41.閑話.待ち伏せる混沌
昨日はトラブルに遭ったんだかいい目に合ったんだか、一概には言えないやと夕暮れの町を日課の散歩で歩いていると……
「♪もうすぐ私きーっと、アナタを振り向かせるぅー」
「“まちぶせ”……」
電信柱の陰から、ぞろり、影が滲み出た。
「うふ……ふふふふ……お人形たんさん……」
「もお、怖えよー」
百合子ちゃんがぬるーっと行く手を阻んだ。てか、やっぱお前中身オッサンだろ。
と、百合子ちゃんはしおらしく頭を下げた。
「昨日はゴメンなさい! あの後よく考えて、初対面でいきなり抱き着くなんて、やっぱり失礼過ぎたと反省しまして……」
「ああ、それはね」
やや暴走気味な子だけど、一応良識はあるんだね。
「よく考えたら、隠し撮り100枚に達したら告白しようとか、気持ちばっかり先走っちゃって、うふふふふ……」
「もおお、怖えよお」
前言撤回。ねえわ、良識。
見た目は、見た目は可愛いんだけどなあ。どうやって逃げ出そうか思案する私に、怪物JKがぬるーっと距離を詰めてきた。
「それで、今日はお友達を一緒に連れてきてて」
電柱から更に、二つの人影が転び出た。
「初カキコ、ども……桜島、リリーです……」
「ちょりーす、立杭寧々子っすー♪」
増えた。ゆるふわがおさげとポニテ背負ってきた。
不意を突かれた私を、JKがキャピキャピ、とは少し違う感じで囲む。
「わー、やっぱ実物超カワイクね?」
「ユリっち、グッジョブ……」
何というか負の、腐のオーラが漂っている。
「でしょー? ちっちゃくてカワイーんですぅ」
「お肌スベスベ……」
「髪色イイな、シルバー系ブリーチでこの色は出ねえー」
そのまま上からワヤワヤと、頬や髪を触られまくる。この子ら、ショップで商品物色してる感覚だ。
「待って、ちょっと待って」
私、人形だけど人間なんですけど。
両腕で頭を防御しつつ、“全身転移”で女子高生の輪から逃れた。ポカンとする少女達を、2歩退いて見上げる。
「えっと、その、つまり……君達も、女の子が好きな子なの?」
そう問うと、おさげの少女が微笑み……“微笑み”か、コレ?
「でゅふ! いやー、拙者女の子が好きとゆーかBLGL何でもござれの節操のない人種でして、腐女子どころかこの歳にして既に汚超夫人もはや手遅れってオイイィィッ(笑)。オウフwww百合カポォwww」
あ、意外としゃべる。てかまた濃いの連れてきたな。
「あーしはカワイけりゃ何でも好きー」
こっちはお嬢様学校なのにギャルなんだが、一番フツウに見えるな。
「私はチ●コなんて今すぐこの世から滅べ、でなけりゃ私にだけ生えろと常々思っておりますわ」
お嬢様校、今すぐコイツを放校した方がいいぞ。
「ようこそ、聖マーリヤ百合っ子倶楽部へ!」
何かエライもんに招かれた。
ジリリ……私の足に早くも逃走の気配を嗅ぎつけ、百合子ちゃんは慌てて両手を振った。
「お待ちになって! 何も私、今すぐお人形たんさんに性奴隷になってほしいって言ってるんじゃないんです! まず私達の……」
お友達になってください、かな。それなら、別にいいけど、お友達→性奴隷ルートに友情はあるのかな?
「私達の、“妹”になってください!」
ああ、そう来た? それもまた業の深そうなルートだな。
「私達の“妹”になってください」
余計な言い直しすんな。口を慎め。
押し強過ぎの百合子ちゃん、ドン引く私。ここでポニテの寧々子ちゃんが頭を掻きながら口を挟んだ。
「あー……ねえ、お人形たんちゃん。ユリっちとリリ子さー、イキりキャラなだけで口ほどあたおかでもないんだよー」
百合っ子倶楽部、良心のフレンドリーファイア。撃たれた二人が吐血しそうな顔をする。
「あーしらとさー、友達んなってくんない?」
ん……それなら、やぶさかではないですけど……
被弾した百合子ちゃん、口元の血だか涎だかを袖で拭い、
「お人形たんさん、私、あなたとお友達になりたいです……」
これまでより真剣に見つめてくる。
「放課後、一緒にミスドでおしゃべりしたり」
百合子ちゃんの真剣な眼差しに、リリーちゃんも追随した。うう、女子高生の一生懸命、オジサン少しほだされちゃう。
「お買い物行ったり、スーパー銭湯行ったり、プリクラ撮ったり」
ちょっと欲望が漏れ出たね。
「その……イヤ、ですか……?」
JKの涙目上目遣い。オッサンのハートを撃つには口径デカ過ぎる。目の熱量がね、大きいんだ、君達やうちの慎太郎なんかは。
なので私は百合子ちゃんの視線から目を逸らし、血が通うなら赤くなっていたであろう頬で、言い捨てるように呟く。
「……イヤじゃあ、ないけど」
うう、我ながら気持ち悪い感じになってしまった。
それでも百合子ちゃんたちはぱあっと顔を輝かせ、
「お人形たんさんっ!」
私の手を取るや、両側から抱き着いてくるや。困る、けど、いい匂いがする(アウト)。甘酸っぱく、ちょっと安っぽい……具体的に言うと8×〇のシトラス系のフレーバー。
誰か、周りに誰かいるなら助けてください。絵的にはJKと幼女がキャッキャッフフしてて、中の人的には嬉しくなくはなくはなくはないけど、理性の最後の一線的にはやっぱり宜しくないと思うのです。
もしも助けることができないのなら、せめて、写真撮ってSNSにアップしといてください。絵的にJKと幼女がキャッキャッフフしてる画像、中の人的には後で欲しいんで。
と、その時。私は不意の鋭い視線に襲われた。
「ジル……っ?!」
剣で胴を指し貫かれるのにも似て。戦慄に背筋が凍りつく。この強烈な殺気、まさか奴がそこにいる? 弾かれるように振り返ると――……
絵里香がそこにいた。
「何やってるの、あなた達?」
どっばあっ!と出るなら一瞬で汗びっしょりになってたと思う。地区の公立進学校の制服の、学校帰りの我が娘。見られた……どこから見てた? いや私サイドに落ち度や疚しいところはない、よね? よね?
絵里香の目がきゅうっと弧を描いた。百合っ子倶楽部の面々がギクリと硬直した。娘がこちらに近づいてくる。絵里香が笑う時の目つきを、私は今まで猫のようだと思っていたけど。
違う。蛇だ。
絵里香は固まる私達4人に歩み寄り、更ににっこりとする。
「ダメだよー、あなた達」
百合子ちゃんの膝が、ガクガク震え出した。え、君らをして? 絵里香の手が私の肩に伸び、女子高生達から引き離して、ぐいっと自分の胸に抱き寄せた。
「この子、私の(お父さん)だから」
百合子ちゃんの表情が衝撃に染まり、ぱっと口に手を当てて、
「……てえてえ」
カフッと指の間から緋色の飛沫を散らした。
「吐血した?!」
「いえ、たぶん鼻血だと思う」
あーね。私は絵里香が括弧で省略した部分を汲めるが、百合子ちゃんが娘の台詞をどう理解したかも、また汲める。
百合子ちゃんが、お庭先の忍者の如く跪いた。
「……お姉様」
リリーちゃんと寧々子ちゃんも慌てて倣う。ねえ、娘よ。何故お前はこれを平然と見下ろせるの? 百合子ちゃんが、決然と言った。
「推せます……!」
実の娘とカップリンられた。女の子好きの女の子がGLに萌えるのを、腐ってると言うのは誤りか。反転が重なって、もうワケわかんねえや。
「……推しなさい」
絵里香が悠然と応じた。ここは毅然と否定すべきなのか、私は慄然として、凝然と動けない。
百合子ちゃん達との突然の出会い、卒然と巻き込まれた状況、忽然と現れた絵里香。天然の少女達と、超然の娘。絵里香が行き会わせたのは、偶然? 必然? こうなっては茫然と立ち尽くすしかない。どうしていいか全然わかんない。
ぴょこぴょこと百合子ちゃんらが立ち上がり、ぴょこんと頭を下げる。合わせてぴょこぴょこ、六ぴょこぴょこだ。
「えっと、その、すいませんでした!」
謝罪は絵里香の方を向いている。いや私に謝れよ。
「そんなこととは存じ上げず……でも! ちょっと残念だけど、百合っ子倶楽部的にはそれはそれでアリです!」
そんながどんなで、それがどれだか知らないが、誤解は解かん方が良さそうだ。
互いに目配せし合い、三人はくるっと踵を返して、
「お二人のお邪魔はしません。だけど、遠くからそっと盗撮するのは許してくださいねっ」
そっと見守るんじゃあねえんだ。
「フヒッw燃料あざーすwww」
頬を染めつつ駆けだす背中に、どうしてもピュアが足りない。
「人形たんちゃん、またあーしらとも遊ぼうねー♪」
フツウな人、ホッとする。
百合子ちゃん達が走り去るのをしばし見送り、絵里香が振り返った。
「で。あの子ら何だったん?」
「んー……んん~……?」
話せば長いような、余計にややこしくなるような。マズい……
「何がマズい? 言ってみろ」
思考が……読めるのか? 娘のパワハラに困っていると、
「ま、いいや」
絵里香はあっさりとそう片づけて、
「帰ろ、おとーさん」
「ああ……そうだな」
我が家の方角へ、ぐいっと私の手を引いた。
「早く帰っておかーさんと慎に、あることないこと針小棒大に話さなきゃ」
「ちょ、待」
きゅうっと目を弧にする笑みは、猫か、蛇か。
「おとーさーん、私、パステールのガトーショコラ食べたいなー」
「えぇー……」
「やー、しかし旦那もなかなか隅に置けませんなー」
「ああもう……わかったよ」
娘が手を引くベクトルが、駅前お気に入りのケーキ屋方向へ変わった。
私は渋々お姉様に従いながら、こっそり横目で振り返る。
もし魔法人形の姿になって百合子ちゃんと出会っていなければ、たぶんはっきりと形にはならない思いだっただろう。
オッサンの、下心とは似て非なる複雑な感情を言葉にして良いか?
可愛い女の子同士が、キャッキャッウフフするのを見るのは良い。自分が可愛い女の子になって、可愛い女の子とキャッキャッウフフするのは尚良い。
Keep out……!
私は心の扉を閉め、その上にトラテープを貼った。JKの娘とお手々つないで、JKと仲良くしたいとか考えてはダメだよ。
マモノと戦う者は、その過程で自分自身もマモノになることのないよう気をつけなくてはいけない。百合を覗く時、百合もまたこちらを覗いているのだ。
カラダはマモノに成り果てたとしても、言うて私、おとーさんなのだ。




