07.『人形』、病院に行く
私は慎太郎を伴い、最寄りの総合病院に向かっている。
モンスター化した人間は被害者。そう報じられても、そう聞いた人達の感情がどこまで追いつくものか。
私は黒装束のフードをすっぽり被り、その上から慎太郎のシャツを被せられ、おまけに抱きかかえられるようにされている。
「心配すんな、姫。オレが姫を病院まで連れていく」
「……うん。ありがとう、慎太郎」
そう受け応えたが、私が真に心配しているのは我が身より、ヒロインに寄り添うナイトを自己投影しているお前のことだぞ、息子よ。
見た目はお人形さんだけど、私、お父さんだからな?
道行きを急ぎつつ、ふと私は疑問を口にした。
「これって、日本だけのことなのかな?」
「ニュースでは海外でもってことは言ってなかったけど」
「よりによって、なぜ日本で……」
私が嘆息すると、慎太郎はちょっと考えて、
「んー……たまたま、魔界と人間界がつながった“ゲート的なの”が日本だった? よくある話じゃん」
「それはご都合主義の設定だろ」
「けど、『魔王』がこっちを下調べしてんのなら……」
「海に囲まれて、人が多くて豊か。太平洋バックに左へ左へ大陸攻めていける、占領に手頃なサイズの島国。侵略の足掛かりにはベストなんじゃん、日本」
私はフードとシャツの下から、息子の横顔を見た。
「理に適って聞こえるな」
「『魔王』の城は、見えてても行けない島がお約束だかんね。勇者が来るのは空飛ぶ乗り物ゲットする終盤だよ」
最後は茶化したが、慎太郎も絵里香も、私には及ばない洞察を口にして驚かせてくれる。
こんなことに、こんな姿にならなければ知る由もなかった我が子の成長に、複雑な思いをさせられる。
と、慎太郎がニッと笑った。
「それか、案外こっちの世界を調べるのにライダーか戦隊でも観て、悪の組織として日本に狙いをつけたんだったりして」
「ははは、まさか」
そんな軽口を叩いていると、遠くに、病院の建物が見えてきた。
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到着した病院は、まさしく戦場だった。
この地域だけでも、相当数の人々が魔物に変えられたのだろう。ガラス張りの向こうのロビーの混乱に、立ちすくむ少女人形の肩を、同じく映る少年の鏡像が抱き寄せる。
「行こう。姫も診てもらわないと」
「……うん」
ふふ、ありがとう。慎太郎、お前さ、いつかちゃんとカノジョができたら、頼りになるナイトになれるよ、きっと。
足を踏み入れた待合ロビーには、ゴブリン、オーク、リザードマン……ゲームではお馴染みの雑魚キャラの皆様(失礼)が、お行儀よく長椅子に掛けている。
巨人族になった人など、座高が天井に頭を擦りそうだ。
……自分を棚に上げて、やはり異様な光景だ。
私は……自分を差別心の少ない人間だと思っていたし、人の親としてそうあろうと自身を律しているつもりだった。だが、しかし。こうして魔物になった人々を目にすると、怖いし、家族に近づいてほしくないと思う。
それは人として恥ずべき、しかし真情の心情。未知なるモノは怖いのだ。
異なるモノを忌避排他する当然の本能と、受け入れる必然の理性の間で、人は問いを突き付けられるのだ。お前はどちら側の人かと。
その問い掛けを、答えるのではなく答えられる側に立って、今更に立ち尽くす。人と魔物の、当然と必然、答えるのは私ではない……
茫然とする私に気づき、看護師さんが一人慌ただしげに近づいてきた。
「そちら様も、姿の変わられた患者様で……って、あらっ?」
「はあ。まあ、そうなのですが」
私を見て眉を顰めた看護師さんに、肩をすくめるよう会釈する。「姿の変わった」、か。まさか「魔物になった」とも言えまいし、対応する医療関係者も大変だな。
たぶんそのうち誰かが、適切な表現を作ってくれるのだろうが……
そう思いながらフードを下ろした人形に、看護師さんは目を丸くした。
「このような有り様で」
「初めてのタイプの患者さんだわ」
驚かれても無理はない。待合の魔物達もそれぞれに個性的な姿になっているが、私のようなモノは見当たらない。
彼らの視線さえ好奇の色で、私に集まってくる。
しかしさすがは医療従事者。看護師さんはすぐに職業的姿勢を繕った。
「失礼しました……当院では現状、不調のある患者様の受け入れと検査、それ以上の対応の目途は立っておりません」
繰り返して半ば定型化した文言が、人形と寄り添う少年のどちらにしたものか、戸惑いながら口にされる。
「その……人間でない患者様の診断を、どう判断したものかも判断ができず……その、ぶっちゃけ、あなたのおカラダでは診断ができるものかもどうか……」
ぶっちゃけられた。
考えてみれば。
モンスター化した人々が出現したのが、数時間前。治療は元より診察さえままなるまい。それでもせめて生き物ならできることもあろうが、私は無機物、モノ。オモチャ屋に持ち込んだ方が手の施しようがありそうだ。
現時点、自覚する不調もない。うん。何をしに来たのか。
……帰るか。慎太郎にそう言おうとした、その時だった。
「ならバ貴様は、吾輩が診てやろうウではないカ!」
耳を疑う台詞に振り向くと、そこには口振りに劣らぬ尊大な笑み浮かべた青年が、偉そうにそっくり返って立っていた。
後ろで緩く束ねた金髪、色白で整った顔立ち、白衣を纏っているところまでは、ぎりぎりイケメン外国人医師に見えないこともない。
が、白衣の下に光沢のあるシャツと、襟元に派手なスカーフ。左目に片眼鏡とそれを囲う幾何学的な刺青。お医者様にしては、お洒落の方向性がエキセントリックに振り切れている。
そして何より、信じられないくらい深い紫の瞳。
その目を見た瞬間、私の“カラダ”が怯えるようにビクリと震えた。私の心とは無関係に、カラダが呪縛される……!
この男、ヒトではない……?
魔物にされた人間とも違う、おそらく、『魔王』の世界に属する者。所謂、“魔族”とかいう存在ではないか……?
自分の意思を裏切って身が固くなる私に向かい、異装の男は悠然たる笑みを浮かべ、囁いた。
「ククク……探したゾ、『人形姫』……」




