27.ロリータとパンケーキ
遊びに出掛けた気がしない。
と言うのも、降りたホームが親の顔より見た風景、私の勤め先のある駅だ。駅の北口から出れば職場のあるオフィス街、南口方面はちょっとした繁華街。長年染みついた動線に逆らうと、足が戸惑う。
今日は日曜日だけど、休日出社の誰かに顔が障すと気まずい。フードを目深にした私を、
「いやモロバレだし」
絵里香がクスクスと笑う。
さて。今日のお出掛けの予定は、女の子なら大好きな楽しい楽しいウインドショッピングだと言う。うへえ。実は私、外見は可愛い女の子なんだけど、何と女の子ではないんだよね。
しかも今日は私に服を見立ててくれるんだと。ワインレッドのフリフリワンピの絵里香ちゃんのセンスで。うへえ×2。
「ベア子は基本黒ロリだろうけど、姫ロリでも、何なら甘ロリでもイケそうだからいいよねー」
「区別がわからぬ」
よくわかんないけどロリは確定らしい。慎太郎の時とはまた別口で大変そうだ。
マネキンからオートマタ、人形から人形に着替えられる服もご苦労様だな。
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そんな私と絵里香の午前中は、そうだな――……
漫画で表現するなら、ページの両サイドに、普段と違う衣装の私と絵里香の4段ぶち抜き立ち絵。横長のコマでセリフ無しで二人の買い物風景。
アニメだったら挿入歌背負って、戸惑う私を引っ張り回す絵里香、からの二人とも楽しそうに笑顔になってく描写、からのラスト試着の一枚絵をパッパッ。
……――って感じかなっ。私の笑顔、割と引きつってるかと思いますけど♪
ところでさ。
漫画アニメで中高生の女の子が友達同士で服買いに、ってエピソードよくあると思うんだけど、あれ、子どものお小遣いだと実際厳しいよね? 貯めてたお年玉とか突っ込んでいるのかな。
まあ、私が何を言いたいかと言うと。
今日の絵里香には出資者がいる。
私だ。
うん、何軒もフワゴテな服屋をハシゴして、着せ替え人形になって、何ロリか知らないが絵里香のチョイスを実際購入するのは自己負担なんですよ。傍目にはお姉ちゃんに連れて来られた妹なのに。財布は私、自腹なんです。すごい痛いのを我慢する。
私はお父さんだから我慢できたけど、次女だったら我慢できなかった。
そう言えばさー、漫画って言えば縁日お祭りも定番エピじゃん?
私の子どもの頃は 1~2000円もあればそこそこ堪能できたけど、今時はひと屋台500円はするよね。
金魚掬いや射的で取れなくて連コイン、ってお約束ネタだけど、あれ実際やったら一発数千円飛ぶよねー(現実逃避)。
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昼の1時を少し過ぎて、ようやく昼食の椅子に座れた。そりゃま人形ですから? お腹は減らなきゃ、疲れもしませんけど?
精神、魂、気力、そういう“中身”は減るんですよー?
そんで絵里香に連れ込まれたのがまた、パンケーキ専門店。昨日に続き、私が私だった時にはチョイスしない系の店。要はホットケーキなんだろとメニューを開くと、何かぷよぷよした塊と、生クリームと、苺にフランボワーズにラズベリーで映えッ映えしてる。
しかし私の感覚では、コレはデザートというかオヤツであって、メシに食うモノでない。
「お、サンドイッチとパスタがあるな。これなら」
「ダメよ、ベア子。パンケーキになさい?」
「うえ? じゃ、じゃあせめて、このツナサラダの……」
「写真アップするから、映えるのになさい?」
いや、食べたいの食べさせて? 私の表情が微妙になってるのだろう。
「やっぱ“オジサン”にはこういう店、ハードル高い?」
ハードル高いのは店じゃなくて、昼から甘いのなんだよ。ツナマヨが頼みの綱だったんだ。
娘がニヤニヤと弄るのに、人形はスンっと答える。
「いーえ、ご主人様。ワタクシこの見た目ですので、こういう店も、今更何ということはございませんわ?」
私はもう、女性向け可愛い飲食店を恐れない。
何故なら私は、少女人形の可憐な容姿に加え、買わされたばかりの服を「あ、このまま着ていきます」されている。もはや可愛いの暴力。午前中で既に4組から「写真撮っていいですか」だ。
黒基調でくるぶし丈のスカート。義務のようにレースとリボン、ふりふりふわふわ。まさにフランス人形素敵でしょ、花のドレスでチャチャチャ、だ。
「これが黒ロリ?」
「色は黒だけど、それはクラロリ」
「クラ?」
「クラシックロリータ」
「わからん、違いが」
頭のてっぺんまで、昔の貴婦人が被ってる、あのエレガントなサンバイザーみたいなのを着けられ、まるでラッピングされたような気分だ。
「サンバイザーて。ボンネットっていうのよ、ベア子」
知らんがな。私の知ってるボンネットは自動車の部分だよ。
ともあれ、その……何だっけ、クラロリを鎧った私。
「人形、大事なのは中身じゃない、見た目だ」
「逆くない?」
「人間はな。この見た目だと洒落た店でも気後れしないし、絵里香とだったら女子同士だ。何なら慎太郎とカフェの方がしんどかったまである」
すると絵里香、お得意の目を細める笑みになる。
「ふーん、やっぱ慎太郎との方がドキドキしちゃう? いやー、ベア子もすっかり女子だよねー」
「バカ言いなさんな」
見た目は少女人形でも、中身はオッサンで、アレは息子だ。あいつだってこの見た目に「姫、姫」とふざけてるだけで……ふざけてるだけ、だよな?
「ったくお前、中二っぽいのはいいとして、中身腐ってんじゃないか」
「腐ってはないよ! よしんば腐ってたとして、幼女化した父親×息子カプってどんだけニッチよ!」
えーと、その……ある種核心に迫る発言ヤメろ。
そうこうしていると、注文が運ばれてきた。
絵里香のレーズンバターのパンプキンパンケーキ。早口言葉か。私のは絵里香が勝手に選んだ、ベリーと薔薇のジャム。薔薇をドロシー“ローズ”に掛けた、優先順位はひたすらSNS。
「まだシロップ掛けちゃダメよー?」
スマホを構えた絵里香に、パンケーキとの位置取りを指示される。
「すいません、写真撮っていいですか?」
隣の席から声を掛けられる。好きにしてくれ。
しかし目の前の皿の、ふるふる震えるスフレパンケーキ。ぶよっ、ぶよっ、ぶよっとまともに自立もできないのが三つ。これ可愛いの?
正直、死せるメタボスイーツ、って印象なんだが……
セットの紅茶に口をつけ、鼻を鳴らす。穴はないけど何故か鳴る。
「そもそも私は女性になったワケじゃない」
少女の姿は、そういうデザインなだけ。穴がないのは鼻だけじゃない。
「性別は、変わったというより無くなった、が正確だ。私は少女的な造形をしているだけの、モノに過ぎないんだ」
やや自嘲を交ぜてそう言うと、絵里香は少し考えて、口を開いた。
「大丈夫? 奥さん、夜寂しがっていない?」
紅茶噴いた。
「こほっけほっ……おま、親に言う冗談じゃないだろ」
絵里香がアッとなって目を逸らした。娘よ、JKともなればキワドイ冗談のひとつも言うのだろうが、お前、私が“おとーさん”だってこと一瞬失念したな?
気まずい沈黙。絵里香がおずおずと、
「ボンダンスさんに頼めば、付けてくれるかも?」
「何をだ?」
何故進むことを選択した。それは勇気ではない、蛮勇だ。
娘は足そうと言う。息子は引こうとする。
私のおまたのことは放っておいてください。
「すいません、写真いいんですか?」
ホント、空気読んでくれ。
お洒落で映えるパンケーキの味は、私の舌にはほんのり甘めの半熟卵焼きというところだった。
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甘いものと撮れ高の両方に、絵里香は満足げな様子だが、私はあんまりメシ食った気がしない。メシにはもうちょい塩っ気が欲しい。
まあ、何食っても動力源になる仕様だから別にいいんだけどさ。
そんなことを考えていたからか、店を出てしばらく歩いて、
「あ、服」
自分が手ぶら、忘れ物をしてきたことに気づいた。
買った服の代わりに、初期装備の黒衣を入れた紙袋。ゲームとは違って、現実の防具屋は装備の下取りはしてくれないのだ。
「すまん、取って来るからちょっと待ってて」
「んー、了解―」
舗道を建物側に寄って写真チェックをする絵里香を残し、元来た道をてこてこと小走りに戻る。
二人とも気づいてはいなかった。
ビルとビルの間、細い路地に潜む気配。人形と少女に向けられた、視線と息遣いがそこにあることに。
絵里香がスマホから顔を上げた。
「ベア子、まだかな……」
その時だった。背後の暗がりから、獣毛に覆われた手が音もなく伸びたのは。
突然腕をつかまれ、
「……?!」
驚いて振り向く前に、もう一方の手に口を塞がれる。声も立てられないまま。少女が一人、誰にも気づかれることなく雑踏から奪い去られる――……
「お待たせー……あれ? 絵里香?」
紙袋を手に戻ってみれば、そこに絵里香の姿がない。トイレにでも言ったかなと辺りを見回した硝子の目が、ふと舗道の一点に吸い寄せられた。
ドクン、打つはずのない鼓動が、ひとつ響いた。
見覚えのある黒革のスマホケース。間違いない、娘のものだ。
「絵里香……?」
嫌な、予感がする。
瞳だけをきょろきょろと走らせる、人形の胸を、不安が重苦しく満たしていった――……




