75.針の最後の四半周
運命の時まで、15分を切った。
「……あれ、お前達?」
なおも集まってくるマモノビト達の中に、私は見覚えのある顔を見つけた。
「あ、ちーす!」
「ども、姐さん!」
人を掻き分けて来たのは、人狼にゴブリンに鳥の獣人の3人組。絵里香がそっと私を挟む位置に移動したのは、以前娘を攫ったあの不良マモノビト達じゃないか。
「お前達も来てたのか」
「あー、いやー」
リーダー格の狼男が、突き出た鼻先をぽりぽり掻いた。
「俺らっスね、テレビで前に姐さんが戦ってるとこ観てたんスよ。あのガチヤバの鎧野郎にバチッとリベンジ決めッとこ」
「マジかっけぇーかったス、姐さん!」
「んで仲間のマモノビトが駆けつけるとか、展開アツ過ぎっしょお!」
ゴブリンと鳥人間も身を乗り出す。んー、語彙力。でもまあ、連中の仲間意識的な気持ちは伝わってくる。
「パンチラあざーした!」
「100回保存しました! マジエモかったっス!」
うん、それは消せ。さもなきゃ消すぞ、お前ら。
少し真顔になってると、人狼が少し情けない顔で笑った。
「そんで、俺ら思ったんスよ。テレビ観ながら」
「何で俺ら、あそこにいねーんだって」
そこで3人組、手に手にスマホを取り出してきて……鳥人間、羽で器用にスマホを持つんだな。
「したらツイッターでマモノビト召集回ってきて」
「これは汚名挽回っしょー」
「やるっきゃねーッスよ、姐さん」
待て。それは何か、オッサンを泣かせるやつか。
まあ、こいつらはバカだ。汚名を挽回してどうする。バカだから、下手にチカラを持っちゃうと、持て余して変な方向に行っちゃうんだ。
根は悪い奴らじゃない。だったら今日ここから歩き直せばいい。
そこで私は、少々口調立ち姿に人形味を利かせて、
「時にお前達。我がマスターの顔は覚えていようか?」
薄紫の視線で示し促すと、3人組はハッとして地面に片膝をついた。
「暗黒魔女の姐御……!」
「暗黒魔女の姐御……?」
弟の前でやらかされ、絵里香は鼻からブスンと息を漏らした。
だが強さとは折れぬ心だ。絵里香は右手を眼前に腰をひねり、見事“我、漆黒の堕天使なり”のポーズをしてのけた。慎太郎の前で。
「久しぶりね、我が卑しき下僕達」
「ねーちゃん?」
「Anego―!」
私は気づいている、絵里香の震える肩と表情筋。ヤバい、面白過ぎる。
まあ、娘を追い詰めるのは本意じゃない。
「お前達。『魔王』軍が現れれば、私は主戦力として前線に出る」
凛と言い放ち、ふっと儚く。ぐっと釣り込まれた人狼達に、練習済みです、寄る辺なく視線を伏せてみせる。
「私の代わりに、マスターを守ってはもらえないだろうか……?」
かーらーのー上目遣い。しん、と静寂。かーらーのー。
「お任せくだせえー!」
「命に代えましてもー!」
「あ、そこの男の子、マスターの弟さんなので」
「合点承知だー!」
熱風! 計画通り! わっふーわっふーな3人組は、左右の大マモノビトにも物怖じしないで、
「ドラゴンさん、よろしくオナシャース!」
「はい、こちらこそ。頼りにしますよ」
「巨人のオバサンもオナシャース!」
「あっはっは、お姉さんと言いな!」
可愛がられるなあ。お二人には子どもか孫の年頃だしな。
「ヨロシクゥ。弟クン、久しぶり。俺らに任せといてね!」
「あ、オナシャース」
圧倒された慎太郎に、微笑みながら片目を閉じてみせる。
「これが“人を動かす”ということだ」
「カーネギー、とかだっけ?」
「若い頃に一度読んどくといいぞ」
そして、もう間もなく私が走るだろう戦場を眺める。思いをつなげて、ちょっと言葉を演じて、“人を動かす”とどうなる?
きっと“道は開ける”のさ。
時計の針がまた少し、刻限に近づく。
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正午まで、10分を切った。
私は戦場にいるただ二人の人間、輪の外で見守る警察や報道陣とは違い、戦いの場所に立つ絵里香と慎太郎を振り返った。
「とうとうこんなとこまで、ついて来てしまったな」
子ども達は顔を見合わせて、
「姫」
慎太郎が一歩前に出て私と肩を並べた。
「オレは、お嬢様砲の弾くらいにしか役に立てないけど、ホントはもっと姫の力になりたくて……オレに、もっと力があれば……」
「チカラが欲しいカ?」
ホンットにね。いい場面になりそうなんだから、出てこないでDr。願いも虚しく、Drは魔法薬のアンプルを差し出す。
「3000倍になる薬ダ」
「何がだ?!」
「飲む」
「ダメ、絶対!」
「有効成分タイマニン、3000mg配合」
「ヤメろっつってんだろうが!」
Drはしれっとした顔で、更に二つ小瓶を取り出した。
「ソレは冗談デ、コレは魔力の回復薬ダ。前もって飲んでおけバ、お嬢様砲10発分くらいにはなル」
助かる。けど前振りのせいで、それさえも夜の活力剤的な意味に聞こえるぞ。
「ユピテルエンペラーリキッド。高級品ダ」
「誰彼なしにケンカ売るのはDrの良くないとこだぞ」
シリアス絶対殺すマンのせいで、結局最後の最後までこうだ。
「もう一本あルゆえ、お守りに持っておケ。本当は続けて飲ムのは体に良くナイのだガ、魔法人形には関係あるまイ」
ん、それはありがとう。
けど、そんないつもの空気がすっかり、陶器の胸の内から不安や焦燥を押し流してしまった。Dr、それはありがとうとは言わないけどな。そして……
「慎太郎、絵里香も。大丈夫、じゅうぶんだ。お前達がそこにいるだけで、じゅうぶん私のチカラになってくれている」
二人は驚いて私を見たが、こっちの方はきちんと言葉にしておきたかった。フッと笑ったDrも、さすがにこれ以上家族に残された時間に割り込むのは自重した。
最後の最後の最後で、ちょっといい場面感を取り繕ったかな。
ぐっと呷った魔法薬は、まんまエスカップの味がした。
私に残された時間が尽きた。彼方で――……空間が歪んだ。




