48.あなたが私のご主人様?
夕暮れが近づきます。スマホさんの案内でご主人様の家も近くなった頃、
「あれ、ドロシーちゃん」
不意に声を掛けられました。Dr様は私がドロシーローズと呼ばれていると仰いました。なのでドロシーとは私のことでしょう。
足運びに注意していた目を上げると、そこにおられたのは巨人のご婦人でした。
Dr様のお屋敷からここまで、実にまあ、様々なお姿の人達をお見掛けしました。一番多いのは人間さんでしたけど、私の生まれた世界には、驚くほどいろいろな種族の人々が暮らしているようです。
巨人のご婦人は、どうやら私のことをご存じのご様子。
「ほらほらドロシーちゃん、もうすぐ暗くなるよ。小さい女の子が遅くまでほっつき歩いてたらダメじゃないの! なんてね、あっはっは!」
朗らかに笑うご婦人は、心安く接してくださる……いい人ですね。
「ご婦人、ご心配痛み入ります。されど私のこの姿は、少女のカタチに拵えられたモノ。これで小さな子どもではないのです」
会釈をして応じますと、ご婦人はポカンとされましたが、
「ああ、マモノビトジョークだ。もうね、ズルいんだからその姿は。あっはっは、ホント可愛いは正義だね、安治川サン」
何故かまた大笑いなさって、お宅のドアに身を屈められます。
「それにしてもこのご主人、ノリノリである」
いえ、ご主人様は私ではなくシンタロー様ですよ。
そう声をお掛けする前に、ドアは閉まってしまいました。
私は閉じたドアに向かって、スカートの裾をつまみ上げてお辞儀し、ご忠告に従ってまた家路を急ぐのでした。
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わあっ、驚いた。
あちらのお宅の塀から、ヌッと突き出しているのは、ドラゴンの首? ですね、間違いありません。暮れなずむ町に、ゆらり、ゆらりと揺れる影。
怖いので、この道は迂回することにします……
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『目的地に到着しました。ナビゲーションを終了します』
「はい、お世話様でした」
スマホさんを懐にしまい、見上げるのは四角張った石作りの塔のような建物。初めて来る場所のはずが、お作法は不思議とわかって、ポケットの鍵をこの壁の錠に差せば、ほら、正面の硝子の門が開く。
このボタンを押すとやってくる籠は、人を上の階に運ぶ仕掛けです。どの階を選べばいいのかも、降りたフロアに並ぶ扉のいずれにシンタロー様がおられるかも、私は知っている……
ぴーんぽーん♪
呼び鈴を押して少し待ちますと、がちゃ。
「おっ。お帰り、姫。新しい手足に換装してもらえた?」
内から扉を開けてくださった男の子。間違いありません、“この方”です。
「只今戻りました、ご主人様」
「へ?」
創造主様のお言い付け通り、深々とお辞儀してご挨拶申し上げたのですが、無作法があったのかご主人様は眉根を寄せられてしまいました。
「んん? それねーちゃんの方のキャラ?」
仰ることはわかりかねますので、とりあえず、お人形らしく小首を傾げていてみましょう。
黙って微笑んでおりますというと、ご主人様は落ち着かなくなられたようで、
「と、とにかく入ったら?」
どうやらお招き頂けました。
可愛いは正義。不案内な道を、不思議な言葉が私を導くのです。頭の中で誰かが囁きます、可愛いしか勝たん、と。
通されましたのはシンタロー様のお部屋で、私は周りの見回して思わず微笑しました。
ご主人様はお人形がお好きですのね。棚に所狭しと飾られた“お友達”達を目にして、私は嬉しくなる……と同時に、言い知れぬ不安が、何故か。
そんな私に、ご主人様は床に座って険しい顔。ええと、突っ立ってご主人様を見下ろしているのは、もしや失礼に当たるのでは? ですが座れと命じられぬまま腰を下ろすワケには……困りました。
思いあぐねていると、
「姫、冗談?」
「え? 何がでしょう?」
やはりご主人様はご不興の況のご様子。座った方が良いのでしょうか。
「……父さん?」
「……?」
トーサン? Dr様に教わった呼び名に、それは無かったかと。
と、ご主人様は迷われた末に立ち上がられますと、
「そっちが始めたんだから、怒らないでよ?」
そう仰りながら……
不意に、私の頭を胸に抱き寄せられました。
突然のことにびっくりしましたけど、トクントクンと刻まれる音、触れる温もりに、私はされるままでおります。数秒を、シンタロー様に包まれておりますと、そっと身が離されて。
「あー……(察し)」
ご主人様は得心がいかれたように腕組みなさいました。
「これはドクターに何かされてるわ」
まあ、ご慧眼にあらせられます。
「えー、これどうしたらいいの? えっと、ちょっと待ってね、姫。Drに一本電話入れるから」
ご主人様が机にスマホさんに手を伸ばす、その隙に私は床にきちんと手ついて、やっと主従上下位置関係を是正。
「創造主、ボンダンス様より言い付けられております。ご主人様、シンタロー様によくお仕えし、何でもお申し付けに従うようにと」
カタン、スマホさんがデスクに戻されました。
「……何でも?」
「はい」
「え? 何でもって、“何でも”ってこと?」
「え? はい、何なりとお申し付けくださいませ」
ご主人様は口元に手を当ててしばし考え込まれますと、急にすごい勢いで部屋の中を歩き回り出されました。
そして、ぐりん! 人間さんにはムリめの動作でお顔がこちらを向きます。
「姫、オレの言うこと何でも聞いてくれるの?」
「は、はい。それが下僕の務めにございますれば」
するとご主人様、名作映画“プラトーン”のラストシーンのように、床に膝を落とされてからの両腕突き上げてガッツポーズ。
「ついにこの日がキター!」
からの、そのまま頭を抱えてしまわれる。
「ダメだ。姫には下が無い!」
「下」
「あっ! でも舌は有る!」
「ございます」
「つまりどういうことだってばよ?!」
「申し訳ありません、わかりかねます」
慎太郎様はそっと頭から手を離し、再び差し上げられました。浅慮浅薄の人形もご一緒して、
「すぅー、はぁー」
とりあえず深呼吸。
「よし、一回落ち着こう」
「御意に」
そしてご主人サマ、おもむろに私の肩をつかまれますと、
「じゃあ、姫……とりあえず脱……」
「ぬ」
しかしその言葉は尻切れに言い止められて、
ご主人様は傍らのデスクに、ご自身から額をガン!
「慎太郎様?!」
「ん、あんまりだ。今のナシ。うーん……」
「うーん」
ご主人サマの腕組みに、私も倣って首を傾げると、
「そうだ、チュー。それだったら……いや、でも」
「チューでございますか? かしこまりました」
まだ迷っておられるご主人サマの胸に両手を当て、ぐいと押します。
すると私の手は手首を離れ、
「おわわ?」
慎太郎様を椅子に押し倒してしまいました。あら、これは便利なカラダ。
「申し訳ありません。立たれておられますと届きかねますので」
腰掛けられた慎太郎様と立っている私、顔の高さはほぼ同じ。私は淡い銀色を横髪をちょっと掻き上げて、
「ひ、姫……?」
「失礼します」
慎太郎様のお顔へと尖らせた唇を近づけますと――……
「ダメだ!」
どんっ、と胸を突かれ、二三歩後ろによろめきました。
「あっ、ゴメン! けど姫違うんだ!」
無言で問いますと、慎太郎様は少し慌て、拳を握り、緩め、がくんと首を落としてこう言われました。
「命令して、してもらっても、意味ないんだ。オレは……ちゃんと姫がオレのこと好きになってしてくれるんじゃないと……」
慎太郎様は椅子に背を預けて、ふうーっと天井に息を吐かれました。
「姫……コーヒー淹れてくれる?」
人形は胸の前で手を組み、首を傾げてみせます。
「ご命令はそれで宜しゅうございますか?」
慎太郎様はため息混じりで、
「ん、とりま、それで」
「かしこまりました」
スカートの端をつまんで腰を折りますと、ご主人サマは椅子から身を起こし、
「あ……けど、うーん……」
ちょっと未練っぽい目で、迷い躊躇い、薄紫の硝子玉をじーっと見て、
「頬っぺたにくらいは、アリかな……?」
これを聞いて魔法人形は……
「……ぷふっ」
もう真顔を保つことはムリだった。
「ぷふふふ、あはっ、あはははは……」
「えっ? えっ?」
呆気に取られるご主人サマの前で、私はひとしきり笑い、片目をつむった。
「ずいぶんハードル下げるじゃないか、慎太郎」
「う、うええ?」
「やっぱりお前はいい子だよ」
そう言ってやると。
息子は椅子から跳ね上がり、真っ赤になって詰め寄ってくる。
「からかってたのかよ、姫!」
「違うさ、記憶を消されてたのはホント」
食って掛かる肩を、“空間転移”で押し止める。
「Drに一服盛られた。記憶が白紙んとこに“お前がご主人様”だと吹き込まれ、完全にそう信じてた」
「おおう、マジでか」
「イエス、マジです」
私の事分けに、慎太郎は興奮を収めて嘆息した。
私は、薬の効き目は切れたものの、まだほろ酔いな感じだ。
しかし……今回は魔剣士と戦ったのとは別ベクトルでヤバかった。
ホント、一時的にでもブランク状態の心を上書きされ、それを真実として行動していた。道を踏み外さなかったのは、Drが冗談目的だったのと、薬の効果の短さと、慎太郎の良心というタイトロープ・ダンス。
もしも……
『魔王』が同じことをしたら、魔法人形は彼のプログラムのままに動作してしまうのではないか。怖ろしい懸念が心の奥に刺さる。
ともあれ、とにかく……
もう二度と、Drのことは信用しない。それだけは心に決めた。




