05.『人形』のカラダ
モンスターになった私を、家族は迎え入れてくれた。
少々……いやかなり、状況が理解ってない感はあるが、それでもありがたいことだし、理解ってないというなら私とて大差はない。
何しろほんの小一時間前に、突然少女人形に変えられたのだ。
この先、私は、世界は、人類はどうなってしまうのか。『魔王』は人間に対して宣戦布告した。いずれ、魔界からの侵略が始まる時が来る……
悩める人形、ベアトリーチェ・アルカネット・ドロシーローズは――……
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絶賛、我が子らのオモチャにされていた。
特に慎太郎が触る。触りまくる。
「にしても、よくできてるよな……ちょっと肘曲げてみて?」
陶器の頬にぺたぺた指紋をつけてたかと思うと、腕を取って関節の可動域を確かめている。いやお前触り過ぎだろ。ちょっとは遠慮しろ。
「この服もデザイン可愛いよなー」
表情を失くす私をよそに、今度はしきりと黒装束をいじっている。
姉の絵里香はというと、そんな私達をじろじろ眺めて、
「……ゴス着せたら捗りそう」
「ねーちゃん、それな」
「あらー。絵里香のお下がり、みんな従妹のユイちゃんに送っちゃったけど、少し残しておいた方が良かったかしらねー」
うん。どうやら私の迎え入れられ方は、思ってたのと少し違う。ペット枠、もしくは着せ替え人形枠。それが父の新しいポジションらしい。
そんなことを思い佇んでいると、娘の手が伸びてぐいっと人形装束、ローブの下に着たチュニックの裾をまくり上げた。
「あ、はいてる」
「何すんのマジで」
真顔で人形のスカートめくりすんな。小学生のエロガキか。
自分では確かめていなかったが、衣装の下には確かドロワーズとかいう、西洋風かぼちゃパンツを着けていた。人形に下着って必要か?と思うものの、現状を鑑みるに、まあはいていて良かった。
「中身が気になって」
私はお前の頭の中身が気になるよ。
「ははっ、似合ってる。可愛いよ、姫―」
そして息子よ、しゃがみ込んで至近距離で鑑賞するな。お前はお前で自重しろ。
「まったく……」
娘の手をチュニックから振り払い、テーブルの、妻の淹れてくれた既に冷めた紅茶に口をつける。と、絵里香がまた興味深そうにする。
「飲めるの?」
……あ。
言われるまで全く無自覚な行動だったが、そう言えば今の私って人形。口に含んだお茶を、ごくん、嚥下する。
「……飲めた」
腰を振ってみると、陶器の胴からチャポッと水音がした。
「え、え? これって大丈夫なのかな?」
「私らに訊かれても。味はするの?」
「……した」
意識してみると、私の口腔内には“舌”が存在し、それで確かめると“歯”も一本一本植わっている、何なんだ、この無駄な作り込みは。
と、いきなり口に慎太郎の親指が二本突っ込まれ、左右に広げられた。
「はひゃ?! ひ、ひんはろう、ふぁにを……!」
「ふーん。口はさあ、動くんだよ、しゃべる時とか」
「硬い?」
「硬い、陶器まんま。でも動く。CGアニメみてえ」
「あふ……ヤ、ヤメひぇえ……」
お父さんの訴えガン無視で、息子は舌を指でつまみ、ぐっと引っ張った。
「えぐう?! ……あ、あう……うぐう……」
「どう?」
「これも硬いけど動くわ。不思議な感触。えっとー、喉の奥に穴がある」
いや、鬼畜かお前ら。この幼気な人形に、やることか人として。
さすがに息子の胸を突き飛ばし、涎は垂れないけど、気分的に口を拭う。
「いい加減にしろ。人のカラダを何だと思ってんだ」
慎太郎と絵里香が顔を見合わせる。
「人じゃねーし」
「人形だし」
怖っ。お父さん、育て方間違えた?
おののく少女人形を、絵里香は冷静に分析する。
「口の中もちゃんと作ってあって、味覚もある。食事はできそう?」
「どうだろう? そもそもする意味があるのか」
答えると、娘は更に首を傾げて、
「出す穴はあるの?」
「えっ? いや、まだ確かめては」
すると絵里香は身を乗り出し、私のスカートの中に両手を突っ込んでカボチャパンツをぎゅっとつかんだ。
「確かめよう」
「待て、冗談抜きに待て」
父親として実の娘に下着を脱がされるのは、断固阻止しなければならない、と思う。
「慎、ベア子押さえつけろ!」
「ちょ、ねーちゃん! それはさすがに」
「おまた見せろやあああっ!」
助けて。この子頭おかしい。
激高する絵里香に、慎太郎が後ろからしがみついた。
「姫、ねーちゃんはもうダメだ! ここはオレに任せて逃げろ!」
「すまない! 慎太郎、私、必ず戻ってくるから……!」
約束の視線を交わして。私は自らが生み出したモンスターと、教育の限界に背を向けて逃げ出した。
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出るものとてない、トイレタイム。
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「どうだった?」
「無かった」
「どっちの穴も?」
「どの穴も」
いや、実の子の前で何言わされとんねん?
しかしドロワーズの下の私の“おまた”は、ツルリとした陶器製の人形のそれだった。ソコが作り込まれていても、それはそれで怖いんだけど、元あった馴染み深いモノが無いのも複雑な心境である。
幸い絵里香は我を取り戻し、知的好奇心のレベルに戻ってくれている。
「じゃあ、さっき飲んだ紅茶はどこにいくんだろ?」
そんなの私にもわからない。人形になって、自分が“生きている”のかどうかさえよくわからないんだ。さっき……家路を急ぐ途中でちらっと見た、骸骨剣士になったらしき人を思い出し、私はぞくっと肩を震わせる。
「えーと? じゃあ今夜のお夕飯、あなたの分はどうしましょう」
「一応用意してもらおうかな。食べられるかはわからないけど」
「今夜はハンバーグですけど、あなたはおろしポン酢?」
「うん、そうして」
妻の少しズレた気遣いが、今は嬉しい。ハンバーグのソースより、私のカラダのことより、親として早急に話し合うことがある気がするが。
そして我が心配の種達の、私への興味は尽きることがない。
「味覚はある。他はどうなの? 姫、オレが触ってるのはわかる?」
頬を、慎太郎に人差し指でつつかれる。
「わかる。こう、マスク越しに押されている感じだが」
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと強く叩くよ」
「うむ」
指の関節で、コンコン、コンコン、額を叩かれた。
「痛い?」
「痛くはない。だが何となく屈辱的だ」
息子に小突かれたおでこを擦り、私は自身の感覚を総括した。
「見えている、聞こえてもいる。味も感触もわかる」
紅茶のカップを取り、鼻に近づけてみる。
「……匂いもわかるな」
「不思議よね。鼻の穴、開いてないのに」
「でもわかる。触覚と痛みはやや鈍いが、慎太郎が触れたとこに、体温を感じることもできている」
私がそう言うと、
「そうなんだ? じゃあさ……」
不意にカラダが、身長の逆転した息子の腕の中に抱きすくめられた。
「あ……」
少年の胸の感触、匂い、体温に包まれている。頭の上から、慎太郎が囁く。
「ねえ、姫……これはどう?」
「うん……慎太郎の胸の音、ドキドキしててすごく……」
「……キモイ」
率直に言って、すごくキモイ。
「何だよ、姫。つれないなあ」
あのさあ? お父さん、高校生の息子に渾身の甘いハグされて、どう反応すれば良かったのかなあ?
渋々私をする慎太郎を、まじまじと見上げる。
「と言うか、この姿の可愛らしさは“お人形さん”のそれ、小さい女の子の可愛さだろう? そういうふざけ方は、あらぬ誤解を招くぞ」
「え~? だって姫、タイプ直球どストライクなんだけど」
……マ?(困惑)
おーい、智香。ここにもモンスターがもう一匹いた。
「父さん、お前がいつか女児を拐かしてきそうで心配だ」
「まさかー(笑)。だって、もう姫が手に入ったし」
お前の手に入れられた覚えはないんだが?
何なんだ? この姿になってお父さん、今まで知らなかった、知りたくなかった我が子らの闇が垣間見える、いや丸見える。
「あら~。慎ちゃんとドロシーちゃん、すっかり仲良しねー」
智香、ちゃんと状況見えてる? それとも目ぇ開けて寝てる?
私、本当にここにいて大丈夫なのかな?




