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64.人と魔界人

挿絵(By みてみん)

 深紅の竜は、私と絵里香に慎太郎、Drを総合病院まで運ぶと、

「私は中には入れませんしな。今夜はここで」

そう言って、再び都会の夜空に巨体を浮かび上がらせた。

「安治川さん。何かあれば、まずお声掛けくださいよ」

「ありがとうございます、お願いします、西九条さん」

バッサ、バッサ。吹き降ろす風圧の中に立ち、Drが呟いた。


「人物だナ。アアいう男は魔界にもソウはいなイ」


 うん、異世界人がそう思ってくれるのは嬉しい。

 西九条さんは立派な人だ。人間で人外である私はそう思う。魔族であるDrがその人に同じ感情を見出せるのなら、もしかすると――……




 **********


「『魔王』と和解はならン」


 私の淡い希望に、太い釘が刺された。

 Drの人形工房。絵里香、慎太郎、大騒ぎしそうだから黙ってるけど、ここ、実は魔界。病院側から扉を何枚か抜けて、君達、知らない間に異世界転移しているんだよ。



 今回の戦闘での、最大ダメージは右腕の切断だ。怪我の功名、名誉の負傷。結果的にはそれが勝利の鍵になったのだけど。

「Dr、ゴメン。粗末に扱ったつもりはないんだけど……また直してと、頼んでいい……?」

それはそれ。作り直してもらった腕、ソッコーで壊してしまった。

 おずおず右手の残骸を差し出す私を、Drがジロリと睨む。首をすくめる。Drはため息をひとつついて、

「ジルバと()っテ、片腕で済んだのダ。誉めてやル」

私の黒フードに、ぽふっと手が置かれた。怒ってなかった。

「相手が相手ダ。吾輩、コレ以上の損傷も想定シ、パーツは余計に作ってあル。腕ならスグにも換装できルよ」

おお、さすがは創造主サマ。用意周到、先見の明、万全の備え。キチッと押さえるとこ押さえた上でふざけるから、そこは信頼できる。

「にしテも、思い付きで実装しタ『お嬢様(カノン)』、正解だったナ。ククク……フハハ……フーハッハッハーア! 魔剣士に勝っタ、吾輩最強♪」

ふざけた上で押さえてるから、頼りになるなー。



 切断されたのは肘の先からだったが、右腕は肩から組み立て(アッセンブリ)で取っ換えになった。

「Dr、これどうすんの?」

慎太郎が預けられたままの壊れた腕を持ち上げる。

「ム? まア、ソレは処分するしかナイ。寄越したまエ」

Drが手を差し出し、慎太郎が腕を差し出す。私はそれを見つめる……


 ふわ。壊れた腕が宙に浮かび上がった。


 慎太郎、Drその人も驚いたようだった。

「人形姫、コレは貴様がやっておルのカ?」

「新しい機器が接続されました♪」

できるんじゃないかな、とは思っていたんだ。

 私は、魔法人形(わたし)のカラダを認識の糸でつないでいる。この戦いでこのことを、体験と体感で認識のレベルを上書きした。

 切り落とされた右腕(わたし)も“私”なんだ。まだ動く。まだ戦える。壊れた腕が動くなら、私はバラバラになっても、それでも戦い続けられる。自分でもういいと、心の糸が切れるその時まで。


 壊れた腕を宙に動かす私に、Drが言った。

「なるほド。人形姫、イヤ、その内なル人間よ。貴様は既に、作り手であル吾輩以上に『人形姫』のスペックを知リ、引き出し得るのやも知れン」

深紫の視線が、薄紫の硝子を鋭く見る。

「だガ、人形姫。ニシクージョの上でも言ったガ、どれホド強くなっタとシテも、『魔王』を“倒して済ム”と思っておルなら考えが甘いゾ?」

慎太郎の腕の中に、壊れた腕をぽとんと落とす。取り落としそうになって慌てている。



 Drは少し黙って、考えている様子だったが、

「……フン。コノ吾輩が本音で話してやル。心しテ拝聴するが良イ」

不承不承、或いは照れているようでもいて、Drは愛用のソファにどかっと腰を下ろした。

 足を組み、肘掛けに腕を乗せ、手首で顎を支える。必要以上なまでにポーズ作るなあ。

「時に……吾輩と貴様らは友人(・・)かナ?」

私達3人に、魔界人から問いが投げられた。

「え、友達じゃん?」

慎太郎は素直だ。

「私はできれば友達以上が///」

おとーさん許しませんよ、絵里香?

 私は自分自身の本心に問い掛けながら、

「そうだな……イマイチ信用ならない人だ、アンタは。でも何だかんだで私を何度も助けてくれた。子ども達のことも」

答えの言葉を選んだ。


「友達、かどうかはわからない。けど、私はDrが割と好きだよ」


 Drが一瞬微笑んだ、気がしたが、確かめる前に上から目線で睨まれた。

「その答エ、魔界人の気には入らんナ」

冷たい口振り、けどちょっとワザとらしく聞こえる。じっと見てると、Drは咳払いして足を組み替えて、

「わかっタわかっタ。諸君らのご厚情、有難ク頂戴しておこウ」

降参のポーズでDrが苦笑した。

 Drはソファで前屈みになり、膝の上で指を組んだ。組むの好きだな。

「さテ。吾輩は、吾輩が認めた者と懇意にすルに、相手が人間であるコトなど些事だと考えル。だガ魔界一般的な尺度だト、コレは異端の考え方。魔界人は基本コチラの人間が嫌イだからナ」

「基本嫌われてるんだ」

「まア、一般的な人間がヘビやサソリを嫌う程度に嫌っていル」

蛇蝎の如くってな、ほぼMAXだぞソレ。


 と、ここでDrは額に指を当て、

「マ、合理的思考を持つ科学者であル吾輩なればコソの、極めテ革新的(リベラル)な姿勢だと言えルであろウ」

気持ち良さそうに抜かりなく自分アゲするDr.ボンダンスの顔を……



「へえ? Drってカッコいいんだねえ」



 ゴロンとDrの膝に頭だけ転がして、下から見上げてやる。

「のわっ?!」

これにはDrも腰を浮かせた。やった。

「何をするカ、心臓に悪いワ!」

「カッコつけて決め顔してるから」

私は頭の方にカラダを呼んで、Drのお膝に着席の体勢を取った。

「だから何するカ」

「いいじゃん。話長そうだし座らせろ」

見た感じ、お父さんと娘さんみたいだし。

「ちょっとベア子、何してんの?」

あ、ちょっとお父さんの娘さんの孫娘が不機嫌。仕方ないな。


 “空間転移”で絵里香の手を握って、

「じゃあ代わる?」

「へえっ?」

次の瞬間、私は絵里香のいた慎太郎の隣にいて、絵里香は私がいたDrの膝の上にいる。

「へ? ……うええええっ?!」

はい、イッツ・アン・イリュージョン。

 別に新しい技ではなく。人形姫は“空間転移”先で触れたモノを、空間を超えて引き寄せることができる。絵里香を引き寄せ、同時に“全身転移”で場所を入れ替わっただけだ。


 娘はDrの膝でアルデンテ。私は息子に、

「慎太郎、そこの椅子に座って」

「え?」

「いいから」

言われるがまま慎太郎が座る、その上に座る。

「……えっ?」

「いいから」

見た感じ、お兄ちゃんと妹さんだから。

「あ、お尻固え」

「下りようか?」

「いえ、どうぞご遠慮なく」

フンと鼻を鳴らし、ホントに遠慮なく背凭れ(・・・)にふんぞり返る。



 Drはさりげに絵里香の背を支えつつ、私をまじまじと見る。

「貴様、少し性格が変わっタんじゃないカ?」

「変わりもするさ、こんだけいろいろあれば」

足を組んだ私に、Drは納得顔に頷いた。

 そう言や初めて会った時に、Dr言ってたな。魔法人形(オートマタ)に人間の感覚や精神がフィードバックするデータに関心があるって。


 こうなる。カラダとココロが影響し合って、互いに少しずつ変えるんだ。


 私は手のひらを上に向け、クイクイとやった。

「創造主サマ、続き続き」

「創造主様より偉そうだナ」

Drは呆れながらも、

「ドコまで話したカ……ソウ。吾輩と貴様らが友人であるコトは、魔界人には受け入れ難い話ダ。だがナ……」

膝に茹でダコ乗っけてて、動じねえな、この男。

「例えバ、“魔剣士”ジルバ。アレは戦イや強さに価値を置く男ダ。戦イを通じ、力を認めルという意味で、貴様に肯定的な感情を持っておル」

あー、うん、わかりみ。奴はそういう、少年漫画の武人キャラを地でいく男だよ。友情がラヴに変わりつつ感まであるよ。

 Drはトントンと額を指で叩いた。

「兵士達にも、貴様らの戦イから感銘を受けた者はいようナ。魔女……母上は蒐集家として『人形姫』に執着があル」

お祖母ちゃん……

「獣王は、ライバル心だろうカ?」

何のだよ、とはツッコまないぞ。



 Drは深い紫の視線を薄紫の硝子の目に重ねた。

「良いカ、『人形姫』。魔族が人間に持つ嫌悪は、敵対国の国民への悪感情ダ。根深い反面、漠然としテもいル。

 慣習や教育に与えられル思想は、頭で考えるモノ。個人的感情と比べて具体性がナイ。そもそもコレまで人間を実際に見たことのあル魔界人はいなイ。知りもせン相手を心から憎める者は、ソウはおらンよ」

おー……科学的思考の合理主義者の鮮やかな論説。ストンと納得し……かけて、うん? いつだったかみたいに、詭弁で揶揄(からか)ってないよね? よね?

 今回はちゃんと真面目な話だったらしく、

「吾輩が言いたイのは、形こそ様々だガ、魔界人にも人間に対して好感や共感は持ち得ル、というコトなのダ」

Drは私に向けて、

「コレ、魔族(ヒト)に言うナよ? 怒るからナ」

これまでより一歩、本心に近い場所で笑い掛けた。


「魔族と人間は何も変わらヌ。ソレが二つの世界を観測しタ、吾輩の結論ダ」


 その言葉を聞き、私は手を“跳”ばして、Drの頬をつねった。

「痛っ。何をするカ?」

「ドヤ顔でイイこと言ってるから」

けど……それってこの戦いを終わらせる答えじゃない? 人間と魔界人がわかり合えるなら、この戦いの結末に、微かな光が見えるような――……



 しかしここでDrがちゃぶ台をひっくり返した。

「と、ココまでを前提として言ウ。『魔王』とは何がどうあっテも理解(わか)り合うコトはできンのダ」

おっと。希望の光が遠ざかった。

「『魔王』だけは違ウ。陛下は如何なるコトがあろウと、人間と和解(わか)り合うコトはしなイ。イヤ……不可能な(できナイ)のダ」

科学的思考者の断言。

 私が二の句を継げない横から、慎太郎がおずおずと、

「やっぱ、『魔王』って血も涙もない、冷酷非情な感じ?」

「そりゃ貴様、怖くナイ『魔王』なんてギャグ漫画だろウ」

Dr、こっちで漫画とか読んでんのかな?

「ふム……この機会ダ。『魔王』のコトを話そうカ」

「ひゃっ?」

Drは絵里香を持ち上げて、足を組み替え、また膝に下ろした。


「『魔王』とハ――……」



「いうマデもなく魔族の王という“地位”ダ。そしテ同時に、オークやゴブリンという言葉と同様、“種族”の名称という意味もあるのダ」




挿絵(By みてみん)

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