64.人と魔界人
深紅の竜は、私と絵里香に慎太郎、Drを総合病院まで運ぶと、
「私は中には入れませんしな。今夜はここで」
そう言って、再び都会の夜空に巨体を浮かび上がらせた。
「安治川さん。何かあれば、まずお声掛けくださいよ」
「ありがとうございます、お願いします、西九条さん」
バッサ、バッサ。吹き降ろす風圧の中に立ち、Drが呟いた。
「人物だナ。アアいう男は魔界にもソウはいなイ」
うん、異世界人がそう思ってくれるのは嬉しい。
西九条さんは立派な人だ。人間で人外である私はそう思う。魔族であるDrがその人に同じ感情を見出せるのなら、もしかすると――……
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「『魔王』と和解はならン」
私の淡い希望に、太い釘が刺された。
Drの人形工房。絵里香、慎太郎、大騒ぎしそうだから黙ってるけど、ここ、実は魔界。病院側から扉を何枚か抜けて、君達、知らない間に異世界転移しているんだよ。
今回の戦闘での、最大ダメージは右腕の切断だ。怪我の功名、名誉の負傷。結果的にはそれが勝利の鍵になったのだけど。
「Dr、ゴメン。粗末に扱ったつもりはないんだけど……また直してと、頼んでいい……?」
それはそれ。作り直してもらった腕、ソッコーで壊してしまった。
おずおず右手の残骸を差し出す私を、Drがジロリと睨む。首をすくめる。Drはため息をひとつついて、
「ジルバと戦っテ、片腕で済んだのダ。誉めてやル」
私の黒フードに、ぽふっと手が置かれた。怒ってなかった。
「相手が相手ダ。吾輩、コレ以上の損傷も想定シ、パーツは余計に作ってあル。腕ならスグにも換装できルよ」
おお、さすがは創造主サマ。用意周到、先見の明、万全の備え。キチッと押さえるとこ押さえた上でふざけるから、そこは信頼できる。
「にしテも、思い付きで実装しタ『お嬢様砲』、正解だったナ。ククク……フハハ……フーハッハッハーア! 魔剣士に勝っタ、吾輩最強♪」
ふざけた上で押さえてるから、頼りになるなー。
切断されたのは肘の先からだったが、右腕は肩から組み立てで取っ換えになった。
「Dr、これどうすんの?」
慎太郎が預けられたままの壊れた腕を持ち上げる。
「ム? まア、ソレは処分するしかナイ。寄越したまエ」
Drが手を差し出し、慎太郎が腕を差し出す。私はそれを見つめる……
ふわ。壊れた腕が宙に浮かび上がった。
慎太郎、Drその人も驚いたようだった。
「人形姫、コレは貴様がやっておルのカ?」
「新しい機器が接続されました♪」
できるんじゃないかな、とは思っていたんだ。
私は、魔法人形のカラダを認識の糸でつないでいる。この戦いでこのことを、体験と体感で認識のレベルを上書きした。
切り落とされた右腕も“私”なんだ。まだ動く。まだ戦える。壊れた腕が動くなら、私はバラバラになっても、それでも戦い続けられる。自分でもういいと、心の糸が切れるその時まで。
壊れた腕を宙に動かす私に、Drが言った。
「なるほド。人形姫、イヤ、その内なル人間よ。貴様は既に、作り手であル吾輩以上に『人形姫』のスペックを知リ、引き出し得るのやも知れン」
深紫の視線が、薄紫の硝子を鋭く見る。
「だガ、人形姫。ニシクージョの上でも言ったガ、どれホド強くなっタとシテも、『魔王』を“倒して済ム”と思っておルなら考えが甘いゾ?」
慎太郎の腕の中に、壊れた腕をぽとんと落とす。取り落としそうになって慌てている。
Drは少し黙って、考えている様子だったが、
「……フン。コノ吾輩が本音で話してやル。心しテ拝聴するが良イ」
不承不承、或いは照れているようでもいて、Drは愛用のソファにどかっと腰を下ろした。
足を組み、肘掛けに腕を乗せ、手首で顎を支える。必要以上なまでにポーズ作るなあ。
「時に……吾輩と貴様らは友人かナ?」
私達3人に、魔界人から問いが投げられた。
「え、友達じゃん?」
慎太郎は素直だ。
「私はできれば友達以上が///」
おとーさん許しませんよ、絵里香?
私は自分自身の本心に問い掛けながら、
「そうだな……イマイチ信用ならない人だ、アンタは。でも何だかんだで私を何度も助けてくれた。子ども達のことも」
答えの言葉を選んだ。
「友達、かどうかはわからない。けど、私はDrが割と好きだよ」
Drが一瞬微笑んだ、気がしたが、確かめる前に上から目線で睨まれた。
「その答エ、魔界人の気には入らんナ」
冷たい口振り、けどちょっとワザとらしく聞こえる。じっと見てると、Drは咳払いして足を組み替えて、
「わかっタわかっタ。諸君らのご厚情、有難ク頂戴しておこウ」
降参のポーズでDrが苦笑した。
Drはソファで前屈みになり、膝の上で指を組んだ。組むの好きだな。
「さテ。吾輩は、吾輩が認めた者と懇意にすルに、相手が人間であるコトなど些事だと考えル。だガ魔界一般的な尺度だト、コレは異端の考え方。魔界人は基本コチラの人間が嫌イだからナ」
「基本嫌われてるんだ」
「まア、一般的な人間がヘビやサソリを嫌う程度に嫌っていル」
蛇蝎の如くってな、ほぼMAXだぞソレ。
と、ここでDrは額に指を当て、
「マ、合理的思考を持つ科学者であル吾輩なればコソの、極めテ革新的な姿勢だと言えルであろウ」
気持ち良さそうに抜かりなく自分アゲするDr.ボンダンスの顔を……
「へえ? Drってカッコいいんだねえ」
ゴロンとDrの膝に頭だけ転がして、下から見上げてやる。
「のわっ?!」
これにはDrも腰を浮かせた。やった。
「何をするカ、心臓に悪いワ!」
「カッコつけて決め顔してるから」
私は頭の方にカラダを呼んで、Drのお膝に着席の体勢を取った。
「だから何するカ」
「いいじゃん。話長そうだし座らせろ」
見た感じ、お父さんと娘さんみたいだし。
「ちょっとベア子、何してんの?」
あ、ちょっとお父さんの娘さんの孫娘が不機嫌。仕方ないな。
“空間転移”で絵里香の手を握って、
「じゃあ代わる?」
「へえっ?」
次の瞬間、私は絵里香のいた慎太郎の隣にいて、絵里香は私がいたDrの膝の上にいる。
「へ? ……うええええっ?!」
はい、イッツ・アン・イリュージョン。
別に新しい技ではなく。人形姫は“空間転移”先で触れたモノを、空間を超えて引き寄せることができる。絵里香を引き寄せ、同時に“全身転移”で場所を入れ替わっただけだ。
娘はDrの膝でアルデンテ。私は息子に、
「慎太郎、そこの椅子に座って」
「え?」
「いいから」
言われるがまま慎太郎が座る、その上に座る。
「……えっ?」
「いいから」
見た感じ、お兄ちゃんと妹さんだから。
「あ、お尻固え」
「下りようか?」
「いえ、どうぞご遠慮なく」
フンと鼻を鳴らし、ホントに遠慮なく背凭れにふんぞり返る。
Drはさりげに絵里香の背を支えつつ、私をまじまじと見る。
「貴様、少し性格が変わっタんじゃないカ?」
「変わりもするさ、こんだけいろいろあれば」
足を組んだ私に、Drは納得顔に頷いた。
そう言や初めて会った時に、Dr言ってたな。魔法人形に人間の感覚や精神がフィードバックするデータに関心があるって。
こうなる。カラダとココロが影響し合って、互いに少しずつ変えるんだ。
私は手のひらを上に向け、クイクイとやった。
「創造主サマ、続き続き」
「創造主様より偉そうだナ」
Drは呆れながらも、
「ドコまで話したカ……ソウ。吾輩と貴様らが友人であるコトは、魔界人には受け入れ難い話ダ。だがナ……」
膝に茹でダコ乗っけてて、動じねえな、この男。
「例えバ、“魔剣士”ジルバ。アレは戦イや強さに価値を置く男ダ。戦イを通じ、力を認めルという意味で、貴様に肯定的な感情を持っておル」
あー、うん、わかりみ。奴はそういう、少年漫画の武人キャラを地でいく男だよ。友情がラヴに変わりつつ感まであるよ。
Drはトントンと額を指で叩いた。
「兵士達にも、貴様らの戦イから感銘を受けた者はいようナ。魔女……母上は蒐集家として『人形姫』に執着があル」
お祖母ちゃん……
「獣王は、ライバル心だろうカ?」
何のだよ、とはツッコまないぞ。
Drは深い紫の視線を薄紫の硝子の目に重ねた。
「良いカ、『人形姫』。魔族が人間に持つ嫌悪は、敵対国の国民への悪感情ダ。根深い反面、漠然としテもいル。
慣習や教育に与えられル思想は、頭で考えるモノ。個人的感情と比べて具体性がナイ。そもそもコレまで人間を実際に見たことのあル魔界人はいなイ。知りもせン相手を心から憎める者は、ソウはおらンよ」
おー……科学的思考の合理主義者の鮮やかな論説。ストンと納得し……かけて、うん? いつだったかみたいに、詭弁で揶揄ってないよね? よね?
今回はちゃんと真面目な話だったらしく、
「吾輩が言いたイのは、形こそ様々だガ、魔界人にも人間に対して好感や共感は持ち得ル、というコトなのダ」
Drは私に向けて、
「コレ、魔族に言うナよ? 怒るからナ」
これまでより一歩、本心に近い場所で笑い掛けた。
「魔族と人間は何も変わらヌ。ソレが二つの世界を観測しタ、吾輩の結論ダ」
その言葉を聞き、私は手を“跳”ばして、Drの頬をつねった。
「痛っ。何をするカ?」
「ドヤ顔でイイこと言ってるから」
けど……それってこの戦いを終わらせる答えじゃない? 人間と魔界人がわかり合えるなら、この戦いの結末に、微かな光が見えるような――……
しかしここでDrがちゃぶ台をひっくり返した。
「と、ココまでを前提として言ウ。『魔王』とは何がどうあっテも理解り合うコトはできンのダ」
おっと。希望の光が遠ざかった。
「『魔王』だけは違ウ。陛下は如何なるコトがあろウと、人間と和解り合うコトはしなイ。イヤ……不可能なのダ」
科学的思考者の断言。
私が二の句を継げない横から、慎太郎がおずおずと、
「やっぱ、『魔王』って血も涙もない、冷酷非情な感じ?」
「そりゃ貴様、怖くナイ『魔王』なんてギャグ漫画だろウ」
Dr、こっちで漫画とか読んでんのかな?
「ふム……この機会ダ。『魔王』のコトを話そうカ」
「ひゃっ?」
Drは絵里香を持ち上げて、足を組み替え、また膝に下ろした。
「『魔王』とハ――……」
「いうマデもなく魔族の王という“地位”ダ。そしテ同時に、オークやゴブリンという言葉と同様、“種族”の名称という意味もあるのダ」




