63.勝利、その後で
「言っておク。『魔王』と和解できルとは思うナよ――……」
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『魔王』軍を撃退して、一夜明けて。例によって例のごとく、私はDr.ボンダンスの人形工房にいる。もはや落ち着くというか、第二の我が家感まである。
あの死闘の後。
人形姫と魔剣士の一騎打ち。終わらぬ窮地に、集ったマモノビト達。『魔王』軍完全撤退という劇的な幕切れ。
駅前広場は興奮に沸き、勝利の立て役者である私は……
「姫えー!」
「おとーさんっ!」
「署まで任意同行を願います」
パトカーに乗せられた。
そらね。武装集団とね、警察差し置いて交戦しちゃったら、やっぱり何かの法には触れるんだろう。現行犯逮捕は、確か私人でもできると聞いたことあるけど、戦っちゃったらなー。
まあ、連れてかれた警察署では丁重に扱ってもらえた。
立場上肯定はできないけど、たった独りでこの世界を守り抜いた小さなお人形さんに対し、概ね好意的な感情を持ってくれていたようだ。
加えて。テロ集団は異世界人。私闘をしたのはマモノビト。現行法がどう適応されたものか、警察の皆さんも、
「これもうわかんねえな」
それが正直なとこだろうと思う。
私は私で、埃塗れな黒装束、断ち切られた右腕を手で押さえ、硝子の瞳も伏し目がちに、時折痛みに顔を歪めて“作って”ある。
どう、儚げ健気でしょ? こんな幼気な子が一生懸命戦ったんだよ。抱き締めたくなるでしょでしょ? 実は痛みなんか感じてないけどな。
「ホントは言っちゃいけないんだけどね」
よく頑張ったね、と目頭を熱くする年配刑事さんがいた。
「あの、写真いいですか?」
例によって、5人ばかり婦警さんと記念撮影した。
ふっ。可愛いは正義に可哀そうをトッピング。これ天下取れるわ。
「カツ丼、取りましょうか?」
「あ。さっき魔獣の前足を食べましたので」
ポロッと口を滑らせ、若干の距離感を生じたりしたのはご愛敬。
さて。現状私、逮捕されたのではなく任意の事情徴集。要は「あの戦いは何だったの?」なんだけど、私だって説明できるほど事情を把握はしていない。
テレビ中継を観れば、私は『魔王』軍と因縁浅からず、ことにジルバとは宿敵か何なら怪しいカンケイに見えたかもしれないけど、実際は前に一度会っただけで、しかもアイツその時私の両手両足切断したんですよ、お巡りさん。
まあ、魔界人に一人、親しい付き合いの知人はいる。いっそ呼びつけて、奴から説明してもらおうか……
「すいませーン。落とし物の引き取りに来たンですケドー」
あ、呼ぶまでもなく来たわ。
左目に片眼鏡、派手な外套と襟元のスカーフ。場違いな貴族風の装いの後ろから、絵里香と慎太郎が固い面持ちでついてくる。あーね、わかる。お父さんもさ、中高生の頃は別に疚しいことはなくても、お巡りさんとすれ違うのは妙に緊張したもんだ。
けど真に問題なのはDrのファッションではなく、『魔王』軍関係者が堂々と日本の警察署を訪問していることだよ。
「コレくらいの人形なんですケド(笑)」
Drの手が床から130センチを示す。でけえ人形だな。なかなかねーよ、そのサイズは、私以外には。
首を伸ばして様子を伺うと、Drが目配せしてくる。
「えー……お人形ですねー……」
ん? 対応する、警察行政職員さんというらしいね、警察署の事務さんの言葉が若干ボンヤリしてる?
と思っていると、私のところまで以前嗅いだ覚えのある香りが漂ってきた。具体的にいつかと言うと、Drにラボでお茶をご馳走になった時だ。あー、Dr、何かやってるな?
Drはしれっとしたもので、
「認めココですカ?」
また認印デケえな。社用の角印くらいある。思い切りよく枠をはみ出してるよ。
「でハ、引き取ってきますネ」
コイコイと手招きされる。見回すと、署内全員目がトロンとしてる。
んー、これは……知らね。
人形姫は逃げ出した!
黒フードを被り、Drに小走りで駆け寄って、詰る。
「Dr、例の記憶を消す薬撒いてるだろ?」
Drは踵を返して歩き出し、横に並んだ私にニヤリとする。
「こう対象が多いとナ。暗示術と魔法薬は相乗効果が高イのダ」
「警察署丸ごと化かしやがって。犯罪だぞ」
「貴様とてアレだけ働いた後デ、取り調べなど御免だろウ」
それは、まあ、そうだけど。
記憶に苦い匂いに、私は口元を押さえる。ところで人形姫の鼻には穴は造形されていない。なのに匂いがわかるの、どうなってるんだろうな。
「私達はこれ吸っても大丈夫なのか?」
「暗示の補助程度に希釈してあル。貴様達は暗示術に強イ故、多少なら影響はナイであろウ」
そこでDr、ふと真顔。
「この薬品の扱イには、吾輩、慎重であル」
そっか、Drも痛い目にあったもんな。
「ソウソウ。ケーサツの周りにもテレビの人が大挙しておっタから、連中にも薬を嗅がせて追っ払っテおいたゾ」
あ、それは助かる。
疲れて考えが回ってないけど、そうだよな、あの一部始終が報道されたんだもの、そりゃテレビ局が殺到するよ。Dr、頼りになる。
けど、テレビの人って言い方、アホっぽくてイイな。
簡単に情報交換しながら、絵里香と慎太郎に合流した私を、
「うわ?!」
ギョッとさせたのは慎太郎が胸に抱えた“腕”だ。
「うわって、これ、姫のだよ」
「そ、そうだった」
肘の先から落とされた右腕、荷物になるからパトカー乗る時に慎太郎に預けたんだった。にしてもお前、渡したの私だけど、よくそれ抱いて警察署に入ってきたな。絵面の事件性ハンパないぞ。
立ち去り際、ちらっと後ろを振り返る。私に親切に接してくれた署の人々は、微睡に頭を揺らしている。
逃亡に気が咎めないではないけど、私、今日は頑張ったし、次もまた戦わなきゃだし。マモノビトだし、法律のグレーゾーンだし。
「あ、そう言えば野田さんの奥さん達、集まったマモノビトはどうした?」
訊ねると絵里香と慎太郎が代わる代わるに、
「集まっただけだから、警察がちょっと注意して終わりって感じ」
「報道陣はみんなこっち来た」
「初対面の人多いから、親睦会で、駅前のニワトリ貴族行くって」
えっ。それ超行きたかった。
「西九条のオジサンは遠慮しときますって」
氏はビールはバケツ、串は丸焼き竹槍に刺すくらいじゃないと飲み食いした気にはならないだろう。ホント普段の食事どうされてるんだろ?
まずそもそも、西九条さんは店に入れない。
警察署のエントランスを出ると、外はもう暗くなっていた。
「やあ、ドロシーちゃんさん」
私は駐車場の白い枠線内に、ちょんと蹲っている竜に声を掛けられ、署の正面階段を踏み外しそうになった。
「何なさってるんですか西九条さん!」
「何って、皆さんをお待ちしてました」
「お待ちって……え、まさか?」
私は三つ段上のDrを振り仰ぐ。
「快ク、ココまで乗せて来てくれタ」
「お前らだー! 報道陣引き連れてきたのはー!」
絵里香と慎太郎がハッと顔を見合わせた。私もそうだが、緊張が切れてみんなちょっとアホになってないか?
「ニシクージョ、今度は病院まで頼めようカ?」
「はいはい、総合医療センターですな」
「人様をタクシーにするな。そしてこれ以上目立つな」
Drは私のツッコみに、竜に手を近づけた。ふわん、光の紋様が淡く浮き上がる。
「ソコは吾輩も反省シ、ニシクージョには“認識阻害”の魔法を掛けてあル」
「だから誰だよ、ニシクージョ」
「“認識阻害”、違和感仕事しナイ、知覚へのジャミング。端的に言えバ、見たモノのコトを深く考えられなくすル術ダ」
なるほど。
それで駐車場にパーキングされているドラゴンを、誰もがスルーしているんだな。
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「ひゃー! やっぱり高ァーい!」
夜空に舞い上がった竜の背中で、レアな、テンション高い絵里香。これはスマホで動画撮っとこう。慎太郎も前髪を風に遊ばせ、空からの夜景に食い入るようにしている。竜に乗って飛ぶ、こんなことにならなければし得ない体験だったろう。
私は三角座りで、白銀の髪と黒フードが煽られるに任せている。そうそう、ドラゴン=爬虫類って、骨格的に肩が無いんだよ。で、背骨のラインに突起があるからそこの窪みがお尻の据わりがいいよ、乗る機会があるなら。
「工房に戻ったら貴様にも“認識阻害”を施そウ」
Drは私の隣で、吹き荒ぶ風をモノともせず立っている。
「シンタローとエリカにも掛けておく方が良イだろうナ」
魔剣士との戦い、必死のパッチで断片的にしか覚えてないけど、全部全国ネットで報道されてるんだよな。
あのさ、自分で言うのもなんだけどさあ。
私、英雄だよ! 救世主だよ! ジャンヌ・ダルクだったよ!
ちっちゃカワイイのが超頑張ったよ! すげえ必殺技出したし! 腕切り飛ばされても、戦い続けようと血の滴る生焼け肉食ったし! 可愛いカッコいいリョナグロい、人類の性癖大半カバーしたよ! なら……
SNSの人気者“お人形たん”、その段階は今ではもう過去のもの。今の私はたぶん、世界で一番注目を集める有名人。
「えぽ」
「どうしタ?!」
大丈夫、人形姫ゲボ出ない。けど、置かれた状況に球体関節震える。子ども達、私を父と呼んでた? 少なくとも人形姫の関係者とは報道に流れてるよね?
「Dr、マズいよ、どうしよ……おえっ」
「やル。フォローするから落ちつケ」
夜間飛行、子ども達も無邪気な歓声と、父の空嘔吐き。これもレアな慌てるDrがちょっと胃に優しい。
竜の背びれに背を預け、
「はッはッはッ……いつまでこんな気苦労してなきゃなんないんだ?」
ダイソンさんみたいな呼吸になる。
「アア、それは1ケ月内外であろウ」
私のボヤキに、Drが正確な推測を返してきた。
「魔剣士はマモノビトの招集3日と切っタ。ソコから逆算すルに、軍議、戦略の立案と検討、兵への通達と訓練……吾輩の見積もリでは、開戦準備に要すル期間は最短で2週間、長くても1ケ月ダ」
「……えぽっ」
ヤだ。世間の悪目立ちが続くのもヤだけど、最終決戦まで1か月切ってるのもヤだ。神様、私はワガママでしょうか? だってその時には最良ルートで進めたとして、最後に『魔王』が出てくるんでしょう?
竜の羽撃きは、無慈悲に私をラボへと運ぶ。
そこで私は。
「言っておク。『魔王』と和解できルとは思うナよ」
冒頭のDrの言葉を聞かされたのだった。




