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05.『人形』のカラダ

挿絵(By みてみん)

 モンスターになった私を、家族は迎え入れてくれた。


 少々……いやかなり、状況が理解(わか)ってない感はあるが、それでもありがたいことだし、理解(わか)ってないというなら私とて大差はない。

 何しろほんの小一時間前に、突然少女人形(このすがた)に変えられたのだ。

 この先、私は、世界は、人類はどうなってしまうのか。『魔王』は人間に対して宣戦布告した。いずれ、魔界からの侵略が始まる時が来る……


 悩める人形、ベアトリーチェ・アルカネット・ドロシーローズは――……




 **********


 絶賛、我が子らのオモチャにされていた。


 特に慎太郎が触る。触りまくる。

「にしても、よくできてるよな……ちょっと肘曲げてみて?」

陶器の頬にぺたぺた指紋をつけてたかと思うと、腕を取って関節の可動域を確かめている。いやお前触り過ぎだろ。ちょっとは遠慮しろ。

「この服もデザイン可愛いよなー」

表情を失くす私をよそに、今度はしきりと黒装束をいじっている。

 姉の絵里香はというと、そんな私達をじろじろ眺めて、

「……ゴス着せたら捗りそう」

「ねーちゃん、それな」

「あらー。絵里香のお下がり、みんな従妹のユイちゃんに送っちゃったけど、少し残しておいた方が良かったかしらねー」

うん。どうやら私の迎え入れられ方は、思ってたのと少し違う。ペット枠、もしくは着せ替え人形枠。それが父の新しいポジションらしい。


 そんなことを思い佇んでいると、娘の手が伸びてぐいっと人形装束、ローブの下に着たチュニックの裾をまくり上げた。

「あ、はいてる」

「何すんのマジで」

真顔で人形のスカートめくりすんな。小学生のエロガキか。

 自分では確かめていなかったが、衣装の下には確かドロワーズとかいう、西洋風かぼちゃパンツを着けていた。人形に下着って必要か?と思うものの、現状を鑑みるに、まあはいていて良かった。

「中身が気になって」

私はお前の頭の中身が気になるよ。

「ははっ、似合ってる。可愛いよ、姫―」

そして息子よ、しゃがみ込んで至近距離で鑑賞するな。お前はお前で自重しろ。



「まったく……」


 娘の手をチュニックから振り払い、テーブルの、妻の淹れてくれた既に冷めた紅茶に口をつける。と、絵里香がまた興味深そうにする。

飲めるの(・・・・)?」


 ……あ。


 言われるまで全く無自覚な行動だったが、そう言えば今の私って人形。口に含んだお茶を、ごくん、嚥下する。

「……飲めた」

腰を振ってみると、陶器の胴からチャポッと水音がした。

「え、え? これって大丈夫なのかな?」

「私らに訊かれても。味はするの?」

「……した」

意識してみると、私の口腔内には“舌”が存在し、それで確かめると“歯”も一本一本植わっている、何なんだ、この無駄な作り込みは。


 と、いきなり口に慎太郎の親指が二本突っ込まれ、左右に広げられた。

「はひゃ?! ひ、ひんはろう、ふぁにを……!」

「ふーん。口はさあ、動くんだよ、しゃべる時とか」

「硬い?」

「硬い、陶器まんま。でも動く。CGアニメみてえ」

「あふ……ヤ、ヤメひぇえ……」

お父さんの訴えガン無視で、息子は舌を指でつまみ、ぐっと引っ張った。

「えぐう?! ……あ、あう……うぐう……」

「どう?」

「これも硬いけど動くわ。不思議な感触。えっとー、喉の奥に穴がある」

いや、鬼畜かお前ら。この幼気(いたいけ)な人形に、やることか人として。

 さすがに息子の胸を突き飛ばし、涎は垂れないけど、気分的に口を拭う。

「いい加減にしろ。人のカラダを何だと思ってんだ」

慎太郎と絵里香が顔を見合わせる。


「人じゃねーし」

「人形だし」


 怖っ。お父さん、育て方間違えた?



 おののく少女人形を、絵里香は冷静に分析する。

「口の中もちゃんと作ってあって、味覚もある。食事はできそう?」

「どうだろう? そもそもする意味があるのか」

答えると、娘は更に首を傾げて、

「出す穴はあるの?」

「えっ? いや、まだ確かめては」

すると絵里香は身を乗り出し、私のスカートの中に両手を突っ込んでカボチャ(ドロワ)パンツ(ーズ)をぎゅっとつかんだ。

「確かめよう」

「待て、冗談抜きに待て」

父親として実の娘に下着を脱がされるのは、断固阻止しなければならない、と思う。


(しん)、ベア子押さえつけろ!」

「ちょ、ねーちゃん! それはさすがに」

「おまた見せろやあああっ!」


 助けて。この子頭おかしい。


 激高する絵里香に、慎太郎が後ろからしがみついた。

「姫、ねーちゃんはもうダメだ! ここはオレに任せて逃げろ!」

「すまない! 慎太郎、私、必ず戻ってくるから……!」

約束の視線を交わして。私は自らが生み出したモンスターと、教育の限界に背を向けて逃げ出した。




 **********


 出るものとてない、トイレタイム。




 **********


「どうだった?」

「無かった」

「どっちの穴も?」

「どの穴も」


 いや、実の子の前で何言わされとんねん?

 しかしドロワーズの下の私の“おまた”は、ツルリとした陶器製の人形のそれだった。ソコが作り込まれていても、それはそれで怖いんだけど、元あった馴染み深いモノが無いのも複雑な心境である。


 幸い絵里香は我を取り戻し、知的好奇心のレベルに戻ってくれている。

「じゃあ、さっき飲んだ紅茶はどこにいくんだろ?」

そんなの私にもわからない。人形になって、自分が“生きている”のかどうかさえよくわからないんだ。さっき……家路を急ぐ途中でちらっと見た、骸骨剣士(アンデット)になったらしき人を思い出し、私はぞくっと肩を震わせる。

「えーと? じゃあ今夜のお夕飯、あなたの分はどうしましょう」

「一応用意してもらおうかな。食べられるかはわからないけど」

「今夜はハンバーグですけど、あなたはおろしポン酢?」

「うん、そうして」

妻の少しズレた気遣いが、今は嬉しい。ハンバーグのソースより、私のカラダのことより、親として早急に話し合うことがある気がするが。



 そして我が心配の種達の、私への興味は尽きることがない。

「味覚はある。他はどうなの? 姫、オレが触ってるのはわかる?」

頬を、慎太郎に人差し指でつつかれる。

「わかる。こう、マスク越しに押されている感じだが」

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと強く叩くよ」

「うむ」

指の関節で、コンコン、コンコン、額を叩かれた。


「痛い?」

「痛くはない。だが何となく屈辱的だ」


 息子に小突かれたおでこを擦り、私は自身の感覚を総括した。

「見えている、聞こえてもいる。味も感触もわかる」

紅茶のカップを取り、鼻に近づけてみる。

「……匂いもわかるな」

「不思議よね。鼻の穴、開いてないのに」

「でもわかる。触覚と痛みはやや鈍いが、慎太郎が触れたとこに、体温を感じることもできている」

私がそう言うと、

「そうなんだ? じゃあさ……」

不意にカラダが、身長の逆転した息子の腕の中に抱きすくめられた。

「あ……」

少年の胸の感触、匂い、体温に包まれている。頭の上から、慎太郎が囁く。

「ねえ、姫……これはどう?」

「うん……慎太郎の胸の音、ドキドキしててすごく……」


「……キモイ」


 率直に言って、すごくキモイ。

「何だよ、姫。つれないなあ」

あのさあ? お父さん、高校生の息子に渾身の甘いハグされて、どう反応すれば良かったのかなあ?



 渋々私をする慎太郎を、まじまじと見上げる。

「と言うか、この姿の可愛らしさは“お人形さん”のそれ、小さい女の子の可愛さだろう? そういうふざけ方は、あらぬ誤解を招くぞ」

「え~? だって姫、タイプ直球どストライクなんだけど」


 ……マ?(困惑)


 おーい、智香。ここにもモンスターがもう一匹いた。

「父さん、お前がいつか女児を(かどわ)かしてきそうで心配だ」

「まさかー(笑)。だって、もう姫が手に入ったし」

お前の手に入れられた覚えはないんだが?

 何なんだ? この姿になってお父さん、今まで知らなかった、知りたくなかった我が子らの闇が垣間見える、いや丸見える。

「あら~。慎ちゃんとドロシーちゃん、すっかり仲良しねー」

智香、ちゃんと状況見えてる? それとも目ぇ開けて寝てる?



 私、本当にここにいて大丈夫なのかな?




挿絵(By みてみん)

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