の“孫”のようダ」
だとしたら、お前の理論は私のおまたレベルだ。
ボンダンスは得心がいったらしく、尊大さが戻ってくる。
「サテ、閑話休題、『人形姫』ヨ。貴様の問いに、吾輩は83%のYESと17%のNOであルと回答しよウ。
即チ。貴様の器となっタ芸術的造形物を創造しタのは、吾輩の比類なき頭脳と技術であるガ、それへ貴様の精神を移したのは『魔王』陛下の御業であル」
そこでボンダンスは明らかにトーンダウンした。
「しかシ……如何に陛下と言えド、未完成の作品を勝手に徴用されテは……ぶっちゃけ迷惑な話なのダ……」
不満そうにブツブツ言ってる。どうやら私の魔物化にこの人形が使われたことは、彼にとっても不本意なイレギュラーであったらしい。
では、少し整理しよう。
魔法人形を作ったのが、Dr.ボンダンス。
魔法人形に私をしたのが、『魔王』。
魔法人形をオモチャにしたのが、我が子達。
……――“悪”とは?
硝子の目から光の消えた私に、ボンダンスはどこか機嫌を取るように、
「マ、まア人間ヨ。『人形姫』が器になっタのは、せめてもの幸イではないカ? 貴様とて下賤なゴブリンやオークになりたクはなかったろウ?」
猫撫で声を出した。まあ、実際その種族になった人もいる手前肯定もしにくいが、この姿は、確かに見てくれだけに限れば幾分救いがある。
その見てくれが、親子関係に不穏を生じていることはひとまず置いて。
私の返答に困る沈黙を、肯定と取ったか、
「フ……フーハッハッハーア! そうだろウ、そうだろウ!」
魔界の人形師は、また元気に傲慢さを取り戻した。しかしこの男、アップダウンが激しい上に、案外相手の反応を窺う子だ。
何だか、あまり悪い奴にも見えない気がするが、うぅむ……?




