40.閑話.忍び寄る混沌
手足の新調を待ちつつ、特訓をしつつ。ところでこの数日、初対面のマモノビトから話し掛けられることが増えた。
ひとつに私がSNSに露出した。ひとつに仲間達が外に出歩き始めた。そしてひとつに、私も“仲間”という言葉を使ったように、我々マモノビトには根本的に仲間意識がある。同病相哀れむで、たぶん人同士より、互いに見知らぬ相手に声を掛けやすい下地がある。
更に、まあもうひとつ。私の見てくれ。マモノビトだって、取って食いそうな容姿のマモノビトは怖い。自身がそういう見た目であっても。私、そーゆー意味でハードルが低いんだろうな。
まあ、人間さんから「写真いいですか」と呼び止められるのも相変わらずで。
この日も公園で出会ったリザードマンさんと、近況や今後の不安など、ベンチで話し込んだ帰り。
「あの……っ!」
女の子の声に振り返ると、頬を赤らめた女子学生、いわゆるJK。この制服は確か近くのお嬢様校。明るめの髪色の、フワフワした印象の子だ。
「私に御用ですか、お嬢さん」
写真かな。営業スマイルを作って首を傾げてみせる、と。
「ひと目見た時から好きでしたーあッ!」
「な……おぶっ?!」
何が起きたか理解する前に、衝撃が自由を奪った。
何ぞ?! ……軟らか……いい匂い……ではなくて! え? 私、初対面の女子高生に思い切り真正面から抱き着かれている?
状況の把握に2秒、判断に1秒、ちょっともったいないという邪念を断ち切るのに1秒を費やして、
「“全身転移”っ!」
私のカラダは、JKの向こう側へ突き抜けた。少女は支えを失ってよろめき、背後の私を振り返る。
「えー? どうして逃げるんですかあ?」
「逆にどうして逃げないと思うの? 君は誰? どういうつもり?」
恨みがましい口調に、誰何すると、少女はハッとして、
「これは、自己紹介もせず失礼をしました」
「失礼は名乗らなかったことじゃないよ?」
私がツッコむもJKはスルーし、胸に手を当て膝を折った。
「君は誰と問われれば、私は高麗橋百合子、聖マーリヤ女学院の2年です。そしてどういうつもりかと問われれば」
「私! 女の子が好きなんです!」
「名が体を表してるね!」
一見愛らしいお嬢さんだけど、コイツ、初対面の幼女にいきなり抱きついたよ。ヤベー、第二の慎太郎だよ。
しかしながら。
うむ、相手は女子高生、恋に恋するピュアなお年頃。
「待ってほしい、百合子、ちゃん。君の趣味をとやかく言うのではなく」
ここは大人の対応で、傷つけずに諭すべきだろう。
「しかし、だ。私はマモノビト。この姿になる前は君くらいの娘がいるオジサンで、うら若きお嬢さんに抱きつかれては宜しくない。私は君が好きになるような“女の子”ではないし、戸籍上の妻もいる。わかるね?」
私が言い聞かすようにすると、百合子嬢は大きな目を見開いた。
「人形たんさん、中身はオジサマ……?」
「そうなんだ。ゴメンね、ちょっとショックだよね」
知らずとはいえ、オジサンにハグしちゃったんだもんね。百合子ちゃんはふるふると肩を震わせ、申し訳なく思う私に……涼やかな笑みを見せた。
「だが、それがいい」
は? と思う私を前に、百合子ちゃんは胸で手を組み、
「素敵! その可愛さで中身はオジサマ?! 私、ハアハアペロペロな幼女に熟練の手管で堕とされてしまいますの?! 最強じゃねえか!」
待って、コイツ慎太郎よりヤベえ。
ジリ。さりげなく一歩後退した人形を、レアモンスター逃走の気配を百合子嬢は見逃さず、
「待って!」
必死の声を絞り出して叫んだ。
「私、フ●ナリなんです!」
「私、穴ないです」
逃げ損ねた。何のカミングアウトなのソレ? 完全アウトだよ? 互いに固まって1秒、百合子ちゃんが額に手を当てポーズを取った。
「なんと奇遇な!」
反応しかねる。
百合子ちゃん、ポーズを解いて俯き呟いた。
「ゴメンなさい、ウソです……」
「うん、何でそんな嘘つくの」
すると少女は顔を上げて、
「だって……」
「だって見た目幼女の中身オジサマに、『オヤオヤ口では拒んでもカラダは正直だな』ってできたらって、うへへへ///」
「お前、実はお前も中身オッサンだろ!」
これは、隙を見ている場合じゃねえな。
“全身転移”、私は百合子嬢を足元に見る上空へカラダを運んで、そのまま高度を保っての逃亡を決め込んだ。
「ああん……素敵ぃ……///」
ああん、聞こえねー。
街を見下ろす跳躍を繰り返しつつ、思いを巡らす。JKかあ、JKだなあ。
私の陶器のカラダは冷たく硬く、無味無臭。そのせいだろう、人に触れると体温や匂いが以前より強く意識される。慎太郎や絵里香にくっつかれると、我がの子だから他意はないよ、けど温かくて柔らかいなあとほっこりするのだ。
そこへ持ってきて、赤の他人のJKよ。正直、見た目は可愛いんだ、中身はアレだけど。ある意味、私みたいな子だな。けど、柔らかくていい匂いがしたな……
と、そこで百合子ちゃんが絵里香より年下だと思い至る。
うん、我がの娘と同年代か。おとーさんとして、トキメいていいラインは我が子の成長とともにアップデートしなくちゃなんないよね。
空飛ぶ魔法人形は、邪念を後ろに振り落として、自宅ベランダに着地した。
「まあ! どこから帰ってくるんです」
鍵の掛かった窓コンコンしてたら、気づいた智香が呆れながら開けてくれた。よく考えれば“空間転移”で開けれたな。てか、私の“能力”ってやろうと思えば悪用の余地幾らでもあるな。
「お行儀悪いですよ」
咎められたが、まあそう言うな。
愛してるのは妻と子どもだけと、誘惑振り切って帰ってきたんだからさ。




