76.戦いの火蓋は焼け落ちる
あちらこちらで、腕時計のアラームがなった。
幾つもの魔法陣が大輪の花のように展開した。滲み出る甲冑の騎士団、亜人の兵卒、頭巾目深の魔導士達。モンスターの数も少なくない。
最後に異世界のゲートから現れるのは、言うを待たず、魔剣士・魔女・獣王の『魔王』軍三将だ。つないでつながった私の“世界”に、“異世界”が敵意を抱いてつながった。その数、ざっと1000の軍勢。
私、内心プアーバストを撫で下ろしています。
もしここで何万の軍で来られていたら、もう私の手には負えなかった。そうなりゃこっちも自衛隊か国連軍か、人間様にもご出馬願おうかと思っていて、その辺が私に背負い得るMAX。なるようになるの行き当たりばったりに世界の命運を懸けて悪けりゃ、人形たんイチ個人に任せてんじゃねーやバーヤ。
『魔王』軍総進撃に1000は少ない。書簡で届けた通り、ジルバは侵攻に先立って敵対するマモノビトを排しようというのだ。これは戦争でなく決戦なのだ。
だったらまだ、マモノビトで何とかなる。私、まだやれます。
トレードマークの大剣を引っ提げ、魔剣士の登場は、ウカウカ浮ついていたこっち陣営を一気に張り詰めさせた。
「出迎え大義、マモノビトの諸兄諸姉」
ぐるんと大剣が宙で弧を描き、固い地面に突き立てられる。
「我らに対峙して立つ。従う意思はないと見做していいのだな?」
傍らで不良狼男の尻尾が、垂れ下がった。うん、いいよ、大丈夫。怖くて当たり前なんだから。
私は仲間達の視線を背に意識して、とことこ前に出た。
「やあ、ジルバ」
『魔王』軍の将に、こっちカシラとして対等な態度を取る。素直な武人は、意にハマって姿勢を正してくれる。
「ドロシーローズ。今日こそ決着をつけにきた」
「んー? 決着はついたと思ってたけど。大剣、新調したの?」
お前の得物叩き折ったんだぞと、キツメの刃で挑発する。
ジルバは言葉に詰まり、剣の柄を強く握り、
「……確かにお前の言う通りだ。なれば此度は剣士として胸を借りる所存」
生真面目に返すものだから、私はしなっと胸を反らし、
「私のでいいの? あんまり大きくなくって申し訳ないわあ?」
「ぬ?!」
砲弾型兜の下で、魔剣士がたじろぐ様子に、背後で仲間達がドッと沸いた。それでいい。みんな、無理しないで。でもそこにいて。前に進めなくてもいい、でも怖くてもそこにいて。できる限り、後ろには通さないから。
と、一応魔剣士に訊いときたいことがあったのだけど。
「あのー、“魔女”さーん?」
「何かしら、お人形ちゃん?」
考え直して一番常識的だろう人を呼んだ。
「何でこんなとこで戦うの? 『魔王』軍としては、物量で押し切るでも複数の場所を攻めるでも、何とでもやり様あったでしょ?」
魔女パソドブレは、人形たんと違って豊かなバストを持ち上げるよう腕を組んだ。
「フフフ……愚問ね、人形姫」
「我が『魔王』軍に、そんな賢い考えをする者がいるとお思い?!」
あー……ね。魔剣士君と獣王たんだもんね。魔女は一喝して肩を落とし、上目遣いに私を見る。
「人形ちゃん、割と切実にコッチ来てくれない? 四将やろ?」
ご苦労偲ばれますが。
「やー、申し訳ないですけど、MNBからのオファーもあって」
「え、マジで?」
お断りすると、逆に魔女が身を乗り出してきた。
「お人形ちゃん、MNBにツテあるの? じゃあ“子猫ちゃん”のサインとか手に入ったりする?」
知ってるんだ、MNB。この人ホント可愛いモノ好きだなあ。
が――……
「馴れ合いもこれまで!」
騎士団長ジルバが大剣を地から引き抜けば、兵も魔物も布陣を開く。魔女が名残惜しそうに手を振り、獣王は私に歯を剥き出してから後退する。
魔剣士が正面に振った大剣、その先へ『魔王』軍が進撃を開始する。
「剣を掲げよ! 前へ進め! 我らが主君の御旗の下に!」
「全軍、出撃ッ!」
「「「おおッ!!」」」
鬨の声、怒号、空気を震わせる。此方マモノビト、迎え撃つ構え。
ついに『魔王』軍と人類……否、人の枠からはみ出して、零れ落ちて、それでもヒトであろうとする我らマモノビトの戦端。
その火蓋を切った……と言おうとしたんだけどね。
戦場に魔剣士の号令が轟いた、次の瞬間――……どおん!
雪崩打って出る敵兵、身構える人形姫の傍らを、もんげえ火柱が突き抜けていった。海外映画で観たことのある、竜巻っていうの? アレを横倒しにして真赤に着火したみたいなのが。
え、西九条さんの吐く火ってこんなんなん?
「おや。全力で吐いたのは初めてですが、はっはっは、我ながらスゴイ」
うん……うん。ちょっとね、ローブの端っこ焦げましたからね。
あのね、戦いの火蓋を切る、というのは火縄銃の構造からの慣用句でね、切って落とすというのは誤用なんだ。切って落とすのは幕なの。けど、今のは火蓋を切って落としたね。焼け落ちた。
敵も精鋭軍、試し撃ちでやられるほど甘くはないが、出端は思いッ切り挫いた。緊急回避で布陣は総崩れだ。
「みんな行くよ! キ〇タマついてんだろ、腹括んなあ!」
「お……おおう!」
気合一声、ご自身はキ〇タマお持ちではないが肝っ玉の巨人主婦は野田の奥さん、ドヤされてマモノビトもおっかなびっくり打って出る。
それも一旦走り出すと胆が据わるものか、『魔王』軍とぶつかるマモノビト、誰も前へ前へと、一歩も退かない。人はそれをヤケクソとも云う。
彼方、剣に槍に鎧兜、武器防具に身を固めた戦士。此方……うん、現代日本にも武器屋ってあってさ、ホームセンターっていうんだ。ゾンビが出ても、だいたいの装備はそこで間に合うんだ。けど。
「ふんならコラこそがあ!」
「ごふッ!」
ドエライ気合いで、我が軍のオーク氏がぶん回し、敵騎士の脇腹にブチ込んだ武装は、ご存じ“バールのようなモノ”。
どうやら我が軍の主力装備はソレらしい。防具はヘルメットだ。軍隊でもショベルが近接武装として採用された歴史もあると聞く。攻撃力はバカにできない。
長さ1メートルの、先の尖った鉄の棒が、ホムセンで1500円だからな。明らか“どうのつるぎ”より安くて強い。勇者も最初の町でまずこれ買えばいいよ。バールでスライム殴る絵面はカオスだけどな。
西九条さんの先制砲火で、戦局が乱れたのは、素人寄せ集めのマモノビト軍には良かった。『魔王』軍の統率が乱れるほどに、付け入る隙も生まれる。
私は“全身転移”で戦場を俯瞰する高さまで“跳”んだ。
「おおっ、お人形さんが!」
「姐さんが飛んだー!」
いや、カッコつけて落ちてるだけだ。足元の歓声に苦笑しつつ、戦況をできる限りつぶさに見て取る。ついでに勝手に士気が上がるなら、それはそれで。
オーク、コボルト、亜人に獣人。多様な姿のマモノビトのフレンズ。敵陣営にも亜人や魔物はいて、混戦になるほどもう判別つかねえなって、あっ、ウチの子が危ない!
「覚悟……うわっ?!」
『魔王』軍騎士が振り翳した剣を突如弾き飛ばされ、驚く。ふう……やれる範囲は“空間転移”で援護するけど、さすがに全部は拾えないぞ。
私は戦場のある一点を目指している。
戦略的に、少しでも仲間が傷つかない内にそこへ行きたい。けど戦術的には、できる限り仲間が傷つくのを助けたい。“全身転移”を刻み、“空間転移”を放ってはまた“跳”ぶ。
任務は遂行する、仲間は守る、両方やらなくちゃならないのがツライところ。全てを抱えるのは当然無理で……
戦場に、仲間達の血が流れ始めている。
「わあっ!」
「大丈夫ですか!」
「気張れぇみんなあ!」
目に飛び込む赤い色のひとつひとつが、私の心を苛む。
マモノビト達、戦闘術は『魔王』軍兵には及ばないものの、基礎体力と耐久力では魔界人を上回り、案外善戦してくれている。
「どっせーい! 邪魔おしでないよおっ!」
「うわああああっ?!」
野田の奥さんが、どっから調達したのか、丸太をぶん回して敵の兵士を数人まとめてぶっ飛ばした。丸太、丸太なあ。某漫画最強武器のそれは、巨人が振り回せば問答無用の破壊力だ。けど、野田の奥さんも、無傷ではない。
私だってこれまでの戦いで傷ついてきた。だけど魔法人形は、どれだけ傷ついても血は流れず痛みも感じない。だったら自分が盾になれば、と思うのはたぶん戦略的には正しくない。
だから私は矛になる。ゴメンみんな、死なない程度に傷ついて。最終的に流れる血の総量が少なく済むようにする。カラダ、痛覚ないけど、心は痛い。
そう思って飛ぶ足元で、骸骨戦士の顔面を敵の横薙ぎが直撃した。ぱっこーん、頭蓋骨が吹っ飛んだ。
「肥後橋さーん!」
「あ、大丈夫です」
仲間の悲鳴。地に落ちたされこうべの返事。カラダの方がとっとっとっと駆け寄って、頭を拾ってカコンと嵌め込んだ。
ん。彼には親近感を覚える。
と――……バサッ。
不穏に風を撃つ、不意に耳朶を叩く音には聞き覚えがあった。
私の空中移動を阻み、ぶわっと視界をふさぐ黒く巨大な塊。白磁の肌には出ないはずの汗が、背中を伝うような錯覚がした。




