06.『人形』のチカラ
「ベア子。あなた、何か“能力”はあるの?」
己の居場所を再考していると、ウチの暗黒娘がまた別のことを言い出した。
「のうりょく?」
何のことか咄嗟にわからず問い返すと、
「あ、そうだよ。姫は『魔王』の戦力に変えられたんだから。見た目的には魔法キャラっぽいけどなー」
慎太郎が後を引き取り、やっと理解する。
ああ、はいはい。そういうこと。
つまり魔法が使えるとか、火を吐けるとか、モンスターが持つゲーム的な特殊能力のことね。
「ふむ、どうだろう? 何しろ勝手にこんな姿にしておいて、何の説明もなしだからなー」
『魔王』へのディスを零しながら、私は改めて、人形となったカラダに意識を向けてみた。
……――と、その内側に“何か”を見つけた。
今まではできなかった、“何か”ができるという『感覚』。
鳥が空を飛び、魚が水の中で息をするように、このカラダにこれまでにない『機能』が備わっていることを、『感覚』が私に告げている。
その『感覚』に導かれ、私は“手”を伸ばすと……
ふにっ。何か柔らかいモノをつかんだ。
我に返ると、私の右手首から先が切り取られたように消失していて、その消えた手首は空間を隔てて……
絵里香の胸をわしづかみにしていた。
「う?! うわあっ?!」
慌てて手を引くと、見えない穴に突っ込んでいたかのように、右手が手首に戻ってきた。いや、そんなことよりも!
「え、絵里香、すまん! そんなつもりは、その……!」
お父さんが娘さんのお乳さん揉むとか、立派な“案件”だ。
人形でなければ耳まで赤くなっているだろう私に、絵里香は自分の胸元を見て、そしてこちらに目を向ける。
「いやまあ、別にわざとじゃないだろうし」
「も、もちろんだ! まさかこんな……」
しどろもどろになる私に、娘は表情を変えることなく、
「気にしなくていいよ。ベア子だし、人形の手だし」
「そ、そう言ってくれると助かる……」
「元のお父さんがしてたら、おまた、ベア子みたいにキレイサッパリにしてたかもだけどねー」
『魔王』様、この子、『魔王』軍にスカウトしません?
危険な銃器を持ったように、両手バンザイの私の腕を、絵里香が傍らから取った。
「ベア子、ここからテーブルのカップ取れる?」
「え?」
「やってみせて」
娘の有無を言わせぬ指示に、私は離れたテーブルに向かって右手を伸ばす。
するとさっきの『感覚』が蘇って……
私の手首から先が消え、空間を隔てて、テーブルの上に現れてカップを取り、持ち上げていた。
「窓の外、どこまで手を伸ばせる」
言われるがまま、ベランダの向こうへ左手を伸ばすと、遥か遠くの虚空へ陶器の手が現れた。私と手の間にある、ガラス戸には傷ひとつない。
ポカンとする当人をよそに、絵里香は納得して頷いた。
「遮蔽物は影響なし、か。ベア子には“空間転移”の能力があるのね」
「く、“空間”……“転移”……??」
おとーさん、もうついていけないよ?
慎太郎が、テーブル上の私の手からカップを取り、握手をして振る。その動きは空間の隔たりを無視して、私の腕を上下に揺さぶる。
「なるほどな。つまりさ、姫には手をワープさせて、離れた場所に出現させる“能力”があるんだよ」
そう言いながら、窓の外に目をやる。
「少なくとも、姫の目の届く範囲まで」
慎太郎が私の手を離し、再びカップを握らせた。
私はテーブルの上と、住宅街の空にぽっかり浮かぶ手を引き戻す。左手は窓を突き破ることなく、右手には握ったカップがついてきている。
それを見て、絵里香が考え込みながら呟く。
「たぶんこれ、すごく強い」
「だよな。単純に、見える範囲を一方的に殴れるし、つかんだモノも引き寄せられるんだから。応用すれば、もっといろいろできそうな気がする」
自分の“やったこと”にも理解の追いつかない私なのに、子ども達は私の能力を把握し、その先まで見えているらしい。
こういうことはゲームやアニメに馴染んだ、子ども世代の方が呑み込みが早い。老いては子に従え、なんて齢ではまだないと言いたいところだけど……ふふ、なかなか頼もしいじゃないか。
人形のチカラについて議論に夢中になる姉弟を、誇らしく見つめていると、
「ドロシーちゃん」
不意に妻が張り詰めた声で、新しい私の名を呼んだ。
振り向くと、妻の指が点けっ放しのテレビを差していた。
**********
『……――繰り返しお伝えしております』
ニュースキャスターは、お定まりの冷静な表情を幾らか損ないつつ、彼本心からの真剣さでカメラを睨んで原稿を読み上げる。
『“魔王”を名乗る未知の存在により、姿を変えられた人々に、現状、心的な変調を認められた方はおられません。意識や記憶に変調をきたした方はおられません』
『多くの被害者の方が医療機関に搬送されております』
『皆様、不要不急の外出はお控えください。姿を変化させられた方々を、加害することがあってはなりません。どうか、冷静なご対応をお願い致します』
『お願い致します、どうか、どうか冷静なご対応を……!』
『繰り返しお伝え致します。姿を変えられた方々は“被害者”です。今、我々日本国民の、人類の理性が問われております。不要不急の外出はお控えください。どうか、冷静な対応を。繰り返しお伝え致します――……』
報道が、最後は必死の訴えになった。私はまた、涙の出ない硝子玉の奥が熱くなるように感じた。
人の本性は、極限の時に現れるのだと思う。この未曽有の事態に、流れる報道がこれなのならば……
この世界の本質は“善”だ。人の根底にあるのは“愛”だ。
ありがとう。私達を憎まないでくれて、ありがとう。私達を、まだ助けようと、手を差し伸べてくれる世界であってくれてありがとう。
私は思わず、感謝の手をテレビの画面に向かって差し出した。
『現在、多くの被害者が、うわっ?! し、失礼致しました!』
あっ、アナウンサーの頭を撫でちゃった。
「って姫、そこまで“届く”のかよ」
「これは思った以上の強能力かもしれないわね」
絵里香と慎太郎が顔を見合わせる横で、慌ててテレビに映る手を引き戻す。
強能力だか知らないが、当人的には、もう少し使い慣れないと危なっかしくてしょうがないと思う。じっと手を見る私を、
「ねえ、ベア子」
絵里香がおずおずと呼んだ。顔を上げると、娘の目に心配の色が浮かんでいた。
「その……変身した人が“被害者”だと思われているのなら、病院、行っても大丈夫なんじゃない?」
「お……お父さん、ちゃんと診てもらった方が……」
……ありがとう、絵里香。バケモノになってしまった私を、受け入れようとはしているけど、やっぱり怖くて不安だよな。ゴメンな、ありがとうな。
「じゃ、オレがついてくよ」
慎太郎が当たり前のように言って、上着をはおった。
「さ、お供しますよ、姫」
ふざけて気取ったポーズで差し伸べられた手を、取る。お互い精一杯の笑顔に、張り詰めた思いがある。その手の温もりに、涙を流せない人形は、ただ精一杯に微笑みを返した。




