38.『人形』が強くなるには
その扉は、人形工房からオートマタ工房への扉だった。
しかし魔法人形工房側から扉を抜けると、そこは体育館ほどの広さの、石壁石畳のフィールドである。
「んー……うん」
「ム。思いの外、リアクションが薄イ」
ああね、入った扉から出たら別の部屋、そういう魔術的な仕掛けなのね。ビックリさせたかったよね。
そりゃちょっとはビックリだけど、ゴメンね、ドアが同じで開いたら別の場所って、エレベーターの感覚で脳が処理したわ。
天井が高い。2階吹き抜けくらい。壁と床は闘技場!って感じに武骨。
「ココは魔導兵器の性能試験場ダ」
Drは壁際に歩み寄り、コンコンと叩いてみせた。
「特別な結界を施していル。ドラゴンが全力で暴れてもビクともしナイ」
なるほど。では、私はここで修行してパワーアップを……
「アー、ココで修行してパワーアップ、とか考えておルなら、魔法人形はそーゆーモノではナイからナ?」
はい、出端挫かれました。
「えー、重力10倍にしてトレーニングするんじゃないの?」
「違ウ。まず最初にソノ発想を捨てロ」
そう言って、Drは私の盆の窪に触れ、グッと押し込んだ。
シャコ! 私の口腔内で何かが起きた。舌先で探ってみると、元の歯列が鋭利な二等辺三角形に換装されている。
「何これ?」
「武装ダ、『人形姫』に初期装備で備わっていル」
え、てことは私の初期メイン攻撃“噛みつき”なの? 姫なのに?
Dr、続いて私の腕を取り、関節内側肩コリのツボのとこを押す。ジャコンと爪のない人形の指先に、ナイフのような刃が飛び出した。
「意外にワンパクだ、人形姫の武装」
「ソレで少し背中を丸めテ」
「こう?」
「呼吸を荒ク」
「えっと……ふー、ふー!」
言われるがまま、前屈みで息を深く吸って吐く。
「コレが『人形姫戦闘形態:ビーストモード』ダ」
「8割私の匙加減じゃん」
腰を伸ばすと、白銀の髪を指で漉かれた。
「冗談はさて置キ」
「今冗談要らない」
「つまりダ、人形姫。魔導兵器であル貴様ニ、戦闘性能は既に備わっておル。既に強ク、これ以上強クはならン」
「そんな……」
でも、今の私はジルバに完膚なきまでに壊された。
Drが頭を撫で続ける。頭を振って抵抗すると、手が離れたが、振るのを止めるとまた戻ってくる。
「これが限界なら、ジルバには敵わない」
「ソウは言っておらン」
見上げると、Drの不敵な笑みとぶつかった。
「そうだナ、コノ世界には自動車という機械があるだろウ。アレをどれだけ走り込ませテも、性能の限界スピードが上がるコトはあるまイ?」
「まあ、そりゃそうだな」
「魔法人形も同ジことダ。生き物ではナイのだから、鍛えテ能力が上がるコトはナイ。性能は製作時に決まっておル」
「うーん、考えてみればそれもそうか。車なら運転手の技術が上がることは期待できるんだけどなー……」
落胆した頭が、わしゃわしゃと撫で乱された。
「正解」
「え?」
「ヨシヨシ。貴様はナカナカ優秀な生徒だナ」
先生が誉めてくれて言うことには……
今より鍛える。今の能力を十全に引き出す。その二つは似て非なるモノで、私が強くなるために必要なのは後者だ。
魔法人形が強くなるのは簡単だ。元々ある強さを、そのカラダに備わる性能を全て“使える”ようになればいい。
「的外レな努力は時間の浪費ダ。何かシタ気になる分、むしろ害悪であル」
合理主義者は手厳しく断じる。
「知は力なリ。必要なのハ“認識”すルことダ」
潜在能力を顕現する、それが魔法人形の修行。アスリートではなく、パイロットなのだと、己を認識して初めて始まる。
「己を知るコトが第一歩ダ。レッスン1の補足というトコロだナ」
そう言いながら、Drは硝子瓶を懐から取り出した。アンプル瓶、密封された口を指で押し割って、
ひと振りで中身を試験場に撒き散らした。
振り撒かれた瓶の中身は、銀色の粉末で、すぐに拡散して目には見えなくなる。けれど光の反射で、キラキラ、時折粒子が存在を示す。
「“爆ぜヨ”」
Drは異界語の呪文とともに、パチンと指を弾く。
ぱァン!
私達の数メートル先で、爆発、と言うか破裂程度の閃光が弾けた。
「手を出セ」
言われるがままにすると、
パン!
右手の中で爆ぜた衝撃は、精々強めのパンチというところだ。
「ダメージはなかろウ?」
「うん」
「吾輩の独自の術でナ。魔法火薬を振り撒いタ空間内を、任意の座標と規模で爆破できル」
「ツマリ……理解るナ」
Drと私、しばし見つめ合う。Drが、すっとフロア中央を差した。私は示された位置と、その指を交互に見比べる。
だいたい、理解った。
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パン! パン! パパパパン!
「予測で回避すルのは次の段階ダ。『人形姫』の反応速度ナラ、爆発を認識しテからの回避が間に合ウ。マズはソコに至レ」
「アッツいアッツい! ケツがアッツい!」
「痛みの感覚はナイだろウに」
「たぶん気分的なやつ!」
スカートのお尻を炙られ、慌ててハタく。
Drが指を鳴らす度、私を取り囲む世界は360度で爆ぜ、威力はともかく息をつく間のなさにテンパってくる。
しかも。
Drは用意した、いかにも豪奢なソファに膝を組み、肘掛けに身を預ける姿もアンニュイに、パチンパチンと指を弾く。
嗜虐嗜好者、暇を持て余したお貴族様の退廃的なプレイか、これは。
爆発が一端止み、爆風の切れ間から呆れ声が届く。
「慌て過ぎダ、バカモノ。ソンナ爆発では魔法人形は傷つかナイ。もう一歩爆発に近づケ、そしてもう一歩離れテ物事を見ヨ」
「いや、しかし……」
怖いもんは、怖いぞ。と、少し強めの爆破が、叱るよう背中を打った。
「イヤシカシ、そう言っておル間に、ソノ爆発はジルバの剣に変わル」
「……!」
「そうなっテも貴様、イヤシカシと言っておルのカ?」
Drは足を組み替え、立ち込めた煙の隙間から鋭い視線を寄越した。
「ソレトモ……エリカとシンタローを守りたイと言った貴様の覚悟ハ、吾輩が思ウほど真摯なモノではなかっタのかネ?」
煙が、再び私の視界を奪った。左右から、カラダを爆発の圧が押す。
そうだ、泣き言を口にしてる場合じゃなかった。今なすべきこと、今できること。今の私の、一歩向こうでできなくてはならないこと。Dr、ありがとう。本当にアンタは腕のいい人形師で、先生だ。
白い闇の中で、私は大きく息を吐き、足を肩幅に開いた。
ぎゅっと集中する。遠い爆発と、近くの爆発。幾つかは私の髪や装束を煽る、けど、ただそれだけだ。遠い……近い……
……――避けなくてはならない、近さ。
“全身転移”、一瞬前まで私が在った座標が、爆ぜる。
「Dr、やった……!」
「ア」
勇んで振り返った、顔面に次の爆破が炸裂した。ダメージはないけれど、仰向けにひっくり返る。上下逆さまのDrが苦笑している。
「油断すルでないワ。だガ……何か掴んだカ?」
「うん……片鱗ってとこだけど」
両手で頬を撫で撫で、さっきの感覚を反芻する。
無数の爆発、その全て=ダメージではない。無視できる遠さ、避けなくてはならない近さ。選別すれば、実質攻撃は数発にまで減る。
無視していい遠さは、思うより近い。その限界ギリを見極めるのは、無敵ゴリで弾幕に突っ込んでいける、今しかできないこと。
だから、何十発でもこの身に受けて、カラダで覚えるんだ。絶対に受けるわけにはいかない、魔剣士の刃が振り翳されるその前に。




