39.Re:Boot
ギシッ、Drが椅子から立ち上がった。
「“切り替え”」
魔術師が空中の指で文字を綴るようにした。
「術式をマニュアルからオートに設定しタ。後は勝手にすルが良イ」
そんなんできるんだ。
「うん、ありがとう。直してくれたことも、特訓も、本当に感謝している」
私が心からの思いで礼を言うと、
「感謝の上に崇め讃えヨ」
Drはいつものごとく、尊大に大仰に反り返った。
が、とか偉そうに言いながら、
「いいナ、魔法人形の性能・能力は既にあル。要は貴様の精神力でドコまで引き出せるかダ。ソノ為の化学力は、吾輩が手助けしてやろウ」
懐からアンプル瓶を三つばかり取り出し、椅子の肘掛けに並べる。
「爆発弱まったラ、追加で撒いてネ」
お薬多めに出しときます、ってそれでいいのかアンタの魔法。
でも、何だかんだで面倒見がいいというか、やはりDr悪い奴では……いけない。そんなこと口にしたら、またタップリとバカにされてしまう。
私を後に残して部屋を去るDr、を私はハッと呼び止めた。
「待って。このビーストモード、どうやって解除するの?」
Drにイジられてこっち、私はまだ歯も爪もギザギザのままなんだ。
「んー……“空間転移”で飛ばせば武器になりそうだけど」
某ホラー映画の有名モンスターよろしく、刃の爪をカシャカシャとする。
「可愛さを損なうんだよね、これ」
「ハ?」
Drが何言ってんだコイツ?という顔をするのに、
「キモカワはある? ティム・バートンっぽい感じで」
「ティム……?」
指を鉤爪に曲げ、モンスターポーズで歯を剥いてみせる。
Drは腕組みして首を傾げた。
「そもそも何ダ、戦闘モードに可愛イもクソもあるカ」
私も刃の人差し指を頬に当て、首を傾げる。
「だって私お人形じゃん? こう、戦うにも“可愛い”を」
「エー……?」
「しゃらんってポーズして、薔薇が舞うみたいな必殺技したい」
「貴様、家族を守りたイといウ、殊勝な決意はどうしタ」
「も、もちろん決意はしてる。けど、それはそれとして、カッコカワイイ必殺技も欲しい人形心というか」
「カッコカワイイ必殺技……?」
えーい、わからず屋め!
「マモノビトはイメージ商売なんだよ!」
「エエエ? 何か知らンが大変なのネ?」
最後は勢いで魔人を押し切った。
「貴様、言うコトがシンタローみたいだゾ」
「自覚はあるよ」
魔剣士に負けないくらい強くなって、家族を守って、可愛い人形たんをやって、そして『魔王』といつか対決する……ってマジか、私のタスク。
どれひとつやりきる自信はないよ。
けど、どれひとつ取りこぼせないよ。
だって、私は“お父さん”だから。
と、私はソファのアンプル瓶、あっちで勝手にパンパンしてる爆発に目をつけた。
「そうだ。私にもこの魔法使えない?」
「あア?」
「こう、無表情で周囲でパンパン爆発するのって、人形っぽくない?」
「貴様、人の秘術を軽々しク」
変なスイッチの入った私、奇人が逆に引き気味だ。
「無理ダ無理。何故なら人間に魔法は使えン」
あー、魔法人形になったからって、魔法が使えるようにはならないか。
ちょっとガッカリした私だが、
「ふム……造形美と機能美、そしテ様式美、カ。面白いかもしれン」
Drの頭の中で何かが回り始めたようだ。
「人形には人形の、戦闘の様式美……ナルホド、良かろウ」
額をトントンを叩く様子は、着想を得た芸術家。
「貴様に掛ける新たナ魔導兵装、ひとつ考えテみよウ」
創造主サマがやる気になった、頼もしいぞ!(無責任)
私も負けてはいられない。マジカルは任せるとして、今は……アンプル瓶をひとつ取り、親指で口を折って銀色の粉を振り撒いた。
魔剣士の刃を潜る、メンタルを備えよう。
「で。ビーストモードの解除はさ?」
「左手の薬指、引っ張って一回転」
シュコン!
「ホントだ」
**********
「ひ、姫~えっ!」
「お父さん、手足治って……あれ、直るが正しい?」
Drの人形工房に一泊した、次の日の夕方。絵里香と慎太郎が連れ立って病院を訪れた。
私の知らないところでちょいちょいDrと会っているという慎太郎、フツーに診療室のドアを開け、Drと話していた私を見るや、フツーに低空から捕獲する体勢で抱きついてくる。
「Dr。こいつ試験場に放てば、いい訓練になるかな」
「うム、名案ダ」
慎太郎は私の下腹部に顔を埋め、
「姫……何か煙臭い……」
うん。カラダと装束は無傷だが、さんざん爆発を浴びたからな。
てかあんま嗅ぐな。変態っぽいから。
絵里香も下半身に息子をぶら下げる私の傍に来て、
「良かった、お父さん、元気になって……」
普段は気の強い娘も、さすがに涙目だ。
四肢を破壊された私の姿、二人ともショックだっただろう。
「心配掛けたな。もう大丈夫だ」
慎太郎の頭と、絵里香の肩に手を置く。Drが口に手を当て感動を表したが、本気か芝居かわからん。顔をくしゃっとする絵里香は、実際より幼く見える。ところで、下半身に息子をぶら下げるってストレートに下ネタだね。ソッチの息子、おなくなりましたけどね。
そんで娘も、会うなり漢字に言及してたの、父さん聞こえているからな?
と、慎太郎が頭に置かれた私の手を取った。
「あれ? 元のパーツからクオリティ落ちた?」
「わかるのか?!」
「すごいナ、貴様!」
Drさえも驚愕させる、慎太郎の謎才能。
そんなこんなを経て、私は“空間転移”で壁に掛かった黒ローブを取った。
「Dr、世話になった。私は一度家に帰るよ」
「うム。訓……カラダの調整があル、毎日顔を出セ」
訓練、と言いさしてDrが誤魔化した。家族を不安にさせぬよう、魔剣士との再戦を匂わせることは避けるよう、口裏合わせを頼んでいる。
だけど……
慎太郎は私の顔や手にベタベタと触って、
「さすがDr。すげえリペア技術、疵ひとつ残って……ないよな? 姫、家に帰ったら一応全身の総チェックを」
「ヤだよ、変態」
「ひどっ。心配してんだよ~」
押しのけて、ローブを羽織ってもすり寄ってくる。
「あ。母さん、今日は姫の好きなの作って待ってるってさ」
ん、てことは今夜は照りチキか、それとも鰤照りかな。
慎太郎は私の手を“空間転移”なしで抜けそうに引っ張る。私の再生を、手放しで喜んでいる。
だけど……絵里香は。
弟と比べると、笑顔に陰りがある。
「ねえ、おとーさん」
私のカラダに触れることを躊躇っているようでもある。
「あの人、また来る……?」
絵里香は慎太郎とは違い、魔剣士と私の戦いを目の当たりにしている。いずれジルバが私を配下に加える、もしくは破壊するために現れることを知っている。
絵里香は慎太郎より少し、人がマモノビトに変わってしまった世界が、現実なのだと知っている。
あの日から娘は、私のことを“ベア子”と呼ばない。
肩から左腕ごと“飛”ばして、
「あ……」
絵里香の背中を抱き寄せた。この姿になっては、娘は私より背が高い。けどまだまだ小さいな、父さんよりは。
「大丈夫、問題ない」
「いや、それフラグ」
不安の増す娘を、強く抱き寄せる。
「Drに一番いいのを頼んだ」
絵里香がハッと振り向くと、Drが心強く頷き、親指を立てた。この人の「よくわかんないけど乗っとく」ところ好きだわ。
「次は、絶対負けない」
自分自身にもそう宣言すると、娘は目を閉じ、人形の固い胸に頭を預けた。慎太郎がちょっと置いてかれつつ、よくわからないままに私と姉に腕を回す。
よくわからないけど、支えようとする。そんな年下長男も心意気が、男親には頼もしくて嬉しい。
そんな我々親子を、仕上げにDrの腕が包み込んだ。この「よくわかんないけど、とりあえずやっとけ」感、ホント好きだわ。
私は『人形姫』だ。
私はマモノビトで、
私は“父親”だ。
だから、この先何が襲い来るとしても……
もう、逃げない。




