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48.あなたが私のご主人様?

挿絵(By みてみん)

 夕暮れが近づきます。スマホさんの案内でご主人様の家も近くなった頃、

「あれ、ドロシーちゃん」

不意に声を掛けられました。Dr様は私がドロシーローズと呼ばれていると仰いました。なのでドロシーとは私のことでしょう。

 足運びに注意していた目を上げると、そこにおられたのは巨人のご婦人でした。

 Dr様のお屋敷からここまで、実にまあ、様々なお姿の人達をお見掛けしました。一番多いのは人間さんでしたけど、私の生まれた世界には、驚くほどいろいろな種族の人々が暮らしているようです。


 巨人のご婦人は、どうやら私のことをご存じのご様子。

「ほらほらドロシーちゃん、もうすぐ暗くなるよ。小さい女の子が遅くまでほっつき歩いてたらダメじゃないの! なんてね、あっはっは!」

朗らかに笑うご婦人は、心安く接してくださる……いい人ですね。

「ご婦人、ご心配痛み入ります。されど私のこの姿は、少女のカタチに拵えられたモノ。これで小さな子どもではないのです」

会釈をして応じますと、ご婦人はポカンとされましたが、

「ああ、マモノビトジョークだ。もうね、ズルいんだからその姿は。あっはっは、ホント可愛いは正義だね、安治川サン」

何故かまた大笑いなさって、お宅のドアに身を屈められます。

「それにしてもこのご主人、ノリノリである」

いえ、ご主人様は私ではなくシンタロー様ですよ。


 そう声をお掛けする前に、ドアは閉まってしまいました。

 私は閉じたドアに向かって、スカートの裾をつまみ上げてお辞儀し、ご忠告に従ってまた家路を急ぐのでした。




 **********


 わあっ、驚いた。


 あちらのお宅の塀から、ヌッと突き出しているのは、ドラゴンの首? ですね、間違いありません。暮れなずむ町に、ゆらり、ゆらりと揺れる影。

 怖いので、この道は迂回することにします……




 **********


『目的地に到着しました。ナビゲーションを終了します』

「はい、お世話様でした」


 スマホさんを懐にしまい、見上げるのは四角張った石作りの塔のような建物。初めて来る場所のはずが、お作法は不思議とわかって、ポケットの鍵をこの壁の錠に差せば、ほら、正面の硝子の門が開く。

 このボタンを押すとやってくる籠は、人を上の階に運ぶ仕掛けです。どの階を選べばいいのかも、降りたフロアに並ぶ扉のいずれにシンタロー様がおられるかも、私は知っている(・・・・・)……



 ぴーんぽーん♪


 呼び鈴を押して少し待ちますと、がちゃ。

「おっ。お帰り、姫。新しい手足に換装してもらえた?」

内から扉を開けてくださった男の子。間違いありません、“この方”です。


「只今戻りました、ご主人様」

「へ?」


 創造主様のお言い付け通り、深々とお辞儀してご挨拶申し上げたのですが、無作法があったのかご主人様は眉根を寄せられてしまいました。

「んん? それねーちゃんの方のキャラ(やつ)?」

仰ることはわかりかねますので、とりあえず、お人形らしく小首を傾げていてみましょう。

 黙って微笑んでおりますというと、ご主人様は落ち着かなくなられたようで、

「と、とにかく入ったら?」

どうやらお招き頂けました。

 可愛いは正義。不案内な道を、不思議な言葉が私を導くのです。頭の中で誰かが囁きます、可愛いしか勝たん、と。



 通されましたのはシンタロー様のお部屋で、私は周りの見回して思わず微笑しました。

 ご主人様はお人形がお好きですのね。棚に所狭しと飾られた“お友達”達を目にして、私は嬉しくなる……と同時に、言い知れぬ不安が、何故か。


 そんな私に、ご主人様は床に座って険しい顔。ええと、突っ立ってご主人様を見下ろしているのは、もしや失礼に当たるのでは? ですが座れと命じられぬまま腰を下ろすワケには……困りました。

 思いあぐねていると、

「姫、冗談?」

「え? 何がでしょう?」

やはりご主人様はご不興の況のご様子。座った方が良いのでしょうか。

「……父さん(・・・)?」

「……?」

トーサン? Dr様に教わった呼び名に、それは無かったかと。



 と、ご主人様は迷われた末に立ち上がられますと、

「そっちが始めたんだから、怒らないでよ?」

そう仰りながら……

 不意に、私の頭を胸に抱き寄せられました。

 突然のことにびっくりしましたけど、トクントクンと刻まれる音、触れる温もりに、私はされるままでおります。数秒を、シンタロー様に包まれておりますと、そっと身が離されて。


「あー……(察し)」


 ご主人様は得心がいかれたように腕組みなさいました。

「これはドクターに何かされてるわ」

まあ、ご慧眼にあらせられます。

「えー、これどうしたらいいの? えっと、ちょっと待ってね、姫。Drに一本電話入れるから」

ご主人様が机にスマホさんに手を伸ばす、その隙に私は床にきちんと手ついて、やっと主従上下位置関係を是正。

「創造主、ボンダンス様より言い付けられております。ご主人様、シンタロー様によくお仕えし、何でもお申し付けに従うようにと」



 カタン、スマホさんがデスクに戻されました。

「……何でも?」

「はい」

「え? 何でもって、“何でも”ってこと?」

「え? はい、何なりとお申し付けくださいませ」

ご主人様は口元に手を当ててしばし考え込まれますと、急にすごい勢いで部屋の中を歩き回り出されました。

 そして、ぐりん! 人間さんにはムリめの動作でお顔がこちらを向きます。

「姫、オレの言うこと何でも聞いてくれるの?」

「は、はい。それが下僕(しもべ)の務めにございますれば」

するとご主人様、名作映画“プラトーン”のラストシーンのように、床に膝を落とされてからの両腕突き上げてガッツポーズ。

「ついにこの日がキター!」

からの、そのまま頭を抱えてしまわれる。


「ダメだ。姫には()が無い!」

「下」

「あっ! でも()は有る!」

「ございます」

「つまりどういうことだってばよ?!」

「申し訳ありません、わかりかねます」



 慎太郎様はそっと頭から手を離し、再び差し上げられました。浅慮浅薄の人形もご一緒して、

「すぅー、はぁー」

とりあえず深呼吸。

「よし、一回落ち着こう」

「御意に」

そしてご主人サマ、おもむろに私の肩をつかまれますと、

「じゃあ、姫……とりあえず脱……」

「ぬ」

しかしその言葉は尻切れに言い止められて、

 ご主人様は傍らのデスクに、ご自身から額をガン!

「慎太郎様?!」

「ん、あんまりだ。今のナシ。うーん……」

「うーん」

ご主人サマの腕組みに、私も倣って首を傾げると、

「そうだ、チュー。それだったら……いや、でも」

「チューでございますか? かしこまりました」

まだ迷っておられるご主人サマの胸に両手を当て、ぐいと押します。


 すると私の手は手首を離れ、

「おわわ?」

慎太郎様を椅子に押し倒してしまいました。あら、これは便利なカラダ。

「申し訳ありません。立たれておられますと届きかねますので」

腰掛けられた慎太郎様と立っている私、顔の高さはほぼ同じ。私は淡い銀色を横髪をちょっと掻き上げて、

「ひ、姫……?」

「失礼します」

慎太郎様のお顔へと尖らせた唇を近づけますと――……



「ダメだ!」



 どんっ、と胸を突かれ、二三歩後ろによろめきました。

「あっ、ゴメン! けど姫違うんだ!」

無言で問いますと、慎太郎様は少し慌て、拳を握り、緩め、がくんと首を落としてこう言われました。

「命令して、してもらっても、意味ないんだ。オレは……ちゃんと姫がオレのこと好きになってしてくれるんじゃないと……」

慎太郎様は椅子に背を預けて、ふうーっと天井に息を吐かれました。


「姫……コーヒー淹れてくれる?」


 人形は胸の前で手を組み、首を傾げてみせます。

ご命令(オーダー)はそれで宜しゅうございますか?」

慎太郎様はため息混じりで、

「ん、とりま、それで」

「かしこまりました」

スカートの端をつまんで腰を折りますと、ご主人サマは椅子から身を起こし、

「あ……けど、うーん……」

ちょっと未練っぽい目で、迷い躊躇い、薄紫の硝子玉をじーっと見て、

「頬っぺたにくらいは、アリかな……?」

これを聞いて魔法人形(オートマタ)は……



「……ぷふっ」



 もう真顔を保つことはムリだった。

「ぷふふふ、あはっ、あはははは……」

「えっ? えっ?」

呆気に取られるご主人サマの前で、私はひとしきり笑い、片目をつむった。

「ずいぶんハードル下げるじゃないか、慎太郎」

「う、うええ?」

「やっぱりお前はいい子だよ」

そう言ってやると。


 息子は椅子から跳ね上がり、真っ赤になって詰め寄ってくる。

「からかってたのかよ、姫!」

「違うさ、記憶を消されてたのはホント」

食って掛かる肩を、“空間転移”で押し止める。

「Drに一服盛られた。記憶が白紙んとこに“お前がご主人様”だと吹き込まれ、完全にそう信じてた」

「おおう、マジでか」

「イエス、マジです」

私の事分けに、慎太郎は興奮を収めて嘆息した。


 私は、薬の効き目は切れたものの、まだほろ酔いな感じだ。



 しかし……今回は魔剣士と戦ったのとは別ベクトルでヤバかった。


 ホント、一時的にでもブランク状態の心を上書きされ、それを真実として行動していた。道を踏み外さなかったのは、Drが冗談目的だったのと、薬の効果の短さと、慎太郎の良心というタイトロープ・ダンス。


 もしも……

 『魔王』が同じことをしたら、魔法人形は彼のプログラムのままに動作してしまうのではないか。怖ろしい懸念が心の奥に刺さる。

 ともあれ、とにかく……


 もう二度と、Drのことは信用しない。それだけは心に決めた。




挿絵(By みてみん)

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