73.届く、届け
ここは魔界――……
『魔王』軍が三将、軍略会議の席である。
「え? 宣戦布告の手紙をボンダンスに出したの?」
魔剣士ジルバの言葉に、魔女パソドブレは玉虫色の目をパチクリした。
「それが何か?」
「いえ、コッチが何してんだと訊きたいのよ」
怪訝そうにする魔剣士に、魔女が広げた異世界の地図を指で叩く。
「今回は戦略的侵攻よね? だったら拠点を強襲で叩くとか、三将同時多発で戦端を開くとか、あるじゃない? 野っ原に敵味方集めてヨーイドンで始めるとか、しかも何でそれ相手に伝えちゃうワケ?」
魔女の指摘はもっともだ。それでは作戦もあったものではない。
しかし魔剣士、地図にバン!と手を置いて答える。
「騎士たる者、その様な姑息な戦い方はせん」
「えー……?」
パソドブレの困惑も何のその、ジルバは堂々と胸を張る。
「次の出撃の眼目はマモノビトの殲滅にある。宣戦布告でひとところに集め、千の精鋭を以って一気呵成一網打尽にする。これに後顧の憂いを断ち、我ら『魔王』軍の人間界侵略が成ろうというものだ」
魔剣士自信満ちた一席に、さっきから退屈そうに小さい魔物の骨を机に並べていじっていた、獣王パチャンガが顔を上げた。
「いいな! パチャンガ、そういう戦争好き!」
「うむ。獣王、今度こそ正面から奴らを打ち破ってくれようぞ」
「おー! パチャンガ、ジルバも好き!」
「あーね……」
魔女は思った。この子達、戦争を履き違えている。
あのね、そうじゃないの。
戦争って、軍隊と軍隊が正面衝突して、勝った負けたってものじゃないの。虚を突いて砦を焼き、補給を断って、詰めていくものなの。そもそも指揮官が先陣切って攻めてくものではないのよ。
ジルバとパチャンガは年若く、団長を代替わりしてからの経験が浅い。その上二人とも直情だから、戦いとなれば自分が得物を取って走りそうとする。あのね、違うの。指揮官は、戦うんじゃなくて采配を揮うのが仕事なの。
戦場駆けまわって敵を倒しまくる武将って、アッチの世界のテレビゲームの、何とか無双じゃないんだからさあ。
しかし魔女は、妖艶の美貌に慈しみの笑みを浮かべた。パソドブレは常々、この同僚達にママみを感じている。
(真っ直ぐに育ったわ、ウチの子達。実の息子は、ぐにゃんぐにゃんに曲がって育っちゃったけど)
まあ、あまり子育てに関わってきた母親ではなかったわ。けど。
(この子達の笑顔は守ってあげたい)
それで『魔王』軍の会議は、だいたいいつも魔女のこの言葉で締め括られるのだ。
「んー……じゃあそれで」
**********
ここも魔界――……
私は例によってここにいる。Drの工房だ。それも後何回かかもしれないと、私が考えていることを、一緒にいる絵里香と慎太郎は知らない。
ジルバから宣戦布告の手紙が届いた。
Drからの一報で、駆けつける私に子どもらがついてきた。ちなみにクロは、慎太郎が来ると聞くや“全身転移”で逃亡したそうだ。
Drから渡された書簡は、中世っぽい、革っぽい、公式感のある、丸めた筒状に封蝋を捺したやつだった。これが羊皮紙ってやつかな、実物初めて見るな。魔界に羊はいるのかな。じゃあこれは獣皮紙かもしんないな。
周りに促され、書簡の封を切る。
時にこの封蝋。カッコいいんだよなー。前にAmazonでセットを見て、いや使わないんだけど、ちょっと欲しくなる……え、手紙読め? はいはい……
[花の盛りも過ぎ、初夏の気配が漂い始めました。その後いかがお過ごしでしょうか。ドロシーローズ様、並びにご家族の皆様にはますますご健勝のことと、まずはお喜び申し上げます。
さて、我ら『魔王』軍は此度満を持して人間界を侵攻するに先立ち、マモノビトの諸兄と決着をつけたい所存にございます。つきましては日は〇月〇日、時は正午、所は〇〇〇〇。この佳日にドロシーローズ様ならびにマモノビトの皆様にお運び頂きたく存じます。
魔界と人間界の存亡を決する一戦でありますれば、万難を排してのお運びを切にお願い致します次第にございます。
皆様の更なる発展をお祈りして。『魔王』軍騎士団長ジルバ拝」
うん、頑張った。頑張ったね、ジルバ。獣皮紙にたどたどしい筆跡の、日本語と漢字。涙ぐましいよ。けどその努力ができるなら、こんなビジネス書式で最終決戦の日時を伝えられる私の気持ちにも、忖度してほしかったな。
けど……文面はどうあれ、これは『魔王』軍からの正式な宣戦。決戦への秒読みがついに始まった。
「5日後、カ」
そう。もう1週間切っている。
この戦いに、『魔王』が出張ってくるかはわからない。どうせこちらは受け太刀。私にできるのは、来る者を迎え撃つのみ。殴って、殴って、魔界の冷たい風を、こっちの世界に引きずり出すまで。
何なら全員ぶちのめし、魔界に攻め込んでもいいんだぞ。
そこでふと、Drに問うてみた。
「ここって魔界なんだよな?」
「ン? あア、ココの二つ手前の扉までは人間界、ソコからコッチは魔界の吾輩の工房ダ」
これを聞いて、絵里香と慎太郎が愕然とした。
「ええっ?!」
「は? ここ魔界なの?」
ふふふ、そーなんですよー。君達、知らない間にもう何度もプチ異世界転移を体験しちゃっているのです。
私は重ねて、Drに問う。
「ここから地続きに『魔王』んとこに行けたりする?」
「エ?!」
Drがギョッとして、虚空を見つめ、首を縦に振った。
「アー……ウン、行けル。行けるナ。吾輩の屋敷はチョット郊外にあるガ、『魔王』城まで2日もあれバ」
あー、行けるかあ。でもまあ……ヤメとこ。
道はここからでもある。今はそうと知っただけでいい。ジルバの騎士道精神じゃないけれど、向かい来る運命をきちんと受け止めて戦いたい。
甘いかもね。自分勝手かもしれない。だけど私は、私がいなくなった後で、私が最後まで真っ当に戦ったと誰かに覚えていてほしい。
それが私の、最後のエゴだ。
Drが人形姫の肩に、両手を置く。
「5日。吾輩、貴様を最高の状態に調整してやル」
ああ、一番いいのを頼む。
「大丈夫ダ、問題ナイ」
フラグを立てんなって。
絵里香と慎太郎も、左右から私の手を取る。
「姫」
「その私達も」
ああ、その場にいたいな。この期に及んで来るなとは言わない。傍にいて、私の戦いを見届けてくれ。
何があっても、お前達はこの手で守るから。
マモノビトDMコミュニティにも、情報共有しておこう。その先、私とつながる誰かがつながる誰かの先まで、届いてくれるように。
MNBのプロデューサーにも、当日にリークしてやろうかな。その先、私が生き残れたら、アイドルやってもいいな。どこまでも、つながっていけ。
扉を二つ、異世界から人間界の診察室に戻る。
Drが点けっぱにしてたテレビで、知識人のコメンテーターなる人達が、『魔王』軍侵略に際しての自衛隊出動の是非を、喧々諤々話し合っている。
いいよ、あなた方はそこにいて。私は先に行くよ。血の通う世界は、血の通わない人形と、血も涙もない『魔王』でケリをつける。
私がやるから。あなた達はそこで見ていて。
Drは呆れ顔をテレビから振り向かせ、
「茶でも飲むかネ?」
「変な薬盛らないなら」
余計なことしなけりゃお貴族サマのDrが淹れるお茶は美味しい。私達は来る5日後のことには触れず、しばし他愛のないおしゃべりをしていた。
私の右手が“空間転移”をして、落ちるカップを受け止めた。
それから慎太郎の腰が、テーブルにぶつかった。かちゃんと茶器が揺れ、高価そうなカップが落ちて、床で割れた。いや、割れなかった。カップが割れるのを見て、私が咄嗟に受け止めたからだ。
……あれ? 何か時系列おかしくない?
腑に落ちない思いでカップをテーブルに戻す私を、Drがじっと見ている。
「貴様、今ドコに手を伸ばしタ?」
え? その、落ちて砕けたカップが、落ちる前に……んん?
「“空間転移”……イヤまさか“ 転移”カ……?」
Drは額に指を当て、人形姫の手を凝視している。
え、私はどこに手を伸ばし、何をつかんだの?
「貴様、“空間”のみならズ、“ ”を“転移”することガ?」
え、ええ? よくわかんない!
ただ……私は、手の届く限り全てをつかみたい、取り零したくないと、大それた望みを胸にしている。その思いが、人形の能力を、その先へ。
目が届く限りの、その先まで。
短過ぎるこの腕に“ ”さえも超えさせるのから、或いは――……




