56.闇を抜けて、放つ光
鉄塊の得物を振りかぶり、迫撃する魔剣士のスピードは『人形姫』のスペックを凌駕する。なら……“全身転移”!
「こっちだよー」
踏み込んだジルバの、真横で、ひらりと手を振った次の瞬間には――……
瞬間移動しても動きが単調では意味がない。ジルバが私に教えてくれたことだ。
私はジルバの背後で、甲冑の背中を見ている。身を翻す騎士、人形に手足はない。
「……!」
ジルバは即座に剣の柄から手を離し、地面に体を投げ出した。1秒前にジルバがいた空間で、人形の両手両足が空を切る。
この判断力だ。やはり私とは戦いの経験値が違う。
追いつけるのか?
追い越してみたりして。
魔剣士が転がった先に、“全身転移”、腹を狙って蹴りで迎え撃つ。
ガィン!
硬え! だよね、鎧を革靴で蹴って効くかって話だよ。中の腹筋もたぶん固そうだよ。
そんなことを考えた隙を、ジルバが見逃すはずはない。
「あ」
ゴツい革手袋に足首を取られた、と思った時には、ぐるんと天地の反転する街の景色の中に私はいる。
「きゃん!」
そのまま顔から地面に叩きつけられる。カラダの下で車道の舗装が砕ける。もお、元から低い鼻が、もっと低くなったらどうしてくれるの。
なんて思う間もなく、また足が引かれる。往復の帰り道。
そこでジルバが手を止めた。
私は片足立ちで、少し離れた位置から、人形の左脚を手に身を起こす魔剣士を眺めている。
「軽かった? は、インドの都市だよ」
「ぬう……」
「揶揄ったんだよ」
ジルバが足を投げ捨てた。回収。軽口は虚勢だ。今の攻防で、陶器の胸の中にないはずの心臓がバクバクしてる。
ちなみにカルカッタはインド東部の貿易都市。ガンジス川支流、フグリ川の上流に位置するんだけど、フグリ川ってすごい名前だよね。キ●タマって意味だもんね。
ジルバも武器を回収する。私は気持ちを切り替え、身構え……
ひと息に詰められた間合いから、嘘でしょ、あんな超重量剣でこんな連撃が繰り出せるもんなの?
「うわ、わ、わ……」
思わず受け太刀、鳴り止まぬ剣戟の音、チョン!……といきたいとこだが、私の武器は素手そのものなんだ。タイタンに二度踏んでも壊れないボンダンス印だが、ジルバの大剣を受け止めたら一発木っ端微塵だろう。
一撃、二撃は回避したが、圧される。躱すのはもう限界、さりとて防御したら腕が無くなる。
「なら……こうっ?!」
ガンッ! 前の戦いでもやったように、襲いくる剣の腹を叩いて軌道を曲げる。剣筋は私の肩数センチを逸れる。
が、ジルバの突進を崩すには至らない。返す刀を叩く、また帰ってくるのを叩く。もうヤダ、このバケモノ。
私はバックステップで辛うじて剣撃を凌いでいるが、頭を、このままでは絵里香と慎太郎のところまで退がってしまうことが掠める。
それは頂けない。私はまたひとつ刃を捌き、
「ジルバあっ!」
右手を奴に突きつけた。掌にぽっかりと空いた穴。
「来るか!」
いかない。反応して魔剣士が功を防の転じる空白に、私は“全身転移”で大きく戦場を縦断する。
ジルバはその動きをも目で追って、
「フ……してやられたか」
こっちの必死のパッチをも笑おう。もお、武人キャラ嫌い。
でも、私は私なりに成長してるよ。
お嬢様砲――……強力な武器の真価は、破壊力そのものではない。強力な武器の存在を、意識させることにある。
無視できないフェイント、チャンスがあれば叩き込む。武器って、攻撃以上に威嚇や牽制に使うもんなんだなあ。マモノビトにならなかったら至ることはなかった気づきだし、サラリーマンに戻っても役立ちそうな発想に至ったよ。
ジルバの大剣が、防を解いて再び攻に移行する。
「クク……面白くなってきた」
「笑いのツボ、合わないわあ」
先代騎士団長の血統、戦いに明け暮れた半生。生まれと育ち、いずれが作ったか生粋の武人。温く生きてきたオッサンとは、温度差あり過ぎり。
けど、眉庇の奥からの騎士の視線、見守る周囲の視線……熱いわー、温度差で溶けそう。オッサン、やんなきゃなのね?
いいか? 課長クラスの管理職はなあ、やる気はなくても、やんなきゃなんないことはやるんだよ。だって、やんなきゃなんないんだからなあ!
先に動いたのは魔剣士。今度の戦端はジルバ攻め×私受け。BL的な意味合いはございませんのことよ!
攻め込んできたジルバは、大剣を上段に跳躍。いきなり一撃必死の上段は、冗談だろ、大胆にして無謀? 将棋の盤面的にはどう読めばいい?
「わっかんね!」
一手譲って回避して、送られる剣の軌跡を見極める。
と、視線の外で足を払われた。
転倒するほどではないが、意識がそちらに流れた。マズい、と考えた僅かな時間がマズい。
「もらう」
柄を両手で取った、横薙ぎの渾身の一撃は、当たれば間違いなく人形の胴を二つにする。
迫る刃に手をつき、奪われる前に下半身を上へと運ぶ。
魔剣士が振り切った大剣に手をつき、人形姫が逆立ちに直立する。その瞬間、私達の姿勢は彫像のように静止した。
えーと。たぶん絵的にはすごく見栄えのする構図だと思う。撮りたい人は、どうぞSNSにアップして。
「やるな、人形」
「そちらこそ」
刃を境界にジルバと私、視線と言葉を交わす。この対決屈指の名シーンと、後々があるなら語ってください。
ちな、今この瞬間こっからどうしようかって展望、私には一切ないです。
ばさっ。
不意に私は闇に包まれた。
「あ、パンツ」
「パンツ丸見え」
あー……スカートが捲れ下がったのね。今の私、逆立ちでドロワーズ全開なんだ。方向的に聞こえた声は『魔王』軍の兵士さん達かな。お見苦しくてゴメンね。
「はしたないぞ、人形」
「失礼ぇ……」
スカート越しに、ジルバに窘められる。
「姫えー!」
これは慎太郎。お嬢様砲で、もう二・三発抜いてやった方がいいか?
えーと……どうしよう、この状況。
ぱさっ。大剣の上に、人形の黒装束が落ちた。
「ぬ? ……しま……ッ!」
刃に掛かる衣服の、意味に、魔剣士が気づいた時には、
「“ですの”ッ!」
大剣の下で、黒装束の“中身”、一糸纏わぬの人形姫の手が甲冑の腹部に押し当てられている。
おまたとバストトップに造形は無いし、作り物のカラダだから、ミロのヴィーナスの彫像みたいなもので、モロの人形姫は放送コード問題ないよね?
ドンッ!
閃光。ゼロ距離。密着で当てたお嬢様砲は、魔剣士の腹に風穴こそ開けなかったけど、破壊力は余すことなく伝わったはずだ。
「……かはッ」
オールヌードの人形姫に、兜の嘴から散った鮮血が降り掛かる。
「お嬢様カノン……“零式”」
とか、言ってみたりして。
けど、やったか? やったな? 必殺の魔導兵装、お嬢様砲で、やった……私はジルバを倒した……
しかし数秒後。私は自分の甘さを思い知らされることになる――……




